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紅き天使の黙示録  作者: 碧亜
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第一章 -5- 堕天

 何かを考えている暇などなかった。


 ただ真っ直ぐに飛んで、逃げて。一秒でも早くこの世界から消えたくて、背後を振り返りもしなかった。捕まれば最期、待ち受けるのは死。はっきりと予想できる未来に、勿論恐れはある。だが、ラキエルにとってそれ以上に恐ろしいものがあった。死への恐怖などよりも遥かに恐ろしいもの。それは、老天使の軽蔑の視線だ。ディエルを裏切りラグナの手を取った事への罪悪感が、ラキエルを突き動かす。


 祠の上にぽつりと浮かぶ、天と地を分かつ唯一の出入り口。時空の門へ飛び入ろうとして、けれど何かに後ろ髪を引かれるように動きを止めた。何故か急に不安になって、背後を振り返る。数本の弓矢が、ラキエルの頬を掠めて通り過ぎた。細い鮮血が宙に舞い、雲に溶けて消える。しかしそれを気にせず、ラキエルはすぐ背後にいるであろう黒衣の天使を探した。


 今の今まで傍にいたはずのラグナが見当たらない。


 背後から迫る矢も、天使の姿も視界に映りこまない。いや、見つけられなかった。


(視界が暗い……?)


 少し前まで、僅かな月光が夜道を照らしていたはずだった。


 けれどどんなに目を凝らそうとも、辺りは暗い闇に包まれている。自然に目線が遥かなる空へと移り、静かな光を探したが、琥珀色の輝きはどこにもなかった。雲の背後へ隠れたのかとも思ったが、それらしき影も無い。


 月が、空から消えていた。


 光を失った空はただ暗く、全てを隠してしまったようだ。しかし、光の無い世界から追っ手が消えたなどという好都合な展開にはなってくれないらしい。背後より何かを叫ぶ声が聞こえ、同時に我武者羅に矢が放たれる。素早く身を翻し、ラキエルは気配と風の動きで矢をかわす。だが、暗闇の中ではラグナの所在も、時空の扉の正確な位置も掴めない。どうするべきかと考えるラキエルの手を、誰かが取った。


「馬鹿、何止まってんだよ!」


 力任せに腕を引かれ、ラキエルは慌てて翼を動かした。引っ張られる方向へ飛ぶ速度を速めると、きつく掴まれていた手の力が緩まる。その手がラグナのものであると判断し、ラキエルは心の奥で安堵した。


「ラグナ、月が……お前がやったのか?」


「まさか。あいつのおせっかいさ。次に会ったら説教するぞ」


「これはサリエル様の力なのか?」


 月の女神サリエル。ラグナに恩寵を与えた、神々の娘。彼女は、天空の月の光すら消してしまえるのだろうか。不思議に思うラキエルを一瞥し、ラグナは琥珀色の瞳を細めた。


「他に誰がいるんだよ。……本当、自分の立場わかってんのか、あいつ」


 口早に吐き捨てて、ラグナは背後を振り返った。


 ラキエルには何も見えないので、天使たちが追ってきているのかは判らない。だが、ラグナが舌打ちした事により、先程と状況が変わっていないと気付く。


「これも予想範囲内ってわけか。月が消えたってのに、随分と落ち着いてやんの」


 忌々しげに言い、ラグナは小さく口の中で呪を唱えた。


 ラグナの杖の先端に光が灯り、遥か先の闇を照らす。


 魔術によって作り出された光が示すのは、時空の門。ラキエルの腕を解放し、ラグナは三枚の翼を羽ばたかせ舞い上がる。


「止まると打ち落とされるからな?」


 親切とは違う忠告を言い渡し不適に微笑む。ラグナはラキエルと距離をとった。


「ラグナ、光なんて呼んだら的にされる! 早くそれを消せ」


 叫ぶラキエルの声を笑って流し、ラグナは打ち落としてくれといわんばかりに挑発的な飛び方を始めた。風に舞う木の葉のような、危なげで不規則な旋回を繰り返す。その間、何度も弓が射られ、しかしラグナは事も無げに悠然と避ける。このような時まで遊んでいるようなラグナの態度に微かな怒りを感じつつも、ラキエルはラグナの照らした扉へと飛び続けた。


