始まりの出会い 前編
モンスター。それは人とも動物とも異なる存在。
竜族、獣族、人形族、妖精族、岩石族、昆虫族、その他にも様々な種族がこの世界には存在している。
それらは過去の時代では人や動物に害を為すと言われていた。
歴史を記した書物にもモンスターと人間との争いの歴史が残っており、
多くの人やモンスターが傷つき、その血が流れた。
悲しみの連鎖は1つの大陸だけでは収まらずこの世界に存在する4つの大陸全土に及んだ。
しかし、悲しみと絶望に包まれようともこの世界は終わらなかった。
ある男とモンスター達の絆が世界を徐々に変えていったのだ。
男とモンスター達は戦渦へ飛び込んでは次々に争いを収めていった。
彼らの姿を見た者は自分達の過ちに気づいていき、遂に長きに渡る争いは終結した。
彼らは戦を終わらせた英雄として称えられ、現代にも名を残すこととなる。
そして今、この時代において、人間はモンスターと共存し、お互い支えあって生活している。
人間ではできない作業をモンスターは行える。
また逆にモンスターの知能では行えないことを人間は行える。
お互いの種族の良いところを探し、それを応用して生活していく。
そうして出来上がった街に人やモンスターは溢れ、賑わいを増していた。
人とモンスターが共に暮らし生きる大陸、エルトメニア。
そこから少し離れた孤島、カーニュベイル。
物語はここから始まる。
「もうっ…なんなのここはっ!」
辺り一面草木が生い茂っておりまともに歩くのもままならない。船を下りて道なりに進んできたというのにこの有様である。
「本当にこんなところに人がいるのかしら…」
記憶を頼りに藁にもすがる思いでここまで来たのだけど、この景色を見ては不安も募るばかりだ。
なにせ、人が歩いている気配がない。普通、道というものは人が歩いているからこそ開けているものであり、こんな草木が無造作に生えている状態からはとても人が暮らしている様子が分からない。
「いやいや!せっかくここまで来たんだから絶対に見つけて見せるんだからっ!」
悪態をつきながらも私は一歩ずつ進んでいく。だってここであの人を探せないと本当に困ってしまう。
今の私の状況は最悪。だけどそれを少しでも改善するためにここに来たんだ!
「にしても…どこまで行っても草と木ばっかり…」
歩き始めてもういくら時間が経っただろう。長いようでもあり、短いようでもある。
景色が変わらないから時間の経過すらいまいちだ。
一応迷わないように通る木にはナイフで傷を付けてある。だから大丈夫だとは思うんだけど。
ガサッ
「ひぅっ!」
少し離れた所で物音が聞こえてきた。草が何かに当たって擦れるような音だ。
音がした方向を見てみても正直よくわからない。
「だ、だれかいるの…?」
用心のため退路を確認し、出来るだけ距離を空けたまま話しかけた。
声かけに対する返答はない。
だが…
ガサガサガサッ!
姿の見えない何かは明らかに私のほうへと近づいてきていた。
「っ!」
とっさに私は後方へと方向転換し今まで来た道を戻り始めた。何が近づいてきているのかが分からない以上うかつにそのまま待っていることは出来ない。多少走りにくいけど四の五の言っていられない。
ガサガサガサッ!
「はぁはぁはぁっ…なんなのよっ!ついてこないでよっ!」
物音は徐々に私へと近づいてくる。音が近づいてきているということは私よりここを移動するのに慣れていることは間違いない。そんなものに追われているという恐怖感がじりじりと私の心を蝕んでいく。
(怖いっ…怖いっ!)
息を切らせながら走り続ける。私は決して運動が得意なほうではない。むしろ苦手だ。それでも逃げなければと本能的に感じた。このままつかまるわけにはいかない。それだけの思いで必死で走り続けた。
「あっ!」
だが、この逃走劇の終わりはとてもあっけなかった。限界に近づいていた私の足は木の根っこに引っかかり派手に身体を地面を打ち付けた。ズザザッという音と共に手のひらと腕の皮が擦れ、程なくして痛みへと変わっていく。
「いたたっ…はっ、早く立たないとっ…ぐっ」
手だけでなく足に鋭い痛みが走る。どうやら木の根っこに引っかかった際に反対側の足のつき方が悪かったのか捻挫してしまったようだ。激しい痛みに立ち上がることすらままならず座り込んでしまった。私がそんな状態であるのにも関わらず、物音は無慈悲にも私の元へと近づいていた。
(あぁ……もう駄目だ…)
ただただ物音が近づいてくるのを待つばかり。痛みと疲労でもう私は何も出来なかった。自然と涙がこぼれた。結局私はいつもこうだ。何も成せないまま徒労に終わる。
茂みから飛び出してきたのは私と同程度の大きさの狼のようなモンスター、ガルムだった。噛みつかれでもしたら勿論命は絶望的だ。私はとっさに目を閉じた。いくらすぐ終わるのだとしてもその瞬間を目で見たくは無かったから。
(お父さん…お母さん…皆……ごめんね)
両親、そして残してきた人達の顔が目に浮かぶ。こんな終わり方というのがとても悔しい。だけどもう…私は疲れてしまっていた。私を取り巻く環境何もかもに……でも
「グガウッ!」
(やっぱり……死にたくないよ!)
