第十一話 メイドお嬢様
「―――ハッ!? うちはどこ!? ここは誰ぴょん?!」
「落ち着け、妹よ。語尾がまだぴょんだぞ」
ミリアが気絶して、一時間が経った。
なんとか戻ってきたミリアだったが、まだ語尾がぴょんだった。相当擦り込まれたんだろう。自然にぴょんと出てきていた。
「むう……まさかあそこまでの破壊力があるだなんて。やはりミリア先輩は油断なりませんね」
「お兄ちゃん! 私は、にゃんでいこうと思うんだけど!」
普通に遊びに来ただけなのに、なんでこうなるんだろう。
「そ、それでどうして二人もメイド服を?」
「私は着てみたかったから!」
うん、ゆあはそうだろうなと思った。
「う、うちは」
何か言い難そうに、もじもじするミリアだったが、エステルを見詰め、決意を固めた。
「き、着てみたからっす!!」
「そう、だったのか」
やっぱり女の子は、一度でもいいからメイド服を着てみたいと思うものなのか?
「本当のことを言えなかったぴょーん……!!」
「よしよし」
どうしたんだ? なんだかゆあがミリアを慰めてるみたいだが。
「それで、これからどうするんだ? メイドさん達」
色々と微妙な空気になったところをジョンが切り替えようとしてくれている。
それを聞いたエステルは、玄関先に用意していたものを自室に持ち込んでくる。和菓子から洋菓子、ジュースにお茶など各種揃っていた。
「まずは、メイドとしておもてなしをさせて頂きます」
色々と用意してくれていたようで、慣れたようにポットからカップへ紅茶や緑茶などを注ぎこみ、俺達の前に置く。
「様になってるな」
「練習しましたから」
普通に考えて、ここのお嬢様のはずなのに。こんなことまで練習するとは誰が思うだろうか。
「エステル様。なんて可憐なんでしょう……!」
「恋する女の子は、輝いて見えるというのは本当だったんですね……!」
なにやら、ドアの隙間からメイドさん達が涙を流して、覗いているんだが。
「では、次は僕の演奏をお聞きください。この時のために、猛練習してきたんです」
そう言って、エステルはメイド服のままバイオリンを手に持つ。
ツインテールだったが、邪魔にならないようにポニーテールに変えている。
「おぉ」
「綺麗な音だねぇ」
優雅に、それでいて楽しそうに演奏している。紅茶の香りも合わさり、心が落ち着く。色んな楽器を演奏できると聞いていたけど、まさかこれほどとは。
素人でも理解できる。
エステルの腕はプロ級だ。
「わー! お嬢様さすがです!」
「なんて心が洗われる音なんでしょう……」
あのメイドさん達は、仕事をしなくていいんだろうか?
「どうですか? 僕の演奏は」
演奏を終えたエステルは、可愛い笑みを浮かべる。俺とジョンは素直に拍手をするが、ゆあとミリアは楽器に興味が出てきたかのように見詰めている。
「よろしければ、一緒に演奏しますか?」
ぱちんっと指を鳴らすと、メイドさん達が色んな楽器を用意してきた。
待ってました! と言わんばかりに、二人は飛び付く。
「おー、色んな楽器があるっすねぇ」
「私、ドラムやってみたい!」
「じゃあ、うちはベースっす!!」
「そういうことなら、僕はエレキギターを」
その後、エステルの教えの下、二人は楽器の練習をして、即興の演奏が始まった。メイドの格好をしたままなので、なんだか不思議な光景だったが、俺とジョンも十分に楽しめた。
途中からは、俺達も手拍子で参加していたぐらいだ。
「ふう。では、音楽を楽しんでもらった後は」
「後は?」
「皆で運動です!」
・・・・・
俺達が次に連れてこられたのは、様々なトレーニング機具が揃っている部屋。
スポーツジムか、ここは。
「おぉ……おぉ!!」
「ここ、本当に家の中か?」
「はい。毎日のランニングに加えて、ここで日々鍛えています」
そういえばランニングで、思い出したんだが。
「なあ、どうして街にまで来てランニングをしているんだ?」
ゆあから聞いた話では、街で一緒にランニングや組み手をしたとのこと。
だが、エステルの家にランニングをするのに十分な敷地や、トレーニングをするための機具が揃っている。
それなのに、どうしてわざわざ。
「それは、もちろん竜牙さんと同じ道を通って強くなりたかったからです。あの街でランニングをしているだけで、竜牙さんを感じるんですよ……」
思いに馳せる女の子のように、両手を胸元に当てて静かに語るエステル。
相変わらずのストレートな物言いに俺は、照れて頬を掻く。
「最初は、本当に辛かったです。このサンドバッグも全然動かなかったんですが」
メイド服のまま腰を落とし、ぶら下がっているサンドバッグに向けて、拳を構える。
「すぅ……」
息を吸い込み、鋭き正拳突きを叩き込んだ。
バン!
気持ちいい打撃音と共に、サンドバッグは大きく弾かれる。そして、戻ってきたサンドバッグへ、今度は鋭き蹴りを叩き込む。
しかし、今度は弾かれず、完全に静止したではないか。
「ほへぇ……」
これには、ミリアは唖然である。俺も、まさかここまでやるとは思わなかった。
普通に考えて、サンドバッグを殴り飛ばすだけでも凄いのに、戻ってきたサンドバッグを蹴りで静止させるとは。
「この通り、随分強くなりました」
「ず、随分じゃないだろ」
「くぅ……! エステルちゃん! 組み手! 組み手しよ!!」
エステルの力に触発されたのか。ゆあが、興奮した様子でシャドーをする。
「いいよ。竜牙さん達も、ここの機具はご自由にお使いください。共に汗をかきましょう!」
「おりゃあ!!」
「おっと! もうせっかちだね、ゆあちゃんは」
自由に使っていいと言われても……とりあえず、上着を脱いでっと。
「……」
先ほどエステルが殴り飛ばしたサンドバッグ。
俺は、静かに手で触れながら、昔のことを思い出す。あの時は、サンドバッグに穴を開けていたけど……今の俺は。
深く息を吸い込み、腰を落とし、サンドバッグに拳を構える。
「……ハッ!!」
そして、そのまま拳を打ち付けた。
だが、サンドバッグには穴は開かず仕舞い。それなりに吹き飛んだが、それだけだ。
戻ってきたサンドバッグを、俺は片手で受け止め、深いため息を、漏らす。
「鍛える、か」
高一になって、結構落ち着いたからな。ゆあの兄として、恥ずかしくないように昔の感を取り戻そうかな……。