 すぐ目と鼻の先、手を伸ばせば門に触れられそうな場所まで来て、ラキエルは後ろを顧みた。ラグナとともに門を潜れば、脱出劇は成功だ。しかし、肝心のラグナが追ってくる気配が無い。慌てて闇の中に浮かぶ光を探す。


「ラグナ?」


 月の光を失った宵闇の中、白銀の杖の先に灯る光は容易く見つかった。しかし光は、ラグナがいたはずの上空ではなく、門より少し離れた場所にある。光は、不自然な勢いで空の下へと向かっていた。


 ラキエルの表情がさっと青ざめる。


 逃げなければという焦燥感も忘れ、光の方へ飛んだ。


「……まさか」


 いくらラグナと言えども、光を的に一斉射撃されては避けられるわけ無いだろう。それくらい、考えればすぐに判る事だ。だが、ラグナも遊び半分でそれをやったわけではないだろう。もしかしたら彼の場合、遊び半分なのかもしれないけれど。それでも、ラグナが目立つ行動を始めてから、ラキエルには一本の矢も飛んでこなかった。当たり前と言えば当たり前だが、その分、目立つラグナには倍の矢が飛んだだろう。危険な状況にも関わらず、ラグナはあえて的になり続けた。恐らく、彼なりに光を失い迷うラキエルを守ろうとしてくれたのだろう。


 あまりにらしくないラグナの行動に違和感を覚えながらも、ラキエルは失墜していく光を追った。


「ラグナ!」


 手を伸ばし、落ちていく天使の黒衣の裾を掴む。指先に確かな重みが伝わり、力任せに引っ張った。途端、落ちる速度が弱まり、呻き声らしきものが空に零れた。


「死にたいのか!?」


 ラグナの服を両手で掴み、ラキエルは門へ戻るべく舞い上がる。しかし、思いのほか重量のあるラグナのせいで上手く飛ぶことができず、向かい風にすらよろめいた。


「光を消せ」


 何度もすれすれで通り過ぎていく矢を横目に、ラグナを叱咤すると、彼はすぐさま杖の先端の光を消した。再び闇が全てを飲み込んだが、門の場所は既に記憶している。ラキエルはひたすら、背後より確実に追いついてくる気配から逃げるために飛んだ。


「ラキエル、手を離せ」


「なら自分で飛べ」


「……はは、死にたいのか?」


 どんな時でも憎まれ口だけは忘れないラグナを冷ややかに見やる。


「黙れ」


 助けてもらったはずなのに、どうしてか心に沸き起こる怒りを抑えられず、ラキエルは普段よりも厳しい口調で言う。するとラグナは小さく忍び笑いを零した。しかし先程の余裕の口を叩く事はなかった。


 恐らく翼を射られたのだろう。ラグナはぐったりとしていて、羽根を動かす素振りを見せない。たとえ彼の背に三枚の翼があろうとも、一枚が動かなくなるだけで、簡単に飛ぶ力を失う。翼は対で存在するもの。どちらか一方に負担が寄れば、当然均衡は崩壊する。それは三枚だとしても、同じ事。


 ラグナは逃げ切る自信があったのだろう。けれど、あのような目立つ飛び方をすれば、追っ手もさぞ目標を定めやすかったに違いない。


「自業自得だ」


 生きろと言ったのは、ラグナだと言うのに。


 己が自由になるために人助けをして、ラキエルを利用したはずだったのに。もう少しで彼の望みは達成される。それなのに、彼はまだ、ラキエルを救おうと言うのだろうか。


 何のために。何の理由で、彼はラキエルに力を貸すのだろう。ラグナに利益など一つだって無いだろうに。それなのに、今ラグナがしている行動は、彼を噂でしか知らないラキエルにとっては奇行としか言いようの無いものだ。