「サルサ!!シャープネイル!」
「キーッ!」
ガルムの鳴き声が聞こえたと思ったら突如別方向から男の子の声が聞こえた。そしてそれに呼応するかのようにガルムとは別の鳴き声が聞こえた。鳴き声で察するにどうやら争っているようである。
「キキーッ!」
「キャンキャンッ!」
私は恐る恐る目を開けてみる。すると私の元へと近づいていたガルムはもう逃げ始めているようであった。ただし、私の目の前には別の獣の背中が見えていた。けむくじゃらであり、サイズは私よりは少し小柄でありサルに似ている。ガルムを追い払えるということは只の動物ではなくモンスターであり、ガルムよりも強いのは確かだろう。そしてそのサルに似たモンスターは私のほうへと向き直りゆっくりと近づいてきていた。折角助かったと思ったのもつかの間、これから自分がどうなるのか不安で仕方が無かった。どきどきしている私の気持ちも無視してモンスターは徐々に近づいてくる。
「大丈夫だったか?」
「きゃっ!」
前にいるサルに似たモンスターに気をとられている所を後ろから急に声をかけられた。正面に意識を向けすぎていたためか、はたまたそれまでの緊張の糸が解れた為か、突然の声かけに対して私はそのまま気絶してしまった。
「ん?倒れた……おーい、大丈夫かぁ?」
ガルムに女の子が襲われそうだったから咄嗟にサルサに助けてもらったんだけど…まさか気絶するとは。
「にしても……初めて見る子だなぁ?かーちゃんの知り合い…なわけないか」
女の子は見た目には俺より少し年上に見える。綺麗なブロンドの長髪、この場所に似使わない服を着ているところを見るにどうやらよそから来たみたいだ。
「…こんなとこに放置しててもしょうがないし…とりあえず家に運ぶか。サルサ!」
俺はサルサへと声をかける。自分の荷物はサルサに任せて俺は彼女を背負った。
「随分軽いなぁ…ちゃんと飯食ってんのかな?」
俺は女の子を背負ったまま家路へと向かう。草木に覆われてはいるが、勝手知ったる自分の庭だ。迷いようも無い。草木をサルサに掻き分けてもらいながら進んでいく。本当は木に登って木から木へ飛び移ったほうが速いんだけど、背負っている以上そうはいかない。急に意識を取り戻したときに暴れられると困るし。
「っし!着いたー!サンキューサルサ!」
「キキッ」
家に到着すると日も傾き始めていた。荷物をサルサから預かると、家の前においてあったバナナをサルサへと渡す。サルサはそれを手にするとするすると手近な木に登りゆっくりと食事を始めていた。
「かーちゃーん!」
女の子を背負ったまま家へ入ると声を聞いて出てきた母ちゃんと会った。
「お帰り、アルク…ってあんたその子どうしたんだい?」
「森の中でガルムに襲われそうになってたのを助けたんだけど、そしたら勝手に気絶しちゃって」
「そうかい…まぁ部屋も空いてるし奥の部屋のベッドに寝かして上げな」
「はーい!後これ!」
「おー、ありがとね。じゃあご飯作っちゃうからそれまでその子の面倒見てな」
頼まれていたものを母ちゃんに渡すと、言いつけ通り奥の部屋へと進み、女の子をベッドへと寝かせる。すぅすぅと寝息を立てていまだ起きる気配はないようだ。彼女のことをよく見ると掌に傷があり、足元は赤くなって腫れているみたいだ。
「あらら、怪我してるじゃん。よっし、まだご飯まで時間あるしちょっと手当てしてやろうかな」
眠っている彼女を背に俺は治療道具を探しに別の部屋へと移動した。
(……この牧場も終わりだな…)
(…あの小娘一人でやっていけるわけがない…)
「やめて…」
思い出したくない、聞きたくないことばが頭の中に次々聞こえてくる。
(あーあ…長い歴史があっても終わるのは本当に一瞬だな…)
(…気の毒にね、でもまぁそれが運命だったんだろう)
「やめてよ…!」
耳をふさいでも頭の中で響く音は消えない。そして音はそのまま見たくもない虚像も作り上げる。
忘れもしないあの男の顔…
(どうした?立派な牧場にするのが夢なんだろ?エレナちゃん?)
