ライアー
ロレッタ嬢からお食事の誘いのお手紙が来た。僕はもう夢見心地だ。ロレッタ嬢のお手紙はそれはもう信じられないくらい可愛らしいことが書いてあった。「今回のお食事こそアルト様と楽しい時間を過ごしたいです」とか「お会いできるのはすごく楽しみなのですが、アルト様にお会いするとドキドキしすぎて動揺してしまいます」とか「ヤキモチを妬いてしまいますから、シェイラ様はお連れにならないでくださいね?」とか「お会いできるのを一日千秋の思いでお待ちしております」とか。普段の刺々しい言葉からは想像もつかないような可愛らしいことばかりが書かれていた。まるで恋文のようだと舞い上がった。
場所はマリア・ベルヌールというレストランだそうだ。料理が美味しいと評判の貴族のデートスポットである。
やはりこれってデートだよね。僕は毎日手紙を読み返して、約束の日を指折り数えた。
当日、早めに行ったにもかかわらずロレッタ嬢は既に来ていらっしゃった。今日も抜群にお美しい。
「ロレッタ嬢」
声をかけるとロレッタ嬢は少し表情を緩めた。
「アルト様、席について。わたくしは頂かないけれど、アルト様はデラノラの赤を召し上がると良いわ」
偶然だろうが僕の好きなワインの銘柄を指定してくださったことに笑みがこぼれる。
「ではそうしますね」
ウェイターに注文を通して、ワインと料理が運ばれてきた。ワインの色や香りから存分に楽しんだ。なんて素晴らしい色! 香り! そして味…! 堪能してほっと息をつく。
「美味しい…」
「良かったですわね。中年太りへの第一歩、おめでとう(訳:美味しくても飲み過ぎは良くないんですからね?)」
ロレッタ嬢はご自分で僕にワインを勧めた癖にそんなことを仰る。
「どうしてそのように可愛くないことを仰るのですか?」
手紙ではあのように可愛らしいことばかりを書かれていたので、「今日お会いした時も…」と期待していたのに、お会いするとやはり可愛くないことを仰る。
「癖ですわ」
「嫌な癖ですね」
暴言癖? 何故そんな癖をお持ちなのだろう。何か訳あってのことなのかもしれないけど、慣れないというかやはり可愛くないことを仰られると鼻白んでしまう。
料理は評判通り素晴らしい。舌の上で蕩けるような甘いテールのスープ。
「美味しいですね」
すごく美味しい。顔がほころんでしまう。
「まあまあですわ(訳:ええ。すごく美味しいわね)」
次々と料理が運ばれてくる。順に味わいつつお喋りする。可愛くない言い方なりにコミュニケーションをとる。ちらりとロレッタ嬢を見て緊張する。
「ロレッタ様は、ヴェルモンテ家の夜会にはご招待されてますか?」
「ええ」
「エ、エスコートは…?」
僕は期待を込めて聞いた。「特にいない」と仰って下さったら「僕にエスコートさせていただけませんか?」とお願いしたい。ロレッタ嬢と腕など組んで入場出来たら夢のようだ。
「ウェルスがしてくれるはずよ」
あっさりと甘い夢想が打ち砕かれて唇を噛む。ロレッタ嬢には心に決めた方がいらっしゃるのだ。
「『ウェルス』とは、以前ロレッタ嬢にクレープを買っていらした男性でしょうか?」
「ええ」
ロレッタ嬢と楽しげに街を散策していた男性。夜会でロレッタ嬢の腰を抱いていた男性。
グラスの中のワインを一気に飲み干した。くらりと酩酊する。
ウェルスというのがロレッタ嬢の心に決めた男性なのだろうか。
「随分親しい仲なのですね」
「当然よ(訳:従弟ですもの)」
やはりそうなのだ。彼がロレッタ嬢のお心を射止めているのだ。苦しくて酔わずにはやっていられない。料理も食べたが、ワインも沢山飲んだ。美味しいワインの味なのに随分と渋く感じる。
「そんな渋そうな顔をして、きちんと味わってますの?(訳:もしかして口に合わない?)」
「ええ…お料理は美味しいですよ」
「あら、お料理以外に不満があるとでも仰いたいのね(訳:私との食事だから楽しくないの?)」
「……」
ロレッタ嬢が僕に手紙で書かれたような甘いことを囁いて下さったら、きっともっと食事は美味しかっただろうし、楽しかっただろう。
でもロレッタ嬢には心に決めた方がいらっしゃるのだ。
「ロレッタ嬢のお心がわかりかねます。僕のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
何故心に決めた方がいらっしゃいながら、僕とデートなどなさるのだろう。これはロレッタ嬢にとって火遊びなのだろうか。それとも本気で僕に心を動かされてくれているのだろうか。お手紙で可愛いことを沢山書いてくださったのはどうして? あのお手紙は期待して良い事柄? それとも火遊びの手練手管?
