美徳が生まれた日
ひとまず一章終了です。
怪物の斧より早く、俺の拳が怪物に届く。
しかし硬い筋肉に覆われたその肉体には、如何に先に到達したところで無駄であった。と思った。
怪物は当たった拳の勢いのまま吹っ飛び、あっさりとその斧を取りこぼした。
……は?
思わぬ手応えに俺が困惑していると、怪物はぼわっと煙を上げた。
「ごごごごごめんなさい!!!!!」
そこに現れたのは激しく慌てて土下座する、みすぼらしいゴブリンらしき魔物だった。
聞けばゴブリンとは近い種で、ボガートというらしい。『傲慢』に取り込まれた『虚飾』の眷属だとかなんとか。
なんでも、物を触媒にして変身する能力があるらしい。触媒を手放せば元に戻る。
あの斧は元々ミノタウロスが使っていたそうだ。
道理で必死で手放さない訳だ。トリモチ云々は俺の勘違いだったのか。
「牛」を襲う「牛頭」の怪物って共食いなんじゃ? という違和感があったがそういう事らしい。
しかしこんなちっぽけな奴に騙されていたと思うと心底腹が立つ。俺はボガートに詰め寄り更に数発殴った。
こんな奴に、ニーアは……。
ニーアに目をやると、彼女の纏っていた真っ白いローブは吹き出た血で紅く染まっていた。
まだ鮮やかさを保つそれは辺りを鉄の匂いで満たし、俺に吐き気と共に後悔を催した。
「びっくりしたぜ……。まさかあの姿に正面から突っ込んで来る奴が居るとは……」
ボガートは腫らした顔を撫でながらしみじみと呟いた。
……そうか。立ち向かう勇気がなければ、こいつを倒せなかったという訳か。
ニーアの死が俺に覚悟をくれたんだ。俺はその犠牲を背負って生きなくてはならないだろう。
その覚悟を強く胸に刻んだ。
「お前、またあの村に悪さするってんなら、どうなるか解ってんだろうな?」
「ひい! お許しを!」
問い詰めるとどうやら一度正体を見破られたボガートは二度と変身できないらしい。
俺はこいつに明日にでも村に来て謝るよう約束させた。ここでこれ以上俺が手を下さずとも、村人に会えば袋叩きにされるだろうと思ったのだ。信用していいものかと疑ったが、魔族は嘘がバレると大きなペナルティが発生するのだそうだ。こいつが変身能力を失ったのもそれが理由らしい。
「はわわ……まさかあの牛さんがこんな弱そうなのだったとは……」
「ああ、まさかだったな」
まあ最初の村であんな強そうな奴と遭遇するのもバランスどうなんだと思ったが。
「…………って、ニーアさん?」
俺とニーアは互いに目をぱちくりさせる。
「えっと……おはようございます」
「うん……おはよう」
「さっきまでお花がいっぱいの川で遊んでたのですが」
「おい! それ渡っちゃダメな川! 渡るどころか遊ぶ奴なんて聞いたことねぇぞ!」
天真爛漫にも程がある。
「奇跡じゃ……奇跡じゃあ……」
岩陰で大人しく見ていたらしい村長も、とうとう驚きを隠せずに声を漏らした。
「身体は!? 気分は大丈夫か!?」
ともかくニーアが無事で良かった。俺はニーアにすぐさま駆け寄り、傷口を探した。
しかし血が出ていたであろう箇所には傷は無い。驚くべきことだが傷が塞がっているようだった。
「はい! ニーアは元気です!」
そう言って勢いよく立ち上がったニーア。しかし血を失い過ぎたのだろう、途端にふらついた。
俺はすぐに肩を抱いて支える。
しかし貧血程度で済んで本当によかった。彼女を救えなかった俺は、この事実に救われた。
だが安堵と共に疑問が生まれる。何故助かったのだ?
