帰ってきた日常
ベッドの上で目を覚ました。久しぶりに見たディナトール家の私の部屋のベッドだ。腹部に激しい痛みを感じ、喉がからからに乾いている。
瞼を開けた私を見た侍女のウィンディが驚いた顔をした。
「ロレッタお嬢様! お目覚めになったのですね!」
慌ててベッドサイドに置いてあった水差しをとって水を飲ませてくれる。喉の渇きが急速に癒えた。
「すぐに旦那様と奥様をお呼びいたします!」
部屋を出て両親を呼びに行ってしまった。
程無くして両親がやってきた。
「ロレッタちゃん大丈夫かい?」
「ロレッタちゃん4日も眠っていたのよ。禁呪が使われたとかで、もう大騒ぎ」
二人は心配そうな顔で口々に私を労わる。
あー…なんだか大ごとになっているな。『呪い』って聞いてたけど『禁呪』は相当罪が重いんじゃなかったっけ…?
「ロレッタちゃんが倒れたのと同時刻にアルトも倒れてしまって…さっき目覚めたんだけど衰弱が激しいからまだ連れてきてないの」
「異常がないならいずれ回復するでしょう。わたくしの気を煩わせるなんて生意気だわ(訳:異常がないならすぐ良くなると思ってるけど、心配ね)」
多分呪いの影響がアルトにも出てるんだと思うけれど、私がぴんぴんしてるんだからアルトも多分大丈夫だと思う。
「それでね、言いにくいんだけど……ロレッタちゃんのお腹の傷、少し跡が残るみたいなの」
お母様が悲しそうな顔をした。令嬢の身体に傷跡なんてとんでもないもんね。普通の令嬢なら婚姻に大きく差しさわりがある。でもすでにアルトと婚約してしまっている私にはあまり関係がない。
「アルトはもしかして傲慢なの?(訳:アルトはそんな小さなこと気にしないと思うし、アルトが良いと言ってくれるなら別に構わない)」
「そうね。アルト君はそんな細かいこと、きっと気にしないわね」
お母様が微笑んだ。お母様とお父様が寄り添い合う、私の愛しい日常が帰ってきた。
***
アルトは翌日には少しふらつきながらも、きちんと自分の足で歩いて私の部屋まで来た。アルトも私と同じ期間寝込んでいたと聞いた。私は4日間水分を無理矢理口から流し込まれただけで食事をとることもなく、ベッドで昏睡していたらしい。お腹の傷は痛いけれど、それだけじゃなく、かなり体がだるく重い。アルトもきっと体調は本調子ではないだろう。思わず心配してしまう。
調子が悪いのにわざわざ私の顔を見に来てくれたことは、その気持ちがすごく嬉しいけれど。
「姉上!」
ベッドに半身を起こしている私をぎゅうぎゅうと抱きしめて、壊れたように「姉上」「姉上」と呼んでいる。
「アルトはいつの間に九官鳥になりましたの?(訳:アルトさっきから同じことしか言ってないよ?)」
「姉上のお体に傷が残るって…」
アルトが悲しそうな顔をした。
「アルトは傷物のわたくしは要らないの?(訳:傷が残ったら嫌いになっちゃう?)」
「僕は姉上が相手であれば、顔面を焼かれていても愛せます」
「それは少し意外ね(訳:アルトはこの顔が大好きなのだと思ってたけど)」
どうもパターンがほぼ一目惚れで執着する展開だから。多分この容姿がアルトのドストライクなのだと思っている。
「姉上のご容姿は大好きですが、お声も行動パターンも大好きです」
「行動パターン…?」
私は何か魅力的な行動パターンなど持っていただろうか。全然心当たりがない。
「一生懸命自己紹介の練習などしてしまうようなところです。上手くいかずに反省会を行うところは尚可愛いです」
「……嫌なところがお好きなのね(訳:恥ずかしいわ)」
見た目だけを好きになったわけではないと言ってくれているのはすごく嬉しいけれどね。
アルトがわざわざお茶を淹れてくれた。酸っぱいハーブティーではなくて、紅茶。アルトはいつの間にお茶など淹れられるようになったのだろう。随分上手に淹れているが。
