未知とのエンカウント
「いやー……ホント、助かったよ。ありがとう」
メランコさんと別れてからの事。
俺は街や村を探して歩きだした訳だが。
思い出してもらいたい。そこは草原のど真ん中。土地勘の無い者がそんな所で置き去りになったのだ。
結果行き倒れた俺を、誰が責めれようか。
危うく俺の物語は冒頭だけで終わるところだった。
メランコさんに最寄りの町村も聞いておくべきだったと後悔したのは言うまでもない。
ともかく俺は、ニーア と名乗るこの少女に助けられた。
彼女は隣町まで買い出しに行っていたらしく、持っていた食糧を恵んでもらったのだ。
「しかし、よかったのか? これ、買いに行った物なんじゃ?」
「はっ! そうでした! 大変です!」
はわわと鳴いて慌てている。
わざわざ買ってきた物を見ず知らずの人間に分け与える。何て心優しい少女だろう。
ちょっと頭の弱い子なのかもしれない。
隣町までは結構距離があるらしい。買いに戻るのは止めるそうだ。
俺は軽く自己紹介をし、助けてもらったお礼に何か出来る事は無いか尋ねた。
「……でしたら、ニーアには少し重たいので、荷物を持ってくれたら助かるのです」
「お安い御用だ」
彼女の持っていた荷物を引き受け、並んで歩く。
欲の無い子だ。しかし会ったばかりの人間に荷物を預けるあたり、あまり深く考えてないだけかもしれない。
ニーアは見たところ中学生位。俺より二、三歳ほど年下だろうか。
ふわっとしたショートボブで淡い薄桃色の髪。くりっとした大きな瞳の美少女である。
年相応ではあるが小柄で、服装はいかにも村娘という感じだ。
カーナリーナという村に住んでいるらしい。
村に帰る道中、美徳について何か知らないか訊いてみた。
ニーアによると、
『忍耐』、『純潔』、『勤勉』、『節制』、『謙譲』、『救恤』、『慈悲』が『七つの美徳』らしい。
で、ニーアの村は『忍耐』を司る天使、ラファエルを崇めてるのだそうだ。
もしかしたら『忍耐』の美徳が見つかるかもしれない。
「ニーアが通りがかったのも、きっと空腹に耐えたユズルに、ラファエル様の加護があったのです。耐える者は救われる、です!」
「確かに、天使に救われたよ」
俺は見えない天使様より、目の前の少女に感謝した。
「ところで、ユズルの着ている服、珍しいですね」
「ああ、これは制服で……って分かんねぇか」
聖徳高校は制服はあるが、服装は自由だ。なので上着は制服ではなくパーカーを羽織ってるのだが。
ニーアは何を思ったか、突然ぺたぺたと触ってきた。
「く、くすぐったいぞニーア」
「はわ! すみません!」
どうやら服飾に興味があるらしい。聞くと今着ている服も自分で作った物らしい。
俺は感心し、素直に褒めた。するとニーアは目を丸くし、顔を赤らめた。
「ニーア?」
「……誰かに褒められるのって、こんなに嬉しいとは知らなかったのです」
それからしばらく、俺は「あの町の布は良品質」だとか「あの街の服がカワイイ」など、ニーアが夢中で語る服トークに耳を傾けた。
三キロ程歩いただろうか、村が見えてきた。
広大な田畑を抜けると、茅葺屋根の家が立ち並び、農村ということを感じさせる。
村の中央には木造の小さな教会も見えた。村の心の拠り所になっているのだろう。
しかし、何やら村の雰囲気が暗いのだ。
空気は淀み、出会う人達も元気がない。
所々で動物の死骸があったり、作物が荒らされていた。
幾つかの家を通り過ぎ、ニーアの家に到着する。
「ここの人達、いつもこんな感じなのか?」
「……今は、ヌシ様がお怒りなのです」
「ヌシ様?」
「あんた! 遅いじゃない!」
俺の問いかけは厳しそうな雰囲気をした女性に遮られた。
ニーアの母親だろうか。この人がヌシ様かという様子で家から出てきた。
「ん? その人は何だい?」
「えっと、道で行き倒れてたのです……」
「何でまたこんな時にそんなの拾ってくるんだい!」
「でも……」
「遅いと思ったら! ウチでは面倒見れないよ!」
「うう……」
俺は捨て猫か。
「ママ! ご飯はまだ!?」
「あら! エルヴィちゃん、もう少しだけ待ってちょうだい!」
中から娘と思しき声が響いたかと思えば、母親はニーアの時とは大違いの猫撫で声で応じた。
