誓い
「特別な夜会にするわよ!」
なんだかバーベナ様が気合を入れていらっしゃる。またなにがしかの情報を手にして独自に動いていらっしゃるのかもしれない。
「精々頑張ることね(訳:頑張ってくださいまし)」
「何言ってるの。頑張るのはロレッタ様よ!」
「え…?」
バーベナ様と一緒に新しいドレスを仕立てた。なんだか随分派手なドレスだと思う。普段の私だったら絶対に着ないような派手な色とデザイン。バーベナ様は「絶対に似合う!」と仰っていたけれど、私はちょっと不安。
***
ディナトール家から招待状を貰った夜会の日、午前中から肌や髪の手入れをしていたけれど、随分早い時間にバーベナ様がいらっしゃって私のドレス姿を検分した。
色がまず深紅。朱色のような明るい赤ではなく、深みのある赤。艶のある生地で大胆に胸元を開けたデザイン。舐めるように身体のラインをそのまま這って包んでいる。私の上半身のラインがもろバレという中々に大胆なデザインだ。腰骨のあたりからふわっと広がり、タックを寄せたり段差をつけたりのアクセントが付き、さながら咲き誇る深紅の薔薇の様。
開いた胸部分にはゴージャスなダイヤのネックレスがキラキラと煌めいている。光の粋を集めたような豪奢でボリューミーなダイヤのネックレスは母が祖母から譲られたというとっておきのアクセサリー。母は快く貸してくださった。将来的には私にくださるらしいけれど。
髪は上半分を編みこんで片側に寄せ深紅の薔薇の造花を差し込んで下に垂らした。下半分はそのまま下ろしてあるが、艶のあるカールのついた髪なので、それだけで随分と華やかな印象だ。
足元も赤のヒール。
顔にはしっとりとした薄化粧。
鏡を見る。
「…………下品ですわ」
「馬鹿ね。華やかで色っぽいというのよ」
バーベナ様に訂正された。
自信がなくてうーうー唸っていると母とウェルスがやってきた。
「まあ、ロレッタちゃん素敵だわ。なんて華やかなの!」
お母様は手を打って喜んだ。
「ほら!」
バーベナ様は鼻高々だ。
「ね? ウェルス君もそう思うわよね?」
母がウェルスに水を向けるとウェルスは真っ赤になった。
「お、俺にはケイトがいる…!」
ケイト…というのはウェルスの片思いの女性だったと記憶している。毎度良いようにあしらわれてあんまり脈がなさそうな感じなのだが。
発言の関連性はよくわからないが、女性陣には好評っぽい。アルトも褒めてくれたらいいけど…
そもそも最近アルトと喋った記憶がない。
アルトは遂にシェイラ様に婚約を申し込むのだとか噂になっている。バーベナ様はその噂は私の耳に入れないが、茶会でシェイラ様が鼻高々に「婚約指輪を頂けることになりましたの!」と仰っていた。とても憂鬱。
「さ、みんなをぎゃふんと言わせましょう?」
バーベナ様に促されて馬車に乗った。
ディナトール家のホールについたが、結構人が入っている。一歩足を踏み入れた瞬間から妙に人々の注目を集めている。やはり悪目立ちしているのではないか…とバーベナ様に助けを求めようとしたら「わたくし、引き立て役は御免ですわ」と笑って遠ざかって行ってしまった。う、裏切り者~~~‼
じろじろ見られて恥ずかしくて身の置き所もない。ウェルスがエスコートしてくれたのでしずしずと進むしかないのだが。
ミカルドお父様の開会の挨拶があって、音楽が始まる。
「踊ろうぜ!」
「ええ」
ウェルスに手を取られて一緒に踊った。
一曲目は良かった。慣れ親しんだウェルスと一緒だったから。二曲目が酷かった。男性が、砂糖に群がる蟻のように押し寄せてきて…………ぶっちゃけ怖いです。皆目がハート状態。このドレス、魅了の魔法でもかかっているのかしら?
