自称婚約者は問題児
マリディ様は中々の問題児だった。『招かれていない』お茶会に勝手に出席してしまう。ホストのご令嬢とは無論初対面。ホストの令嬢は迷惑な飛入り客に困りながらも温情で一つ席を増やしてくださった。私はこの情報を全然掴んでおらず、来てみてびっくりである。
「初めまして。アルト・ディナトール様の婚約者のマリディ・ククルですわ。」
堂々とそう挨拶した。
「マリディ様。スカスカのおつむに物を詰め込むことを御覚えになったらいかがかしら?その件は無効であったとお父様から証明されたでしょう。もうお忘れになりましたの?お若いのに記憶が怪しいなんてお可哀想ね。(訳:馬鹿なこと言わないで。その件は無効よ。他のご令嬢に誤解を与えないで。)」
「まあ、なんて口の悪い。意地の悪いご令嬢ですのね、ロレッタ様って。わたくしは15年間、アルト様の妻になるのだと言われて育ってきたんですもの。いくらミカルド様とて、細君のお約束を無視するようなことはされないわ。」
強気に嘯いた。
むしゃむしゃと茶菓子を食べている。何だか食べ方が下品で悪目立ちしている。決定的に優雅さが足りない。仕草は庶民の田舎娘そのものである。
「婚約者とはどういうことですか?」
他のご令嬢が尋ねる。
マリディ様が自信満々に手紙のことを述べる。自分は生まれる前からアルト様の婚約者なのだ!と。そして例の小鼻をふくふくと膨らませる動物的なアクションを取って令嬢たちにクスクス笑われている。
私はお父様が婚約の件をきっぱり無効だと述べたと説明する。マリディ様と睨み合う。
「幼馴染の次は婚約者ですの?素敵な婚約者を持つと気苦労が絶えませんわね。」
他のご令嬢が微笑んだ。最近は恋愛結婚が多いけど、貴族子女の結婚の最終決定権は家長が持つのが当たり前だから、みんな私の方に分があると思っているようだ。
「『自称』婚約者が来たくらい失笑しかしませんでしたわ。(訳:幼馴染はともかく、マリディ様のことはそれほど気にしていません。)」
シェイラ様の件は精神的に堪えるものがあったけれど、今回のは大分状況が違う。
アルトの心が揺れていないというだけでも随分安心感が違う。お父様からはっきり『無効』というお言葉を頂いているし。
「幼馴染に婚約者…!!なんて王道展開…!」
ハリエット様も出席していらっしゃったらしくて、何やら身悶えている。ハリエット様とは親しくお喋りしたことがないけど、アルトはとても良い方だと言っていたからいつかお話してみたい。
「わたくし、アルト様の婚約者として、恥じることがないようしっかり社交したいですわ。」
「マリディ様、あなたは不愉快な形容詞をつけないと喋れないんですの?(訳:『アルト様の婚約者として』って言うのはやめて。)」
「ロレッタ様はわたくしという正当な婚約者が現れて焦っているのね。ああ、こわい。意地悪されないかしら?」
「あなたのような図太いご令嬢を苛めるなどという無意味なことは致しませんわ。(訳:意地悪なんてしないよ!)」
私とマリディ様はやり合っているが、その様子が面白いらしく、他のご令嬢の気を引いてしまっている。ほんと、社交界は暇人ばかりだわ。
お茶を味わう。ふわりと漂う紅茶の香りが精神を癒してくれる。マリディ様はスタンドに入れられているお菓子を次々と手に取って食べている。なんだか意地汚い感じだ。
私はパサリと扇子で口元を覆った。
「マリディ様。少しは遠慮なさったら?下品な食べ方が豚の様ですわよ。(訳:もう少し、控えめにしないと笑われちゃうわよ?)」
「まあ、まるで小姑ね。ああ、アルト様と結婚したらロレッタ様は正真正銘小姑になるんでしたわね。ロレッタ様のように意地の悪い方は婚期になど恵まれないでしょうから、うちで冷や飯ぐらいをなさるのかしら?とても迷惑ですわ。」
「妄言も大概になさいまし。全てを持っているのはわたくしの方ですわ。(訳:アルトの心も、お父様の許しも、婚約指輪も私のものだわ。)」
「ほほほ。悔し紛れですのね。」
「あなた、馬鹿なのね。わたくしを疲れさせる天才だわ。(訳:意思の疎通の出来ない人との会話は疲れるわ。)」
まあ、私の場合、意思をきちんと疎通できる相手の方が少ないのだけれど。マリディ様の場合自信過剰の程度が少し酷すぎる気がする。
珍獣はご令嬢たちからある意味注目を集めた。どちらかというと悪い意味でだけど。マリディ様ってなんだか言動に品がないのよね。「社交する」って言ってた割にはむしゃむしゃ食べてばかりいたし。私も特殊言語の使い手だから社交は苦手だけどね。大抵のご令嬢にはあまりいい人だとは思われないし。
***
マリディ様の頭の痛い行動は続いた。夜会用のドレスと宝飾品を仕立てたのだ。ディナトール家のツケで。商人に請求書を回されてびっくり。
「マリディ嬢。勝手な真似をされては困る。」
お父様が苦言を呈した。当たり前だ。手紙を持ってるとはいえ、婚約者未満のご令嬢。離れに泊めて、食事を与えているのだって温情だというのに何を思ってツケ払いで買い物など。厚かましいにもほどがある。
「将来の妻に恥をかかせないのは当然のことですわ。」
マリディ様は蛙の面に水である。しかもお金をたっぷりとかけた最高級品を仕立てたんだよね。商人もディナトール家が払うと信じて快くツケ払いにしたらしい。
「アルトの将来の妻はロレッタちゃんだ。マリディ嬢ではない。請求書はククル家に回させていただく。我が家の名前を勝手に使うのは止めていただきたい。」
「そんな!勝手なことはなさらないでくださいまし!」
「勝手なのはどちらだ!!」
お父様も頭を抱えていらっしゃる。とんだ食客が増えたものである。マリディ様はいくら「あなたはアルトの婚約者ではない。」とお父様が告げても手紙を盾に取り、亡き細君の、アルト様の片親の、立派な遺志である。と言って譲らない。とても面の皮が厚い。剥がしてみたら定規で測れるのではないかしら?
お父様は各商人筋にマリディ・ククルは屋敷に泊めてはいるが、当家とは関わりなく、金銭を建て替える予定はない。と情報を流していた。ディナトール家の払いを完全に当てにしていた商人は、態々ククル家のある地方まで行かなくてはならないようだ。ご愁傷様。
ククル家が支払いを行わないようだとマリディ様はディナトール家の名前をちらつかせて商人を騙した詐欺師なんだが。大丈夫なのだろうか?「マリディ様を泊めてるじゃないか!関わりあるだろ!」とディナトール家に火の粉が降りかからないことを祈る。