 まるで、サリエルが無償の寵愛をラグナに与えたような――。


「あんたも御節介が好きだな」


 乾いた笑い声が聞こえて、ラキエルは不愉快そうに顔を顰めた。


 何がおかしいのかもわからない。ラグナの行動には不透明な部分が多すぎて、ラキエルには理解できない。ただ苛々とする感情の裏で、この青年を死なせてはいけないような気がした。自分を救ってくれたとか、そんな理由からではない。ただ、天使とは思えぬ捩れ方をしたラグナを更生させたいとでも望んでいるのだろうか。または、彼の言うとおり御節介を焼きたいだけなのか。


 ただ、この青年を死なせてはいけないと思った。


 自分の命すらとても軽く扱ってきたラキエルだから、誰かを守る方法など知らない。それでも、今ここで何をすれば良いのか、それだけは明確にわかっていた。


 ――手を、離さなければいい。


 手を離さなければ、置いていく事も、置いていかれる事も無い。


 守る方法は知らないけれど、どうすれば失わずに済むのかは知っていた。


 きっと、生まれたときから。


 翼を羽ばたかせて、ラキエルは一直線に飛んだ。


 背後は振り返らない。ただ前を見つめて、門を目指して。横を過ぎていく矢も視界には入らなかった。


 風の音が消え、空も消える。ラキエルと門の狭間には目で見えない道が敷かれ、それを翼を持って渡るだけ。逃げるための道を、ひたすら進んだ。幾度か背や翼に痛みを感じたが、それすらもラキエルを止める理由にはならなかった。


 指先が門に届く気がした。


 ラキエルは門へと手を伸ばした。


◆◇◆◇◆


 薄暗い部屋で、娘は微笑んだ。


 月の光の届く全てを知りえる娘は、何も映さぬ瞳で初めから終わりまでを見届けた。


 そして彼の『望み』が達成された事を知り、心の奥底から喜んだ。娘ではできなかった事を、彼はしてくれた。それだけで、娘は満足だった。


 娘は音も無く立ち上がり、空間を移動した。


 いくつもの結界を難なくすり抜けて、娘が現れ出でたのは、彼女以外一人だけしか知らぬ部屋だった。豪奢な薔薇窓から、色取り取りの硝子によって色付いた月の光が静々と降り注いでいる。広い部屋の中心には、ぽつりと棺が存在していた。無機質な黒曜石の棺。その前には、一人の老天使が佇んでいた。


 娘は老天使を見つけると、そっと足音を立てないように近づく。そして老天使の隣に身を並べた。


「貴方がここへお出でになるとは、珍しい事あるものです」


 しゃがれながらもよく通る声が、静寂を破り響き渡る。娘、サリエルはやんわりと微笑んで、老天使よりも一歩前へと進み出た。


『ええ。もうじきフィーオがわたくしを探すでしょうから、先に逃げてきたの。ディエル、貴方は何故ここに?』


 音は空気を震わせはしないのに、サリエルの声は不思議な旋律を帯びてディエルに届く。彼女本来の声を聞いたのは、いつだっただろうかとディエルは過去を振り返る。ある日を境に、彼女は声を封じた。春に啼く小鳥のように優しく美しい声を、今は誰も知らない。彼女は決して口を開かず、魔術によって言葉を紡ぐだけだ。


「……散歩中の休憩ですよ、女神」


 とても休憩などでは立ち入る事のできぬ場所だが、ディエルは微笑を浮かべたまま平然と言ってのける。


『そうですか。……休憩のお時間は如何ほど?』


「貴方のお望みのまま」


『では、少しだけわたくしに付き合ってください』


 幼くも整った顔を綻ばせて、サリエルは口角を上げた。


『連日の追いかけっこ、勝利を収める事はできましたか?』


 サリエルが誰の事を言っているのか察したディエルは、苦く笑った。


 普段は勤めて冷静なディエルが、追いかけっこを興ずる相手は一人しかいない。姿こそ老人だが、ディエルはまだ若年の天使に引けを取らないだけの力がある。規則違反の天使を捕まえるなど、赤子の首を捻るくらいに簡単な事なのだ。しかし、一人だけディエルの腕をいとも容易くすり抜ける小鳥がいた。月に愛された、琥珀色の瞳を持つ青年。