「そういえば、声が聞こえたのです」
「声?」
呼ばれて応えるが如く、洞窟に声が響く。
<『ニーア・セイヴィス』の『忍耐』を確認。七つの美徳が一人、『忍耐』の美徳として承認しました>
「ちょうどこんな声でした」
「……おいおいおい、って事はニーアさん!?」
「え……ニーア、もしかして……美徳になったですか!?」
そしてニーアの身体が光を帯びる。
その光景は幻想的で、まるでホタルがニーアの周りを浮遊しているようだった。
それからどこからともなくニーアの首にペンダントのような物が現れた。
ペンダントトップにはクロムらしき金属製で、盾型に上から重ねて十字架が付いている。
「これは……『忍耐』の紋章、ですね……」
水戸の某藩主が使う印籠のようなものだろうか。天使から付与される物で、七つの美徳だけが身に着けられることから身分証明になるらしい。
それから俺達はひとしきり自分たちの無事とニーアの美徳就任を祝った後、帰路に就くことにした。
そういえば既に村長が居なくなっていた。意外と身のこなしのいいジジイである。
俺はニーアをおぶって村へ帰る。
「あの……ニーア、歩けるのです」
「いいよ、まだふらつくだろ」
「な、なら、重いとか言わないで下さいね」
「ははっ、ニーアには重いかもな」
「~~~~~~~っ!!」
ニーアは赤面してぽかぽかと頭を小突いてきたが、その痛みは彼女が生きているという温もりを実感させた。
「お礼、返せたか?」
「ふふ。ニーアが返さないといけないくらいです……」
そうしてニーアは身体を俺に預け、すやすやと寝息を立てだしたのだった。
__ __ __ __ __ __ __ __ __ __ __
村へ帰ると何やら騒がしかった。
「救世主が帰ってきたぞ!」
「うおお! 英雄のお帰りだ!」
俺を見つけた途端、村人達が叫ぶ。彼らの目は燦燦と輝いていおり、あちこちで詰め寄ってきて道を塞がれた。一体何事だ。
「ちょっ、やめて下さい」
「魔族を撃退したらしいじゃないですか!」
「これでもう供物を捧げる必要もなくなったのね!」
何で村人が既に事態を把握しているんだ?
その答えは広場まで行くとすぐに分かった。
「……村長……」
そこには村人に俺の武勇伝を喜々として語る村長が居た。
先に帰ったと思ったら、この爺さん。
おかげで歩く度に称賛の嵐に襲われた。絶対話盛ってる。
こんなに持て囃されるのはこそばゆく、性に合わない。
柄にもなく目立ってしまい、俺は必死で取り繕う。
「俺はただの高校生ですよ! そんな風に祀り上げるのはやめて下さい!」
「またまたー! 謙遜なさって!」
「オレだったらもっと威張るぜ!」
「なんて謙虚な御方だ……」
次々と感嘆の声が続く中、更に村人の興奮を煽ることになる発言が響いた。
<『古市 譲』の『謙譲』を確認。七つの美徳が一人、『謙譲』の美徳として承認しました>
おい。天使!! 空気読めよ!!
俺の身体が光を帯びる。ニーアの時と同じ現象。
そして首元には同様の素材で、円の上からそれを食うかのようにより大きく弧を描いた三日月が重なった形のペンダントトップ。
これが恐らく『謙譲』の紋章、ということだろう。
「わあ! お揃いですね! ユズル!」
背中で寝ていたニーアは目覚めたらしく、嬉しそうに自分の紋章を掲げる。
それが更に村人の歓喜の火に燃料を投下する。
「うおおおお!! ニーアまで!?」
「美徳だ! 七つの美徳が二人だ!!」
もう俺には彼らを止めることが出来なかった。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
村人達がひとまず落ち着くと、宴を開くことになった。
俺、疲れてるんだけどな。
村近くの草原で火が焚かれた。さながらキャンプファイヤーだ。
様々な料理が振る舞われる。あんたら、凶作じゃなかったのか?
