始まりの出会い 後編
「お待たせ、アルク君」
「おっ、エレナ!湯加減大丈夫だったか?」
「うん、良い温度だったよ。先に入らせてくれてありがとね?」
「おう!」
エレナは火照った頬を赤らめたまま俺のほうへと近づいてきた。ブロンドの長髪が風になびいている。
「わぁっ!星が綺麗ね!私の生まれた所よりもずっとよく見えるわ」
「この島はどっから見てもこの星空を楽しめるんだぜ!」
「凄いわね…吸い込まれちゃいそう」
エレナは夢中になって星空を見上げている。それだけエレナの普段の生活とは異なる景色なんだろう。
「エレナの住んでる街ってどんなとこなんだ?教えてくれるんだろ?」
「そうだったわね、私の住んでる街はレルメールっていうとこなの。知ってるかしら?」
「確か、闘技場とかある結構大きい街だよな?父ちゃんが話してくれたの覚えてるぜ」
「そう…私はその街で生まれてずっとそこで暮らしてきたの」
エレナは自分のことを話しながらどこか寂しそうな表情を見せている。なぜかその表情がとても気になった。それがエレナがここへ来た理由に関係しているのかもしれない。俺は意を決して聞いてみようと思った。
「なぁ、エレナ?」
「ん、なぁに?」
「飯食う前にも聞いたけどなんでエレナは父ちゃんに何の用事があって来たんだ?」
「ん…それは…」
「折角だし話してみてくれない?」
「そう…だね。うん、私を助けてくれたアルク君に隠し事もよくないよね」
エレナも少し迷っていたようだけど、一度うなずくと俺の目をじっと見つめてきた。藍色の瞳がまっすぐと俺を捕まえる。
「実はね…私の家、牧場をやってたんだけど両親が1年前に事故で亡くなっちゃって…」
「えっ…」
「それでね、私も両親の残してくれた資料とか見ながら頑張ってはみたんだけど、両親がいないことで取引も上手くいかなくなったりして。流石に16の小娘相手だと今までどおりって訳にはいかないみたい」
「………」
「何より、父さんが育ててたモンスターの力を十分発揮させて上げられなくって…大会に出ても負けてばかりなのが悔しくて…」
「それは…」
「情けないよねっ…世の中には私くらいの年で立派にブリーダーとして生計を立ててる子もいるっていうのに………残ってたモンスターも何匹かはきちんと信頼できる人に預けられたんだけど、経営のために別の牧場に連れてかれた子もいてね」
肩を震わせながらそれでも話し続けるエレナを、俺はずっと見ていた。少し年上のこの子の肩にどれほどのものが圧し掛かっているのか、俺には想像も出来なかった。だけどそれでもエレナは自分で出来ることを精一杯やろうとしているということは痛いほど伝わってきていた。
「だからセルゲイさんにブリーダーとしての基本を改めて教えてもらいたいと思ったの。そうやっていけばいつか借金の形に連れて行かれたモンスターも取り戻せると思ってね」
「そっか…エレナは自分の牧場とモンスター達のために父ちゃんを探してたのか」
「結局、セルゲイさんはいらっしゃらなかったけどね。多分、自分で何とかしろってことなのよ。こんな時だけ誰かに頼るなんていう虫のいい話はないってことね」
「エレナ…」
「でも、大丈夫!私、自分で何とかやってみるわ。まだまだやれていないこともあるだろうし、残った子とだってきっと上手くやっていける。私、諦めないわ!」
そう話したエレナの瞳には不安も見えたけど同時に強い決意が宿っているように見えた。それだけエレナにとって彼女が育ってきた牧場が大事であり、モンスターが大事であることがよく伝わってきた。
「あまり遅くなるといけないし、私もう寝させてもらうわね。部屋は昼間に使わせてもらった場所でいいのかしら?」
「うん、そこであってる」
「そう、それじゃあ」
エレナは俺に背を向けると家のほうに向かっていった。だが途中で足を止めると再びこちらへと目線を向けていた。
「ねぇ…アルク君」
「なに?」
「色々聞いてくれてありがとうね?こんなこと中々話せる人なんていなかったから少し楽になった気がする。それじゃあお休みなさい」
そう話すと今度はそのまま家の中へと入っていった。エレナの背中を見届けると、俺はそのまま地面へと寝転がった。
こうやって星を見ていると父ちゃんと一緒に見ていた空を思い出す。
【なぁアルク?】