(だが……もう他にモンスターはいないようだがな?…はーはっはっはっ!)
(結局お前は只親のすねをかじっているだけの小娘だったってことだ!)
「やめてったらっ!」
私は笑い声を上げる男の顔へと右拳を振りかざした。拳が当たると同時に男の姿は消え、そしてエレナを現実へと呼び戻した。
「いてぇ!なんでいきなりぶつんだよっ!」
傷の手当ももう終わるというタイミングで、起き上がってきた女の子からいきなりの右ストレートを食らってしまった。頬をさすりながら思わず彼女への問いかけが出る。だが彼女はいまいち状況を飲み込めていないのか自分の拳と俺の顔へと視線を行ったり来たりさせていた。そして状況が理解できたのか彼女の顔から血の気がさーっと引いていった。
「ご、ごめんなさいっ!」
ぺこぺこと頭を下げる彼女を見ているとどうやらわざと殴ったというわけではないことがわかった。というか治療をしているのにわざと殴られていたら流石に傷つく。
「いいよ、大したことじゃないし」
「で、でもいきなり暴力を振るうなんてやっぱりよくないよっ!」
「そりゃ、そうだろうけど。別にわざとじゃないんだろ?」
「まぁ…そうなんだけど…」
「じゃあ、いいじゃん。気にすんなっ!」
「…はい」
ぽんぽんと彼女の肩をたたく。彼女もようやく少し落ち着いたのかあたりをきょろきょろと見回しだす。彼女にとっては見慣れない部屋のはずだろう。なにせ、ここは俺の家であり、彼女がここに来たことなど俺の記憶の中では一度も無いからだ。
「あの…ここどこ…ですか?」
「ここは俺の家だよ。あんたがガルムに襲われてたのを見て助けに入ったんだけど、終わって声かけたらあんた気絶しちゃうんだもん」
「ご、ごめんなさい……助けてくれてありがとう…えっと…」
「あぁ、俺の名前はアルクだよ、あんたは?」
「ありがとう、アルク君。私はエレナ、エレナ・ウェルティスよ」
「エレナね!よろしく!」
エレナの手を握ってぶんぶんと振る。まだ困惑してるのか表情は少し硬いが、徐々にだが警戒心は和らいでいる気がする。
「そんであんなとこほっつき歩いてたけど、エレナは島の外から来たんだろう?何しにここへ来たんだ?」
「………あなた、セルゲイさんって知ってる?モンスターブリーダーの」
「っ!エレナ、父ちゃんのことしってるのか!」
「父ちゃん…?まさか、あなたセルゲイさんの子供なの?」
「そーだよっ!いやー、まさか初めて会う子から父ちゃんの名前を聞くとは思わなかったなぁ!」
見ず知らずの彼女から父ちゃんの名前が出て驚いた。なにせこの島には母と自分、後は数十名の村人しか住んでいないのだ。しかも島の外に出る人なんて買い付けのための商店のおっちゃん達以外はほとんどいない上に、島には何も無いため外から来る人なんて滅多にない。だからこそ父ちゃんの名前を知ってる人が外からやってくるなんて思いもしなかった。
「そんでそんで!エレナは父ちゃんとどういう関係なんだっ!」
「関係というほどでもないの。セルゲイさんとは父が友人だったみたいで数年前に1回だけ会ったきりで…。ただ、今の私の状況からだと他に頼れる人がいなくって、それで、セルゲイさんの故郷に行けば会えるかもしれないと思って……ねぇアルク君、セルゲイさんは何処にいらっしゃるの?」
「……そっかぁ、エレナは父ちゃんに会いに来たのか……残念だけど父ちゃん今いないんだよ」
「留守にしていらっしゃるの?それなら暫く待たせて…」
「そういうんじゃなくて、2年前に村を出てから行方不明なんだ」
「えっ…?」
突然の言葉にエレナも反応に困っているようだった。まぁ実際俺もそういう反応になると思う。だって会いに来たら当の用件の相手が行方不明になってるっていうんだから。
「なんか仕事が来たーっていってすぐ戻るって行って出てったのにまだ戻ってこないんだよ」
「そう…ですか……ごめんなさい」
「へっ?なんで謝んの?」
「だって……2年も前からお父さんの行方がわからないんでしょ?それなのにいきなり来た見ず知らずの女の話題に出されて…あまり考えたくないことでしょうに…」
どうやら俺のことを気遣ってくれているらしい。申し訳なさそうな表情をして話しかけてくれるエレナを見てると、良い子なんだなと思えた。だが当の俺は全然そんなこと気にしてないのだけども。
