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初めまして(裏)

僕の目の前にその女性が現れた時、僕は女神を見たと思った。


記念すべき社交界デビューの日。デビューを飾る夜会で妹のシェイラと踊った。

シェイラは元々幼馴染だったけれど、母が亡くなった後、シェイラの母親と僕の父上が再婚されて、シェイラは僕の義妹になった。可愛い妹にお兄さん風を吹かせていたら、シェイラはいつの間にか僕にべったりな妹となった。仲の良い兄妹だと言われるけれど、少し距離が近すぎる気がする。

慣れ親しんだシェイラとのダンスを終えて、肩の荷を下ろしたけれど、何しろ社交界に出てきたのは初めて。勝手がわからない。周囲の淑女の誰だかをダンスに誘うべき? それとも知人の同性に声をかけるべき? シェイラはさっさと他の男性に誘われ、ダンスに行ってしまった。

僕が迷っていると、一人の女性が目の前に現れた。その姿を目にした時一瞬で心奪われた。艶やかな焦げ茶色の御髪は編みこまれ、髪飾りでまとめられている。形の良い輪郭にぱっちりとしたサファイアブルーの瞳が印象的。冷静なブルー。されど情熱的な美しい青。すっと通った鼻筋にふっくらと柔らかそうな唇は素晴らしい薔薇色。花の顔というのだろう。顔だけでも美しいのに素晴らしいプロポーションの持ち主だった。華奢な首に服の上からでもわかる豊かな双丘、キュッと括れた腰。下半身はふんわりしたドレスのスカートに隠され、わからなかったが、きっと女性らしいラインを描いているのだろう。銀糸の刺繍が光る藍色のドレスが瞳の色と相まってよく似合う。女神のように美しい。

あんまりに美しい女性だったので、ただただ呆然と見惚れてしまって、ダンスに誘うなんて発想は生まれもしなかった。

まるで彼女にだけ光が差して見えるような特別な存在。猛烈な胸の高鳴りを覚える。彼女の瞳に僕が映っていると思うだけで甘美な気持ちに襲われる。

彼女は麗しい唇を開いた。


「大人ぶって、相当な目立ちたがり屋ね(訳:大人っぽくて、すごく目を引きました)」

「……」


ぴしりと思考が停止した。彼女の言葉を頭の中で反芻して打撃を受けた。僕が悪目立ちしていると言いたいのだろうか。彼女にそのように思われたと思うだけでただただショックで呆然とする。


「あなたを見ていると気分が悪くなるわ(訳:あなたを見てるとすごくドキドキしてしまうの)」


更に追い打ちまで来た。女神のように美しい彼女に不快感を覚えられていることに絶望した。そこまで言うことないじゃないか。甘く高鳴っていた胸がべこべこと凹まされて死に態だ。


「……初対面なのに、随分失礼な方ですね」


たとえ僕の存在を不快に思われていたとしても、初対面なんだからもっと柔らかい物言いをしてくれたっていいじゃないか。心で泣きながら対応した。


「あなたのような理解力のない人に言葉をかけるだけ無駄だったようね(訳:こんな言葉を理解してほしいなんて無理だよね。ごめんなさい)」


はっきり不快を伝えても理解できないほど僕を愚かだと思っていらっしゃるようだ。あんまりだ、あんまりだ、僕だって傷付いているのに! 内心に泣き言が溢れかえる。


「あなたは僕の気分を害するために態々いらっしゃったのですか?」

「偏屈な受け取り方ね(訳:そんなつもりじゃないんです)」

「あなたとお話しする時間はあまり有意義ではなさそうですので、失礼」


彼女にこれ以上酷いことを言われたら僕の心は再起不能になるだろう。僕は彼女の目に届かない場所へ逃げるため、行動した。

会場で見かけた知人に話しかける。


「やあ、ロバート」

「久しぶりだな、アルト。早速洗礼を受けていたみたいだな?」

「洗礼?」

「ロレッタ嬢だよ。飛び切り美しい女性に貶されてたろ。」


彼女はロレッタ嬢というのか。


「彼女は有名人?」

「悪い意味で有名だな。俺も今夜がデビューだから先人からの又聞きだが、口の悪さが突出したレディらしいぜ。目についた人物に声をかけて貶す趣味があるらしい」


貶されたのは僕だけではないのか。好感は持たれていないだろうけど、『特別』僕が嫌いな訳じゃないのかもしれない。ちらちらとロレッタ嬢を目で追う。やはり美しい。

見ていると、ロレッタ嬢と視線がかち合うこともあって、慌てて視線を逸らす。

男同士で集まって馬鹿話に花を咲かせる。やっぱり綺麗な女性には興味があるようで、「あの子が綺麗だ!」「あの子が可愛い!」と名前が挙がる。我が妹のシェイラも飛び切り可愛いと評判で、兄として鼻が高い。ロレッタ嬢も飛びぬけて美しいとの評判だが、完全な鑑賞用と割り切られているようだ。「口を開くと毒が出る」と言われるくらいに言葉がきついらしい。

