第九話 私の戦闘力は53ま――以下略。上
あれから、ラディに思いっきり頭を撫で回されてキャーキャー笑い声とも騒いだ私は今、鍛錬場のど真ん中に立っている。
ここに来た理由二つある。
一つはどの程度竜に戻せるか、そして、どこまで戻しても大丈夫なのかを知る為。
戻しても大丈夫なのか、とは竜に戻し過ぎて、人になれないようになってしまうのでは? と思ったから。
ようは竜の因子が強くなりすぎて竜としての身体的特徴が現れるんじゃないかなって。
ほら、お父様もお母様も人種なのに、私が竜だ、とかばれた日には家庭崩壊待ったなしよ?
それに貴族だし、お母様の不貞を疑ってごちゃごちゃうるさそうじゃん。
よって、この確認は大事。ちょー大事!
あとは人のままでどこまで力が使えるかの確認ね。
使える事はわかってるのだけど、実際に使ってないし、それは危ういと思う。
だから、私はここに立っているのだ!
……それに。と乱されまくった髪を手櫛で整えながら、先ほどラディと一幕を思い出す。
やっぱ、家族にはああいう笑顔でいてもらいたいし、接してもらいたい。
その為には竜で在る事は伏せとくべきだと思う。
「みんな怖がっちゃう。今まで大抵……そうだったもん」
と、しょぼくれそうになる気持ちを張り倒す様に自分の頬を叩いて気合を入れる。
まだ、そうだと決まったわけじゃない!
数える程度だけど竜である私を怖がらなかった存在もいたし、もしかしたら今の家族は私が竜でも受け入れてもらえるかもしれない。
だから今、考える事じゃない、と気持ちを切り替える為に頬を叩いたが、気合を入れ過ぎてジンジンする。
……痛いわ。これ絶対赤くなってる。と涙目になりながら行動開始する。
まずは鍛錬場全体に隠蔽魔法を張り巡らせて、更にそれを包むように探知魔法を。
「――よし!」
これで、ここで起きた事は外に漏れない。音とか魔力とかね。あと何かがここに近づけばすぐにわかる。
「お次は――……っしょ」
肘が見えるぐらいに袖をまくってから、自分の内側に意識を集中して奥にしまってある力をゆっくりと引き上げる。
その力は触れただけでドクン、と波紋のように広がる。
「ああー……これだ! この力! この波動!! すっるるばぁらしいぃパワーだわ!!」
と緑色の最強生物兵器のような事を巻き舌気味に言っておどけてみる。
つい言っちゃうよね。まぁほんのわずか引っ張り出しただけなんだけど。
……さ、バカなこと言ってないで。
続きましては、右腕だけにその力を集中させる。
すると赤黒い靄のようなモノが肘から先に纏わりつく。
更に力を注いでいくと陽炎のようにうねり出し、肘先に変化が起きる。
それが収まると白くて細い綺麗な私の腕が爬虫類を彷彿させるモノへと変わった。
懐かしき私の腕――竜の腕だ。
見た目は人の手ように五本指で、掌もちゃんとある。が、覆ってるもが違う。
黒い鱗に覆われ、指は曲げたりしやすいようにフィンガーアーマーやら、アーマーリングと呼ばれる装飾品のような感じになっている。
あれだ! 思春期の男子が好きそうなやつ。まぁ私は今でも好きだけどね。かっこいいじゃん、ね?
変化した腕や手を動かしたり、開いたり閉じたりするが、全く違和感がない。
むしろ、よかった戻れてって思いね。一応肘までで止めといたけど……なんか肩まで戻しちゃうと人の腕になれない気がするのよね。あの白くてツヤプニスベスベな腕に。
「……ここまでが人の限界ってとこかしら? それに翼とかもヤバそうね」
と零しながら、竜の腕に戻った手をにぎにぎされながら、人のままの左腕と比べてみる。
うーん大きさは鱗がある分一回り大きく見えるわね。
それから、日の光を照り返す竜の腕を見ながらしみじみ思う。
やっぱ、いいわね! この色合い!!
鱗は、一見黒に見えるけど、実は黒に見えるほど濃い赤! 輪郭がとか、光が当たったところとか、うっすら赤みを帯びてるように見えていいわぁ!
で爪はアクセントに深い赤、すなわち深紅! 我ながらいい仕事したわ!
と自分の腕を自画自賛する私。ニマニマ顔が歪んでるのが見なくてもわかる。それぐらい嬉しい!
……まぁ実体を作り出したのは彼女だけどね
ひとしきり、部分的にだが竜に戻れた事に感動し、満足した私は次の行動に移る。
「――さて、さっそく」
と言ってから地面に流れる魔力に干渉し、壁をつくる。
「ほんっと魔法って便利よねー」
と言いながらその壁に近づき、左手で扉を叩く様にして強度を確かめる。
コンコンと硬いモノを叩く音が響いてきたので強度は石と岩とか同じはず。
「あれ? 石と岩って同じよね? 確かこの違いって……。地盤にくっついてるのが岩で、くっついてないのが石だっけ? てかどうでもいいわねそんな事……」
不意に浮かんだ疑問とどうでもいい雑学を引っ込めて、右手の指先で軽く壁を引っ掻いてみる。
すると、煙のような砂ぼこり上げながら、パスッパスという乾いた音が響き、引っ掻いた場所に浅く抉れたような線ができる。
ん? パスッパス? ガリガリ、じゃねくて?
私は予想外の音が出た事に小首を傾げるが。
「まっ! それもどうでもいいわね」
それもまた昨座に忘却し、今度は右手と同じように左手でもやってみる。
結果は、普通に引っ掻いた音がしただけで壁に傷は入らなかった。
代わりに少し左手の爪が少し削れただけ。
こっちは人と変わらないみたいね。
と合いの手のように関係ない事を思いながら、人の腕の時と、竜の腕の時、その違いを確認した私は壁から距離をとって次の確認作業に移る事にした。