第十六話 一緒に
「……」
「……」
「……むう。これ、何の特訓になるんっすか?」
崖を登った俺達は、次なる特訓を開始していた。
それは、意外にも釣り。
崖上にあった大きめの池があった。そこに、エステルが持って来た釣竿の糸を垂らしている。
もう十五分は経っただろう。
ずーっと、糸を垂らしているが、ぴくりとも動かない。
「集中力です。こうして、自然の中で釣りをしているだけで、集中力が高まります。それに、魚との駆け引きが、読みあいの特訓にもなります」
「釣れれば、の話っすよね?」
この池に魚がいない、というわけではない。
池を覗けば、魚の姿が見える。
ここの池はかなり澄んだ水だ。それでいて、広い。深さもそれなりにあるので、魚達はそこに集まっている可能性もある。
「空が青いねぇ」
「良いものだよ、釣りは。楽しみながら、特訓もできるから。今までと違って、疲労も溜まらないし」
「何も考えず、ただただ釣り糸とにらめっこ」
「けど、やっぱり魚が釣れないと悔しいっすよ。やるからには何かしらの成果を出したいっす」
ミリアの言うことはわからなくもない。
こうして釣り糸とにらめっこをしているのも良いけど、やっぱり魚を釣って成果を出したほうが楽しい気分にはなるよな。
「まあまあ。お菓子でも食べて、ゆらりと楽しみましょう」
そう言って、エステルはポッキーをミリアへと差し出す。
「……どもっす」
「竜牙さんやゆあちゃんもどうぞ」
「ありがとー」
「いただきます」
それから一時間ほど続いたが、魚は一匹も釣れなかった。まあ、楽しく特訓できたからよしとしよう。なんだかんだあったが、山の中で特訓が続いて昼になった。
「んー!! やっと昼っすかー!!」
「はい。そして、今日の特訓も終わりです。後は、お昼を食べて下山するだけになります。皆さん、お疲れ様でした」
眺めの良い場所で、腰を下ろす。
弁当はそれぞれ持参ということだったので、俺はさっそく弁当を広げた。
「もうお腹ぺこぺこだよー」
「まったくっす。でもまあ、なんだかんだあったけど、楽しかったっすよ。エステルん」
「楽しんでいただけたのなら、企画した甲斐があります」
今回の企画で、俺は改めて体を動かすのが好きなんだと実感できた。普段は、ランニングや筋トレで終わっていたけど。
昔を思い出せるぐらい楽しかった。
「竜牙さん」
「ん? どうした、エステル」
おかずのコロッケを口にしようとしたところで、エステルが少し距離をを詰めて話しかけてくる。
「どうでしたか? 今日は」
「ああ、楽しかったよ。久しぶりに、動いたって感じだ」
「それはよかったです。……実はですね。夢だったんです。こうして、竜牙さんと一緒に特訓するのが」
そう、だったのか?
「竜牙さん。僕が必死に強くなっている最中で、不良を辞めちゃったじゃないですか?」
「あ、ああ」
「無理に特訓に誘うのも失礼だと思っていましたから、ずーっと待っていたんです」
「なんかごめんな? 気を使わせたみたいで」
あの頃の俺は、不良を辞めて真面目な人間になろうと必死だった。今まで、ほとんどやってこなかった勉強だって、口調だって直して……。
その間、ゆあもエステルも強くなろうと必死に特訓をしていた。
「いえ。時間はかかりましたが、夢が叶ったので全然文句はありません」
「こんなことが夢でいいのか?」
「はい。でも欲を言えば」
小さく笑い、俺にぴたりとくっ付いてくる。
「竜牙さんの彼女に」
「あ、いやそれは」
とても甘い声で、囁くエステル。
上目遣いも合わさり、大人の色気と歳相応の可愛さがダイレクトに……!
「だらっしゃー!! そうはさせんっす!!」
「おっと」
しかし、ミリアが介入。
エステルの腕を掴み、投げ捨てた。
「もう、空気を読んでくださいよ。ミリアさん」
不意打ちのように投げられたのにも関わらず、余裕で着地した。
「兄貴のためなら、空気だってぶち壊すっす! それに負けないと宣言したはずっすよ?」
「そういえば、そうでしたね……では、やりますか?」
「この前の勝負は引き分けだったからっすね……喧嘩上等! ストレートパンチ!! いざ!!」
「勝負!!」
……元気だな、二人とも。
「頑張れ頑張れー!!」
ゆあは、のん気に弁当を食べながら応援している。
「言っておくけど、うちだって戦えないわけじゃないっすよ!」
「存じていますよ。一度、こうやって戦ってみたかったんです……手加減はしませんよ!!」
「そんなことをしたら、一瞬で決着がつくっすよ!! おりゃあ!!」
ミリアは、蹴り技を得意とする。
軽いステップで、相手をかく乱し、そこから鋭い蹴りを食らわせノックダウン。兄であるジョンも蹴り技を得意としていたので、自然と同じになったようだ。
違うところと言えば、ジョンが力で、ミリアが技ってところか。
「やりますね……でも、こっちだって!」
初めて見るはずのミリアの蹴りを、回避しながらも反撃にでるエステル。
ミリアのスピードに負けじと、動いている。
「くっ! うちの蹴りを初見で回避するなんて……」
「蹴りなら僕だって得意ですよ!」
「なんの!」
互いに譲らない攻防。
ゆあは、すでに弁当を食べ終えており、全力で二人の戦いを応援していた。
「フレ! フレ!! エステルちゃん!! 頑張れ! 頑張れ! ミリアちゃーん!!」
「お、おーい。そろそろ山を下りないか?」
なんて言ってもすぐに止まるはずが。
「はい。では、そろそろ下りましょうか」
「そうっすね。勝負はここまでっす!!」
あっ、止まってくれるんだ。