 思い起こせば、本日の朝も取り逃がした。あと少しというところまで追い詰めるのに、捕らえる事はできない。それはまるで、空で遊び揺れる羽根を相手にしているようなものだ。捕らえようと手を伸ばせば伸ばすほど遠ざかっていく。気まぐれに近づいてくるのに、決してディエルの手には落ちない。


「いえ。なかなか手強い相手なので、籠に閉じ込める事が出来ないのですよ。日増しに逃げる勢いが早くなっている気がします。わたしの手に負えなくなる日も、遠くは無いでしょう」


 憎たらしくも、心のどこかで愛しいと思う子供を思い浮かべて、ディエルは言う。


『でも、貴方と追いかけっこをしている時のあの子は、とても楽しそう。羨ましいくらいに』


 一瞬、サリエルの横顔に深い翳りが落ちる。


 彼女が何を思っているのかを察したディエルは、美しい女神の横顔を静かに見やった。


 ラグナがサリエルに対して冷たいのは、昔からではない。


 まだ二人が出会ったばかりの頃は、兄妹のように仲が良く、母子のように愛に溢れ、恋人のように互いを思っていた。もしかしたらそれは、過ぎ去った思い出を美化しているだけなのかもしれない。けれど今のように、あからさまに冷たい空気が流れる事は無かった。それだけは確かな事。


 ラグナは敵意を向けた相手に、冷たく接したりはしない。嘲るか嫌がらせをするか、相手にしないかのどれかだ。逆に好意を持った相手には、不自然なほど優しくもあった。


 好き嫌いがはっきりしている為、サリエルに対する態度はいささか不思議だった。


 ラグナは気まぐれだが、このような事は初めてなのだ。こればかりはディエルにも、ラグナの真意が全く読めなかった。


「サリエル様……」


 ディエルはかけてやれる言葉が見つからず、搾り出すように名を呼んだ。


 サリエルは瞳を伏せて、俯きがちにぼんやりと視線を遊ばす。


『時々思うの。もしもわたくしにもう少し勇気があったなら、あの子を解放してあげられたのに、と。なのに、わたくしはあの子を縛り、守る事しか考えてなかった。……あの子がそれを望んでないと解っていたのに』


 だから、嫌われてしまったのね。


 小さく囁いて、サリエルは自嘲気味に微笑んだ。


「ラグナは、貴方を嫌ってなんてない」


『ええ。今も昔も、あの子は優しいから……。だから逃げる事しかできないの』


「ラグナが逃げれば逃げるほど、貴方は孤独になられた。それでも、あれを優しいと仰るのですか?」


『……ラグナの心は、わたくしが一番良く分かってる。そうね、ディエルの言う通り、わたくしはとても寂しいわ……。でも、あの子に不自由な思いをさせるくらいなら、寂しさなんて。……わたくしはこれで良かったと思ってるのよ』


 未来は知らない。


 彼らがこれからどんな道を歩むのかも、不幸になるか幸福になるか、それすらもわからない。彼にとって何が幸せなのか、サリエルにはわからなかった。ただ一方的に愛情を押し付けて、それですべてが上手くいくと思っていた。


