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初めまして

人々の視線を辿るとアルトがシェイラ様と連れ立って会場に入ってくるところだった。アルトは黒いタキシードをびしっと着こなし、でも少し初々しい新鮮な少年の輝きがある。亜麻色の艶のある髪も、紫と緑、二色の神秘的な瞳も、鼻も唇も、芸術的に整った顔パーツ。それでいてまだあどけなさを残している。容姿はそれはもう美形なのだから大いに目立つ。

シェイラ様もベビーピンクのふわふわとしたドレスを身に纏い、砂糖菓子のように甘く繊細そうな少女ぶりだ。淡いプラチナブロンドもぱっちりとしたアクアマリンの瞳も、濃すぎない柔らかな色合いのぷっくりした唇も、幻想的なまでに可憐な印象。二人が並ぶとまるで一枚絵のようにお似合いに見える。お似合いに見えてしまったから、ツキリと胸が痛んだ。アルトの隣にいたいのに。

会場に入ると二人は微笑み合って手を取って一曲踊った。


「シェイラ、今日は躓かなかったね」

「もう、お兄様。この前躓いてしまったのはたまたまですわ。わたくし、そんなに粗忽者じゃありませんの」


シェイラ様が頬を膨らませた。

すぐにシェイラ様は男性にダンスに誘われた。周囲の女性はアルトに誘ってほしそうにちらちらと視線をやりつつ間合いを縮めている。震える足を叱咤して、アルトの前へ出た。

私の姿を目にしたアルトはぽーっと私を見つめて黙っている。じ、自己紹介しなきゃ…


「大人ぶって、相当な目立ちたがり屋ね(訳:大人っぽくて、すごく目を引きました)」

「……」


自己紹介しようと慌てる私の口から飛び出たのは全然違う言葉だった。

アルトが素直にショックを受けた顔をする。


「あなたを見ていると気分が悪くなるわ(訳:あなたを見てるとすごくドキドキしてしまうの)」

「……初対面なのに、随分失礼な方ですね」


慌てる私は動揺のあまり、次々に暴言を吐いてしまう。こんなこと言いたいわけじゃないのに!

アルトはどこか失望したような傷付いたような表情で私を見た。


「あなたのような理解力のない人に言葉をかけるだけ無駄だったようね(訳:こんな言葉を理解してほしいなんて無理だよね。ごめんなさい)」


私も悲しい顔になってしまう。今、目の前にいるのは私の言葉を上手に翻訳できるようになった現実世界のアルトではない。真正面から一般的な受け止め方をする普通の少年。私が普通の当り前な人間として真っ当な言葉を紡がない限り意思の疎通は望めない。


「あなたは僕の気分を害するために態々いらっしゃったのですか?」

「偏屈な受け取り方ね(訳:そんなつもりじゃないんです)」

「あなたとお話しする時間はあまり有意義ではなさそうですので、失礼」


アルトは私の隣をすり抜けて行ってしまった。

完全に失敗した。第一印象最悪だ。普通に挨拶できればそれだけで良かったのに…

壁際に移動して未練たらしくアルトを見つめる。何故かアルトもちらちらとこちらを見てくるが、目が合うと視線を逸らされる。


「ロレッタ。どうした? そんなにしょげて」


ウェルスが声をかけてきた。

私が見るからにしょげていたので気を使ってくれたのだろう。


「いつも通りですわ(訳:いつも通り素直なことが言えなかっただけよ)」

「元気出せよ。今日はすげー綺麗にしてんだしよ」

「つまらないお世辞ね(訳:そんなことないわ)」

「鏡見てきたんだろ? 絶世の美女ぶりだぜ?」


私は溜息をついた。アルトにいい印象を持ってもらいたくて気合を入れたのに無駄だった。思えば現実の方でもアルトとの初対面は印象最悪だったな。後になって、アルトは第一声には随分傷付いたようなことを言っていた。

今回もアルトを傷付けたのだろうか…

アルトだって今日が社交界デビューなのだから気合を入れてお洒落してきたはずだ。態度だって気をつけていたはず。なのにいきなり見ず知らずの令嬢に貶されたのだ。貶す言葉は私の本意じゃないけれど。傷付いただろうなあ…ごめんね、アルト…

ウェルスが私の頭をぽんぽんと撫でた。


「なんか食って元気出そうぜ?」


ウェルスに腰を抱かれて連行された。未練たらしくアルトを振り返ったらすごく険しい顔をしてこちらを見ていた。多分「じろじろ見んな」っていう意味なんだと思う。何度も何度もちらちら見ちゃったし。多分視線は気になっていたはずだ。不快に思っているのかもしれない。

ウェルスと王宮の美味しいお料理を頂いた。流石に素材も調理法も素晴らしい、洗練された味だった。ひとしきり食べて満足すると、ウェルスは再びふらふらと旅立った。

私はテラスに出た。正面に大きな池があり、真ん丸な月が映っている。


「……」


ホールの方からは楽しげな音楽が聞こえてくる。私の心は沈んでいるけれど。しばらくぼんやりと池に映る月を見ていた。


「…………初めまして。ロレッタ・シェルガムと申します。お会いできて光栄です」


その出だしから始めるつもりだった。独り言が虚しく響く。

簡単な一言。誰かと対峙してなければこんなにも容易く口に出せる。


「……初めまして。アルト・ディナトールと申します」


独り言に返答があったことに驚いて振り向く。アルトが立っていた。


「月が綺麗ですね」

「……悪くない眺めだわ(訳:とても綺麗な景色です)」


アルトは少し眉を顰めた。辛うじて褒めた内に入ると思うけど「悪かねーな!」ってどこのアウトローですか。なんか上から目線だし。


「どうしてお一人でぼんやりとされていたんです?」

「……」


はくはくと唇が動く。「先ほどあなたに嫌なことを言ってしまったことを謝りたくて…」そう言いたい。けれどそんな素直な言葉は全然出てきてくれない。「あなたと喋ると嫌な気持ちになるのよ(訳:あなたに何か言うたび後悔してしまうんです)」という言葉を必死に飲み込んでいる。


「僕、今日が社交界デビューなんです」


知ってるわ。


「失敗したらどうしようと思うと、昨日はとても緊張してしまって、妹に笑われました」


すごく堂々としていたわ。格好良かった。


「でも素敵な出会いがあるかも、って思ったら少し心も踊って…」


私はアルトに会いたくて…心躍るより緊張の方が大きかったけれど…


「さっきは突然現れたロレッタ嬢に見惚れてしまって…」


ノーリアクションだと思ってたけど、見惚れてたの? 私は緊張と動揺でよくわからなかったわ。


「何か僕が失礼な態度をとってしまったから、あのようなことを仰ったのでしょうか?」


違うよ。「あなたと仲良くなりたくて近付いたのに、素直な言葉が出せなくて…」と言い訳したいけれどそんな上手いこと言えるわけもなく、ただ、はくはくと空気を噛む。


「……何も仰ってくださらないんですね」

「あなたにわたくしの気持ちなどわからないわ!(訳:素直な気持ちを伝えたいのに伝えられなくて苦しいの!)」

「……そうですね。つまらないことをお喋りしてすみませんでした」


アルトは背を向けて去って行ってしまった。

一人残された私は自己嫌悪を繰り返した。




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