【どうしたの父ちゃん?】
【アルクは将来はどうしたいんだ?この村から出たいのか?】
【うーん、この村も大好きだからこのままでもいいかなとも思ってる!…でもっ】
【でも?】
【やっぱり父ちゃんみたいにかっこいいブリーダーになってみたいなぁ!】
【おー、そうか!父ちゃんみたいになりたいか!うれしい事言ってくれるじゃねーか!】
【へへへっ!俺、外の大会とかで自分で育てたモンスターと一緒に戦って勝ちたい!そんでいつかは父ちゃんとも戦えるようになるんだ!】
【言ったなぁ!だが戦いに強くなるだけじゃあ父ちゃんの相手にはならんぞ?】
【えー、じゃあどうすれば良いの?】
【簡単なこった!自分のためだけじゃなく誰かのために戦えるようになれ!】
【だれかのため?】
【そうだ!俺は俺のためだけじゃなく、母ちゃんのため、一緒に戦ってくれるモンスターのため、そして…お前のために戦ってる】
【僕のため?】
【おう、お前が他の子に俺のことを自慢できるくらいの凄い奴であり続け、お前が俺を目標に出来るようになるために戦ってんだ!そしていざという時には、お前をしっかり守れるようにな!】
【うーん…よくわかんないけどわかった!俺、だれかのために戦えるようになる!そして父ちゃんより強くなる!】
【よーし、そんじゃあ今日から俺とアルクはライバルだな!】
【ライバル?】
【互いに競い合う相手って意味だ!俺に勝てるようにアルクもしっかり鍛錬しろよ?】
【ライバル……うん!頑張る!】
【良い返事だ!…男同士の約束だぞ?】
【うん!】
拳と拳をこつんとぶつける。いつでもやっていた父ちゃんとの約束の仕方。
【おっと、もうこんな時間か。あんまり遅いと母ちゃんが怒っちまうし、さっさと風呂はいるぞー!】
【はーい!】
いつも賑やかで家族を楽しませてくれた父ちゃん。
そして俺の師匠であり目標でありライバルだった父ちゃん。
今はこの場所にはいないけど、きっとどこかで腕を磨いているはず。
「誰かのため…か。父ちゃん、俺…」
空に向かって手を伸ばすと拳を握り締める。そのままコツンとぶつけるように俺は空へと手を出した。
「もう行っちまうのかい?寂しくなるねぇ…」
「あまり長居も出来ませんから。牧場に残している子もいるので」
「そうかい、アルク。送っていってやんな?ってあんたその荷物どうしたんだい?」
「いや…別になんでもないよっ!」
「…そうかい。ちょっと待ちなアルク」
そういうと母ちゃんは家の中へと戻っていった。そしてすぐに戻ってくると俺に荷物を手渡してきた。
「これ持っていきな。じゃあ元気でね、エレナちゃん」
「はい、ありがとうございました!」
エレナは手を振る母ちゃんにお辞儀をすると歩き始めた。エレナと一緒に俺も歩く。隣にはサルサも着いてきている。昨日みたいなことがあるかもしれないからだ。
「そういえば、その子は?」
「こいつ?マールエイプのサルサだ!見てのとおり猿に似たモンスターだけど猿よりもパワーもスピードもあるぞ!あと、猿に似て木登りとかも得意だな!」
「キーッ」
「へー…サルサ、昨日はありがとうね?」
エレナはサルサへとゆっくりと手を伸ばし、サルサの頭をなでた。暫く歩きながらも手はサルサの頭の上においてあった。ふわっとした毛並みを満喫しているようだ。と、道なりに歩いていたがあたりをきょろきょろと見ていたエレナが俺に話しかけてきた。
「それにしても、こっちの道は随分開けてるわね?」
「そりゃ村の人たちはこっちの道を使うからねっ、普段この村に来ない人にはわかんないんだよ」
「じゃあ私は余計な苦労をしてしまったのね…」
「まぁまぁそれで出会えたんだし良かったじゃん!」
「ふぅ…それもそうね。ただモンスターに襲われたのなんて初めてだったし本当に驚いたわ」
「あー、それはガルムの縄張りに入ったからじゃねーかな?」
「縄張りって動物達が作ったりするあれ?」
「うん、モンスターも自分たちの生活範囲を縄張りとして生活してんだ。そんでその縄張りの中に入り込んできた奴を攻撃するようになってるんだよ。まぁ縄張りは普通、道や街の近くには作らねーし、街にいたら余計に目にすることもないだろうな」
「へぇ…そうなの…知らなかったわ」
