祠の子
※
ひぃ様。
あの老婆がそう呼んだモノは、あの赤子の化物かもしれない。
そう仮定すると、徐々に封印していた記憶の断片と赤子の亡者が繋がってくる。
祠を相手に「おとしおとし」をやった日にあきちゃんは死んだ。一緒に遊んだきぃちゃんも死んで仕舞った。そして、自分の元にあの化物がやってきた。
ならば、あの祠には何かある。老婆が「ひぃ様」と呼ぶモノとの関わりが、きっと。
そう思うと居ても立っても居られなかった。簡単に身支度をして畦道を足早に進む。
正直、あの祠は怖い。出来れば近づきたくない。でもそれよりも恐ろしいのは赤子の化物だ。もしもアレが「ひぃ様」なのだとしたら、自分の命が危機に瀕していると考えるべきだろう。なら、なんとかしたい。死にたくない。昨日恐怖に駆られて転げるように過ぎた道を逆に辿る。足取りは段々と早くなる。
見えた。朝の光の元でも淀んだ様に黒っぽく煤けた小さな影。
両手を合わせ、深く頭を垂れてから悠人は中に押し込まれていた地蔵の一つをそっと持ち上げてみた。材質は何処にでもある石のように思える。粗末な作りで、祠に入っているから地蔵だと思ったが、一つだけを見ると雪だるまにも見えかねない。
そこで、祠の設えの奇妙さにも気付いた。
切妻屋根に木製造り。ここまでは良い。だが観音開きの扉もなければ、地蔵を祀る花も供物も見当たらない。それにこの祠が仏教と関係あるものだ、と示すような飾りの類がまるで無い。
そう、祀る場所というより、不特定多数の人間がこの地蔵を置きにくる、もっと言えば捨てに来る場所、そういう赴きなのだ。
一礼して手の中にある地蔵を戻してみる。矢張り、取り出すよりも入れる方が楽だ。
何故こんな作りに、と考えていたのが拙かった。引き抜く手が地蔵の山に引っかかって、頂上がぐらり、と揺れる。あ、と思ってなんとか腕と胸で押さえたが、バランスが崩れて仕舞った物はどうしようもない。ばらばら、と何十個も雪崩れた。
「あちゃぁ」
村の人間に気付かれないように戻すとすると、これは大事だ。
とにかく、地面に転がらなかった物を戻そう、と祠の中を見やって悠人の動きが止まった。
何か、ある。
煤けて良く見えないが、祠の一番奥の壁に、何か絵のような物があるのだ。
首にかけていたタオルを地面に敷いて、その上に祠に残っている地蔵を掻き出す。
出てきたのは、女の絵だった。細部がはっきりしない。掌で煤をそっと払う。
女が纏っているのは、粗末な着物のようだ。年のころは中年いや、老年というべきか。彼女の顔には感情が無い。右手に何か持っている。細長く鋭い。針、だろうか?左手にも何かある。
もう一度、煤を拭う。
床についた女の掌に下敷きにされ、赤ん坊が泣いていた。
表情の無い女は、今まさに右手の針をこの赤ん坊に刺そうとしている。
意味を理解した途端胃がむかついて、悠人は地面に突っ伏すようにして胃液を吐き出した。
――間引き絵馬だ。
講義で見た写真は、女が赤ん坊の口と鼻を覆っていたから殺される側の顔は見えなかった。
だが、此処に描かれているのは、違う。生きようと大きく泣く赤ん坊の顔がはっきり描かれている。
当時は人口統制や宗教的な意味合いも云々と教授は言っていたが、この絵の凄まじさは、そんな理屈を置き去りにして胸に迫ってくる。これは、殺人だ、と。
此れが、この祠の隠し持つ意味。
ならば、納められていた小さな地蔵たちは?
――ひとりを一つにして、親たちが此処に、この村に捨てていった。
また胸の辺りが焼けた。
この祠には、いたのだ。
何百何千の子供たちが。