興奮が怖かったのでダンスを申し込んできた中でもとりわけ大人しそうな男性をパートナーに選んだ。
「今夜のロレッタ嬢はお美しいですね!」
「下手なお世辞は結構よ(訳:お恥ずかしいです)」
今日ばかりはどんな暴言も効果がなくて、「アホ面しないで(訳:だらしないですわよ)」と言っても「申し訳ありませぇん…」とデレデレと鼻の下を伸ばしている。とても不気味だ。一曲踊り終わる頃にはめろめろで骨抜きだった。とても怖いです…
3曲目のパートナー選び…男性は蟻のように群がってくる。どうしよう…と迷っているとアルトが人波を掻き分けてやってきた。他の男性を押しのけている。意外と力強い…
「ロレッタ嬢。お久し振りですね」
笑顔を向けられた。
「あら。わたくしの顔など見忘れたのではなくて?(訳:お久し振りです)」
久しぶりにアルトに笑顔を向けて話しかけられてぽっと頬が朱に染まる。
「良ければ一曲踊ってくださいませんか?」
「仕方ないですわね(訳:喜んで)」
アルトから誘われて断るという選択肢は私にはない。とても嬉しい。
3曲目はしっとりとしたワルツだ。アルトにぐっと腰を抱き寄せられた。
「あ…」
ぴっとりとした密着体勢。こ、こんなに身体をくっつけなくてもいいはずなのに…ドキドキしてうるっとした瞳でアルトの瞳を見つめる。緑と紫の二色の宝石が私の姿を映している。
「ロレッタ嬢はいつもお美しいですが、今夜は飛び切りですね」
「心にもないことを…(訳:本当にそう思ってる?)」
みんな美しいと言ってくれるけど、私はちょっと自信がない。妙に派手な気がするのだ。悪目立ちしているだけではないかと実はおろおろしている。
「本当に美しいですよ。僕の視線は釘付けです」
アルトは少し頬を赤らめてうっとりと私を見つめてくる。
もっと私を見て欲しい…私だけを…
アルトの首に腕を回してアルトの頭を抱き寄せた。ダンスのお作法なら減点間違いなし…だが、アルトは誘われるように私の唇に口付けた。唇をずらしてたっぷりと味わうように食んでいる。
ああ…アルトにキスされてる…
そう思うだけでそれ以外のことは全部頭から吹っ飛んだ。
「ふ…」
唇を離されて吐息を吐く。甘い余韻。うっとりとアルトを見つめて3曲目を踊り終えた。
ダンスを終えてもアルトは私の傍を離れない。そして躊躇うように言った。
「ロレッタ嬢…あなたを『可愛い』と言い、愛してくださる方はどなたです?」
「何故、そのようなことを聞くの?」
「嫉妬で頭がおかしくなってしまいそうなのです」
「……もう、二度と会えない方です」
アルトがシェイラ様に告白されたというこの世界では、もう私を「姉上」と呼んで愛してくれたアルトに会える可能性はない。
それを聞いたアルトは少し眉尻を下げた。
「すみません…不躾なことをお聞きして」
アルトが嫉妬してくれたのが、シェイラ様に告白なさる前だったら良かったのに。
「ロレッタ嬢にとってつらいこととは思いますが……あさましく喜んでしまいました」
「……何故?」
「お兄様!」
シェイラ様の怒りの声が聞こえる。
私も馬鹿ではない。アルトが「ロレッタを愛する者」に頭がおかしくなりそうなほど嫉妬して、その人に私が二度と会えないことを喜ぶのならそうなのだろう。
「僕はロレッタ嬢を愛しています」
私は大きく振りかぶってアルトを引っ叩いた。思いっきり引っ叩かれたアルトが数歩よろめいた。
「どうして! どうして! どうして! 今更なんですの!? シェイラ様に愛を誓われたくせに‼」
アルトの告白がシェイラ様に愛を誓われる前のものだったのなら…! 私はアルトも、苦い成分は多けれどされど愛おしかった幼少時代も、お父様とお母様の幸福も、何一つ失わずに済んだのに…!
私はわっと泣き出した。
「ロレッタ嬢……僕はシェイラに愛を誓っておりません」
「え…?」
「誓って一度も。すみません、ロレッタ嬢の気を引くために…とシェイラに提案されて偽りの恋人を演じていたのです」
「な、何故…?」
私は敗北したのでは…?
「ロレッタ嬢からの手紙が届かなかったことに、ロレッタ嬢が先の方と僕との間に心が揺れているものと勘違いしてしまい…ヤキモチを妬かせようと…」
「ば、ばかっ!」
なんて馬鹿な勘違いを…!アルトはアルトにヤキモチを妬いてこんな馬鹿なことを仕出かしたの!?