思い思いに盛り上がる彼ら。輪の中心にはニーアが居た。流石に血塗れのローブから着替え、自前の服に戻っている。初めは俺が囲まれていたのだが、しきりに話し掛ける村人に疲れた俺は代わりにニーアを生贄にしたのだ。
その様子を眺めていた俺は、ニーアがこの村の一員であることを確認できた気がした。
そうして俺が隅でのんびりしていると村長が近付いてきた。
「村の住人を代表して改めて礼を言いたい。此度の件、感謝してもしきれぬ」
「いえいえ。今回活躍したのは、俺じゃなくニーアです」
「また、ご謙遜を」
微笑む村長。その優しい顔はこの人の本当の顔なんだろうなと思う。
俺はちょうど気になっていたことを村長に尋ねた。
「……わしは魔族と組んでいた訳ではないぞ」
「危うく村長も倒すところでした」
「……ヌシ様というのは先祖代々、村の長が創り上げた偶像だったのじゃ」
村長は粛々と語る。
「わしらには戦う力がない。魔族に供物を捧げる事でしか身を守れんかったのじゃ。
じゃが魔族に搾取されているという事実を知れば戦いに逸る者も出るじゃろう。村人を守るのが長の務め。
そこで村を守る存在としてヌシ様が創られた。これがこの村なりの魔族との付き合い方だったのじゃ」
なるほど。供物を捧げる代わりにその分村へ手を出さないと約束させる。
魔族は約束を破るとリスクがある。だから契約には誠実だ。
「それ、天使様じゃダメだったんですか?」
「天使様はこの世界に直接干渉することは出来ん。それ故天使様以外の身近な偶像が必要じゃったというわけじゃ」
メランコさんもそんなことを言っていたな。
俺はそこまで聞いて納得し、村長と別れた。
ニーアにばかり、熱狂する村人の相手をさせるのも悪いと思った俺は輪の中に向かう。
楽しそうにしていたニーアだったが、俺を見つけると少し膨れた顔をした。
「ニーア、これじゃあイケニエ系女子です」
「そんなジャンル聞いたことねぇよ」
俺は思わずツッコみ、田舎の村にそぐわない現代風な言葉に笑った。
ニーアに話し掛ける人もまばらになった頃、その人は近付いてきた。
「あの……、ニーア様……」
伏し目がちにニーアに話し掛けたのは、あの横暴な毒親、彼女の継母だった。
「ど、どうかこれまでのご無礼をお許し下さい!!」
「ママ……」
彼女は必死で頭を下げた。
押し黙るニーア。その胸中は複雑だろう。簡単に許せる筈がない。
「…………ニーアは、きっとあの日々があったから、今美徳になれたのだと思うのです。だから、頭を上げて下さい」
「ああ……、ニーア様……」
随分寛大だな、ニーアは。美徳になって帰ってきたら掌を返してこの態度だ。俺なら許せないが。
「おお!! 帰ってきたのか!」
遠くで騒ぐ声が聞こえる。
視界の端に、村人とは服装の感じの違う一団が見えた。
その中のリーダーらしき男はしばらく村長と会話した後、辺りを見渡す。
その視界に目標を捉えたらしく、こちらの輪に向かってきた。
「ニーア……、ニーアか!?」
ニーアを探していたらしいその男性は、発見するなりニーアの肩をがっしり掴んだ。
「無事で良かった……。よく、耐えたな、ニーア。聞いたぞ、美徳様にまでなって…………。父さんは……お前が誇らしい」
そう言うと彼はニーアを強く抱いた。その背中が反り返る程、強く、強く。
「お、お父さん。そんなに強くされると、痛いのです」
「ニーア……ニーア!! 許せ! 愚かな父を許せ!!」
なんだ。悲しんでくれる人、居るじゃないか、ニーア。
彼は強く目を瞑り、涙腺の蛇口を全開に捻ったように涙を流した。
「ふぐっ……。ニーア、怖かった。怖かったよぅ……うぅ……」
ニーアも泣いていた。今まで張りつめていたものが切れたのだろう。堰を切ったように咽び泣いた。その涙と鼻水は滝のように流れ、父親の肩をびっしょりと濡らした。それを周りで見ていた者達も感動で涙し、俺も目頭が熱くなった。