ロレッタ嬢に恋い焦がれて胸が焼ける。
「アルト様がわたくしに抱いている気持ちと正反対の気持ちを持っているのではないかしら?」
僕の気持ちと正反対…つまりロレッタ嬢は僕がお嫌いということなのですね。火遊びどころか、嫌がらせで弄んでいただけなのか…心が冷たく冷たく冷えていく。
ロレッタ嬢をきつく睨み付けた。
「本当にロレッタ嬢は可愛くない。そうならそうと最初からはっきり仰ればよかったのに。あんな気を持たせるようなお手紙をくださって…もう少しで、ロレッタ嬢がこの食事を楽しみにしていると勘違いしそうでしたよ」
「え…?」
意中の方からあんなお手紙を頂いたらそれは舞い上がるだろう。ロレッタ嬢は嫌いな僕を弄ぶためだけにあの可愛らしい文面を考えたのか。僕が舞い上がるのを想像して嘲笑っていらっしゃったのだろうか。なんと残酷な方だろう。
もう少しで誤解してしまう所だった。ロレッタ嬢が僕に多少なりとも好意を寄せているのではないかと。
そう思う方がどうかしていたのだろうけれど。思えばロレッタ嬢は最初から僕に不快感を示すお言葉を口にされていらっしゃった。僕が一目でロレッタ嬢に惹かれたように、ロレッタ嬢は一目で僕を嫌ったのだろう。嫌いなら嫌いとはっきり仰ればよかったのに。
こんな弄ぶような真似をするなど、残虐極まりない。
「人の心を弄ぶロレッタ嬢など大嫌いですよ」
「……」
可愛さ余って憎さ百倍だ。僕のうぶな恋心が残酷な真実に震えている。
「本当に。ロレッタ嬢にはお会いする度にイライラさせられる」
「……」
きつい言葉をかけられて、辛いのに、それでも好意を持ってしまう。もどかしいイライラだった。
特に初めて一緒にお食事した時、ロレッタ嬢は気安くお食事に誘わせてくださったから期待した。楽しいお食事になるのではないかと。好意を持たれているのではないかと。
でも蓋を開けてみればロレッタ嬢には酒の過ちを犯してしまう憎からず思う方がいる。同一人物かはわからないが「可愛い」と言って愛してくださる方がいるのだそうだ。あのがっかり感は筆舌しがたい。
「共に食事などしなければ良かった」
「奪ってやりたい」などと気負いこんで、可愛いお手紙に脈がありそうだとときめいて、楽しみに楽しみに浮かれ切って誘い出されたのに、僕と正反対のお気持ちとは。全くお上手な返しだ。僕がどれほど恋焦がれていたのかなどお見通しだったのだろう。馬鹿な奴だと嘲笑っていたのだろう。
「…あなたは正直者ね(訳:はっきり言うのね)」
いいえ。僕は大嘘つきです。
ロレッタ嬢のことが大好きなのです。
会うたびドキドキさせられていました。
こんな最後だけれど、あなたと食事できてよかった。
そんなこととても言えはしないけれど。
僕はカトラリーを伏せて席を立った。
「本当に。時間の無駄でした。もう少しで馬鹿を見るところでした。これ以上あなたといたくないので失礼します。さようなら」
お手紙を頂いてから、今日ここに来るまで、夢のような時間でした。少しだけ幸せな夢が見られました。でもこれ以上平然とここで食事することなどできそうにないのです。もうどんな料理も涙の味しかしなくなってしまうだろうから。
ディナトール家の馬車に入って静かに涙をこぼした。
頂いた手紙を読み返しては妄想する。ロレッタ嬢のこのお手紙が真のお心だったらという妄想。真実から目を背けて、甘い夢に沈んだ。甘い妄想は麻薬のようだ。夢から覚める瞬間激しい痛みを伴うけれど。




