ダイヤの指輪
シェイラ様は毎日やってきた。無邪気そうな笑顔で「来ちゃった。」と言って笑う。そのくせアルトが見ていない時に私を見下して笑う。あからさまな嘲笑。嫌な笑顔だ。横っ面を張りたくなる……やらないけど。
夜会でもアルトにべったりだ。
「アルトの幼馴染のシェイラ・プチリーズです。」
『幼馴染の』というのがすごく得意げだ。シェイラ様は可愛いのですぐに人気者になった。皆に「可愛い」「可愛い」と持て囃されると、恥ずかしそうにそっとアルトの陰に隠れる。その様子がまた可愛いというので人気は高まるばかりだ。アルトは社交界にまだ不慣れなシェイラ様の為に挨拶回りを行っているようだ。
私は一人でバルコニーから月を見ている。
「ロレッタ様。あんなの調子に乗せておいていいの?」
バーベナ様がニヤッと笑う。人気のない私に構うのなんてこの方くらい。
「あなたの小憎たらしい顔も、今は歓迎よ…(訳:寂しかったから顔を見せてくれて嬉しいわ。)」
「弱気~…」
幼馴染は特別らしいからね。私にはそう言った相手はいないからよくわからないけれど。幼い間の記憶は輝かしいらしいけど、私の幼い間にある記憶はいつも嫌そうな顔をしたアルトばかり。それ以前の記憶は少し曖昧だ。特別親しい子供はいなかったし。
「アルト様もちょっとどうなの?愛しの姉上をこんなに弱らせて。」
「何よ。バーベナ様はわたくしがアルトにシェイラ様と絶縁しろと迫ったら満足なの?ええ。寧ろそうしたいわ。出来るものならね。(訳:どうしようもないこと言わないで。)」
「でもずっとこのままってわけにはいかないでしょ?」
「……。」
私はそっと婚約指輪を外した。
「ねえ、このダイヤ、少しくすんで見えないこと?」
月の光にかざす。貰った時はあんなにきらきら輝いていたと思ったダイヤは少しくすんで見える気がした。アルトの愛のように。
「もしかしたらガラスだったりして…」
「まさか。」
バーベナ様が笑った。にょきっと白い手が出てきてその指輪を掴んだ。
「シェイラ様…?」
笑顔のシェイラ様が指輪を掴んでいる。
私から指輪をもぎ取るとバルコニーから投げた。それが理解できた瞬間私はシェイラ様の頬を思いきり引っ叩いていた。
「きゃあああああっ!!」
シェイラ様が大げさな悲鳴を上げて倒れる。注目が集まる。
「姉上…!」
やってきたアルトが、私が掌を振りぬいてシェイラ様が倒れている場面を見て、狼狽えた声を上げる。
「な、何故…?」
アルトが殴られたシェイラ様を庇うべきか私に駆け寄るべきか逡巡した。状況が理解できないのだろう。
「アルトぉ…」
シェイラ様が涙に濡れて甘えた声を出す。アルトの身体がシェイラ様の方に動きかかる。それを最後まで見ていたくなくて、私は足早に立ち去った。
「姉上!!」
アルトの声が背後で聞こえる。私は傍に寄りたくもなくて走って去った。
アルトは私に駆け寄ってくれなかった。シェイラ様の方へ行こうとしていた。私だってアルトを呼びたかった。アルトに守ってほしかった。シェイラ様に体を向けたアルトを思い返すだけで胸が張り裂けそうだ。
私は泣きながら指輪を探しに行った。涙で滲む瞳を一生懸命擦って、指輪を探した。周囲は暗くて全然見つからない。どこに落ちたのか、方角しかわからない。
「ロレッタ様…」
ランタンを手にしたバーベナ様が近寄ってきた。
「来たの…」
「…見捨てるのは友達甲斐がないってもんでしょ。」
一緒に指輪を探してくれた。ランタンの光に照らされて少しだけ明るくなった。
「……ものすごい噂になってたわよ。ロレッタ様が嫉妬に駆られてシェイラ様を打ったって。」
「そう……社交界は暇人の集まりね。(訳:嫌な噂ばかりすぐ広がるのね。)」
「そんなに暇なら手伝ってくれても罰は当たらないのにね。」
ランタンの明かりを頼りに二人で一生懸命探していると、慌てた様子のアルトが駆け寄ってきた。
「姉上…探しました。」
ほっとしたように私を抱きしめる。私は指輪のなくなった左手をそっと右手で隠した。
「何があったのですか…?シェイラは声をかけたら急に叩かれたと…」
「あのアマァァァァ!!」
バーベナ様が怒りに吠えた。
「黙って、バーベナ。……アルトはアルトの思ったままを信じればいいわ。どうせわたくしのことを嫉妬に駆られた悪鬼のような女だと思っているのでしょうね。(訳:どうせ本当のことを言ってもあなたは信じないわ。)」
「姉上。誤解しないでください、姉上。僕が信じるのはいつだって姉上です。」
「先ほどあなたはわたくしの信頼を裏切ったばかりよ…」
私に寄り添うのを選ばず、シェイラ様の方に行こうとしていた。有体に言って物凄くショックだった。アルトがいざというときに庇うのは私ではなくシェイラ様の方なのだと言われた気がして。
「すみません。倒れていたからとりあえず起こそうとしただけです。…でも姉上の方に駆け寄るべきだったと後悔しています。あの行動が姉上を傷付けたのなら尚更。」
「……。」
「姉上。もう僕は過去の僕とは違います。姉上がそんなひどいことをする人ではないと知っています。」
アルトが真剣に私を見つめる。
「……そんなの分からないわ。わたくしはずっとシェイラ様を引っ叩きたくてうずうずしてたもの。」
「ならそれはきっと僕のせいですね。少し懐かしい幻影に捕らわれていたようです。」
「……。」
「僕がシェイラと一緒にいることが姉上を傷付けるなら、もうシェイラとは袂を分かちます。」
「わたくしのせいでシェイラ様と生木を裂かれる思いをしたというつもり?(訳:アルトが辛いならそんなことしなくていい。)」
「別に構いません。姉上が傷付く方が何千倍もつらいのです。」
「……。」
私は隠していた左手をアルトに見せた。
「指輪?」
「…シェイラ様が投げた。」
アルトがぎりりと奥歯を噛んだ。
「とりあえず僕も探します。」
「シェイラ様は?」
「知りません。姉上を探すのに必死だったので。」
アルトは自分に縋るシェイラ様を振り払って私を探していたらしい。私は小走りに去ってしまったので、どこへ行ったのかわからず、色んな所を探していたようだ。
3人で指輪を探して夜明け頃、庭の木の枝がキラキラ光っているような気がするとバーベナ様が言ったので、アルトが箒でつついたら指輪が落ちてきた。
「時間の無駄にならなくて残念でしたわね。(訳:良かった…)」
「もし時間の無駄になっていても、僕は今度はもっと美しい指輪を姉上に贈りましたよ。」
「アルトの愛はすげ替えが利くのね。(訳:私にはアルトが贈ってくれたたった一つの指輪なのに。)」
「指輪はすげ替えの利かない姉上とは違いますから。」
アルトは微笑んだ。
「バーベナ様も…一リルにもならない労働ご苦労様。(訳:本当にありがとう。)」
「一リルにもなるはずがないわ。友情に値段なんて付けられないもの。」
『リル』はお金の単位だ。
よく見るとみんな衣服が随分と汚れていた。ドレスの裾なんて泥まみれ。
「ちょっと切ない恰好ね。」
三人で苦笑いした。