「ばか! ばか!」
アルトがぽろぽろ涙を流す私を抱きしめてきたがアルトの胸をぽかぽかと殴った。
「すみません…ロレッタ嬢が僕に唇を許してくださったことに意味はあるのでしょうか?」
「自分で考えなさいよ!(訳:わかりきったことでしょう!)」
「それでもロレッタ嬢の口からお聞きしたいのです」
アルトは私の足元に跪いた。まるで劇のワンシーンのような……!
ぶわっと期待と歓喜の鳥肌が立つ。
「ロレッタ嬢。初めて出会ったその日から、あなたの虜になりました。愛しています」
まるで騎士のような仕草で私の手を取って手の甲にちゅっと口付けた。
唇が戦慄く。
「…………わたくしがシェイラ様のようにアルト様の妹…『姉上』でなくとも愛してくださいますか?」
不安だった。アルトは「姉上」でない私のことは好きではないのかと。そのポジションに収まったシェイラ様を愛し、執着するのではないかと。そのポジションにいる女性なら私でなくともアルトは愛情を向けたのではないかと。
「勿論です。僕はどんなお立場の方であろうとロレッタ嬢を愛しています」
アルトは力強く頷いた。私の頬は真っ赤に染まった。ドキドキと高鳴る鼓動が煩い。アルトは愛してくれると言ってくれた。私がアルトの姉でもそうでなくても。シェイラ様の望んだ『もしも』世界でも私を選んでくれた。
アルトに返事を返そうとはくはくと空気を噛む。
「……わ、わたくしも…アルトを…」
がんばれがんばれ私の口。はくはくと何度も何度も空気を噛みながら言葉を搾り出した。
「あ、あ、あ、…愛して…います…」
何とか言葉を搾り出すと、アルトが立ちあがって抱きしめてくれた。私はやり遂げた感一杯である。
「僕と結婚してください」
アルトは胸ポケットから小箱を出してパカリと開いて差し出してきた。中には婚約指輪が入っている。奇しくも現実世界のアルトが私に贈ってくれた指輪と全く同じデザインの指輪だった。私は黙ってアルトに左手を差し出した。アルトがそっと薬指に指輪を嵌めてくれる。いつの間にサイズを調べたのだろう。ぴったりだ。
「嘘よ!」
シェイラ様が近付いてきた。
「その指輪はわたくしのものですわ! 返して!」
普段のか弱げな演技をかなぐり捨ててヒステリックな声で詰め寄ってきた。シェイラ様と私の間にアルトが立ちふさがる。
「シェイラ。僕の心も指輪もロレッタ嬢のものだよ」
「お兄様!」
「出来ることなら、ロレッタ嬢から僕へのお手紙と、僕からロレッタ嬢へのお手紙を返して欲しいね、シェイラ」
シェイラ様が悔しそうに唇を噛む。やはりディナトール家にはお手紙が大好物なヤギさんがいらっしゃったらしい。
こんな衆目の最中、袖にされた上にご自分が働いた悪事を晒されてしまったシェイラ様はつるし上げも同然だ。ブツブツと「こんなはずじゃなかった…おかしい…おかしい…」と呟いている。
「もう二度と、わたくしの心を試すようなことはなさらないで」
「はい。ロレッタ嬢、愛しています。一生裏切ることなくあなただけを愛し続けます」
アルトが再び私を選んでくれたんだ…そう思ったら思わず笑みがこぼれた。
心からの幸せな笑顔。
ふわっと身が軽くなるような浮遊感。
***
気がつくと真っ白な空間。金色に輝く妖精のようなパトル様がぱっと現れた。
「呪いの勝負の勝者は、ロレッタ。君だよ。おめでとう。『もしも』世界は現実世界と入れ替わらなかったよ」
パトル様が微笑んだ。アルトはアルトが言っていたようにシェイラ様に愛を誓っていなかった。全てシェイラ様の狂言だった。
「……『もしも』世界のアルトはどうなってしまうのでしょう?」
折角私に愛を誓ってくれたのに…
現実世界に戻れることは嬉しいけれど、もし現実世界がこの勝負に勝った時『もしも』世界はどうなるのだろう…
「それは君が目を覚ましてからのお楽しみだね」
「?」
どういう意味だろう?
「さあ、もうこの空間は長く持たない。次目覚めた時は、現実世界のロレッタだよ」
パトル様は微笑んだ。周囲の白が蜃気楼の様に淡い光を放って揺らめいた。




