アルトの回想4
姉上との距離は埋まらない。年々開いている気すらする。姉上の見下すような嫌味も絶好調だし、僕も顔に出して憎々し気に睨み付けてしまう。口を開けば嫌味の応酬。険悪さは増すばかり。周囲も仲の悪い姉弟だとすっかり認識している。
姉上は体が少し丸みを帯びてきた。女性らしくなった。それでも大人の女性というのにはまだほど遠くて、子供と乙女の中間層の、体つきが女性らしくなったのに妙に無防備な様を見せている。
「まあ、みっともない。靴紐がほどけていてよ。」
姉上はそう言って屈んで僕の革靴の靴紐を結びなおした。姉上の白いブラウスの開いた合間からは膨らみかけた乳房がのぞいていて僕は局部に熱が集まるのを感じた。滑らかで柔らかそうな膨らみに触れてむしゃぶりついてみたい…そんな欲求が沸騰した。いや、むしろそうする自分を想像して口の中に唾液が溜まった。靴紐を結びなおしている姉上を振り払って前かがみで逃げてしまった。
僕は眠ると時折淫夢を見るようになった。相手はいつも姉上で、いつかマーティンに見せていたようなはにかんだ顔で僕を淫らなことに誘ってくる。昼間姉上を見ていても邪な思いに駆られることがあって心穏やかではない。近づくとふわりと香る甘い体臭にもくらくらさせられた。
認めてしまうと、姉上を性的な対象として捉えている。いや、僕は姉上を一度も『姉』だなどと思ったことはない。いつだって『一人の女性』だと思っている。
でも淫夢の相手がいつも姉上というのは少々問題な気がする。恋の一つも覚えれば対象も変わるかと思い、他のご令嬢と親しくしてみたりもするが、性の対象が姉上以外に移ることはついぞなかった。それがどういう意味なのかは考えないようにしていた。姉上は僕のことを大嫌いなはずだから。
***
僕が年頃になって淫夢を見た時に暴発するようになってからは屋敷中の人間に生ぬるい目で見られているようで居た堪れない。
自分で処理することも覚えたが、いつも妄想するのは姉上ばかりだ。他の女性の裸体を妄想しても、全然滾らない。僕はちょっとおかしいのかもしれない。すごく不安だ。
姉上の妄想で処理はすれど、実物の姉上と親しくなることはない。寧ろ邪な目で見てしまう罪悪感から、僕の態度はますます素直になれない。いっそマーティンのように姉上に思い切って優しく接してみたいと思うものの、長年培った頑なな心がそれを許さない。姉上は僕のことを大嫌いなはずだから優しくしてもきっと微笑みはしないだろう。そう思うのもつらい。いっそのこと姉上が本当に心の底から嫌な女であればこうも苦悩しなかっただろうに。姉上は時々優しい態度をとるから深みから抜け出せない。
ああ、姉上…苦しいよ…
毎晩切なく姉上を想って…
***
「ちょっと待ってくださいまし。話の雲行きが怪しいですわ。青少年の性への欲求の話など長々と聞かされても困りますわ。この話長いです?」
私はアルトの話に待ったをかけた。
「僕の姉上に対する執着と葛藤なら何時間でも語れると思いますけどね。平たく言うと一目惚れして姉上の辛辣な難解言語でハートブレイクしたものの、忘れることが出来ずに未練をこじらせて、己の恋を自覚できずに、ひたすらに嫉妬に燃え、精神的にも性的にも悶々とする生殺し期間を延々と過ごしてきた…ってところです。」
アルトは眉間にしわを寄せながらハーブティーを飲んだ。味がやはり好きになれないのだろう。
「姉上は?」
「アルト如きが乙女の秘密を暴こうなどとは100年早いですわ。(訳:恥ずかしいから内緒。)」
「ずるいなあ。」
本当は私もアルトのその綺麗な双眸に惹き込まれて、大大大大大好きになったんだけど、この通り本心と噛み合わない態度とっちゃって、それでもアルトが好きだったから目にすると構いに行っちゃって、アルトから初めて「大嫌いです」と言われた日は部屋に帰って泣きはらしたよ。私はアルトが好きで、多分ほのかに恋情混じりの好きで、それでもアルトは私のこと大嫌いなんだと思ったら涙が止まんなかったよ。3日間枯れるまで泣いて、すっきりした後は、態度は直せないだろうし突っかかって行っちゃうだろうけど、恋とかはしないようにしようって、ほのかな恋情は箱に封じ込めて胸の奥にしまい込んでたんだ。私が自分を『アルトにとっての異性』ではなくて『アルトのおねーちゃん』と認識し始めたのはその時から。
「あとは姉上もご存じの展開。姉上によく似た仮面の女性に姉上を重ねて抱き潰して、運命の人だ、なんて舞い上がるも相手分からず。探してみても見つからず。よくよく考えるとその女性じゃなくて姉上が好きで姉上を抱きたかったのだ…と自覚。姉上への求婚者にやきもきしながら、姉上にアプローチして、今に至る。初めての人が姉上だったというこの上もないご褒美付き。姉上って酔うといつもあんなに可愛いのですか?僕の前以外では飲まないでほしいのですけど。」
「お酒などという有毒物質の摂取は今後控えますわ。(訳:酔ったら困るから禁酒します。)」
「僕と二人きりならいいですよ?あんな風に情熱的に求められるのは燃えるので。」
うう…恥ずかしいです。