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偶然の出会い

アルトとどう距離を縮めて良いかわからない。そもそもが私はもうアルトと同じ屋敷に住む人間ではないので、会いたくても会えない。ディナトール家に行く用事などないし。

お母様が「気晴らしに」と観劇に送り出してくれた。劇場に入って席に着くとなんと隣の席にアルトが座っていた。私と反対側の隣にはシェイラ様が座っている。


「ロレッタ嬢…」


アルトもすぐに私の存在に気がついたようだ。ちょっと嬉しそうなお顔に見える。思わず期待してしまう。


「憎たらしい顔に出会うだなんて運の尽きかしら(訳:お顔を見られるなんて、人生の運を使い切ってしまったかも…)」


アルトは眉を顰めた。どうしてこうまずい言い方を的確に選んでしまうのだろう。言語を悪い意味に変換する能力の高さに唖然としてしまう。せめて「お会いできて嬉しいです」くらい普通のことが言えないものだろうか。


「お兄様っ、お知り合い?」


シェイラ様が可愛らしく微笑む。


「……知り合い以下だよ、シェイラ」


知り合い以下…その言葉にショックを受けてしまった。どうしたら仲良くなれるかわからない。近付きたいのに近付く機会が少なくて、今日のように機会に恵まれても上手にコミュニケーションが取れない。折角偶然アルトに出会えるという幸運に恵まれたのに、喜びの言葉一つ言えない。アルトは随分気分を害したようだし。凹んでしまう。

ションボリしながら観劇した。

劇は恋愛ものだった。一度は結ばれた恋人たちが、人生の荒波に揉まれ、すれ違い、離れて行ってしまう。自分と重ねて見てしまい、なんだか切なくて、涙が出た。ぽろぽろと泣きながら劇を見ていると、アルトがそっとハンカチを差し出してきた。無言で受け取り、涙を拭う。

ストーリーは荒れに荒れて、でも最後は再び恋人たちが手を取り合う、ハッピーエンド。ほっとした。


「すごく素敵なお話でした。お兄様もわたくしとすれ違って離れ離れになっても、再び手を引き寄せてくださいませ」


シェイラ様がきゅっとアルトの手を握った。シェイラ様はロマンチックで可愛らしい感想を述べた。私もそんな可愛い感想を述べられたら『もしも』世界のアルトも好意的な目で見てくれるのかもしれない。


「そうだね」


頷いてシェイラ様に微笑みかけるアルトに胸が痛くなる。

……『もしも』の世界のアルトはシェイラ様に対して、私に抱いていたような執着を向けているのだろうか。シェイラ様はきっとご自身がそう仰ったように『うまく』やるだろう。優しく可憐な態度でアルトを惹きつけるだろう。その様子が想像できて悲しい。


「ロレッタ嬢はどう思われましたか?」


アルトに尋ねられた。

アルトからはこんな私と前向きにコミュニケーションをとろう、という姿勢が見えてちょっと嬉しくなる。まだ見捨てられてない。アルトが友好的に接しようと思っていてくれるうちに関係を良い方に進めたい。


「ありふれたご都合主義展開ね。この劇は人の不安感を煽るのが大層お上手でしたけれど(訳:ハッピーエンドで安心しました。途中、何度もハラハラしてしまったけれど)」

「……不安になって泣いてしまったのですか?」


恥ずかしくてさっと赤くなる。きっと涙目で睨むとアルトが私の顔を見て赤くなっていた。な、何赤くなってるの!


「しゅ、淑女の羞恥の表情を見て興奮するなどとんだ変態ですわ!(訳:赤くなってるところ、見ないで!)」

「ご、ごめん。なんか可愛くて…」


アルトがもにょもにょ言い訳をする。さり気なく可愛いと言われた。どうしようドキドキする…二人でもじもじしているとシェイラ様がアルトを抓った。


「お兄様のばか…」


拗ねたように唇を尖らせる。シェイラ様は可愛い怒り方を計算しつくしている節がある。あざといような気がするのだが、アルトはあまり違和感を抱かなかったようだ。


「シェイラはどのシーンが気に入ったんだい?」

「ふふ。お食事を食べながら教えてあげる!」


シェイラ様がにこっと笑った。ちょっとゆっくり目のランチだね。シェイラ様はアルトとデートかあ…いいなあ。私は交際に辿り着くまでアルトと楽しくデートする機会なんてなかったよ。ずっとずっと嫌われてると思ってたし。

アルトはちらちら私の方を見てきた。何か用だろうか?


「ロレッタ嬢…良ければこれから一緒に食事でも…」


食事に誘われた。嬉しい…嬉しいけど…

常識的に考えてそれは無理だ。


「馬鹿なの? どうせお食事って予約制でしょう? 横車を押すつもり?(訳:誘ってくれて嬉しいけど、レストランは予約制でしょう? 急に人数を増やすだなんて、お店の人に無理を言ってはいけないわ)」

「…………お兄様、知り合い以下ではなかったの?」


シェイラ様が拗ねたような上目遣いでアルトを睨む。甘ったれた可愛い態度を作っているところがやはり、私はシェイラ様を好きになれないと思う。


「この話は忘れてください」


アルトが恥じ入るように目を伏せた。自分が如何に店側に無理を言おうとしていたか自覚して反省しているのだと思う。アルトはきちんと反省できるいい子だ。


「……ハンカチを洗濯して返す予定はいついれたら宜しいの?(訳:後日で良ければ予定をあけます)」


勇気を出して言った。アルトが色違いの瞳をぱちぱちしている。ぎりぎり意味は通じてると思うけど。私はアルトがデートに誘ってくれることを期待している。


「で、では5日後はいかがですか?」


アルトが上ずった声で提案してきた。


「悪くない提案ね(訳:喜んで)」

「12時にムタール・リストランテに予約を入れておきます」

「わかったわ」

「お兄様!」


シェイラ様が袖を引っ張って目に涙を浮かべている。アルトの関心が私に向けられるのが許せない様子。「そんなどこの馬の骨ともわからない女に話しかけないで!」という意思が透けて見える。


「シェイラ、拗ねないでよ。今日のお昼はシェイラの好きな牛ハラミのロティールが食べられるよ」

「もう! お食事でご機嫌なんて取れませんわ。お買い物も付き合ってくださらなきゃ」

「仰せのままに。お姫様」


拗ねたポーズのシェイラ様もすぐに笑顔になって、二人は楽しそうに笑い合っている。このようにじゃれ合ってアルトがシェイラ様を甘やかせるのが日常なのだろう。私は幼少期アルトにこのように甘やかされたことはない。勿論頼られるべき側の姉と守られるべき妹で立場が違うわけだけど。

……原因は考えるまでもなく私のまずい発言でアルトとの仲が険悪化したことだ。

今日私に対していたように、アルトは本来他人に対して友好的な人物だ。私が普通の令嬢だったらアルトはきっと現実世界での幼少期もすごく優しくしてくれていたはずだ。

シェイラ様はアルトと妹(姉)になったのが普通の令嬢だったら、このようにうまくやるのよ? というのを見せているにすぎない。


「ではね、ロレッタ嬢」

「ごきげんよう」


……これは一応デートの約束が貰えたんだよね? でももしかしたら当日はシェイラ様も一緒かもな。二人きりなら嬉しいけれど。一歩前進な気がする。

ハンカチを貸してくれたお礼に何か贈ろうかしら? 心が浮き立つ。何を贈ろう。気持ちが重すぎず、けれど喜んでもらえるもの。アルトの好きなもの。色々探してみよう。

私は贈り物を探して街に出た。




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