通常、モンスターは人を襲うことは少ない。襲う時には必ず何かしらの理由があるときが多い。それが説明していた縄張りだ。モンスターは自分達のテリトリーに入ったものを察知すると好戦的となり、襲い掛かってくる。だからこそ人間は縄張りの外に街や道を作ったりしてそこには近づかないようにしているわけだ。
「縄張りの中には当然奴らの住処もあるわけだし、怒らせると大変だぞ。場合によってはその後も執念深く追いかけてくる事だってある」
「場合によってって…どんな時?」
「それは……っ!」
ガサガサッという物音に気づき、俺はエレナの手を掴んですかさず引き寄せる。エレナが立っていた場所をめがけてガルムが飛び込んできていた。
「きゃっ………なんなのっ!」
「例えば…繁殖期だったりとかな」
「繁殖期……まさかっ」
「あぁ、運が悪かったみたいだ。見ろよ、あの数」
数匹のガルムがこちらへと牙を向けていた。明らかに興奮した様子であり、こちらへと敵意がむき出しの状態になっている。
繁殖期はモンスター達の気性が荒くなり、普段おとなしいモンスターであっても大半は攻撃的になってしまう時期だ。しかも元々ガルムは気性の荒いモンスターであり、群れを守るための本能も強い。そのため、今回結果的に縄張りを荒らす羽目になってしまったエレナを追いかけてきたのだった。
「あんなに…」
「とりあえずっ」
「とりあえず?」
「逃っげるぞー!サルサ荷物頼む!」
「えっ…きゃっ!」
俺はサルサに荷物を預けエレナを半ば強引に背負うとそのまま走り出した。向かう先は崖の下に見える大きな木だ。躊躇することなく勢いよく飛び込んでいく。
「いっくぜー!エレナしっかりつかまってろよー!」
「つかまってろって言ってもってきゃああぁぁっ!」
崖からのジャンプに成功すると木につかまりその後はジャンプしていく。ガルムも直接崖下には追って来られないため迂回して木々をジャンプしている俺達に向かって近づいてくる。
「よっ、ほっ、はっ!」
「ちょっ…うわっ!いやあっ!」
「こらっ!しがみついてないと落ちるぞっ!」
「そんなこと言ったってぇー!」
しがみつきながらエレナは俺へと文句を言っていた。確かに普段からこんなことをしていない人にとっては、只の拷問にしか見えないだろう。というか普段からこんなことをしているのは俺くらいのもんだろうが。とりあえず急に手を離されては危ないので声かけだけはしっかり行う。
「もうちょいだから我慢してくれ!そこまで着いたら下ろすから!」
「わっ…わかったわよぉー!…っきゃぁぁっ!」
エレナの叫び声が何度かあがっているがそれは無視し、木を移動しながら目的地へと向かう。ただ目指す先は船が泊まる港ではない。
「っし!ここまで来ればいいか!」
「はぁはぁはぁ…逃げ切れたの?」
「いいや?全然?」
「え……えーっ!!」
見通しの良い開けた場所へと出る。ここならば不意打ちをくらう心配はない。辺りを多数のガルムに囲まれてはいるが、俺にはサルサがついている。
「ここまで来れば戦いやすい。なぁサルサ!」
「キーッ!」
「エレナはそこで見ててくれよっ!俺とサルサのバトルをさっ!いくぞっ!」
俺の声と同時にサルサが前へ出た。2匹のガルムがサルサをめがけて飛び掛ってくるが2匹が同時に動いているわけではない。優先順位を決めてターゲットを絞る。
「サルサ、右にかわしてそのままシャープネイル!」
指示通りかわしてガルムの側腹部へと爪の攻撃がヒットする。無防備な腹部への攻撃により側方へとガルムが吹っ飛ぶ。間髪いれず、襲い掛かってくる2匹目の動きも把握し方向を指示する。
「右方向へ飛んでテイルアタック!」
今度は尻尾を使用した攻撃で敵を吹き飛ばしながら方向を90度変え次の攻撃へと備える。
「後ろへ下がれっ!そしてひきつけて……いまだっ捕まえろ!」
基本、野生のガルムの攻撃には遠距離攻撃は無いことが多い。そのため近距離にだけ気を配っていれば良い。ぎりぎりまで距離を詰めて飛び掛ってくるガルムをサルサが捕まえる。そしてそのまま振り回して別のガルムめがけて投げ飛ばした。
(すごい…サルサもアルク君の指示通りに的確に動いてるし、アルク君もサルサの動きだけでなく相手の動きも良く見て指示を出してる)
彼らの動きは素人の私が見ても見事なものだった。連携にラグはなく、ミスもない。お互いがお互いの動きを信頼できているからこそ成り立っているものだった。
