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第一話 堅苦しい始まり


 質素ではあるが、上品に仕立て上げられた衣服を着た男性が、小さな我が子の手を両手で包みそして、その手を自分の額に当てどうか、どうかと何度も呟き神に祈っている。


 その様を涙を流しながら赤く腫れた目で見つめる女性。


 彼の妻である彼女――テレジアは彼が普段、神に祈りはするが懇願するような姿を初めて目にして彼女は混乱の極み、絶望の淵に立たされた。

 テレジアは、夫――ジークもまた自分同様に、いやそれ以上に弱り果てているのだと理解すると同時に、我が子の命はこれまでなのだと思い知らされ、その場にへたり込んでしまう。

 普段であれば幼く愛くるしいと感じる姿で、家にいる使用人も含め夫から愛されてるテレジアではあるが、その面影を残さない今の姿を見て、周囲に控えている使用人たちは、彼女のもとに駆け寄る事すら忘れて嗚咽を漏らす。


 そんな使用人たちの中で一人毅然としている初老の男性――セバスティアンが床に座り込んでしまった彼女にもとに。そして、ゆっくりと屈んで彼女と目を合わせる。


「奥様。諦めてはなりません。まだお嬢様は戦っておられるのですよ?」


 そう、テレジアに語り掛けるが、彼女は幼い子供のように顔を横に振るだけで応えようとしない。

 それを見てセバスティアンは、内に溢れるだす感情に押しつぶされそうになる。だから彼はなりふり構わず心中で叫び、祈った。


(なんでもいい! この老い先短い命でよければくれやる!! だからどうか! お嬢様を……カメリアお嬢様を――!!)



 そして、その祈りが届いたのかわからないが、彼がそう心の中で叫び終わると同時に、小さく幼いうめき声が響く。


 それはジークに手を握られている幼女――カメリアからである。

 それを間近で聞いた彼は祈るの止め、我が子カメリアの顔を凝視する。

 それから、ややあって僅かに動いたカメリアの瞼を見て声を上げる。


「カメリア!!」

「退け! ジーク!」


 声を張り上げ我が子の名前を呼ぶジークを押しのける白衣を着た男性――レザード。

 彼は医師であり、ジークの義兄である。

 何度もカメリアと叫び、離れようとはしないジークを無理矢理引きはがし、彼はカメリアの額に手を当てたり、手首を掴んで脈を測ったりとせわしなく動く。

 そして、カメリアの容態が安定しつつある事に確信を得た彼は、安堵するように息を吐きカメリアから離れる。

 だが、そんな彼の姿を見て何を勘違いしたか、ジークは彼の方に肩に掴みかかり、強引に自分の方へと体を向けさせ、声を荒げる。


「おい! レザード!! どうしたんだ! カメリアは――」


 顔の間近で大声を出され、うるさそうに顔しかめるレザードは、彼の言葉を最後まで聞かずにカメリアの容態を伝える。


「うるさい! ジーク。あと肩に指が食い込んで痛い!」

「おま――」

「いいか? まずは落ち着け。 そして、よく聞くんだ」


 それでもお構いなし声を荒げるジーク。


「落ち着けだと!? ふざけ――」

「お前の娘はもう大丈夫だ!!!」


 その声をかき消すようにレザードは怒鳴りように声を張り上げた。


「――……もう? お、お、おいそれはど……」


 ジークは告げられた内容がよくわからず、最悪または悪夢が頭を過り、最後まで言葉にできなかった。


 その顔を見たレザードは呆れながら、彼にこう告げる。


「ああ? なにを勘違いしてる? 峠を越したってやつだ。もう一度言うぞ? お前の大事なお姫様は無事、病に打ち勝ち、この世に存在する事を勝ち取ったんだ! さぁ喜べ!? 愚義弟!!」


 そう告げ終わるとジークフリードの背中を勢いよく叩くレザード。

 叩かれた事で、その場に崩れ落ちるように床に座り込んだジークは、安堵と歓喜の入り混じった表情で何度もよかったと噛み締める様につぶやく。


 レザードはそんな彼を横目に見つつ溜息一つ零すと、彼と同じように床に座り込むテレジアのもとへ。


 「さぁ、俺の可愛い妹よ! 君の大事な宝箱は神に取られずに済んだよ」


 とやや芝居かかった口調で優しくテレジアの肩に手を乗せ、語り掛ける。


 最初は何を言っているのか理解できなかったテレジアは、その意味が段々と理解し始めて目に光が戻るとえ? と声を漏らす。

 それを聞き、テレジアの意識が自分に向いたことを感じたレザードは再度、彼女に語り掛ける。

 

 「よく聞くんだ。俺の可愛いテレジア。君の娘は峠を超え、助かったよ!」

 「――助かったの? カメリアが?」

 「ああ。もう大丈夫だ!」


 テレジアは娘が助かったことを完全に理解すると、子供のようにわんわん泣き出す。

 彼女は兄であるレザードの胸に顔を押し当て、鳴き声と鼻声を混じらせた濁音でお兄様と何度も声を張り上げた。

 その声と姿に懐かしく思いながらレザードは、彼女が落ち着くまでされるがままとなった。



 この場が安堵と歓喜と泣き声に満たされる中、銀色の長い髪を汗ばんだ頬に張り付けた幼女カメリアはゆっくりと目を開け、ぼんやりとした金色の瞳で天井を眺めると――。


 「知らない天井だ」


 そう、誰にも聞き取れないような小さな声で呟いた。

  

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