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救世のカルマ  作者: 小御門 遊
英雄誕生編
5/14

夢と現のサジェスト

 

 ここは、どこだろうか。

 視界に靄がかかっている。おぼろげながら、前方に誰かが立っていると分かるのがやっとだ。

 やがて靄が薄くなっていき、その人物の顔が見えると、俺は目を見開いた。


「――唯っ!!!」


 やっと会えた! 今、助けに行くから!

 この世界に来てまだ二、三日だったが、その再会はひどく懐かしく感じ、俺は嬉しくなった。

 しかしそう思ったのも束の間。視界が完全に晴れ、唯の後ろに居る者に気づくと、それは強い焦燥に変わった。


「さっきはよくもおちょくってくれたじゃねぇか。こいつは人質だ」


 馬鹿な。さっきの怪物……!!

 奴は帰ったんじゃ……。


 怪物は腕に唯を抱え、此方へと距離を詰めてくる。

 咄嗟に俺は後ずさり、避ける構えを取る。すると怪物はその手に持つ斧を、唯の首筋へと宛てがった。


「や、やめろ!!」

「ふん、次動いたらこの女を殺す」


 そう宣言してにじり寄る怪物。

 抵抗はおろか、動く事すら叶わない。俺は……、無力だ。

 眼前で振り下ろされた斧は、俺の首をめがけ――


 ______ ______ ______ ______ ______


「――っいへへへへへへっ!!!」


 俺は激痛に目を覚ました。

 何だ。顔が引き裂けそうだ。痛い。


はんはほへ(なんだこれ)!?」


 俺の顔面には、壁と固定されたガムか餅のような謎の粘着物質が張り付いており、それによって左右に引っ張られていた。

 取り外そうと手で掴んだところ、その手もくっついて取れなくなった。

 声が聞こえ、傍に目をやると、その様子を笑いながら眺めている少女が居た。


「ニーア、ほおふうふほひふぁ(どういうつもりだ)?」


 俺がやや怒り気味で問い詰めると、ニーアは慌てて答えた。


「ごっ、ごめんなさいです。あんまりにも起きないので、トリモチを使ってしまいました」


 何でも、この村の伝統的な起こし方らしい。些か度が過ぎている気がするが、忍耐の村らしいとも言える。


「村で採れる木の実で、特産品なのです」


 果実はこの粘着物質に、種は擂り潰して水と混ぜると解粘剤として使える。非常に強い粘着力で、建材として使われる程だそうだ。一般家庭でも工作や料理など、多用に役に立つらしい。

 ……しかし、ニーア。解説してくれるのは結構だが。


ひひはは(いいから)ははふほっへふへ(はやくとってくれ)!」

「はわぁっ! すみません!!」



 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



 昨晩。怪物と遭遇したその後。

 あれから宿へ戻った俺は、緊張の糸が切れたのか、また眠りに落ちた。

 それからニーアに起こされ、今に至る。時刻は昼前、十一時頃だろうか、一度グッスリ眠った後だったのに、遅くまで寝てしまったようだ。


 俺は昨夜の出来事をニーアに話した。


「俺の考えでは、ヌシ様なんて者は居ない。居るのは魔物だ」


 昨日の怪物が黒幕かはともかく。村を襲い、供物が出ればそれをやめ、さも供物で救われたように見せる。奴らはそうしてヌシ様という幻影を作ってきたのだ。

 陽が昇ると同時に帰ったのは、村人に見られたくなかったからだろう。


 その推測に彼女は少し驚いて見せたが、その顔は明るくはなかった。


「たとえそれが本当でも、ニーア達は誰も戦えません。供物を捧げるしか無いのです」

「けど、黙って従ってるってのか!?」

「ここが忍耐の村って事、忘れたですか?」


 そう言われて俺は何も言えなくなった。彼らにとって忍耐は、生きていく上での“美徳”であり“指針”だったのだ。

 だけど、このままでいい筈がない。生贄では、本当の意味で村が救われる事は無い。

 ニーアは命の恩人だ。どうにかして村を救ってやりたかった。


「正午に、広場でリフ爺から住民に話があるのです。……ユズルもご飯食べたら聞くといいのです」



 そう言い残し、彼女は何だか少し名残惜しそうに去って行った。


「村長……、か」


 昨日は無理やり話を終えられた形だった。しかし、今日は昨日と違い、怪物に会ったという経験がある。

 魔族とこの災難との関係を示せれば、生贄について考え直してくれるだろう。


「ん、これは……」


 ふと部屋の机に目をやると、赤ずきんが持っているようなバスケットが置いてあった。

『よかったら食べてください』とメモを添えて、パンと手のひらサイズの果物らしき物、それと液体の入ったボトルが入っていた。


「助けられてばかりだな……俺は」


 籠から果物を手に取り齧る。

 シャク! と音を立て食い込む歯。しかしそれは咀嚼を許さなかった。


「……がぁ、ほっ(とっ)ほえはひ(とれない)!」


 メモには続きがあった。


『その果物がトリモチです。くれぐれも間違えて食べないで下さいね。』


 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 



 正午に差し掛かる頃、俺はニーアに言われた通り広場へ向かった。教会が目印らしい。

 広場は人で混み合い、騒がしかった。


「聞け! 皆の衆よ!!」


 広場の中央、教会の辺りから村長の声が響くと同時に、辺りは静まり返る。

 どうやら今から始まるらしい。


「我ら、ラファエル様の信徒は耐える事を信条とし、美徳としてきた! 訪れる災難も、全ては神の与えたもうた試練とし、救いを待ち、ひたすら耐え忍んできた!」


「じゃがわしらはさらに大いなる痛みに耐えなくてはならぬ。全ては村の為、その怒りを鎮める為! ヌシ様に尊き同胞を、生贄となる生娘を捧げねばならぬ!」


 村人達はその声を大人しく聞いている。彼らはこの村の住人。生贄という風習に疑問は無いのだ。


「昨晩、村の大人で集まり、どの家から生贄を出すか話し合った」


 村人達は固唾を飲んで見守る。

 話し合いに参加したように見える大人も、誰が生贄かまでは知らない様子だ。


 というか、もうそんなところまで話が進んでいたのか。

 ヌシ様の正体は魔族だ。生贄なんて止めるべきなのに……!

 どうにかして止めないと。

 しかしまあ、自分の家の娘を生贄に出せと言われて、おいそれと出す奴はいないだろう。と、俺は高を括った。


「話し合いは難航した。しかし、美しくも名乗り出た家があった」


 ――バカなっ!

 自分の娘を生贄に差し出す家など無い。

 しかし俺は自分で言いつつ、心当たりがあった事に動揺する。

 すぐにその恐ろしい考えを打ち消すが、その可能性の存在に蓋をする事は出来なかった。

 そう、誰だって自分の子供は生贄にしない。だがそれが、自分の実の子供で無いとしたら――。


「村の為、その敬虔な信仰を、忍耐を捧げし尊き者は……」


「セイヴィス家が前妻の娘、ニーアである! 皆の者、ニーアの忍耐に感謝を! ニーアの美徳に感謝を!」


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