第十七話 竜が喰らって糧にしたもの。そして、得たもの。中
「はぁぁぁぁあああああ」
と盛大に溜息を吐いて私はとりあえず、服を着る事にした。
何となくだけどリンティの目が、発情期を拗らせたおっさんみたいな目になりつつあるからだ。
背中に二対も翼があるので、デザインは限られるんだけど。
真っ裸でいるよりはいいわ。私痴女じゃないし。と横目でアレを見てから私は翼で体を包むようにして竜燐を服に変えて身に纏う。
バサッと勢いよく広げてお披露目です!
アラビアンな踊り子風カメリアちゃん顕現!!
指笛鳴らして喜んでるリンティは既にストリップショーを見てはしゃぐおっさんと化している。
「リンティ……喜んでくれるのは嬉しいのだけど。私のパンツを振り回すのはやめて。ほんと、おねがい」
「あ、はい」
と素直に応じて、そそくさパンツをしまうリンティ。
この子……わざとやってるの? それともこれが素なの? と若干リンティの精神状態に不安を覚えつつもある確認するために彼女に質問する。
「ねぇ? リンティ。私の名前を言ってみて?」
どこぞのヘルメット被った三男みたいな質問だが気にしたら負けよ。
そんな質問されたリンティはキョトンとした表情でコテンと小首を傾げる。
なんかあざといけど……様になってて可愛いわね。
「え? お嬢様のお名前ですか?」
「ええ。私ちゃんと見て、そして私の名前を言ってみて?」
まぁ確認しなくてもわかるけど……一応、ね。
「はぁ? お嬢様が言えと仰るなら……カメリアちゃん――いや様です」
とちゃん付けを訂正しながらはにかむ彼女。
「随分、あっさり答えるわね。あと、様はいいわ。好きに呼びなさい」
「じゃお言葉に甘えて。カメリアちゃんっ!」
そう言いながら彼女は躊躇いもなく私に飛びつき、腰に腕を回してギュッとしてから私の胸に顔を埋める――
「……怖くないの?」
声が震えそうになるのを堪えてそう聞く。
「全く。むしろ抱き心地が最高ですっ!」
「あんたね……一応これでも竜なんだけど? 一瞬で成長して背だってもう私の方が高いのよ?」
「竜であっても一瞬で大人になっても、カメリアちゃんはカメリアちゃんです!」
ダメだ……この子のつむじが滲んでぼやけて見えてきた。
だから、私はリンティが顔を上げる前に空を見上げる。
大丈夫、今この子は私のおっぱいに夢中で当分顔を上げないはすだ。
だから、零れそうになるこれが零れてもバレやしないわ。それに零れても魔法で乾かせばいいだけだもん。
だけど、それは乾かしても乾かしても次から次へと溢れて。
「ひ、ひどじゃっ、ないのよ」
少し濁音交じりなったけど大丈夫。まだいける。
「それを言うならあたしだって人じゃないですよ? 妖精種、エルフで夜天の民って呼ばれてます。ダークエルフってやつですね」
「そう、いう意味じゃ、なくてね。私はりゅ――」
「だからなんですか!!!?」
声を張り上げたかと思えば、頭を抱き寄せられ今度は私が胸に顔を埋める番になる。
「竜だからって! なんですか!! 人じゃないからってなんですか!!」
声を荒げる度に強く抱きしめられる。
知ってる匂いが、温もりが。
「竜だろうがっ! なんだろうがっ! カメリアちゃんはカメリアちゃんです! 何度だって言います! 殺されたって言います! あなたはっ! あたしの! 愛するカメリアです!!」
言葉が。
私の頭を放して肩を掴んで真っ直ぐ見てるんだろうけど、もう私には水の中で目を開けてるようでよく見えない。
「いいですか? だからあたしは、あたしからカメリアを奪おうとする如何なる存在も許しません。蔑ろにする存在も、侮蔑する存在も、傷つける存在も……それらが例え竜であろうが、神であろうが……皆殺しにします」
ダメだ……この子も私の口に喜んで飛び込んでくる恐れ知らずの最強だ。
強くて優しいあの子と一緒でこの子も――
「それに、です。ちょっと意地悪で、ちょっとわがままで、無邪気かと思えば人一倍警戒心が高くて。おっかなびっくり空を飛んでる竜みたいで、危なっかしくて見てられません。ですのであなたはあたしが死ぬまで面倒見ます。あなたが嫌がって守ります。あなたが思ってなくても――あなたはあたしの家族です」
「そんな必殺技……だず、のわ――」
そんな熱くて優しい竜殺しの文句は、
「ひぎょよぉぉぉぉぉおおおおおおおおお」
もう我慢できなくてぎゃんぎゃん鳴いた。
「あと、テレジアに似て泣き虫です」
と最後にリンティの優しい声がとどめとなった。
全力で鳴、い、たっ! 私は現在リンティにギュッとしてもらって、その胸に顔を埋めています。
え? 理由? 目にゴミが入って充血してるからよ! 他意はないわ。
「カメリアちゃん? その苦しくないですか? そのあたしの胸って、まぁそれなりに大きいですので」
「問題ないわ。むしろこの息苦しさ何でか知らないけど落ち着くのよね」
やや籠った声でそう返すと「あー」という何とも言えないリンティの声が返ってきた。
「それは……身に覚えがありますね」
それからリンティが語る驚愕の――ってほどじゃないお話が語られた。
みなさんは乳母というモノをご存知だろうか。
簡単に言うと何らかの事情で赤ちゃんにお乳やれない母親に代わってお乳やる女性の事だ。
お乳を飲ませるだけじゃなくてそのまま、乳離れするまで面倒みたりするそうな。
まぁ実の母親に代わって育児をするが正解だろうか?
