ヤキモチ
ウェルスと街に出た。露店で売られている商品などを見る。ウェルスは小腹が空いたとかで買い出しに離れた。私は露店を覗く。
「どうしてこちらの刺繍糸はこんなにお安いのですか?」
露店で安物の刺繍糸が売られていた。随分と安い気がする。手に取ってみても、品質もあまり悪くない。
「元手のほとんどかかっていない草木染だからさ。何だか茶色っぽい色合いばかりだろう? 流石に元の白地の刺繍糸の値段に利益が出るくらいには上乗せしてるけど」
露店のおじさんが教えてくれる。
「そうなのですか。でもこちらのちょっと枯れた桃色なんかは割と悪くないわ(訳:結構素敵なお色です)」
「そう思ったのなら買っていってくれると嬉しいね」
刺繍の練習用には良いかもしれない。私は枯れた感じの桃色と、艶の出そうな栗色、焦げ茶、ちょっとオリーブグリーンっぽい色合いが出ている糸、オーソドックスな黒い糸を買った。
代金を払っていると、ばったりアルトに会った。シェイラ様とご一緒だ。今日は二人とも平民服を着ていて、お忍びであるらしい。あまりに美しい容姿は全然隠せていないけれど。アルトは私を見ると少し硬い顔をした。
「ロレッタ嬢、刺繍糸を購入されていたのですか?」
「見てわからない?(訳:そうよ)」
どうして普通に言葉を返せないのか…嫌な気持ちになる。
折角偶然会えて、しかもこの前のことは水に流して友好的に話しかけてくれているのに。
「刺繍はお得意ですか?」
「あまり上手くはないわ(訳:普通の腕前よ)」
「僕の妹は中々上手なのですよ」
シェイラ様が褒められてニコッと笑った。アルトは優しい顔でシェイラ様を見ている。妹が大好きなのだろう。本当に仲が良い。
「お兄様。今度お兄様のハンカチに刺繍を入れて差し上げるわ」
シェイラ様がはしゃいでアルトの袖を引いた。自然な様子で甘えている。
「有難う、シェイラ。ではシェイラもここで糸を買っていくかい?」
シェイラ様は露店の刺繍糸を見た。
「お兄様、こんな茶色の糸ばかりでは、枯れ葉しか刺繍できませんわ」
シェイラ様は無邪気に商品を貶した。
指摘された露天商が悲しそうな顔をした。
「それはシェイラ様にセンスがないだけですわ(訳:こちらの糸は十分素敵よ)」
露天商のおじさんの顔を見ていられなくて言う。例え茶系の草木染でも丁寧に色んな色を用意しているのに。どれも少しずつ違った色合いで味があって素敵だわ。
「まあ、ではお手本を見せてくださる? ところでわたくし、あなたのこと存じ上げないのですけれど」
シェイラ様がわざとらしく小首を傾げた。可愛らしく見えるように計算されつくした仕草があざといと思う。
自己紹介の済んでいない方の名前を呼んで話しかけるのはマナー違反だ。私はシェイラ様をよく知っているつもりだったのでつい。マナー違反してしまったのが恥ずかしい。
「ロレッタ・シェルガムと申しますわ」
「シェイラ・パルテルですわ、こちらの露店で買った糸だけを使って刺繍してみせてくださいな。お兄様がお貸ししているハンカチがあるから丁度良いでしょう?」
アルトを見ると頷いた。
「ロレッタ様のセンスを拝見いたしましょう。ハンカチは刺繍して返してください」
「わかりましたわ」
売り言葉に買い言葉だけど、どんな刺繍をいれましょう…迷ってしまいますわ。苦手ではないですけれど、刺繍は得意でもないですし。きっとシェイラ様はお上手なのでしょう。クッキーを焼くのもお上手でしたし細かい作業は得意そう。
「わたくしもお兄様に刺繍のハンカチを差し上げますね」
「有難う、シェイラ」
二人は微笑み合っている。本当に仲睦まじい様子。私が姉だった頃はアルトはあんなに優しい顔はしてくれなかったというのに。上手くやっているシェイラ様に嫉妬してしまう。
「兄離れできない妹と、妹離れできない兄ですのね(訳:仲が良いのね)」
アルトはムッとした顔をした。気分を害したようだ。
「ロレッタ様、もしかしてそれはヤキモチですの?」
シェイラ様がアルトの後ろから優越感たっぷりに私を見下した表情をした。私は図星をさされてさっと頬を染め、シェイラ様を睨んだ。
シェイラ様はさも「睨まれて怖い思いをした」とばかりに怯えた表情で、アルトに縋りついた。縋りつかれたアルトは困惑した表情を浮かべている。
「……ロレッタ嬢は僕にヤキモチを…」
「待たせたな、ロレッタ!」
ウェルスがアルトの発言を遮った。ウェルスは首尾よく食料を手に入れてきたらしい。頼んではいないけど私の分も買ってきてくれたようだ。
「これ、ロレッタの分な」
クレープを手渡される。薄切りしたお肉とレタスと特製ソースがたっぷり挟まれた、お惣菜のクレープらしい。美味しそうではある。
「食べながら歩こうぜ?」
「お行儀が悪いですわ」
ウェルスを窘める。アルトはすごく険しい表情をしている。そして徐にシェイラ様を抱き寄せて撫でた。シェイラ様が嬉しそうに、恥ずかしそうにはにかんで、頬を桜色に染めた。その甘い光景にツプリと胸に針を刺された心地だ。
アルトはもう既にシェイラ様にお心奪われているのかしら?あんなに親しげに触れられて。
「シェイラ、僕らもクレープを食べようか? シェイラの好きなカスタードのクレープがあるかもしれないよ」
「はい! お兄様」
シェイラ様は上機嫌に自分の腕をアルトの腕に絡めた。見せつけてくれるね。アルトはシェイラ様に優しい微笑みを見せている。その微笑みは私が幼少期ずっとアルトに向けられたいと思っていたもの。そして想いが通じて呪われるあの日まで惜しみなく向けられていたもの。
「それでは、失礼するよ、ロレッタ嬢。刺繍は、出来たら、先触れを出してディナトール家までお持ちください。お茶くらいはご馳走します」
「ええ」
ディナトール家。お父様のご様子も拝見できるのかしら? シェイラ様のお母様と仲睦まじくされていたら胸が潰れてしまいそう。私はミカルドお父様を実の父のように慕っているのに。
次会うお約束を頂けたのは嬉しいけど、喜びより先に不安感が来る。シェイラ様を抱き寄せて撫でた、アルトの姿を思い出して胸が焼けた。あんなに甘い仕草…現実世界では想いが叶ってからの私にしかしていなかったのに。




