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思い出のクッキー

その晩、私は生まれて初めてアルトを無視した。ダイニングに下りてきたアルトと顔を合わせたが何も言わなかった。いつも会うと例え嫌味(に聞こえる特殊言語)であろうと何かしら喋っているけれど。私も何も言わなかったけど、アルトもちょっと表情を硬くした。そういう顔をするのは何か疚しい気持ちを抱えているからではない?とおねーちゃんは勘繰ってしまうよ。


「ロレッタちゃん、どうした?アルトと喧嘩したか?」


お父様に聞かれた。


「いいえ。……本当に何もなかったんです。」


アルトとの間にいい思い出なんて何もなかった。何かを半分こして食べたこともないし、何かを貰ったこともない。私が優しい言葉をかけることもなかったけど、アルトから優しい言葉をかけられた覚えもない。アルトが私の様子を見て唇を戦慄かせた。


「あ、姉上。シェイラとはただの幼馴染で…本当にそれ以上のことは…」

「……無様ね。なんの言い訳?」


別にそんなこと尋ねてないのに…自分からそう言いだすと逆に何かあったみたいでしてよ。


「本当に…何もなかったじゃない。」


私たちが語れることなんて一つも。


「姉上…何を怒ってらっしゃるのですか?」

「怒ってないわ。」


傷付いてるだけ。


「怒れた方が何倍かましだったような気もするけれど。」


私の心を図りかねるアルトは悩み始めてしまった。私は食事は早々に切り上げて自室に籠った。何だかアルトに「大嫌いです」って言われた日を思い出す。あの時も部屋に閉じこもって泣いたっけね。あの時アルトに恋はしないようにしようと決めたのに。

でも相手がアルトじゃなくても同じだ。恋をすれば、こんな風に傷付く日もある。別々の人間なのだからぴったり心が重なることなどないのだ。降って湧いた幸せな恋に浮かれて、ちょっと前のめりになりすぎてたのかも。アルトとは一歩距離を置いて、自分を見つめなおしてみよう。



***

次の日もシェイラ様はやってきた。私はお茶会には参加せず、自室に籠った。お茶会に参加したらまた無視されて、冷静でいられなくなりそうだったから。嫉妬に駆られて無様にアルトやシェイラ様を罵るような真似はしたくない。

中庭ではアルトとシェイラ様がシャボン玉を吹いている。幼い頃の思い出でも思い出したのだろう。シェイラ様の楽しげな声が聞こえてくる。窓から顔を覗かせると楽しそうに笑っているアルトが見えた。本当に楽しそう。ぼんやりと見つめてしまう。

……アルトが私に何かくれたことはないけど、私がアルトにプレゼントしたものはいくつかある。明日は、私も少し頑張ってみよう。私だってやられっぱなしじゃ悔しいし。



***

翌日私は厨房に籠ってクッキーを焼いた。アルトの10歳の時の誕生日プレゼントは手作りのクッキーを渡した。渡したと言っても、メッセージカードと共に枕元に置いてきただけだけど。喜んでくれたかどうかはわからない。アルトは何も言わなかったから。でも一方的だとしても、少しくらいは思い出になってるかもしれない。私は一生懸命心を込めてクッキーを焼いた。普段料理などしない。きっと上手ではないだろうけど、喜んで笑う顔が見たい。アルトは私にも笑ってくれるだろうか。昨日シャボン玉を吹いていた時みたいな顔で。

焼き上がったクッキーを少し冷まして紙袋に入れて綺麗にラッピングした。アルトが笑ってくれるかもしれないと思うとほのかに期待で胸が膨らんだ。

午後のお茶に間に合うように持って行った。一緒に笑って食べよう。

アルトの横顔が見えた。


「アル…」


声をかけようとして止まってしまった。アルトはシェイラ様の手作りと思しきクッキーを口に運んでいた。遠目にも私のものより数段きれいに焼けてるのがわかる。


「美味しいよ。シェイラ。ありがとう。」


アルトが嬉しそうに笑った。


「あれ、姉上…どうなさ…」


アルトが私に気付いて笑顔で声をかけようとした。私は手に持っていたクッキーをゴミ箱に投げ捨てて自室に帰った。一人で泣いた。苦しいよ。切ないよ。だから恋なんてするんじゃなかった。恋は毒だ。私を殺す。

トントンと扉がノックされた。


「……。」

「姉上。アルトです。」

「……。」


扉を開けるつもりはなかった。枕に顔を埋めて枕カバーに涙を吸わせた。ずしっと扉に体重がかかる。アルトが寄りかかっているようだ。


「姉上、クッキー美味しかったです。」


ゴミ箱に捨てたのに食べてくれたんだ…


「僕の為に作ってくださったんですよね…?すごく嬉しかったです。」

「……。」

「僕の10歳の誕生日にも姉上がクッキーを焼いてくれましたよね。」


覚えててくれたんだ…


「実はあの時のクッキーはお砂糖とお塩が間違って入っていて、すごくしょっぱかったです。」

「……!」


恥ずかしい…やっぱり私たちの間にいい思い出なんて残らないんだ。また声を殺して涙が出た。


「姉上はいつも完璧で、綺麗で、そんな人もこんな間違いするんだって思ったら…なんだか少し笑えて…実はすごく嬉しかったです。」

「……。」

「今日は上手に焼けていて…すごく美味しくて…でも、姉上を悲しませたことがすごく悲しいです。美味しいよって言って姉上に笑ってほしかった…」


私もそうして欲しかったけど…シェイラ様のクッキーの方が美味しそうだった。喜んで食べてた。思い出すと苦しい。


「また、いつか作ってください…今度こそ姉上を笑わせてみせるから…」

「……。」

「姉上…」


呼びかけには答えない。


「好きです。姉上…」


私は嗚咽を上げてしまった。

私も好きだよ。アルト。




アルト10歳のお誕生日のクッキーはロレッタちゃんは味見してません。物のほとんどが焦げてしまって、プレゼント分を確保したら、味見分が取れなかったからです。

ロレッタちゃんはクッキー初挑戦でした。

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