彼らはしばらく、おいおいと泣いた。中央の火が消えるのではないかと思う、涙の暴雨だった。辺りにはしばらく、鼻を啜る音と嗚咽の入り混じった泣き声がこだました。
涙の雨を降らせた雲はやがて去った。落ち着くと、親父さんは近くに居たニーアの継母を見つけ詰め寄った。すると雨が止んだと思えば、雷が落ちた。
「話は聞いたぞ。お前、あろうことかニーアを生贄に差し出したらしいじゃないか」
「ち……違うの! あれは――」
「言い訳など聞きたくはない!」
「ゆ、許して! あなた!」
「私はお前を許せないのではない。こんな女を妻にしてしまった自分が憎いのだ。私は……俺は、イリアにどう顔向けすれば……」
「私、変わるわ! だから!」
「お前とはもう離婚だ! エルヴィの面倒は見てやってもお前は知らん。一人で生きていくがよい」
「そんな! あなた!!」
泣きながら縋る彼女。夜だったが昼ドラを見ている気分だった。
その一部始終を見てニーアはおろおろしていたが、俺としてはあの母親には腹が立っていたので少し溜飲が下がった思いだ。
再び誰かを探し出した様子の彼は、俺に気付くと駆け寄ってきた。
「失礼、申し遅れました。私はニーアの父、キンドアと申します。貴方がニーアを救ってくれたと村長に聞きました。心から礼を言いたい」
「いえ、多分村長、話を盛っていますよそれ」
「いいえ。これまでの耐え難い日々から我が娘を救い出してくれたのは間違いなく貴方でしょう。私は父親にも関わらずそれが出来なかったのです」
その視線は真っ直ぐに俺を捉え、ごまかすことを許さなかった。
「どうか心ばかりの感謝を受け取って頂きたい」
そう言うと彼はかなりの大きさの巾着を渡してきた。相当な重さだ。
「これ……もしかしてお金ですか!? 受け取れないですよ!」
「いいえ、せめてもの気持ちです」
「だけど……」
「貴方は本当によく出来たお方だ。流石は『謙譲』の美徳様です。……ならばこれはお小遣い。ニーアへのお小遣いとしてお受け取り下さい」
俺が答えに困っていると、彼はにこやかに続けた。
「ニーアと共に、旅に出るのでしょう? 貴方になら、娘を任せられる」
……参った。そう言われては受け取らない訳にはいかない。
どうやらキンドアさんの方が何枚も上手だったな。
ニーアはというと鼻を膨らませて目を輝かせている。おこづかい……おこづかい……と呪文のように呟いていた。終いには追いかけて来たので俺はグルグルと逃げ回る。
ったく、一日百円な。なんて、まだこの世界での貨幣価値も分からんのだが。とりあえずその重さからかなりの大金を頂いたのは分かった。この好意は無駄にしない。
その様子を見ていたキンドアさんはその恭しい態度を少し崩した。
「はは、どうやらニーアも君を好いているようだし、いつでもお義父さんと呼んでくれて構わないからね」
「やっ、やめてよお父さん! ニーアはそんなんじゃないのです!」
ニーアを預かる身となる俺に対してはすごい圧力である。
顔を真っ赤にして反論するニーア。怒っているのか照れているのか分からない。
「ユズルからも何か言ってください……」
頬を染め、上目遣いで俺の裾を引っ張るニーア。
「……お義父さん、ニーアは僕が責任を持って守ります」
「ちょっとユズル!!」
キンドアさんは面白い男だと大笑いした。彼は益々気に入ったと笑ったが、ニーアの方は「もう知りません!」と走り去ってしまった。
「それにしてもその若さで美徳だなんて、見上げた青年だよ、君は」
「御宅の娘の方が若いですよ」
「ふっ。違いないね」
お互いに笑いあう。会って間もなかったが意気投合し、俺達の談笑は続いた。
そろそろ一日が終わる。それを皮切りに、宴も終わりを迎えた。




