いつもと違う朝、そして出会いの予感
侍女がお湯の入った洗面器を持ってきてくれたので、顔を洗い、着替えて、シェルガム家のダイニングへ向かった。
ダイニングにはお母様と、ウィリアム叔父様とイレーネ叔母様がテーブルについていた。
「ロレッタちゃん、おはよう」
「…おはようございます」
私は目を見張った。お母様がすごく儚げに見えたからだ。……お母様は私の実父のジャキルお父様に見切りをつけた後、独り身で、ミカルドお父様と結ばれなかった世界なのね。私はミカルドお父様のお傍で幸せそうに笑っているお母様が好きだわ。絶対に日常を取り戻そう…
叔父様、叔母様とも挨拶を交わし、空いている席に座った。お爺様とお婆様は多分御領地ね。姿が見えないわ。
頭に寝癖をつけたウェルスもやってきた。ウェルスは1歳年下の従弟だ。
「……ウェルス…奇抜なヘアスタイルだわ(訳:寝癖がついてるよ)」
「あとから直すぜ!」
ウェルスは現実世界と同じくやんちゃ坊主のようだ。現実世界では時々しか顔を合わせないけれど。赤毛にサファイアブルーの瞳。アルト程美形じゃないけど、まあまあ良い容姿だと思う。身贔屓かしら?
朝食を頂いた。ディナトール家の料理人のお料理の方が私の舌には合うので何とも言えない。まずいわけではないし、美味しいけど、いつもみたいに食べててふわっと幸せになるような美味しさはない。
食後のお茶を飲んでいる時にさり気なく尋ねた。
「お母様、次の王宮での夜会はいつだったかしら?」
「大丈夫なの? ロレッタちゃん。明日じゃない。もうドレスも飾りも用意できているんでしょう?」
お母様が訝しげな顔をした。だって知らないのだもの。
「そ、そうだったかしら…?」
「アイリーンに確認を取っておきなさいな」
アイリーンは古株の侍女だ。私も知っている人物。明日の準備のことは後で詳しく教えてもらおう。今の私は自分が何を所持しているかも知らない。『もしも』世界でのロレッタが昨日何を考えていたのかすら知らない。
「明日も俺がばっちりエスコートしてやるからな!」
どうやらいつもウェルスにエスコートしてもらっているようだ。
「恩着せがましいですわ(訳:有難う)」
そそくさとアイリーンに確認に行った。明日は『もしも』の世界のアルトとの初対面。第一印象が決まる重要な日。どんなドレスや飾りの予定だったのかちゃんとチェックしなくては。
アイリーンに見せてもらうと、藍色の艶のある生地に銀糸で刺繍を入れたドレスだった。まずまず上品なので安心した。飾りはサファイアの青を差し色に、ホワイトサファイアとホワイトゴールドでボリュームを出したもの。全体を総合してみると、少し大人っぽい品の良いドレスと飾りだ。
あとは第一声だよなあ。なんて声をかけよう。出来ればダンスに誘ってほしい。初ダンスはシェイラ様とだろうか。……現実世界のアルトの社交界デビューでは一緒に踊らなかったなー…誘ってくれる気配なんて微塵もなかったし。
私は部屋にこもると「初めまして、ロレッタ・シェルガムと申します。お目にかかれて光栄です」という挨拶の練習をブツブツと繰り返した。誰とも対峙していない無人の状態なら、挨拶は割と素直な言葉が出てくる。目を瞑って、アルトと対峙しているのを想像すると、固まったように言葉が出てこない。自己紹介までならできる。「お目にかかれて光栄です」の一言が出てこないのだ。「あなたはなんて目障りなんでしょう(訳:あなたはなんて素敵なんでしょう)」と言い出してしまいそうなのだ。
***
翌日。付け焼刃かもしれないが午前中から入浴して、念入りに肌や髪を整えた。夕刻にはドレスに袖を通して飾りをつけ、美しく薄化粧した。鏡で何度も見返したが、結構いい感じの仕上がりになっていると思う。
「なんかロレッタ、やけに気合入ってんな?」
ウェルスに突っ込まれてしまった。ウェルスはラフな感じのタキシードだ。叔父様と叔母様は一緒に行くが、お母様は夜会に出席されないらしい。
「ウェルスもわたくしの隣に立つのに不都合はなさそうね(訳:ウェルスも格好良いわよ)」
「おう。バシッと決めてこようぜ?」
夕刻、馬車に乗り込み王宮まで行った。
王宮の双月宮。巨大な宮があり、テラスに出ると正面に見える位置にある池に月が映って見える仕様の為『双月』の名前がついている。黄金のシャンデリア、磨き抜かれた大理石の床、あしらわれた鏡、美しい彫刻の数々。大変華やかな場所だ。
私も今日は気合を入れてきただけあって、会場に入ると多く視線をよこされた。大変口の悪い令嬢だということは知れ渡っているようなので即座に誰かが声をかけてくるような浮ついた空気にはならないけど。
ホールの中央にはジョセファン様とベアトリーチェ様が寄り添っていらっしゃって注目を集めている。ベアトリーチェ様もこの頃はご健在だったわね。
アルトはまだ来ていないみたい。会場をキョロキョロ見回す。
「何キョロキョロしてんだよ、ロレッタ。腹でも減っているのか?」
「そこまで意地汚くありませんわ」
ウェルスに抗議する。
「なんか今日は気合入れてるみてーだし、友達増えると良いな?」
ウェルスがニカッと笑った。ウェルスは親切な好男子だよ。私は『アルトのおねーちゃん』であろうとしていたけど、心の底ではただの『アルトを好きな女の子』だった。その事実に蓋をして見ないようにしていただけで、私がちゃんとした『姉』であったことは恐らくないだろう。もし自分に『弟』的な存在がいるとしたら、それはきっとアルトじゃなくウェルスだと思う。
「余計なお世話よ(訳:心配してくれて有難う)」
「じゃ、とりあえず一曲踊っとくか」
ウェルスに手を引かれ、一曲踊った。踊り終わってウェルスが友人に挨拶するために去っていくと、私は壁際に待機した。
ホールに軽い騒めきが起こった。




