ハリエットの回想2
レッスンを続けるとアルト様はロレッタ語のコツを掴んできたようである。しかしそれに伴って自分が過去にロレッタ様からどれほど気に掛けられてきたかをも思い知ってしまい、すっかり凹んでいる。ロレッタ様は非常に細やかにアルト様にお声がけしていたようだから。あんなに心を砕いてくださったのに自分ときたら…と激しい自己嫌悪に襲われているようだ。
「僕は姉上のお心にも気付かずに『大嫌い』などと心ないことを…」
「それはきっとロレッタ様も傷付いたでしょうね。」
ロレッタ様はロレッタ様で顔を合わせる度に突っかかっていく程にアルト様のことが大好きなようですから、こう『恋の予兆』的なものをプチッと潰しましたわね、アルト様。ロレッタ様はアルト様をよく気にはかけていらっしゃるし、まだ脈はあるのではないかと思いますけれど。
ロレッタ様は今ジークムント様に言い寄られている真っ最中であるようだ。アドヴァンス様、ジョセファン様に続いて、飛び切り美しい生きた宝石のようなジークムント様がお相手ではアルト様のお気も休まらないであろう。
仕方ない。ロレッタ様は特殊なロレッタ語をお話しになる変わったご令嬢ではあるけれど、お優しいのは間違いがないし、すごく美しい。緩く波打つ焦げ茶色の艶々の髪に、長い睫毛に縁取られた澄んだサファイアブルーの大きな瞳。鼻筋は細く通り、ぷっくりした唇は薔薇色。滑らかな白絹のような肌なのに頬は淡い桜色に輝いている。肩や腕などは華奢でありながら男性を魅了してやまない豊かな双丘まで装備していらっしゃる。キュッとつかめそうに細い腰に丸みのあるお尻へのなだらかなラインが艶めかしい。ロマンス小説なら誰もが憧れるヒロインの様な美貌の少女だもの。アルト様のように目立った色彩をされた方じゃないけれど、その美貌は人形の様。ロレッタ語を上手く翻訳できる方ならば是非とも手中に収めたい、珠のような少女ですもの。
「アルト様も、いくら睨んでも視線で人は殺せません事よ?素直にロレッタ様にアプローチされたらよろしいのに。」
「やってるよ!可愛いって褒めた!」
どうせ照れながら拙い褒め言葉を述べたのだろう。年頃の少年らしい初々しさは感じるけれど、意中の女性の心を射止めるには弱すぎますわ。
「もっとドラマチックに奪わねば、他の男性に奪われますことよ?」
「姉上…」
アルト様は切ない溜息をついている。ジークムント様は正直言って強敵だ。アドヴァンス様は悪い意味で大人の女遊びに慣れ切っていたので純愛路線のロレッタ様にはあまり合わなさそうだと思った。ジョセファン殿下は王太子妃の位はロレッタ様には荷が重いと思った。でもジークムント様は性格にもお立場にもご容姿にも何一つ傷のない極上の男性。条件だけを見れば思わずよろめくのも無理はない。事実ロレッタ様はジークムント様とは頻繁にお手紙をやり取りしているというのがアルト様情報だ。
ジークムント様は大変なダンス上手という噂。
上手にロレッタ様と踊られている。アルト様は情けなく指をくわえてそれを見ている。折角推してるというのになんてへたれな。絶対アルト様には脈があると思うのに。積極的にジークムント様がアプローチしてロレッタ様が靡いてしまったら目も当てられませんわよ。
「アルト様にはもっと積極性というものが必要だと思いますの。」
「積極性…」
「もう過去に『大嫌い』などとほざいてしまった発言は取り消せませんから、もっと大きくストレートに想いを伝えるような…」
「告白などして、姉上に『大嫌い』などと言われたら生きていけません…」
アルト様がいやいやと首を振った。なんと情けない。見た目は極上のヒーローなのにとんだへたれだわ。こんなヒーロー、ロマンス小説に需要あるのかしら?
「情けない。相手に『大嫌い』と言われる覚悟もなく『大嫌い』などとほざいたんですの?言われたら言われたで、甘んじてお受けなさいな。その上で諦めずにアタックし続けられるかはアルト様次第ですわ。」
「……。」
私が見たところ脈はあるのですから、情熱的にアプローチすればすぐにころりと落ちてくださると思いますわよ。
一曲踊られたロレッタ様は少し頬を上気させて楽しげな顔をしている。あ、ジークムント様ダンスのどさくさに紛れてロレッタ様を抱きしめた。これは中々ときめく仕草ではない?美味しいわ。
ジークムント様にテラスに誘われたようだ。不味い。私はそう思った。優に20組以上のカップルをまとめ上げてきた私の勘が囁いた。あのジークムント様のお顔…決めるつもりだ…
「アルト様、今すぐ覚悟を決めてロレッタ様を奪いにお行きなさいまし。ジークムント様は今夜決めるつもりですわよ。テラスに出られました。告白シチュエーションは整っています。」
「!!」
アルト様は嫉妬に駆られて居ても立ってもいられなくなったのだろう。足早にテラスへ向かった。
私もこっそりと後をつけるとロレッタ様がジークムント様のキスを拒んでいるところだった。アルト様が割って入り、ジークムント様を追っ払った。そしてロレッタ様の唇を強引に奪う。
きたあああああああああ!強引壁押し付けちゅ―――――!!ああ、しかも物凄い濃厚!そんなエロティックでいいの!!?
しっかり堪能させていただきました。御馳走様です。
テラス脇から立ち去る際に出てきたジークムント様と目が合った。
「覗きとはいいご趣味ですね。」
「ほほほ。ジークムント様はご愁傷様でしたわね。」
ジークムント様は困ったように笑った。
「傷心です。」
「私、失恋後のアフターケアも得意ですのよ。」
「ふふ。ではお言葉に甘えて。あちらで何か飲みながらお喋りしませんか?」
ジークムント様の破れてしまった恋のお話を拝聴した。ジークムント様は振られてしまってもいい男だったです。はい。
***
「本当にハリエット嬢にはお世話になりました。」
アルト様はニコニコである。念願叶って脳内がお花畑と見える。幸せそうなことは良いことだ。私もたっぷり生のロマンスを楽しませていただきましたわ。
「いえいえ。こちらこそご馳走様でしたわ。」
「ご馳走様…?」
アルト様が首を傾げた。
「こちらの話ですわ。お気になさらず。おほほ。」
ハリエット・シリエル。18歳。通称『やりて婆』。本人の春はまだ遠い。
『恋の予兆』とは即ち私たち的に言う『フラグ』ですな。




