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想い人の恋人

ムタール・リストランテに予約を入れるとき一悶着あった。シェイラが自分も一緒に行くと駄々をこねたのだ。僕は生まれて初めてのデート…それも相手は憧れの女神の様な美女。デートを邪魔されないように頑張ってシェイラを拒絶した。シェイラは臍を曲げて拗ねてみたり、それでも駄目だとわかると悲しそうな顔をしてみたり、涙をこぼして気を引こうとしたり、僕がどうしても譲らない姿勢を見せると不機嫌になった。僕はシェイラを甘やかしていたので、気付かないでいたけれど、シェイラはもしかすると物凄く我儘なのかもしれない。

レネゼッタ母上も機嫌が悪かった。どうもレネゼッタ母上は僕とシェイラを夫婦にしたい考えであるらしいのだ。確かにシェイラは可愛いけれど、僕にとっては妹でしかなく、レネゼッタ母上のお心は全く持って大きなお世話なのだが。

何とかシェイラとレネゼッタ母上を抑え込んで、ムタール・リストランテには2名で予約を入れた。当然個室だ。

当日はお気に入りのスーツに袖を通し、30分前に店に着いた。ロレッタ嬢とデートできるのが楽しみで楽しみで仕方なくて、気が逸っていたのだ。

ロレッタ嬢はお約束の20分前にやってきた。クリーム色のドレス姿が本当に可愛い。夜会でお召しになっていた藍色のドレスも冴え冴えとして大層お美しかったが、クリーム色のドレスもロレッタ嬢の印象を柔らかくしていて、うっとりするほど可愛かった。


「あらあら。随分待ち遠しかったようですわね?(訳:お待たせしてごめんなさい)」


ロレッタ嬢が仰る。舞い上がって浮かれている僕をからかっていらっしゃるのだろうか。


「……いけませんか?」


素直に拗ねる。ロレッタ嬢がからかわれたことは僕にとってはただの図星で、本当に待ち遠しくて仕方がなかったのだ。


「そのように媚びを売って、何かよからぬことを企んでいらっしゃるの?(訳:どういう心境の表れですか?)」


ロレッタ嬢は僕に「お会いできるのを待ち遠しく感じていた」と言われても喜ばなかった。ほんのり赤い顔で小憎たらしい嫌味を言った。

邪推されて面白くない。


「ロレッタ嬢は随分ひねくれた考え方をなさるのですね。別に他意などありません。…どうぞお掛けください」


ロレッタ嬢が僕の対面の席に掛けられた。雰囲気の良いお店で、デートに来ているのだという実感を強く噛み締めた。話を盛り上げて、出来ることならロレッタ嬢の笑顔の一つでも拝見したい。


「シスコンも遂に妹離れなさったの?(訳:今日はシェイラ様は一緒じゃないのね)」

「悪意を感じる発言ですね」


まるで僕と妹が常に番って歩いているような言いざまだ。確かに仲はいいけれど、別にシェイラがいなくても一人で行動できる。特にロレッタ嬢とは二人きりでお会いしたくて頑張ったのに。ついてきたがるシェイラを拒絶するのにあんなに苦労したのに。


「誤解ですわ(訳:他意はありません)」


ロレッタ嬢は僕のことをシスコンだと思っていらっしゃるようだが、そこに特別悪意はないようだ。

気を取り直した。


「食事はコースですが、ワインは何を頼まれますか?ラファンテの赤がお勧めらしいですが」


この国…ローグハーツでは飲酒は12歳からだ。軽い酩酊感が心地よいのでアルコールは嫌いではない。


「わたくし、お酒は頂きませんの」

「お酒に弱いのですか?」

「ええ」


ロレッタ嬢はアルコールに弱いらしい。無理強いするつもりはないけれど…


「何か酒の過ちが?」

「……」


悪戯に尋ねたら、ロレッタ嬢は顔を赤くして狼狽された。如何にも乙女らしく恥じらっているご様子で、ロレッタ嬢の『酒の過ち』はもしかすると酔って粗相をしたようなお話ではなく。色めいた類の過ちなのだろうかと邪推する。


「……そのような態度をとられる『過ち』ですか」

「……」

「否定なさらない?」

「……」


ロレッタ嬢は、どうやら色めいた意味での酒の過ちの経験がおありになるようだった。勿論、その『過ち』がどの程度深刻な過ちなのかは気になった。例えば酔っぱらって口付けを交わしてしまっただとか、あるいはもっと言葉にするのも憚られるようないやらしい行為に及んだとか。

でも何より面白くないのはロレッタ嬢がその過ちに満更でもないご様子であることだ。憎からず思っている相手との過ちだったのだろう。恥かしそうな様子は見せたが、嫌悪感や忌避感など苦い感情はお出しになっていなかった。

とても面白くない。飛び切り美しいロレッタ嬢は誰か他の男にいやらしく触れられたのかもしれない。

そう思うと醜い嫉妬でくつくつと身が焼ける。

今日はロレッタ嬢と楽しい時間を過ごせるかもしれないとワクワクしていたけれど、全然会話が弾まない。醜い嫉妬に駆られた僕がロレッタ嬢を邪険にしてしまうせいだ。感情がコントロールを失って暴走する。