で、だ。私にも乳母いる。今知りました。
もうその正体が誰だかは、おわかりだろう。
そう、今まさに私が顔を埋めている程よい大きさと弾力の胸部装甲を実装している彼女、リンティストセレネ。その人である。
驚きすぎて思わず顔を上げてしまったわ。
ちなみに妹であるカナリアの乳母はティティだそうな。
「――なるほどねー。で懐かしく感じる息苦しさはどう関係するの?」
と聞けばこれまた曖昧な表情で答えるリンティ。
「いえ、そのあたしって寝ると抱き着き癖があるまして……その何度かこの胸でカメリアちゃんをち――」
「そう」と短く答え最後まで言わせずに私はリンティの胸から離れた。
これもまた、竜殺し―ドランゴンスレイアーだったのね……。
「で、それはいいわ。気になるのはお母様はなんで……そのあなた達を乳母に?」
「えーっとですね。それは……何と言いますか。膨らみはしたんですよテレジアも。辛うじておっぱいってぐらいには……ですが。その、出なくて」
この先はもういいだろう聞かずとも……ん? ちょっとまって? 母乳が出るって事は――
「子供いるの? あなた達」と聞くがリンティは、は? って顔になる。ん!?
「いるわけないじゃないですかー。誰が男なんかと、ねぇ?」
「いや聞かれてもね。……じゃなんで出るのよ。てか出たのよ」
「それはもちろん魔法で、ですよ」
それからまたリンティから語られる内容はなんとも不思議な感覚を覚える話だった。
なんでも妖精種、エルフなどは子供が出来ても母乳が出ないのが当たり前だとか。
母乳が出る方が珍しいんですって。
それでは、育児なんてできないから作ったそうだ。母乳が出るようになる魔法を。
「じゃそれをお母様にかけてやれば、よかったんじゃないの?」
「この魔法は妖精種の為に調整してる魔法ですので、人種にかけちゃうとどうなるか分からないものでして」
なるほどねー。とボタンがあったら連打したい気持ちなる話だった。
「そう言えば、遅いですね」
「ん?なにが?」
「ティティ姉さんが来るのが」
「あーあの時外に連絡してた相手はティティだったのね」
「はい。ですが、妖精魔法なので普通は妖精種以外はわからないんですが……」
「何してるかははっきりとわからなかったわよ? とりあえず、応援でもよんでるのかなぁって。あと、へんな魔力感じたし、だから竜殻で覆ってここに入れなくしたわ」
「え? りゅうかく? なんですかそれ」
「簡単に言うと竜が使う魔法かしら? 神すら傷つける事が不可能なほど強固な防壁ね」
「さすが最強種……次元が違いますねぇ」
そう遠い目をしてぼやくリンティに教えてあげよう。
あなたも、最強だと。
竜燐だろうが竜殻だろうが、防ぎきれない強さを持ってるのよ、と。
にしても……
貴女を食べて強さだとか想いだけじゃなくて『家族』っていう最強まで――ちょっと大盤振る舞いしすぎよ。と重なって聞こえる寝息に呟いた。
あ、そうだ。と一連の話を聞いて閃いた私は、
「――リンティ母さんっ」
と彼女の事をそう呼んだら
「かぁぁぁめぇぇぇりぁぁぁああ」
と物凄く号泣された。