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お手紙

どんな天変地異の前触れだろう。アルトから手紙が来た。あんなことがあった手前、会うのは気まずさ全開だったから手紙にしてくれて嬉しいけど…

どんな内容が書かれているのだろう? 私は恐る恐るペーパーナイフで封を切った。



《ロレッタ・シェルガム様

 

突然手紙をお送りする無礼をお許しください。

先日は嫌がるロレッタ嬢に無理矢理口付けなどして、申し訳ございませんでした。詫びて許される行為ではないと重々承知しておりますが、それでもお詫びだけは綴らせてください。大嫌いな僕などに口付けられ、さぞかし傷付いたことでしょう。自分の心のコントロールが出来なかったのです…いえ、長々と言い訳を綴っても罪がなくなるわけでもありません。

足の具合はいかがですか? 捻挫とのことですが、もう良くなられたのでしょうか? ロレッタ嬢が痛い思いをされたことがご不憫で、叶うことならその苦痛を代わって差し上げたかったです。

僕の前後を考えないような理不尽な行いで、ロレッタ嬢が他のご令嬢方に責められているのではないかと心配です。そのような状況を作りだし、申し訳なく思っております。

しかしながら、ああいった無体を働かれそうになったら、もっと強く拒絶・抵抗すべきと進言しておきます。

長々と文章を綴ってもご負担になるでしょうから、筆を置かせていただきます。

少々気温の不安定な季節ですがご自愛ください。


アルト・ディナトール。》



結構短い手紙だった。主成分は謝罪かな? いくつか私にも気になる点が見られる。

お返事を書こう。私の筆が唸るよ! 手紙には言語の呪いが出ないのだから、存分に言い訳するよ! 桜色の地に少し濃い色の桜吹雪が描かれている便箋を使用した。



《アルト・ディナトール様


春の風に吹かれる日もあれば、冬のような冷たい雨の降る日もあり、まことに安定しない空模様のこの頃。お風邪など召してはいらっしゃらないでしょうか。

わたくしは幸いにも体調に変わりはありません。足の怪我も特に不自由なく、完治したと思います。御心配頂き、有難うございます。

例の夜会での口付けの件についての謝罪はお受けいたします。気にしていないとは申し上げませんが、心に傷を負うようなことはありませんでした。

気になったのですが、アルト様はわたくしの気持ちを誤解なさっているのではないでしょうか。わたくしは別にアルト様を嫌ってなどおりません。

わたくしには悪癖がございます。幼少の頃の実父との関わりでついた癖なのですが、考えていることを『嫌味のようなセリフ』で表現してしまうのです。わたくしが大層口の悪い令嬢として評判なのは存じております。しかし、わたくしの吐く言葉のほとんどは素直な言葉が口に出せず、悪意をたっぷりとまぶして本心を包み隠した言葉なのです。本当はそのような意地の悪いことはたまにしか考えておりません。

心から皮肉を言う場面もあるので何とも弁解しにくいことですが。

そういったわたくしの言語から、アルト様はわたくしがアルト様を嫌っていると誤解なされたのではないでしょうか。

因みに手紙には悪癖は作用されないのですよ! 本当は毎日ノートとペンを持って筆談したい思いです。

令嬢たちからはつるし上げを食らいましたが、無事撃退いたしました。わたくしもやるときはやるんですのよ! 「アルト様とシェイラ様が想い合って付き合っていらっしゃったなら悪いのはアルト様とわたくしの『二人』、わたくしにあれこれ仰るなら、勿論アルト様にも仰るのよね?」というような内容の発言をしてしまいました。もしアルト様が令嬢たちからつるし上げられるような事態になりましたら大変お気の毒ですね。

もしそうなったらわたくしの唇を奪った代償として奮戦なさいませ。

勘違いをしてほしくないのですが、わたくしは殿方に無体を働かれて、激しい拒絶・抵抗をしない尻軽な令嬢ではありませんわ。わたくしが上手く抵抗できなかったのはアルト様がお相手だったからです。常々誤解なきよう。

長々と筆をとってしまい、申し訳ございません。思ったことを自由に表現できる『手紙』というツールが楽しくて仕方がないのですわ。

またお手紙を頂けたらな、と期待しております。


ロレッタ・シェルガム》



力作!