「僕の妹は可愛い人でね、いつも素直で優しい言葉をかけてくれるのですよ。少しつれなくしただけで可愛く拗ねるのです」


当てつけのように妹自慢をする。ロレッタ嬢の目の前でロレッタ嬢以外の女性を褒め称えて、ロレッタ嬢に嫉妬させたかったが、妹以外の親しい女性の一人もいはしない。ロレッタ嬢には夜会で腰を抱かせる男性がいるというのに。


「…まるでわたくしとは大違い、と仰いたいの?」


ロレッタ嬢は気分を害したようだ。


「ええ。その通りですよ」

「……」


醜い嫉妬に駆られて機嫌が地を這っている僕は、冷たい言葉を吐いてしまう。

僕も大抵優しい発言が出来ないが、ロレッタ嬢も口を開けば憎らしいことばかりを仰る。嫌味の応酬に険悪な雰囲気が漂う。多少はリアクションをとってくださっていたロレッタ嬢も徐々に表情を消して人形のようなお顔になってきた。こんなお顔が見たかったわけではないのに。


「まあ、それでは今は可愛い可愛い妹様がいなくてさぞや切ない思いをされているのでしょうね」

「ええ。本当に。可愛い妹を連れてくれば良かったと後悔していますよ」


折角シェイラを拒絶してまで二人きりになったのにこの様では、馬鹿みたいである。ロレッタ嬢は嫌味たらしい態度だ。シェイラのように可愛く拗ねて見せてくださったら、僕だって優しくできたかもしれないのに。


「ほほほ。まるで恋人同士ね」


ロレッタ嬢は僕とシェイラの仲の良さを嫌味ったらしくあげつらった。


「ああ、血が繋がらないのでしたっけ? もしかして本当に恋人同士なのかしら?」


ロレッタ嬢と親密になりたいと思った僕の願いとは正反対に悪意ばかりを感じる。確かに「シェイラは可愛い」と僕が種を蒔いたことだけれども、ロレッタ嬢はヤキモチを妬いて可愛く拗ねてはくださらなかった。遅まきながらに僕の思う女性の行動パターンの基準が知らず知らず『シェイラ』のものになっていたことに気付くが、今気づいてももう遅い。気を引きたかったロレッタ嬢は修復不可能なほどに機嫌を損ねられている。

シェイラと恋人同士であるわけもなく、それでいて僕に親しい女性など居ない。ロレッタ嬢には夜会で腰を抱かせる親しい男性がいるというのに。酒の過ちで悪い気がしない相手がいるというのに。もしかしたらその二人は同一人物なのかもしれない。


「…さて。どうでしょうね」


素直に「シェイラとは兄妹以上ではない。僕に親しくしている女性など居ない」そう認めてしまうのが、僕のちっぽけなプライドに響いて、強がるようなはぐらかす返事を返した。


「あらあら。気を持たせがちですのね。選ぶ権利のある方は羨ましいですわ」


頭に血が上った。それは皮肉だろうか。僕のちっぽけな見栄などはお見通しで、ロレッタ嬢は「自分は選ぶ権利があるのよ?」と仰っているのだろうか。他の男性のことを選ぶのも僕のことを選ぶも、全てはロレッタ嬢の胸三寸だと。


「……ロレッタ嬢は外見ばかり美しくて刺々しい方ですね。可愛くない」


ロレッタ嬢は女神のようにお美しいけれど、本当に嫌味な方だ。可愛げがない。こんなにも可愛げがないのに、惹かれている自分が悔しくて、ロレッタ嬢に毒を吐く。


「わたくしにだって! わたくしにだって『可愛い』と言って愛してくださる方がいるんですのよ!」


ロレッタ嬢が、憤慨して声を荒げる。酷く侮辱されたと感じられたのだろう。

僕は目の前が真っ暗になった。ロレッタ嬢は気安くデートに誘わせてくださったから、心に決まったお相手はまだいない……と思っていたのに、実はロレッタ嬢には愛してくださる特定の方がいるらしい。ロレッタ嬢は多分その方を好いていらっしゃる。

まるで僕は道化ではないか。恋人のいらっしゃるロレッタ嬢の気まぐれで、掌で転がされて……あんなにドキドキワクワクと期待で胸膨らませていたのが馬鹿みたいだ。


「では、その方と食事されると良いでしょう。今日は時間の浪費でした」


惨めな気持ちでカトラリーを皿に伏せると席を立った。

ロレッタ嬢は性格が良くない。酷く偏屈で意地の悪い令嬢だ。僕が好きになる要素などない。

でも劇場で恋の劇をご覧になって涙するご様子はとても愛らしく、あの可愛い涙が忘れられない。それを指摘されて上目遣いで怒る可愛い姿が忘れられない。それ以外が全く可愛げのない態度だから、逆にそのちょっとしたギャップには酷く魅力があった。

ああ、つらい。あの可愛いロレッタ嬢には恋人がいらっしゃるのだ。


初デートから意気消沈して帰ってきた僕を見て、シェイラは慰めてくれたけれど、「お可哀想なお兄様!」と不憫がる様子がどこか喜んでいるように見えて不快に感じた。



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