婚約者襲来
①婚約者襲来
②自称婚約者は問題児
③耳に砂糖を詰める
④手紙の真相
の4部構成です。
今回は完璧なコメディです。別に笑えはしませんけど。あまり笑いは期待しないでください。
「その婚約!物申します!!」
アルトと二人で夜会のホールの片隅で談笑していると、つかつかと歩み寄ってきた小柄な少女がびしっと私たちを指さした。
榛色の瞳は大きく、顔立ちは可愛いと言えないこともないが、背が低く、つるりとした額の広い女の子だった。髪を後ろにひっつめにして括り、結い上げている。ピンクのドレス姿で、社交界デビューしたばかりに思える。
「まあ、突然失礼な方ね。どこの無礼者ですか。(訳:お名前は何と仰るの?)わたくしはロレッタ・シェルガムですわ。」
「わたくしは、マリディ・ククルですわ。ククル子爵家のものです。アルト様の実母のメリッサ様がお認めになった、アルト様の正式な婚約者ですわ!」
私とアルトは顔を見合わせた。正式な婚約者って言った?アルトを見ても心当たりのなさそうな顔をしている。
「マリディ嬢?僕はその話、初耳なんだけれど…。もう姉上と結婚するつもりでいるし。」
アルトが戸惑った声を出した。私もお父様からそういう特殊な事情は伺っていない。生前のメリッサ様にお会いしたことはないけれど。そもそもアルトと出会って10年、マリディ様の顔など一度も拝見したことがない。
「婚約を反故になさるおつもりですか!?わたくしは生まれた時からアルト様の妻になるのだと育てられてきましたのよ!もし約束を反故にされるのでしたら、わたくしの15年間を返してくださいまし!!」
どんな形で…と言われればやっぱりお金でだろうけど…この子はもしかしてお金目的で強請に来たのかな?ディナトール家は裕福だし。
「強請ですの?随分強欲ですのね。」
「後からやってきて、白々しく婚約者面しているあなたにそんなこと言われたくありません!私とアルト様は15年前からの婚約者です。証拠もあります。言い逃れは出来ません!!約束を履行してわたくしと結婚してくださいまし!」
ゴリゴリ押してくるな。
「証拠とは?」
「メリッサ様が私の母に宛てた手紙です。アルト様の妻に私を迎える旨が記されております。」
自信満々である。ふくふくと小鼻を膨らませている。何かの珍妙な動物のような仕草だ。可愛い顔も台無しである。
「では手紙を持って後日我が家へいらっしゃってください。母はもう今は亡き身。父に事情を聞かねばならないので。」
「いいえ。今夜からお屋敷に私を迎えてください。ククル家は王都に屋敷を持っていないので。母もアルト様のお傍で花嫁修業をするように申しておりました。」
「急にそんなこと仰られても困ります。」
「困るのはこちらです。わたくしと婚約しておきながら別の婚約者を作るなど!もう絶対に目が離せません。」
すごい無茶苦茶を言われているが、マリディ様はほぼ身一つで出てきたらしい。侍女が一人と護衛が一人と、着替えと日用品を持ってきてるっぽい。居座る気満々やね。証拠の手紙まで持ってきているご令嬢を「帰れ。」っと追い出すわけにもいかず、馬車も持っていないというので辻馬車を呼んでやった。マリディ嬢一人なら我が家の馬車に乗せても良かったが、侍女と護衛を入れると定員オーバーだからだ。
***
ディナトール家にて。とりあえず放り出すわけにもいかないので、庭の向こうにある離れを侍女に掃除させている。その間にダイニングに全員揃って事情を聞く。
マリディ嬢の主張はこうだ。
母であるハンナ・ククルはメリッサ様と親友。母が腹に子を宿した際にアルト様は既に出産されていた。ハンナは「自分の子がもしも女の子であったらアルト様の妻にどうだろう?」とメリッサ様に手紙でお伺いを立てた。するとメリッサ様から是非にという返事が来た。その証拠の手紙がある。だから自分は母の胎にいた時分からのアルト様の婚約者である。正式な婚約証書ではないが、きちんと書面にされている。これを反故にするのは受け入れられない。
ということである。手紙も見せてもらった。
《喜んでハンナ様のお嬢様をアルトの妻に迎えたく存じます。ハンナ様のお子であればきっと美しき淑女となられることでしょうし、光栄なお話かと存じます。
子供とは可愛いもの。早めに良縁を見つけてやりたい気持ちはよく伝わりました。
まずは男の子であれ、女の子であれ、無事なお子様を産まれることを心から願っております。
恵みの雨とは申しますが、やや肌寒く感じる季節。どうぞご自愛くださりますよう心からお祈りする次第です。
メリッサ・ディナトール》
かなり変則的なお手紙だが、確かにハンナ様のお嬢様をアルトの妻に…と書いてある。
「確かに手紙の文字自体はメリッサのもののようだね。ちょっと右上がりの癖字が特徴的だ。」
お父様が認めた。
私は唸ってしまった。アルトはマリディ様の婚約者なの?折角相愛になったアルトを盗られるのはすごく嫌だ。アルトが大好きなのだ。私はアルトのお嫁さんになりたい。でもメリッサ様のお手紙…
「ふふん。わたくしこそアルト様の未来の妻なのよ。生まれる前からの約束で15年間アルト様の為に花嫁修業に勤しんできたのですもの。」
マリディ様は胸を張った。そして例のふくふくと小鼻を膨らませる独特の表情をされている。
「事情は分かったが、俺はメリッサからこの一件を聞いていない。そして貴族家の結婚は通常家長が決めるものだ。つまりメリッサではなく俺からの手紙でなければ意味がないね。」
お父様があっさり答えた。
「なっ!?約束を反故になさるというの!?」
「反故じゃなくて、初めから無効だと言っているのだよ。」
「そ、そんなの許せませんわ!わたくしの15年間を何だと思っていらっしゃるの!?確かに家長はミカルド様かもしれませんけれど、メリッサ様がお腹を痛めて産んだ子ではないですか。メリッサ様の遺志を無駄にされるのですか!?」
「遺志…ねえ…まあ、即答は避けさせてもらうけれど、前提条件として、その手紙は無効だ。その上でメリッサの意図を調べてはみるよ。軽々しく約束をするような女性でもなかったしね。君は、もう今夜は休んだ方がいい。離れを掃除させたから。」
お父様は胡乱な目でマリディ様を見ていらっしゃる。とりあえず家長であるお父様が手紙は無効だと仰るなら、安心しても大丈夫なのだろう。ほっと息をついた。
お父様は侍従らを指示してマリディ様たちを離れに追いやった。
「父上…」
アルトが不安そうにお父様を見た。
「安心しておいで、アルト。ロレッタちゃん。こんな無理は通させやしないから。そもそもメリッサの親友がハンナ夫人というのも疑わしい話だ。でもね、ロレッタちゃんにお願いが…」
お父様に耳打ちされてちょっと困った顔になってしまった。