未練深くロレッタ嬢をちらちらと見ていると、ひとりの赤毛の男がロレッタ嬢に声をかけている。何を喋っているのかは聞こえないが、随分と親しそうだ。

男はロレッタ嬢の頭をポンポン撫でたりと馴れ馴れしい。

挙句の果てにロレッタ嬢の腰を抱いて歩いている。

僕ははっきりと嫉妬による胸の痛みを感じた。顔が険しくなる。彼はロレッタ嬢の何なのだろう。特別な男性なのだろうか。


「どうした? アルト。顔が怖いぞ?」

「なんでもない…」


ロレッタ嬢が視界から消えてしまったので、他の女性をダンスに誘ってみたりした。ロレッタ嬢と踊ってみたい…触れてみたい。もし笑顔を向けてくださったら天にも昇る心地だろう。優しいお言葉の一つもいただけてないのに、僕はロレッタ嬢のことが気になって気になって仕方がない。別に被虐趣味などないのに。

踊ったり喋ったり、それなりにうまくやったと思う。この宮が『双月宮』というのはテラスの正面にある大きな池に月が映って見えることから、天上の月と、池に映る月の二つの月を合わせた名前なのだそうだ。さぞや美しかろうとテラスに出た。

人々は夜会の方に夢中でテラスにいるのは女性が一人だけだった。こちらに背を向けて池を見ていらっしゃるが、何度も何度もちらちらと盗み見たお姿だ、一目でロレッタ嬢と分かった。

ロレッタ嬢は池を見つめて呟いた。


「…………初めまして。ロレッタ・シェルガムと申します。お会いできて光栄です」


何故池に向かって自己紹介? 意図は理解できなかったが、ロレッタ嬢と名前を交わせるチャンスだと思った。


「……初めまして。アルト・ディナトールと申します」


驚いた顔のロレッタ嬢が振り返った。僕に気がついていなかったようだ。


「月が綺麗ですね」

「……悪くない眺めだわ(訳:とても綺麗な景色です)」


なんと上から目線のお言葉だろう。眉を顰めた。


「どうしてお一人でぼんやりとされていたんです?」

「……」


ロレッタ嬢が何か言いたそうに唇を動かすが、少し待っても何も言わない。まるで上手にお喋りできない人物のように空気を噛んでいらっしゃる。まさかね。先ほど流れるように僕に毒を吐いた、流暢な喋りの方だもの。


「僕、今日が社交界デビューなんです」


会話のとっかかりに語ってみた。ロレッタ嬢からは何の反応もない。


「失敗したらどうしようと思うと、昨日はとても緊張してしまって、妹に笑われました」


昨日は気が高ぶって大変だった。妹は良く笑う少女だ。ロレッタ嬢の笑顔も見てみたい。


「でも素敵な出会いがあるかも、って思ったら少し心も踊って…」


期待半分っていうやつだ。緊張と同じくらいワクワクもしていた。


「さっきは突然現れたロレッタ嬢に見惚れてしまって…」


ロレッタ嬢は美しい。僕が今まで見たどんな女性より美しい。ご容姿も、雰囲気も。刺々しいお言葉を紡ぐ声さえも。


「何か僕が失礼な態度をとってしまったから、あのようなことを仰ったのでしょうか?」


ロレッタ嬢が他人に暴言を吐く令嬢であるとは聞いたけれど、何かロレッタ嬢の目に障る不快な要素が僕にあったのかもしれないと思う。

ロレッタ嬢のお言葉を待つがロレッタ嬢は空気を噛むばかりで何も仰らない。


「……何も仰ってくださらないんですね」

「あなたにわたくしの気持ちなどわからないわ!(訳:素直な気持ちを伝えたいのに伝えられなくて苦しいの!)」


僕のようなとるに足らない人物にはロレッタ嬢のお心は理解できないだろうと言われた。ロレッタ嬢は僕でなく、誰かロレッタ嬢のお心を理解できる方に内心を吐露されたいのかもしれない。お眼鏡に適わなかったことが酷く悲しい。


「……そうですね。つまらないことをお喋りしてすみませんでした」


ロレッタ嬢と仲良くなりたい…あさましい気持ちで語りかけたけれど、ロレッタ嬢には拒否されてしまった。とても気分が沈んだ。

すごすごと立ち去る。


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