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アルトの回想2

8歳になった。姉上は10歳。相変わらず黙っていれば人形のように美しいのに、口を開けば嫌味しか言わない。

姉上に口煩く嫌味を言われる日々が続き、ある日僕の堪忍袋の緒が切れた。


「姉上は口煩いです。そんなに僕が気に入らないなら放っておけばよいでしょう。そのように人を嬲るなど性格が悪いです。姉上なんて、大嫌いです!!」


癇癪を爆発させて叫んだ。僕が面と向かって姉上に「大嫌い」だと言うのは初めてだ。自分で放った刃のはずなのに、その言葉は僕の胸を抉った。

姉上はガラス玉のような冷たい目で僕を見た。


「……知ってるわ。そんなこと。」


言い返すでなく感情を高ぶらせることもなく、冷たい声を出された。冷静な反応を返されると、突き放された気がして悲しくて泣いてしまった。姉上は僕のことが嫌いなのだ。嫌いだからネチネチ甚振るように文句を言うし、僕に「大嫌い」と言われても冷たい反応をするのだ。僕は姉上に傷付いて泣いて欲しかった。『僕』という存在に強く心動かされて欲しかった。

姉上は泣くでも喚くでも嫌味を言うでもなく、スタスタと自室に戻ってしまった。

姉上は夕食に出てこなかった。


「ロレッタちゃんどうしたんだ?」


父上が不思議そうな顔をした。姉上は健康的な人だから普段食事はきちんととる。


「なんだか気分が優れないみたい。」


母上が心配そうな声で言った。もしかしなくても僕が「大嫌い」と言ったからだろうか?僕の胸に湧き上がるのは『罪悪感』と『歓喜』。僕に嫌いだと言われて姉上が傷付いたのだと思うと嬉しかった。父上と母上におずおずと姉上と喧嘩して「大嫌い」と言った旨を自白した。父上はあちゃーという顔で天を仰いだ。


「そりゃあ……ショックだったろうな。ロレッタちゃん。」

「仕方ないですわ。あの子は人には理解されづらい子ですから。」

「お前も惜しいことしたよ、アルト。」


何だか同情された。どうして同情されたのだろう。

姉上は3日間姿を見せなかった。3日経った後は普通に姿を見せて僕に嫌味を言ったけど、なんだか前ほど嫌味にも感情が込められていない気がして、僕を不安にさせた。何だか大きな間違いを犯したのではないだろうかという思いが胸中を渦巻く。

姉上が僕に絡んでくる頻度は少し減った。代わりに姉上は他に友人を作るようになった。姉上が親しくなったのはジョセファン殿下。言わずと知れたこの国の王太子様だ。姉上は7日に1度くらいはジョセファン殿下に会いに行く。僕はジョセファン殿下が大嫌いだ。姉上に暴言を吐かれてもニコニコして、事あるごとに「綺麗だ」「可愛い」と褒める。僕だって姉上のことを綺麗だと思っているのに、姉上は僕の顔を見る度に嫌味を言うから、そんなことは言えないのだ。易々と姉上を褒め称えて、時には手を握ったりするジョセファン殿下が大嫌いだ。

そんなある日父上が言った。


「ジョセファン殿下がロレッタちゃんを王太子妃に望んでるらしいぞ。」


とても嫌な気持ちになった。


「まあ、周囲の方は?」

「反対しているみたいだ。ロレッタちゃんは態度が独特だからな。王はジョセファン殿下がどうしてもというなら…という感じでうちにどうか聞いてきている。」


姉上がお嫁に行かれる…僕の心は真っ黒に染まった。


「ロレッタちゃんはどうしたいの?」


母上が姉上に尋ねる。


「そうですわね…「僕は反対です。」」


姉上の発言を聞く前に発言を被せた。


「姉上のように傲慢で、性格が悪く、品性下劣な女性が王太子妃については王家の品位が疑われます。我が家の恥を王家に押し付けるなど、賛成できません。」


強い口調で姉上を貶めた。

姉上は「そうね。…あなたに言われるまでもないことよ。」と言って、婚約の打診を断ると自室に引っ込んでしまった。僕は初めて父上に殴られた。


「どうして殴られたかわかるか?」

「……姉上の悪口を言ったから。」

「何故あんなことを言った?」

「……。」


答えられなかった。姉上がお嫁に行かれるのだと思ったら黒い激情が走って、考える前に口に出していた。何故あんなことを言ってしまったのかわからない。確かに姉上の性格はお世辞にも良いとは言えないけれど、品性下劣とは言い過ぎなことくらい僕にもわかる。でも、どうしても姉上をお嫁に出したくなかったのだ。


「それを自覚しないとお前は絶対に後悔する。俺はお前が馬鹿だから殴っただけだ。」


父上に冷たく突き放された。

わからない。わからない。姉上に関することになると僕は冷静になれなくなる。大嫌いなのだから放っておけばいいと思うのに、そうさせてくれない。僕の心を惑わせる姉上をより一層憎んだ。

結局王家との話は流れた。ジョセファン殿下はベアトリーチェ嬢と婚約を結ばれて、僕の心にはささやかな平穏が訪れた。

姉上はベアトリーチェ嬢に気を使ったのかジョセファン殿下に会いに行かなくなった。自室に籠られることが多くなり、僕とも前ほど顔を合わせない。顔を合わせれば嫌味を言うのは変わらないけど、なんだか心が空虚だ。

ああ、姉上なんて大嫌いだ、大嫌いだ、大嫌いだ。……でも顔が見たい。

自分の心がままならずもどかしい。



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