「ううん?だって父ちゃんは俺が一番尊敬する男だからさ!ちょっとくらい帰ってこなくたってきっとひょこっと戻ってくるさ」
「……そうはいっても…」
「大丈夫だって!しかも父ちゃんには相棒のヴェルガーとキュレオがついてったんだから!」
「ヴェルガーとキュレオって…たしかセルゲイさんのパートナーじゃ?」
「そっ!父ちゃんが四大大陸対抗戦で優勝した時のパートナーだよ!だから全然心配してないんだ」
ヴェルガーもキュレオも父ちゃんの育てたモンスターの中で最強のモンスターだ。だからこそ2年間連絡なしでも心配していないというのは強がりでもなんでもなかった。エレナもそんな俺の様子を察したのか、少し表情が緩んできた。
「…なら安心ね」
「うん。でもエレナは父ちゃんに用事があったんだよね?そっちは大丈夫なの?」
「それは…」
「アルクー!ご飯できたわよー!女の子も目覚ましてたら一緒に連れてきなさい!」
「分かったー!母ちゃん呼んでるし続きはご飯食べてからで良い?俺腹減っちゃって!」
「う、うん」
「じゃあいこう!っと、足大丈夫?」
「うん、平気みたい、アルク君が手当てしてくれたの?」
「俺怪我よくするから慣れてんだよねっ!」
「ふふっありがとう」
エレナの手を引き、食卓へと誘導する。怪我した足もどうやら包帯で固定し薬を塗ったことで多少痛みは引いているようだ。
「お目覚めだね、私はサリア、こいつの母親だよ」
「ありがとうございます。危ないところをアルク君に助けてもらっただけでなく、わざわざ私の分のご飯まで作って頂いて」
「かまやしないよ、一人分増えるのも大した手間じゃないからねぇ。むしろいつもより賑やかになっていいってもんさ!遠慮しないで沢山食べなよ、そんな細い身体じゃ元気もでないだろう!」
「はい、わかりました」
エレナと母ちゃんは楽しそうに話をしている。ここにいると中々若い子と話すことは少ないだろうし、母ちゃんにも良い気分転換になっているのかもしれない。
「エレナちゃん、今日は家に泊まっていきな」
「そんな、悪いですよっ!」
「そうは言ってももう夜だ。こっから泊まるところを探すのなんて大変だろう?それにうちなら部屋も余ってるしね。ここで出会ったのも何かの縁さね」
「でも…」
「ほら、アルク。あんたからも何か言ってやりな」
突然の無茶振りに驚く。別に俺もエレナが泊まっていくことに関しては賛成だから意見も何も……これでいいか?
「えぇ…うーん……折角だからエレナの住んでる場所の話とか聞いてみたいな?」
「おぉ、いいじゃないか!この子私に似てあんまり頭良くないから色々教えてやってくれよ。それならいいだろう?」
「は、はぁ……わかりました。こちらこそ一晩よろしくお願い致します」
「よし、じゃあ飯食べたらその話聞かせてくれよ!あと、飯食べる前に言ってた話とかな!」
「その前にお風呂入りな。服は私のお下がりでよければ替えを出してあげるさ」
「なにからなにまで、本当にありがとうございます」
話もまとまりゆっくり晩飯を食べた後、エレナは浴室へと向かった。一方の俺は外に出ていた。
「ふぅ…良いお湯……」
身体を洗った後、ゆっくりと湯船につかる。まさか人に会いに来て、その人の家族に色々と世話してもらうなど想像もしてなかった。
「でも、これからどうしようかな…」
そう、頼みの綱だったセルゲイさんも行方不明。私には完璧にあてがなくなってしまった。
「牧場…諦めるしかないのかな…」
小さい頃から…ううん。私が生まれる前からずっと続いていた牧場。祖父の代から続いていたのだから歴史はそこそこに長い。それだけに思いいれも深い。なにせ自分が人生のほぼ全てを過ごして来た場所といっても過言はないのだから。それを考えると…簡単には諦められない。
「ううん、絶対に何かあるはず…一度は捨てたと思った命だもの、絶対にあがいてやるんだから」
この島に来てからいろいろなことが起きた。一度は命すら諦めそうになった。でも助かった。牧場にいたままではありえなかった出会い。この出会いにはきっと意味があるんだと思う。
「よーし、明日からも張り切って頑張るぞー」
私は静かにお風呂の中で意気込んだ。お風呂から上り時計を確認する。ゆっくり浸かっていたためか結構時間が経っていた。アルク君もきっと待ちくたびれてるだろう。私は急いで着替えると外へと歩いていった。