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初めてのデート

アルトにハンカチを返す…という名目で会える日がやってきた。私は綺麗なクリーム色の外出用のドレスワンピースを身に纏った。真珠の飾りをつけている。ムタール・リストランテは貴族子女のデートの定番のお店。お忍びではない。貴族として出かける。

お店に着いて、アルトの名前を出すと、すぐに個室に案内された。アルトは個室で席についていた。かっちりしたスーツスタイルだ。抜群に似合う。格好良い。思わず目がハート。


「あらあら。随分待ち遠しかったようですわね?(訳:お待たせしてごめんなさい)」


まだ約束の20分前だというのに。一応予約時間の30分前から入れるのを知っていたので待たせないために早めに来たのだが、アルトはもっと早く来ていたようだ。


「……いけませんか?」


アルトが拗ねたような顔をする。アルトは私の言葉を額面通りに受け取っている。つまり「待ち遠しかった」と言っているわけで…思わず照れてしまった。


「そのように媚びを売って、何かよからぬことを企んでいらっしゃるの?(訳:どういう心境の表れですか?)」


アルトはむすっとした顔をした。あああああ、どうしてそんな言い方しちゃうんだろう~!「私も待ち遠しかったです」って言えれば…無理だろうけど。


「ロレッタ嬢は随分ひねくれた考え方をなさるのですね。別に他意などありません。…どうぞお掛けください」


席を勧められたので掛ける。綺麗なクロスのかかったテーブルに、優美な曲線を描いた背もたれのある椅子。テーブルの中央にはキャンドルが置かれている。お洒落な雰囲気のお店だ。個室も広々としている。護衛が背後に控えているのはご愛敬。


「シスコンも遂に妹離れなさったの?(訳:今日はシェイラ様は一緒じゃないのね)」

「悪意を感じる発言ですね」


アルトが不快そうな顔をした。


「誤解ですわ(訳:他意はありません)」


私はシェイラ様の本性を知っているからシェイラ様を可愛がっているアルトに危機感を抱くけれど、アルトにとってはシェイラ様は可愛い妹なのだ。仲良くしていたとしても仕方ないし、別にそれを「妹偏愛者め!」と罵る意図などない。

私の言葉が悪いからアルトがありもしない悪意を感じ取ってしまうのだ。

悪意などない。私は勿論二人きりの方が嬉しいし。

でもあのアルトにべったりっぽいシェイラ様がよく私と二人きりでの外出など許したよ。


「食事はコースですが、ワインは何を頼まれますか?ラファンテの赤がお勧めらしいですが」


アルトがお酒を勧めてくれる。


「わたくし、お酒は頂きませんの」


酔ったら多分自制心なくアルトにべたべた甘えるし。みっともない姿は見せたくない。ワインはあまり好きではないし。甘いお酒は少し好きだけど。


「お酒に弱いのですか?」

「ええ」

「何か酒の過ちが?」

「……」


アルトは軽く水を向けただけだろうが、私は思い切り狼狽して赤くなってしまった。


「……そのような態度をとられる『過ち』ですか」

「……」

「否定なさらない?」

「……」


アルトは目に見えて機嫌が悪くなった。飲み物は果実水を頼んでコースのお料理を頂いた。お料理は中々結構な味だけれど、会話は全然弾まない。アルトがすごく冷たいのだ。お店に着いた時の友好的な態度から掌を返したように冷たい。


「僕の妹は可愛い人でね、いつも素直で優しい言葉をかけてくれるのですよ。少しつれなくしただけで可愛く拗ねるのです」

「…まるでわたくしとは大違い、と仰いたいの?」

「ええ。その通りですよ」

「……」


冷たく肯定された。ああ、なんだか私を嫌っていた頃のアルトを彷彿とさせる態度。どの発言もすべて裏目に出て、アルトの態度は冷たさを増していく。私も皮肉を口に出す、二人の嫌味の応酬。大好きなアルトに冷たくされて私の表情もだんだんと消えていく。


「まあ、それでは今は可愛い可愛い妹様がいなくてさぞや切ない思いをされているのでしょうね」

「ええ。本当に。可愛い妹を連れてくれば良かったと後悔していますよ」

「ほほほ。まるで恋人同士ね」


もう聞いているのもつらい会話だ。アルトの妹惚気全開。果実水が妙に酸っぱく感じてしまう。本当にシェイラ様は私より余程うまくやっている。


「ああ、血が繋がらないのでしたっけ? もしかして本当に恋人同士なのかしら?」


自分で自分の首を絞める。ここで「ええ。僕はシェイラを好いているのです」などと言われたら『もしも』の世界が現実になってしまうのかもしれない。アルトが私を選んでくれないことも悲しいが、お母様をミカルドお父様と引きはがしてしまうことも悲しい。お母様の儚い様子が瞼にちらつく。

美味しい食事もどんどん味がわからなくなってくる。


「…さて。どうでしょうね」


アルトは答えをはぐらかせた。


「あらあら。気を持たせがちですのね。選ぶ権利のある方は羨ましいですわ」


選んでほしいと切に願う立場からすると選べる立場は妬ましい。アルトの態度に『選ぶ側』の余裕を感じて皮肉ってしまう。


「……ロレッタ嬢は外見ばかり美しくて刺々しい方ですね。可愛くない」


アルトの「可愛くない」という発言にかっと頭に血が上った。


「わたくしにだって! わたくしにだって『可愛い』と言って愛してくださる方がいるんですのよ!」


血を吐くように声を荒げる。

現実世界のアルトは私を「可愛い」と言って愛してくれた。好きだと言ってくれた。目の前のアルトがそうでないことが酷く悲しく、虚しい。

可愛くないと言われてしまうことは自業自得なこともわかっているけれど…私を愛してくれるアルトがいなくなったことが如何に私の精神に負荷を与えているか自覚してしまう。

シェイラ様をあのように「可愛い」「可愛い」と褒め称えた後での発言ということもまた苦しい。


「では、その方と食事されると良いでしょう。今日は時間の浪費でした」


アルトはカトラリーを皿に伏せると席を立ち、出て行ってしまった。

ハンカチすら返せなかった。今日食事をご馳走してくれたお礼に、今度は私がご馳走するから一緒に出掛けて欲しいと提案しようと思っていたこととか、今日いい雰囲気になれば午後は一緒に美術館に出かけようと提案しようと思ってたこととか、全てが泡になって消えた。

私も食事する気が失せて席を立った。


ウキウキして出かけた私が意気消沈して帰ってきたのを見てお母様たちはすごく心配してくれた。



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