 結果は、ラグナを遠ざけただけで、彼を幸せにはできなかった。


 だから、今度は彼の好きにさせてやりたいと願った。


 たとえそれが、堕天と言う罪を背負う事になっても。


『ディエル、彼らを逃がしたのはわたくしです』


 ディエルを真っ直ぐに見つめ、サリエルは心を決めたようにはっきりと告げた。


 そこには今にも消えてしまいそうだった儚い少女の姿はなく、女神としての仮面を貼り付けた神の娘がいた。


『わたくしの楔は逃げました。でも、わたくしはどこにも逃げません』


 だから、誰よりも不自由だった可哀相な人を、見逃してあげて欲しい。


 サリエルの言いたい事が薄っすらとだが解り、ディエルは女神から目を逸らした。


 彼女の言い分は解る。だが、それを受け入れるかどうかは、ディエルが決めるわけではない。彼女の望みを叶えてやりたいが、それは容易でないのだ。


 それに、逃げたのはラグナだけではない。


 彼一人ならば、もしかしたら見逃されたのかもしれない。


 けれど、ラグナはもう一羽の鳥を連れて行ってしまった。


 かつて天界より逃げ出した、紅き天使と良く似た青年を、死から遠ざけてしまった。それが、どんな災厄を呼ぶのかも知らずに。


 黙るディエルに気付き、サリエルは厳格な表情を崩して微笑んだ。


『ごめんなさい。これは、貴方ではなくフィーオに言わねばならない事』


「お力になれず、申し訳ない」


『いいえ。貴方には迷惑ばかりかけてしまって、ごめんなさい。聞いてくれて、ありがとう』


 サリエルがこの場所へ来たのは、最後の懺悔をするためだった。


 誰かに聞いてもらうつもりなど無かった。


 だが、偶然にもディエルが居合わせ、自然と全てを告げてしまっていた。


 それでどうにかなるわけではないのに、サリエルは少しばかり心が軽くなったような気がした。


 サリエルの言葉を最後に、再び沈黙が満ちる。


 サリエルはそっと、この聖堂にぽつりと存在する棺へと歩み寄った。


 漆黒に輝く黒曜石の棺は、重々しい姿とは裏腹に、永久に眠る命を抱いていた。


 棺の中に亡骸はない。だが、その中には確かに、目覚めぬ魂が存在している。異例の自由を手にした魂は、ただ眠り続ける。黒い棺の中で、誰にも知られずに。


 棺の上には、瑞々しく真っ白な花が飾られていた。それに気付き、サリエルはまだ蕾の花を一輪手に取る。己の魔力を与えると、花は蕾を開き、繊細な美しさをサリエルに見せた。


『貴方が花を……?』


 サリエルと老天使しか知らぬであろうこの場所に添えられた花。


 長いこと自室より出てこなかったサリエルは、見知らぬ花に疑問を持つ。


 振り返った先で、優しい表情をした老天使は小さく微笑んだ。


「ええ。彼女の眠りが永久に安らぐようにと、アルヴェルの花を」


 天界に唯一咲き乱れる、白き花。その花の意は、永遠の眠り。


 棺に供える花で、これほどまでに適した花は他に無いだろう。


「それは、毎朝ラキエルが世話をしていた花壇の花なんですよ」


 朝の祈りを済ませたラキエルは、決まって花に水をやる。誰に頼まれたわけでもなく、ただ、命の恵を与えていた。それは己に与えられぬ恵を、花に与えて自身を癒しているかのようにも取れる。


 孤独で優しい青年に育てられた花を眩しそうに見つめるディエルに気付き、サリエルは瞳を閉じた。


『そう……。あの子の花が、同じ神の呪いを受けた娘に捧げられる。運命とは、悲しいものね』


 白い花をそっと棺に飾り、サリエルは眠る娘を思い起こす。


 白き鳥にとってはすべての終わり、黒き鳥にとってはすべての始まりになったあの日。残酷な運命の輪を動かした、滅びの娘。


 彼女はただ眠る。


 唯一、滅びの女神の呪いを受けながら、自由を手にする事のできた異例の存在。彼女は生も死も拒んだ。故に、永久に眠り続ける。世界の終わりまで、空の果てで。


 眠りから覚める事は無い。


 目覚めの歌を歌う白き鳥は、自ら翼を捨て去り、底知れぬ闇へ堕ちたのだから――。

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