恋文
アルトから手紙が来たので封を切った。
《ロレッタ・シェルガム様
きらきらと日の光が溢れ、春も爛漫ですね。まるで僕の今の気分の様です。
ロレッタ嬢のお怪我は良くなられ、風邪などもお召しになられていないということで、安心致しました。僕も勿論元気です。最近は少し社交を控え、父に将来の仕事を教えていただいているところです。
ロレッタ嬢がお手紙で指摘していらっしゃったように、僕はロレッタ嬢に嫌われているとばかり思っておりました。以前お食事を頂いている際にロレッタ嬢の僕に対するお気持ちを伺ったところ「アルト様がわたくしに抱いている気持ちと正反対の気持ちを持っているのではないかしら?」と仰っていたので、てっきり大嫌いだという意味かと。
僕はロレッタ嬢に「大嫌いだ」と言われたものと思っておりましたので、その後は大変酷いことを申し上げました。申し訳ございません。あの言葉こそ僕の心の正反対の言葉なのです。
ロレッタ嬢の発言の真意を読み取るのは、まだ難しく、会えばまた誤解してしまうかもしれません。なるべく好意的解釈が出来る様に善処いたします。
ロレッタ嬢の唇を奪った代償に奮戦するのは吝かではないですが、そもそもがシェイラのことはただの『妹』としか思っておらず、「想い合って」はいないので、その機会はないように思います。
令嬢たちのつるし上げを撃退したというロレッタ嬢の武勇伝には些か興味があるところです。何やら痛快なやり取りがあったのでしょうか。
ロレッタ嬢がキスの相手が僕だからあまり激しく抵抗されなかったという意見は実に意味深ですね。どうにも自分の都合の良いように解釈してしまいます。男というものは単純なものですから、魅力的に思っている相手にそのようなことを言われると、すぐに舞い上がってしまうのですよ。
狼から言うことではありませんが、これ以上大量の狼を量産しないようになさった方がよろしいかと思います。
特にお手紙の内容はお可愛らしく、コミカルでロレッタ嬢の魅力のある一面が窺い知れます。ロレッタ嬢は文のやり取りはお盛んな方でしょうか?このような可愛いお手紙を他の男性も目にしているのかと思うと嫉妬を燃やしてしまいそうです。
僕もまた、ロレッタ嬢の可愛いお手紙を頂けることを期待しております。
アルト・ディナトール》
うは。「アルト様がわたくしに抱いている気持ちと正反対の気持ちを持っているのではないかしら?」という発言を「大嫌い」だという意味にとっていたということは、つまりアルトはあの時、私を「大好き」だと思っていたということ? なんでか全然わかんないし、好かれるような覚えもないけどラッキー。もしかして大逆転はあるのだろうか。
私は早速筆をとった。
《アルト・ディナトール様
色とりどりの花も咲き乱れる今日この頃。私の心の蕾もほころんでおります。
どうやらわたくしたちの気持ちの認識には多大なるすれ違いが起こっていたようですね。私はてっきりアルト様に嫌われていると思っていたので、「アルト様がわたくしに抱いている気持ちと正反対の気持ちを持っているのではないかしら?」と申し上げたのです。文章でなく口頭だと、素直な言葉は出せず、ストレートに好意を伝えることが出来なかったのです。
露骨に申し上げますとわたくしはアルト様が大好きなのです。恋愛的な意味で。
アルト様はわたくしのことをどう思っていらっしゃるのでしょう? はっきりしたお返事を頂きたく思います。
アルト様からのキスは嫌ではないのですが「何故私にキスをしたのか」その部分の理由をはっきりさせていただけないと喜ぶことも、悲しむことも出来ず、もどかしいのです。
次のお手紙では決定打を頂けることを期待しております。
わたくしの武勇伝に興味がおありとのことでしたが、女性の醜い戦いにはそっとヴェールをかけてご覧にならないことをお勧めいたします。世の男性の夢と希望が崩壊してしまうでしょうから。
わたくしはあまり文のやり取りは頻繁な方ではないですね。アルト様はわたくしのお手紙を褒めてくださいましたが、アルト様が褒めてくださったようにお手紙の文面で好意を持ち、会って 喋って、幻滅…というのはやはりご遠慮願いたいので。
アルト様は今、ミカルド様からお仕事を教わっているのですね。ディナトール領は南の食料庫と伺いました。温泉もある素敵な土地だと。わたくしも行ってみたいと思っております。
お仕事のお勉強の合間、お忙しいこととは思いますが、お手すきの際にお返事を頂けたらと思います。
ロレッタ・シェルガム》
書いてしまったぞ! ついに決定的な一言を。勝負に出る。あれだけ気を持たせるようなお手紙を書いておきながら、実は『普通程度の好き』だったらすごくがっかりする。あのキスは何だったのかと思ってしまう。
現実世界でもアルトは酔っぱらった私をペロリと平らげる衝動的な子ではあったけど、現実世界でも一途な子ではあったので、キスの理由が嫌がらせではなく恋情ゆえなら期待できそうな気がする。
警戒していたシェイラ様についても「ただの『妹』」と表現していたし。シェイラ様はアルトと仲良しだったようだけど、女性としては見られていなかったのかな? 現実世界のアルトもそうだったみたいだけど。
アルトの好みというのはよくわからない。現実世界でもあんなにツンケンしていた私に酷く執着していたみたいだし。多分この『ロレッタの容姿』はすごく好みなのではないかと思っているけれど。私もアルトの顔は好きだけどね。笑うと可愛くて。顔が全てだとも思わないけれど。アルトはいざというとき優しくて頼りになる素敵な男性だから。
封蝋が固まったのでシェルガム家の侍女のセリアを呼んだ。
「お嬢様、またお手紙を書いたのですか?」
「悪い?(訳:恥ずかしいから追求しないで)」
頬が赤らむ。セリアは微笑んだ。
「アルト・ディナトール様ですか。またお返事が頂けると良いですね」
こくりと頷く。
「ふふ。お嬢様がお好みになる男性は年下でしたのね。随分年嵩の余裕のある男性にばかり愛でられていらっしゃったので年上好みと誤解しておりました」
セリアが私をからかった。
「年は関係ないわ(訳:アルトが年上でもアルトのことが好きだったよ?)」
「ウィリアム様がアルト様を家に呼んではどうかと仰ってましたよ。お嬢様が夜会で怪我をした際介抱してくださったお礼がまだだからと」
「考えておくわ」
別にウィリアム叔父様が勝手にアルトを招待しても良いのだけれど、私がアルトと微妙な空気を醸していたので、ちょっと気を使っているらしい。
お母様も、私がアルトの手紙に浮かれていたから、ちょっと気になっているみたい。
もしアルトから決定打の「好き」を頂けたら…パトル様は「呪いの解ける条件は、『アルトに呪いの件を隠したままもう一度告白してもらう』だよ」と仰っていた。手紙での告白も含めて良いのだろうか。もし、アルトから告白してもらえたら、現実世界に戻るんだよね? そうしたらこの『もしも』世界に生きるアルトはどうなるのだろう? 消えてなくなってしまうのだろうか? それはなんだかちょっと切ない気がした。
現実世界のアルトも『もしも』世界のアルトも両方幸せでいて欲しい。どちらも大切なアルトだもの。どちらを選ぶという問題ではないのだ。私にとってどちらのアルトも等しくアルトに違いないのだから。でも『もしも』世界から現実世界に戻らないのは困る。お母様とミカルドお父様が二人で笑い合っている姿が見たい。私だけではなくお母様にも幸せでいていただきたい。
セリアは手紙の入った封筒を持って部屋を出て行った。