嫌いじゃないってちゃんと書いたし! 好きだって匂わせた! 完璧に「お慕いしています」と書くと振られそうで怖くて書かなかったけれど。私が自制心を発揮せずにアルトに手紙を書くと臆面もないラブレターに進化しちゃうからね。進化はもっと先でいいのよ?

アルトのことは諦めようと思っていたのに、キスとかされちゃったから、中途半端に期待を持ってしまった。「どうしてキスなどしたの?」という質問は書けなかった。なんて返されるか予測できなかったから怖くて。

ちゃんと次のお手紙のおねだりもしておいた。

封筒に入れて、蝋を垂らし、しっかりと私用の封蝋を押した。固まったら侍女に送ってもらえるようにお願いしておいた。

手紙にはシェイラ様の事は全く触れられていなかったな。あんなに妹大好きっこだったのに。シェイラ様離れしたのかしら? だったとしたら嬉しい。

誰にアルトをとられたとしても、シェイラ様にだけは盗られたくないから。



***



バーベナ様が遊びにいらした。二人で春の日差しを浴びながら庭でお茶をする。バーベナ様は最新の美味しいお茶菓子をお土産にしてくださった。クッキーかと思ったらパイなんですって。パイ生地? というにはクッキーのようなサクサクした食感ですけれど、生地が何層にもなっているバター風味の薄いクッキーパイ。砂糖がまぶされてほんのり甘い。パイ独特のサクサクぱりぱりとした食感が楽しい。


「やったわね! ロレッタ様」

「なんですの?」


ニヤッと笑ったバーベナ様に訝しげな顔を送る。何が「やった」なのだろう。


「アルト様のお心が、急速にシェイラ様から離れているそうよ。シェイラ様が慌てていらっしゃったわ。シェイラ様はとかく嘘の多い令嬢ですけれど、多分あの動揺は本物」

「まあ! …どんな天変地異の前触れかしら?(訳:何があったというのでしょう?)」


嬉しくなくはない。とても嬉しい。けれど、どうしてアルトにそのような心境の変化が起こったのかわからずに首をひねる。シェイラ様はアルトの前では上手に猫を被っていたと思うけれど。キスを目撃された後シェイラ様が目を吊り上げてアルト責め立てている様子がみんなに見られたという話は聞かない。そういう行動をとっていればアルトから幻滅される要因になったかもしれないけれど。


「シェイラ様は多分『やりすぎた』のですわ」

「やりすぎ…」

「シェイラ様は可憐な見た目にそぐわず大変攻撃的な性格の持ち主ですけれど、今回は大きく令嬢たちを扇動しすぎたのですわ。ロレッタ様を攻撃したい令嬢たちは大喜びですけれど、逆に殿方たちの方に扇動を気付かれた様ですの。シェイラ様が自らの手を汚さずにロレッタ様を責め立てようとしている意図を」


うーん…確かに同じ立場に立っている同性よりも一歩離れた異性の方が、真実に気づいてしまうこともたまにはあるでしょうけど…


「バーベナ様はどうやって殿方の間の噂など集められるのですか?」


女性同士の噂に耳が早いのは存じているけれど、どうやら男性同士の噂もお耳に入れている模様。どういう伝手で情報を仕入れているのか…謎が尽きない。結構ミステリアスだね。


「ふふ。秘密よ。まあ、そんなわけでシェイラ様がロレッタ様に大きな悪意を持っていることは殿方の間ではちらほら話題になってますわ。シェイラ様の陰険さに引いていらっしゃる男性もぽつぽつ見受けられますの。それでアルト様はご自分と妹の距離感を見直したのではないかしら?」