頂くとほんのり香りが鼻に抜けて、なんとも美味しい。
「悪くないわ(訳:美味しいわ)」
「有難うございます」
アルトはニッコニコである。ぶんぶんと尻尾を振っている幻影がみえる。
私はお腹に穴が開いているので、まだ食事などは普通のものはいただけない。残念ながらお茶菓子はない。お茶菓子が欲しくなる美味しい紅茶だけど。
「…………シェイラ様はどうなるのかしら?」
「極刑だそうですよ」
アルトがさらりと言った。極刑…随分罪が重いな。我が国、ローグハーツでの『極刑』と言えば拷問のフルコースを味わわせられた後の死刑だから。楽には死なせてもらえない。
「シェイラ嬢が使ったのは時空と運命を改変する究極の禁呪。軽い罪で許していたら、使おうとするものが多すぎて国が転覆します。シェイラ嬢に禁書を閲覧させてしまった王都図書館の司書も重い罪を受けるそうです。シェイラ嬢を妾として買っていた、豪商は元手が取れなくて怒ってたみたいですけど」
「もうそんな情報が出てるの?」
昨日の今日だというのにアルトはやけに詳しい。私はお腹を庇いつつ、だるくなっている手足を侍女に揉んでもらったりしていただけで、情報の方は全く耳に入れていなかった。
「侍女が情報を集めてきて色々と聞かせてくださいました。禁呪を使われたことは4日…いえ、5日前からわかっていたことですし、シェイラ嬢は既に牢です。僕らが目覚めたのでこの世界は改変されていない世界ですが、改変されていたかもしれない世界がどんな世界か知らない権力者は極刑は譲らないと言っているそうです。もしかしたら王位が剥奪されていた世界だったかもしれませんしね」
因みに禁呪の証拠は魔方陣を刻んだナイフだそうだ。起点となるべきところに差し込むらしい。私の身体に差し込むのは止めて欲しかった。確かにアルトが傷物でも良いと言ってくれるならいいんだけど、好き好んで傷を残したいわけではないんだよ。
「ねえ、姉上」
「うん?」
アルトが真面目な顔をした。
「僕はどんなお立場の方であろうとロレッタ嬢を愛していますよ」
目を丸くした。
「……アルトも記憶があるの?」
「ずっと夢を見ていた感じです。夢の中では僕は『今の僕とは違う歴史を歩んできたアルト』で、ずーっと自覚なく過ごしてきたんです。でもディナトール家の夜会で姉上に愛を誓って、姉上の笑顔を見たらふわっと…パトルと名乗る神の使いが現れて、『長い夢はどうだった?』って…その時一瞬で現実を思い出しました。僕が本当は姉上と歩んできたアルトだと」
アルトはしょんぼりとした様子を見せた。子犬が尻尾と耳を垂れているような表情だ。
「あちらの僕も中々に情けなかったですね。シェイラ嬢に良いように転がされて…」
「家族を愛さない人は嫌いですわ(訳:妹を大切に思うお兄さんは好きですわ)」
確かに情けない部分もあるけれど、家族に愛着を持つ優しいアルトだから、妹であるシェイラ様を信頼してしまったのだろう。私はきちんと家族に愛情を持てるアルトがとても好きだ。
アルトが私にぎゅっと抱きついた。
「姉上が好きです。この世の誰よりも。架空の妹よりも」
「そんなきらきらした顔をしてもダメよ(訳:私の『愛しています』という言葉はそんなに安くないのよ)」
アルトは拗ねたように唇を尖らせた。
ちゅっとアルトの唇に唇をぶつけた。
「これで我慢なさい」
「~~~っ‼」
アルトに押し倒されたけれど、頭を殴っておいた。私、怪我人なんですよ? 怪我してなくても今はまだ駄目だけど。
赤い顔でそっぽを向いた。アルトはやっぱり助平だ。
ロレッタ視点終了です。
明日からはアルト視点。相変わらずの拗らせ野郎っぷりです。




