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耳に砂糖を詰める

夜眠っていると突然布団が剥がれた。


「きゃあっ!」


目を開けると薄絹一枚纏っただけの姿のマリディ様がいらっしゃる。如何にも情事を予感させる扇情的なスケスケの紫の薄絹ではあるけれど、マリディ様の子供子供した体型とミスマッチしていて、やや滑稽な印象のする夜着姿だ。

『隣に寝ていた』アルトも目を覚ました。二人で起き上がる。


「…マリディ嬢…こんな夜中に何の御用かな?扉には鍵がかかっていたはずだけど。」

「なっ、なっ、なっ…なんでロレッタ様と同衾していらっしゃるの!!!?」


私とアルトは一緒に寝ていたのだ。別に疚しいことはなく、二人とも服を着ているけれど。


「愛する者同士が同衾していたら何かおかしいかな?それよりそんなはしたない恰好で紳士の部屋に夜中訪れるマリディ嬢の神経を疑うね。どういうつもりで来たの?」


まあ、夜這いに来たんだろうね。お父様はこのことを予想されて、私に夜はアルトと一緒に眠ってほしいと依頼してきたのだ。何もないとはいえ未婚令嬢が殿方と同衾……とは思うがアルトと私が既に貫通済みだということは、社交界ではそれなりに知られているので、今更だ。もう結婚するつもりでいるし。


「婚約者であるアルト様に夜伽を…」

「マリディ嬢の夜伽は未来永劫必要ないよ。僕の隣は見ての通り姉上で埋まっているからね。」


アルトが私の耳に口付けた。

ちょっと恥ずかしいけど嬉しい。

マリディ様は悔しそうな顔をして去っていった。あの薄絹一丁で離れからこの部屋まで来たのだろうか。なんと肝の太い。


「危なかったですね。姉上がいてくださらなかったら、何もなかったとしても薄絹一丁のマリディ嬢と僕が二人きりで、夜部屋にいたという既成事実が作られてしまうところでした。」

「手段を選ばないところには感心しますわ。とても迷惑ですけれど。」


アルトは私を抱きしめた。


「でも誰憚ることなく、姉上と同衾できるのはいいですね。役得です。」

「……一年の禁欲は守ってくださるのよね?」


おねーちゃんウェディングドレスはマーメイドラインに決めてるの。もうデザインは出来てるし、作製も始まってるから。


「姉上の綺麗なドレス姿を拝むために我慢はしますよ。僕だって楽しみにしていますから。」


アルトは微笑んだ。


「…でも一年後はたっぷり姉上を味わわせてくださいね。」


耳元で甘く囁かれた。

怪しげなことはしなかったけれど、二人でイチャイチャした。



***

翌朝、確かめてみたがアルトの部屋の鍵は、なんだかピッキングツールのようなものでこじ開けられていた。大泥棒も真っ青な見事なお手並みである。とても貴族令嬢だなどとは信じられない。ククル家はどのような教育をマリディ様に施されたのだろう。ちょっと興味が湧いた。

アルトは新しい鍵を付け替えてもらえるように職人に依頼していた。



***

マリディ様は仕立てたドレスで意気揚々と夜会に出かけた。……辻馬車で。ディナトール家はマリディ様にこれ以上便宜を図るつもりはなかったので、馬車を融通しなかったのだ。


「わたくし、アルト・ディナトール様の婚約者の、マリディ・ククルです!!」


そう挨拶して回っている。

お茶会で手紙のこともお父様の決定のお話もしたので、夜会会場でマリディ様の言葉を真に受けるものは少ない。ただ、とても鬱陶しくはある。蠅がぶんぶん身の回りを飛び回っているような。

アルトと私は二人で寄り添って仲睦まじさをアピールしている。


「今度は婚約者ですってね。色男を恋人に持つと辛いわね、ロレッタ様。」


バーベナ様がやってきてニヤッと笑った。


「平穏無事に恙無く婚約状態を保っておられるバーベナ様の婚約者様は色男ではないという意味かしら?(訳:何事もなさそうで羨ましいわ。)」

「ほほほ。まあ、これくらいの事件なら人生のスパイスなのではなくって?」

「あまり味のよくないスパイスですわ。」


私も平穏無事な蜂蜜のような甘い日々を過ごしたいのに。

アルトは私を一度ハグすると、バーベナ様に私の隣を譲って、社交に行った。私はバーベナ様が聞いてきた社交界の噂を又聞きしている。自分の力でこれくらいの噂が集められたらいいのに。

バーベナ様と軽食を摘まんでまったりしていると、「離れてください。」というアルトの声が聞こえた。ちらりと見るとアルトにマリディ様がキスしようとしているらしい。ちゅうちゅうとタコのように唇を尖らせたマリディ様が背伸びしてアルトに迫っているが、身長が低くて届いていない。アルトもマリディ様のつるりとした額を掌で押して拒んでいる。中々滑稽な様子ではあるが、面白がって見ているわけにはいかない。

私はアルトの元へ行き、マリディ様を引きはがした。


「まあ、なんてはしたないのでしょう。嫌がる紳士にキスを迫るだなんて。他人の迷惑を顧みない、良識を疑いますわ。(訳:嫌がってるから止めてあげて。)」

「ほほほ。わたくしたちがいい雰囲気になっているから焦っているのね。ロレッタ様。」

「あなたの目は節穴なの?(訳:全然いい雰囲気ではなかったわ。)」


マリディ様を追い払った。


「あの根性はすさまじいですね。世の中には変わったご令嬢が沢山いるのだと知らされました。」


アルトはうんざりした顔をしている。


「同じ『変わった令嬢』でも、姉上はこんなに可愛いのに。」

「まあ、アルト。立ったまま目を開けて眠るなんて器用ね。(訳:私が可愛いなど、寝言だわ。)」

「寝てませんよ。姉上は世界一可愛いです。」

「耳が腐り落ちそうだから止めて。(訳:恥ずかしいからそんなこと言わないで。)」


私は少し照れて赤くなってしまう。


「嫌です。僕は姉上の耳にたっぷりお砂糖を詰めるつもりなのですから。」


アルトが笑って私を抱きしめて甘い言葉を囁いた。すごく恥ずかしいけど、ちょっと嬉しくてアルトの腕の中で頬を染める。

マリディ様…いい雰囲気ってこういうのを言うのではなくて?




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