「ふうん…………シェイラ様の自業自得ですわね」


現実世界でのアルトのシェイラ様への離反のきっかけもシェイラ様の自業自得の行いですから、シェイラ様は自らの策に溺れがちな策士なのではないかしら。化けの皮が剥がれてしまったのね。


「肝心のアルト様のロレッタ様に対するお気持ちはよくわからないですけれどね」

「…………先日お手紙を頂戴しましたわ」

「まあ。ラブレター?」

「違いますわ。お詫びのお手紙」

「まあ。なんのお詫び?」

「……」


言葉に詰まったが、勘のいいバーベナ様は私の様子にピンと来てしまったようだ。


「あら…口さがない噂だとばかり思ってましたけれど、夜会での密室で、本当に何かありましたの?」

「……」

「ふふ。ロレッタ様は隠し事には向きませんわね」


バーベナ様に笑われてしまった。うん…勢いのある皮肉や嫌味はすぐに口に出せるんだけれど、嘘らしい嘘をつくのはちょっと苦手だよ。「何もありませんでしたわ」と呼吸をするように言えたら良かったんだけど。


「お手紙を頂いたら返事を書いたのでしょう?」


こくりと頷く。


「文通の一つも出来ればよろしいわね。ロレッタ様のお手紙は可愛らしいから」

「手紙以外の可愛くなさが浮き彫りになるのですわ(訳:手紙を可愛く思ってくれるのは嬉しいけれど、手紙の文面に慣れられると、お会いした時の口調の落差が激しいの)」

「あー…ロレッタ語の習得に期待」


それ以前に私が悪癖を直しなさいという話ですわ。バーベナ様は私の話し方が意外とお好きなようなのですけれど。私も『普通の』令嬢になりたいですわ。


「ロレッタ様。玉は一ヶ所瑕があるくらいが可愛いのですわ。ロレッタ様が口調まで完璧な令嬢でしたら、ただの嫌味な存在ですわ。なんですの? 眉目秀麗にして、学業優秀。美しい所作に、完璧なダンス。良好な性格。ロレッタ様がもしも素直な口調の令嬢でしたら、ただの完璧超人ですわ。存在するだけで他者に敗北感を与える令嬢なんて嫌味な存在でしかありませんもの」

「大きな瑕は玉の価値を損なうものよ(訳:瑕が大きすぎるわ)」

「ふふ。それもまた味ですわ」


バーベナ様は余裕のある態度。別に完璧になりたいわけじゃないけど、平凡な令嬢で良かったのに…私のスペックは自分で言うのもなんですけれど、ちょっとピーキーですわ。突出した部分は少ないですけれど社交能力抜群なバーベナ様が羨ましい。隣の芝は青いのね。

紅茶を飲んだ。おいしい。いい香り。


「アルト様のお心を掴めると良いわね」


こくりと頷いた。


「ふふ。ヴェルモンテ家での夜会のアルト様はちょっと素敵でしたわね。ロレッタ様がお困りの所に颯爽と駆けつけて」


頬を赤らめる。アルト格好良かったよね。昔からアルトは私が困ってると、颯爽と助けてくれる子だったんだよ。私のことなんて大嫌いというくせにね。優しいんだから。


「泥沼は勘弁ですわ(訳:アルトが格好良くても、バーベナ様はお好きになっては嫌よ?)」

「あら、わたくしにも選ぶ権利はありましてよ?」

「ひどい!」


バーベナ様の発言に笑ってしまった。私は存じ上げているけれど、バーベナ様の恋のお相手は年上の男性なのよね。素直でちょっと朴念仁な…。バーベナ様は「ロレッタ様を見ているとあの人を思い出しますわ」って仰る。ひどい。私、あんなに朴念仁ではないですのに。

サクサクとパイクッキーを齧る。バーベナ様がその様子を微笑ましげに見ている。


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