第一話 あなたに憧れて
「あ、あの……!」
空に浮かぶ太陽が沈んでいく夕刻。
俺は、黒い髪の毛の一部を黄色の染め、稲妻のように見せた髪の毛と、背中に【威那頭魔】の文字を刻んだ一張羅を身に纏って、一人の少女と対面していた。夕日に照らされ、美しく輝く銀色の髪の毛。
夕日のせいだと言っても違和感がないぐらい頬を赤く染め、俯いている。
今日も悪党をぶっ飛ばした。
暴走族だったようで、無断駐車などを繰り返しており、注意するもんならバイクを唸らせ威嚇。ひどいものでは轢き殺そうともしていた。
そんな奴らを、仲間と共に撃退した帰りだ。
「どうした?」
俺も馬鹿じゃない。少女が一人、男である俺に声をかけた。そして、何かを言おうとしているが中々言えず頬を赤くして、俯いている。
これだけ証拠が揃っていれば、理解できる。
「わ、わたしエステルって言います。ずっとその、竜牙さんのかっこいい姿を見ていました」
「おう」
「そ、それでその……えっと」
ぎゅっと自分の唇を噛み、両手に力が入った。
「ひ、一目惚れです!! つ、付き合ってください……!!」
予想通り、告白だった。正直、男としてこんな美少女に惚れられたのはこの上なく嬉しいことだ。恋愛に前向きだったら、迷うことなくオッケーを出していただろう。
だが、俺は。
「……悪いな。お前の気持ちには応えられない」
「……」
顔を上げず、エステルは俺の言葉をじっと聞いている。そんな彼女に、俺は俺の気持ちを素直に伝えることにした。
「俺は、恋愛はしない。それにお前は見たところ小学生だな」
「は、はい。小学五年生、です」
「なら、まだ未来がある。俺みたいな不良なんかと付き合うよりも、かっこいい男に出会える未来がな」
「そ、そんな! 竜牙さん以上にかっこいい人なんて……!」
嬉しい言葉だ。俺はかっこいいという言葉にめっぽう弱いから、揺らいでしまう。
「それでもだ。俺は、お前の気持ちに応えられない。大丈夫だ。お前はめちゃくちゃ可愛いんだ。この先、絶対告白の嵐が襲う。その中で、お前が付き合いたいって言う気になる男が現れる」
「……」
「……じゃあな。告白、嬉しかったぜ」
最後に、俺は去り際にエステルの肩を軽く叩き、振り向くことなく去っていった。
・・・・・☆
「え? マジで、あのエステル、なのか?」
「はい。エステルです」
あのエステルが、まさかこんなにも変わっているなんて驚きが止まらない。
あれから三年。
一度も会わなかったが、再会したらまさかこんなにも美形になっていたとは。一人称も私から僕に変わっているし、服装だって、あの時は女の子らしくふりふりな洋服だったのに、今は男物で統一している。
姿勢も凛としており、喋り方も紳士的なものを感じる。
「それで」
「はい?」
再会にびっくりしている俺だが、ここからは本題に入ろうと思う。
「今日は、どうしてここに?」
リビングでの様子を見る限り、ゆあとは友達だということは理解できた。でも、俺のところに来た理由がわからない。
俺は彼女の勇気ある一世一代の告白をふった。
だから、俺とは関わらないものだと思っていた。その証拠に、ここ三年間一度も彼女とは会わなかったのだから。
「もちろん、ゆあちゃんと遊ぶ約束をしたのもありますが。あなたに……竜牙さんに大人になった僕を見て欲しくて」
「そ、そうか」
「どうですか? 今の僕は。昔と違って、随分とかっこよくなったと思うのですが」
それはもう見違えた。あのエステルだとは最初思わなかったぐらいに成長している。これで、ゆあと同じ中学一年だとは誰が思うだろうか。
外国人ということもあり、年齢よりも大人びている。
元々の可愛さに、かっこよさというか気品さが合わさり、もはや別人。
「ああ、見違えた。随分とかっこよくなったけど……昔と変わらず可愛いと思うぞ」
「えへへ、ありがとうございます。竜牙さんに認めてもらえてとても嬉しいです!」
昔のエステルなら、頬を赤く染めながら視線を逸らし、もじもじしていただろう。けど、今のエステルは照れながらも、姿勢を正し、真っ直ぐ俺のことを見て笑顔を振りまいている。
「あのさ」
「はい?」
「こんなことを聞くと、お前をまた傷つけるかもしれないけど」
「もう気にしないでください。あのことがあったからこそ、僕はこうして成長することができました。だから、これからも竜牙さんの隣に居ても恥ずかしくないように……強くて、かっこよくて、可愛い女の子を目指します!!」
「お、おう?」
見た目だけじゃなくて、心も成長しているようだ。とはいえ、なんだか厄介なことになったかもしれない……。
「エステルちゃーん? どう? お兄ちゃんとのお話終わったぁ?」
「ああ、終わったよ。ちゃんと竜牙さんに、僕の成長した姿を見せて、気持ちを伝えたから」
「おー! それにしても、まさかお兄ちゃんとエステルちゃんが知り合いだったなんて思わなかったよ! それで? どういう関係なの?」
おっと、ゆあが来てしまった。どうやら俺達の関係は話していないらしい。まさか、俺がエステルをふったとか言ったらゆあはどう思うだろうか、友達として。
「僕と竜牙さんは、これから深い関係になっていく予定だから。ゆあちゃんもよろしくね」
「深い関係……ああ! 師弟関係だね!! エステルちゃん、お兄ちゃんに弟子入りするんだ!!」
「で、弟子って。いやいやそういう関係には」
「じゃあ、どういう関係なの?」
「えーっと……」
どうしよう、どう答えたら……昔の俺だったら、すぐに答えられたんだろうけどなぁ。それに今となってはゆあもエステルも成長して、完全に押されてる。
「秘密、だよ。ゆあちゃん」
「えー! そう言われると余計に気になっちゃうよ!!」
「まあまあ。それよりも、お話の続きをしよう。竜牙さん、それではまた後ほど」
「あ、ああ。また、後ほど」
「ねぇ! ねぇ! どういう関係なの? エステルちゃーん!」
俺達の関係性をかなり気になっているゆあをエステルは笑顔で押して、一階へと下りていく。
それを見届けた俺は、ドアをしっかりと閉めて、静寂に包まれた自室で気が抜けたように座り込む。
(……どうなるんだ、これから)