恋のテクニック
ロレッタ嬢からのお返事を楽しみに待っていたが、ロレッタ嬢からはお手紙が届かなかった。1旬…10日、間隔をあけて2度目の手紙を書いた。もしかしたら手紙が事故で届いていなかったのかもしれないと思ったのだ。やはり返信は来なかった。もう1旬経った頃「是非ともお返事を頂きたいです」と手紙の催促をした。
やはり返事は来ない。もう自棄になって、熱烈なラブレターを書いた。好きです。愛しています。恋焦がれています。と愛の言葉を綴った。ここまではっきり伝えれば、告白を受け入れるなり、拒絶するなり何らかの反応があると思ったのだ。
しかし返事は来なかった。無視されている? 脈があると思ったのは糠喜びだったのだろうか。
***
トントンというノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
おずおずと僕の部屋に訪れたのはシェイラだった。
「どうしたんだい? シェイラ」
シェイラは泣き腫らした目をしていた。少し距離を置いていたから、シェイラの顔をまじまじと見るのは久しぶりな気がした。心なしかやつれたような風情だ。ほのかに罪悪感を感じる。
僕は自室のソファに座っていたのだが、シェイラは僕の隣に腰掛けて、そっと僕の手を取った。
「シェイラ…?」
「お兄様はロレッタ様の事がお好きなのね…」
シェイラが静かに僕の瞳を見つめてきた。
「…そうだよ。僕はロレッタ嬢を愛している」
しっかりと自分の気持ちを伝えた。
シェイラは儚げな笑みを浮かべた。
「わたくし、お兄様が好きでしたの…妹ではなく、一人の女性として一人の男性であるお兄様を愛しておりましたの…」
美しいアクアマリンの瞳が潤んでいる。
「ごめん…」
シェイラのことは好きだけど、その気持ちには応えられない。僕の好きは「妹として」だから。
「それがお兄様のお心ならば仕方ありませんわ」
シェイラが吹っ切ったようにふふっと笑った。
「ロレッタ様のお気持ちはどうなのです? 脈はありまして? わたくし、自分の想いが叶わぬなら、せめてお兄様のお力になりたいですわ」
多少こすっからいところもあるけれど、シェイラはやっぱり根は優しい子だ。失恋したというのにこんな僕に献身してくれる。自慢の妹だ。優しいシェイラが誇らしい。
けれど僕の恋は難航気味。何だか情けない。
「……ロレッタ嬢は僕のことを嫌ってないと仰ってくださったよ。僕はロレッタ嬢に嫌われていると思っていたから、それが誤解で嬉しくて…でも手紙に返信が来なくなったんだ」
「まあ…」
シェイラが眉を顰めた。
「ロレッタ嬢は僕のこと憎からず思っているようなお手紙をくださったのだけれど、それ以降が全然」
核心に迫るお言葉を頂戴できないまま、手紙はぷっつり。
「お兄様はきちんと好意を綴りましたの?」
「お返事を頂けないようになってから何度目かの手紙でちゃんと告白したよ。受け入れるなり、拒絶するなり、何らかの反応があると思ったんだけれど、それもなくて…」
シェイラは形のいい顎に人差し指をぴとっとつけて考えこんだ。
「もしかして、ロレッタ様はお返事に困っているのかもしれないですわね」
「……僕の気持ちが迷惑だったということだろうか」
暗澹とした気持ちになる。
「迷惑でしたら拒絶のお手紙が来るのではなくて? お兄様のお心を受け入れるべきか、そうするべきではないのか迷っていらっしゃるとか。例えばロレッタ様に他に気になる殿方がいて、お兄様とそちらの殿方、お二人の間で心が揺れているとか」
僕ははっとした。
「ロレッタ嬢にはロレッタ嬢を『可愛い』と言って愛してくださる方がいるとロレッタ嬢は仰って…」
「それですわね」
シェイラは大きく頷いた。
ロレッタ嬢はその方を憎からず思っていらっしゃるようだった。もしかして、僕とその方、どちらを愛するべきか決めあぐねていらっしゃる…?
僕はすっく、と立ち上がった。
「ロレッタ嬢にプロポーズしてくる!」
手紙などというまどろっこしい方法は止めだ。情熱的にロレッタ嬢を求めて、お心を射止めないと。
「お兄様、お待ちになって。それは悪手ですわ」
シェイラに止められた。
「お兄様のアプローチ方法は素直すぎますわ。ロレッタ様はご自分が『選ぶ立場』に立ったので、あちらが良い、こちらも良いと迷っていらっしゃるのですわ。ここは一旦引いて見せて『あなたが選んでくださらぬなら僕には他がいるのですよ』と意地悪するのです。人間は逃げるものを追いたくなる習性を持っていますから、逃げられそうになったら向うから追いかけてきますわ。恋のテクニックです」
シェイラの提案するテクニックはよく女性が使うと聞くテクニックだけれど…僕がやっても効果があるのだろうか。
「でも僕に他など…」
「わたくしが協力しますわ」
シェイラが力強く頷いた。
「わたくしとお兄様がお付き合いするようだという噂を社交界にばらまくのですわ。婚約秒読み段階とか…人目につくところでべたべたといちゃついて見せて…ロレッタ様に危機感を持たせられれば成功ですわ。『このままでは大きな魚を逃がしてしまうかもしれない!』と、ロレッタ様が迫ってきたら意地悪して、ちょっと焦らして見せて、掌で転がすんですの」
我が妹ながらこすっからい作戦を立てる。
「本当に迫ってくれるかな…?」
ちょっと不安な気持ちだ。
「大丈夫ですわ。きっと」
「でもその作戦はシェイラに負担が大きいのではない?」
シェイラは僕に失恋したというのに傷口に塩を塗るような行為。しかもその作戦が無事成功するとシェイラが「アルトを惜しいところまで攻略しておきながら、他の令嬢に盗まれた」という汚名を被ってしまうのだけれど。
「失恋したのは事実ですから、今更多少追加されたところで変わりませんわ。あ、でも……恋人の振りなどして、お兄様が本当にわたくしに恋に落ちてしまったらロレッタ様には申し訳ないですわね」
シェイラが悪戯っぽく笑った。
シェイラの計画で押してダメなら引いてみる作戦を実行に移した。




