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想定内の戦い

アルトと私が短時間だが個室で二人きりになったという噂が流れ始めた。シェイラ様がもう悲劇のヒロイン。愛する人(兄だけど)を泥棒猫にとられた悲劇の美少女。辛いのを必死に堪えて、健気な素振りでアルトの気を引こうとしている(らしい)

見たわけではないがそういう噂だ。私は再び令嬢方につるし上げを食らった。


「あなたのような悪婦は見たことがないわ」

「あんなに仲睦まじかったアルト様とシェイラ様の中を引き裂くだなんて…血も涙もないのね!」

「お可哀想なシェイラ様。随分とお心を痛めていらっしゃったわ」


マリーベル・バロウ男爵令嬢のお茶会で、今度は茶席で堂々と罵られた。主催のマリーベル様が険悪な雰囲気に狼狽えているけど、爵位が高くないので、他の令嬢を止められずにいる。

令嬢たちはただ単に個室に短時間二人きりでいたと思っているだけで、実際のところ何もなかったと思っているのだろう。ただ単に私をつるし上げてみんなで非難することを楽しみたいだけだと思う。格好の餌をぶら下げられて大喜びだ。

……実際はちょっとした短時間の間に大いに何か疚しいことがあったわけだけれど。

私は涼しい顔で紅茶を飲んだ。今日つるし上げに合うであろうことは予測範囲。覚悟は完了していた。言うべきことも整えてある。


「……ねえ、伺いたいのですけれど。いつの間にアルト様はシェイラ様とお付き合いされていらっしゃったの?」

「え……?」


冷静に尋ねられてキャンキャン喚いていた令嬢たちが豆鉄砲を食らった顔になる。


「わたくし、アルト様とシェイラ様はご兄妹だったと記憶しているけれど?」

「そ、それでも、血は繋がってませんもの…」


令嬢が言い返す。


「ええ。血が繋がってませんわね。だから?」

「え…?」

「アルト様とシェイラ様は血が繋がらないご兄妹。それ以上ともそれ以下とも聞いた覚えがありませんわ」

「そ、そんなの見ていればわかりますわ! あんなに親密そうで…!」

「親密そう…? ただ単に仲がよろしいだけではなくて? それとも抱き合って口付けを交わしているところでもご覧になったの?」


クスッと笑う。

アルトが何を考えているかはわからないけど、少なくとも私はアルトがシェイラ様にいやらしい意味で触れたのを目にした覚えはない。このキャンキャン喚く令嬢たちも見たことはないだろう。


「だ、だって、シェイラ様は、あんなにも傷付いて…」


令嬢がシェイラ様が如何に悲痛なご様子だったか、微に入り細に穿ち報告してくれる。シェイラ様は「自分は傷付いている」という自己主張はとても激しい方だから眉唾ではあるけれど。


「まあ、そうですの? そこまでご覧になったのなら、なるほど、シェイラ様は一人の女性として、一人の男性であるアルト様を愛してらっしゃるのね?」


私は頷いた。


「なら…!」


令嬢たちは再び私に矛を向けようと気負い立った。正義は我にあり、と言ったところか。


「では、アルト様は?」


私は冷静に追及した。


「え…」

「アルト様がシェイラ様を恋人として愛していると仰ったの? 一人の男性として、一人の女性であるシェイラ様を欲していると仰ったの?」


令嬢たちは静まり返っている。声が上がらないということは、アルトはそう言ったことは言っていないのだろう。

共に食事をした時、「シェイラ様と恋人同士なのか」と尋ねた時は言葉を濁していたから、多分違うのだろう。内心どう思っているにしろ、あの二人は恋人としてまだ成立していないはず。


「…男性のことは女性にはよく伝わらないから…」


令嬢がモゴモゴと抗弁する。


「あらあら、確たる証もなしに騒ぎ立ててましたの? 馬鹿騒ぎするのがお好きなのね。そのバタークリームがたっぷり詰まったおつむに、無駄かもしれない言葉を差し込んでさし上げますわ。どちらか片方が一方的に想うだけならそれはただの片思いですわ。そして双方想い合って付き合っていらっしゃったなら、今回非難されるべきはわたくしとアルト様の『二人』ですわ。あなた方はわたくしにあれこれ仰るけれど、同じようなことをアルト様にも仰ったのかしら? ご自分より下に置ける相手だけを非難なさるのは『卑怯』というのよ。それとも男性の浮気はすべからく相手の女性に責任があるのかしら? わたくしが胸の谷間を見せて誘惑したわけでもありませんのにね?」


生足見せてるから有罪なのかもしれないけれど、どちらかというと能動的だったのはアルトの方だ。誘惑した覚えはない。寧ろ手を出されて戸惑ってしまったのは私だ。


「あと、ここはマリーベル様のお屋敷で、今はマリーベル様がおもてなしするために設けた茶会の最中ですわよ。シェイラ様に友情を感じるのはあなた方の自由ですけれど、マリーベル様のお心遣いを踏みにじっていい理由にはなりませんわ」


私は言いたいことを言いきった。素直な優しい言葉を口からこぼすのはあんなに難しいのに、嫌味な毒はするする口からこぼれ出る。同じ心に思っている事柄なのにね。

令嬢たちが完全に沈黙してしまった。私は涼しい顔で紅茶を飲む。


「あ、あの…皆さん、紅茶のお替わりはいかがですか? 冷めてしまったのではなくて?」


マリーベル様が何とか場を持たせようと話題を変える。


「い、頂きますわ」


令嬢たちが何とか波に乗って再起動し始めた。私は完全な地雷として会話からはじき出された。別に普段から良い交流が持ててるわけじゃないからいいけどね。

シェイラ様に同情票が集まる流れを変えられたなら良しだ。アルトが何故あんな暴挙に出たのかは未だにわからないけれど。

私はジークムント様とキスできなかった。キスは嫌いな人とするものではないと思うのだけれど、アルトは私を嫌いだという。敢えて嫌がらせでキスした説、本当は私のことが好き説、後者だったら嬉しいけど、私、アルトの好感度を稼げるようなことした覚えがないのよね。



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