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アルトの回想3

僕と姉上は険悪な姉弟関係として人の口に上るようになった。僕はそれが酷く憂鬱だ。姉上に嫌われているだけでも気が重いのに、年頃の子供たちが僕の周囲に募ると皆こぞって姉上の悪口を言うのだ。


「ロレッタ様って性格がよろしくないですわよね。」

「そうそう。会えば嫌味ばかり仰られて。アルト様も嫌な思いをされているのではない?」

「ええ、まあ…」


曖昧に微笑んだ。姉上が僕のことをお嫌いなのは疑いようがないけれど、姉上にだって優しい面の一つや二つあるのだ。誕生日には枕元に「誕生日おめでとう」と一言だけ添えられたカードとプレゼントが置いてあったし。僕がちょっと良いなと思っていた最新モデルのペンと綺麗なガラス細工のインク壺だった。寝癖をつけていると「なんてみっともないんでしょう。」と嫌味は言うけど、さっと櫛で直してくれたりする。

でもそんなことを言って、みんなか姉上と仲良くなってしまったらとても面白くなくて、庇うことも出来ない。


「やっぱり!アルト様可哀想~。あんな意地悪なお姉様がいるだなんて。」


みんなで楽しそうに姉上の悪口を言い合っているのを見るとむかむかと言いようのない不快感に襲われる。

姉上のことなど何も知らないくせに。知ってほしくもないけど。

姉上は僕が自分の悪口を言っている集団の中心にいることを知っていらっしゃる。けれど何も言わない。姉上は面と向かって嫌味ばかり言うくせに「自分を悪く言われたから」という理由でお怒りになることはあまりない。自分に対する悪評についてはややクールな態度を取られる。

同年代のご子息、ご令嬢には甚だしく人気のない姉上だが、もっと年上の紳士からはとても人気がある。「可愛い」「可愛い」と愛でられている。何だかそれもとても面白くなくていい気がしない。思えば父上も「ロレッタちゃんは可愛いなあ。」とよくよく仰って愛でている。その割に養子縁組はなさらないのだけれど。



***

子供たちが集まると姉上の悪口を言う。そのルーティーンに楔を入れるものが現れた。


「僕は、ロレッタ嬢のこと結構好きだな。素直じゃないけど気持ちが優しくて。綺麗で可愛いし。」


屈託なく笑ったのはマーティン・プロイスという子爵子息。発言したが最後、マーティンは僕のグループからつるし上げを食らってしまった。


「マーティン様趣味が悪いんじゃなくて?」

「あんなに嫌味っぽい人のどこが気持ちの優しい人ですの?」

「ロレッタ嬢は素直じゃないだけだよ。何を仰りたいのかよくよく考えて差し上げると、いつも可愛らしいことばかりを仰っているよ。」


マーティンはこの大人数に囲まれても臆することなく姉上を擁護した。しかも心から姉上を可愛いと思っている様子。僕の心は波だった。


「それって都合のいい妄想ではない?」

「過大評価だよ。」


マーティンは変わり者ということで僕のグループから排斥された。それはいいのだが、彼はあろうことか姉上に近付いた。


「ロレッタ嬢。今日も可愛いね。」


などと笑顔で声をかけるのだ。ものすごく不愉快である。姉上もツンとすまして「当然でしてよ。(訳:ありがとう。)」などと言うが悪い気はしていないようなのだ。二人で仲良くお茶を楽しんだり、時には笑い合ったりしている。姉上があんなに楽しそうに笑う様子など、僕の前では到底見せぬ姿で、僕は衝撃を隠せなかった。

まるで小さな恋人たちのように親しげに振舞う様子を見て、僕は心穏やかではない。


「ロレッタ嬢。つまらないものだけれどプレゼント。」


小さなピンク色のブーケなどを渡している。


「悪くない選択ですわ。(訳:素敵です。とても嬉しいです。)」

「ふふ。花が似合うね。」

「……。」


姉上は少し赤くなった。ほんの少し嬉しいような恥ずかしいような乙女らしい反応だ。僕の前では決して見せぬお姿。僕はもう居ても立っても居られない気持ちになった。子供の集まりの後、マーティンに声をかけた。


「ま、マーティン…!」


マーティンが振り返った。


「やあ。アルト。どうかしたかい?」

「そ、その……」


なんて言っていいか言葉に詰まった。マーティンはじっと黙って待っていてくれた。


「その…姉上に近付かないでほしいんだ…」


僕の気持ちをストレートに伝えてみた。


「何故?」


マーティンは優しく尋ねた。


「わ、わかんないけど…マーティンが姉上と親しくしてると、とても嫌な気分なんだ。すっごくすっごく嫌なんだ…だから、もう近づかないでほしい。」


マーティンは笑い出した。


「あははっ。アルトは自覚ないんだね。君が一生懸命お願いするから僕は距離を置いても良いけどね。アルト。君がきちんと自覚して行動しない限り……君の姉上は誰かに望まれて、どこかの誰かの妻になるんだよ?」


口にすごく苦いものを含まされた気がした。


「『どうして嫌だと思ったのか』きちんと考えた方が良いよ。」


マーティンはそう言うとひらひら手を振って去って行った。

マーティンは姉上に近付かなくなったけど、僕の心には重しがのっている。どうして嫌なのだろう。大嫌いな姉上が人気者になるのが許せないからだろうか。そう考えてみたけれど、なんか違う気がした。姉上が特定の誰かと親しげにされているとイライラむかむかする。僕はこの感情の名前をまだ知らない。




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[一言] マーティンいいヤツ(・∀・)
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