そしてアルク君は自分が狙われたとしてもそれをすぐさま避けて次の行動へと転じることが出来ていた。
「よっ!俺を狙ったってそう簡単には食らわせてやんないぜっ!サルサ続いてひっかいてやれっ!」
(私もこんな風に戦えるようになりたい。見ているだけじゃなくてちゃんと自分の力でモンスターと一緒に戦いたい)
彼の姿を見ていると自分の未熟さを痛感すると同時に憧れが募ってきた。自分も彼のようになりたい。彼のようにモンスターと一心同体となりたいと。
「そんで最後はっ!掴んでたたきつけろー!」
最後の1匹に向かって攻撃を食らわせる。すると、ガルムの群れはようやく力量差を感じ取ったのかそのまま俺達の元から去っていった。サルサも俺も、エレナも攻撃を食らわずにこの場をしのぐことが出来た。ぶっつけ本番にしては上出来だ。一仕事終えて近寄ってくるサルサの頭をなでてやる。
「ふぅ…なんとかなったなっ!」
「すごい……凄いわっ!アルク君!それにサルサも!」
「へへっありがとな!」
「モンスターとブリーダーの息が合ってるとこんな風に動くことが出来るのね……私もあんな風にあの子達と息を合わせられたら…」
言うなら今しかないと思った。意を決して俺はエレナへと言葉を発する。
「…なぁ、エレナ。こんな時に悪いんだけどいいか?」
「なにかしら?」
「俺のことエレナの牧場で雇ってくんない?」
「えっ!アルク君をうちで?」
俺の突然の発言にエレナも驚いているようだった。まぁそれは無理もない。昨日初めて会った年下のガキから雇ってくれなんていわれても面食らうのは当然だ。だけど俺はそのままエレナへと自分の思いを伝えていく。
「多少は俺もモンスターを育てたことはあるし、今みたいにバトルだってそこらの奴よりは慣れてるはずだ。きっとエレナにも伝えられることがあると思うっ!」
「そうね…確かにアルク君とサルサの動きは凄かった。でも…どうして?」
「エレナが困ってるのを見てそのまま放っては置けないと思ったから!俺はエレナの助けになりたい!」
昨日初めて会った彼女は俺より年上だけど、か細く折れてしまいそうだ。父ちゃんの誰かのために戦えるようになれという言葉を思い出し、俺はまだまだガキだけど素直に彼女の力になりたいと思った。
「あと、元々島の外に出たいとは思ってたんだ。このままこの島にいてサルサ達とトレーニングしてもきっといつかは限界が来る。だから、島の外に出て色々な経験をさせてほしい!」
「アルク君…」
「だから、お願いします!」
アルク君のまっすぐな瞳を見ているとこれまで心細かった気持ちがすっと消えていく気がした。彼は私を、私達を変えてくれる気がする。私が決心するのに時間はかからなかった。
「……ううん。むしろこちらこそ、よろしくお願いします。私と一緒に牧場を立て直してくださいっ!」
私もこれからは強くなっていきたい。彼におんぶに抱っこにはならないように。彼にだってきっと苦手なことはあるだろう。それを私がカバーしていく。そして成長していく姿をアルク君に見てもらいたい。私の返事にアルク君はにっこりと笑った。
「ははっ!俺、頑張るよっエレナ!これからよろしくなっ!」
「うん!アルク君、一緒にがんばろっ!」
「おーっ!」
アルク君に求めた握手を彼は力強く握り返してくれた。ここから私の再スタートが始まるんだと思った。
「だけど、アルク君。お母さんには連絡しなくて良いの?」
「あぁ…それなんだけど…これ見てよ」
「うーん…なになに?あっ」
「俺が出て行きたいのばれてたみたいだ。流石母ちゃんだな、あはははっ」
アルク君の差し出した荷物の中にはお金と一言だけ書かれた手紙が書いてあった。
【頑張ってこい】と。
「まっ、母ちゃんも応援してくれてるんだし俺も頑張るよっ!」
「そうだね!私もアルク君のこと餓死させないようにしっかり経営がんばるよー!」
「餓死って…そんなにやばいの?」
「大丈夫!なんとかするからっ!」
「お…おうっ!頼むぜエレナ!」
「うん!アルク君!」
こうして俺はエレナと一緒にこの島を出ることにした。
エレナと一緒に牧場を再建する。
そして父ちゃんに一歩でも近づいていく。
この先何が起こるのかわからないけど、とりあえず今はワクワクが止まらないっ!!