血相を変え、俺の持っていた荷物をぶん取る。
「いいかい、後で庭の掃除をしておくんだよ!」
そうニーアに言い捨てると、彼女は急ぎ足で家の中へと戻って行った。
「……随分厳しい親御さんだな」
「ごめんなさいです。ニーア、ママ達には逆らえないから……」
「いや、俺のせいで悪かったな。とりあえず村長を訪ねてみるよ」
「それなら、近いから送るです」
「ん、助かる」
彼女に連れられるまま歩いていると、ほんの二、三分で立派な家が見えた。
隣に大木がそびえ立っており、それと相まって風格と年季を感じさせる家だった。これがやはり村長の家らしい。
「リフ爺ー!」
インターホンなんて物は無い。ニーアは大声で呼び掛ける。
しばらくすると、中から見事な白髭を蓄えた、これまたいかにも村長という装いの老人が現れた。
村長は此方に気づくと、少し驚いた様子で
「ほう、見ない顔じゃな」
「草原で行き倒れてたの。お話し聞いてあげてリフ爺」
取次までしてくれるとはありがたい。
「では、ニーアは失礼するです」
「ああ、送ってくれてありがとな」
庭の掃除があるのだろう。一目散に駆けていった。
「………気の毒な子じゃ……」
その様子を俺の隣で見ていた村長が、神妙な顔で呟いた。その眉間には深く、皺が寄っていた。
庭掃除がそんなに気の毒だろうかと思い、村長に目をやると、少し口をつぐんでから、再びその口を開いた。
「…………深い意味は無い。
……ニーアはあの家の前妻の娘でのう……。まるで奴隷か召使じゃ」
そんな事情があったのか。道理でニーアには当たりがキツイ訳だ。
「して、お主は何用で参ったのだ? 悪いが今は客人をもてなす余裕は無いぞ」
村の様子を思い出す。確かに何か問題が起きているのだろう。
そう言いつつ、村長は家の中に招いてくれた。
家具はそう多くなく、木でできた平たいテーブルとベンチ、それに藁を敷いたベッド、タンス代わりの木箱くらいの物だった。あまり裕福な村ではない事が窺えた。
俺は促され木のベンチに腰掛ける。
村の事も気になったが、とりあえず事情を話すことにした。
「ふむ……なるほど。確かに我が村は『忍耐』を最も重んじておるが」
村長によると、何もこの村だけがそうではないらしい。
同じように『忍耐』を信仰している街もあれば、他の美徳を信仰している街もある。
どうやら美徳を司る天使を信仰する宗教のようで、一部の地域だけの信仰ではないみたいだ。
俺はそこまで聞いた後、村の事情を聞くことにした。
何でも、昔からこの村の近くに“ヌシ様”なる土地神様のような存在が居るらしい。
一年ごとに供物を捧げることで、厄災から護ってくれるそうなのだ。
しかし今年は凶作により、満足な供物を差し出すことが出来なかった。
そのためか、村の家畜が襲われたり、作物が荒らされたりが続いているのだそうだ。
その怒りを鎮めるためには人身御供しかないらしい。
「生贄……ですか?」
そんな儀礼に効果があるとは思えない。現代からするとカビの生えたような風習だ。
「それより原因を探した方が……」
「事実わし達はそれで事なきを得てきた。先例があるのだ」
文化の違いを痛感する。よそ者には解らないと、有無を言わせぬ様子だ。
「儀式は明日執り行う。今日の所は宿に泊まっていくとよい」
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その日の晩。
俺は村長の勧め通り、宿に泊まっていた。
村長が口利きしてくれたのか、宿に入るなり部屋に案内してもらえた。
草原を一日歩いた疲れが残っており、俺は死んだように眠った。
深夜、物音に目が覚めた。動物の鳴き声だろうか、低い呻き声のような悲鳴が聞こえたのだ。
なんだか目が冴えてしまい、外の様子が気になって宿を出た。
そこで俺は自分の目を疑った。
怪物が居たのだ。その手には血に塗れた斧が握られ、足元には息絶えた牛が横たわっている。
そして、怪物の頭も牛であった。
「なっ――」
叫びそうになり咄嗟に口を塞ぐ。しかし、時すでに遅し。奴と目が合った。
瞬間。怪物は俺めがけて突進する。振り上がる斧。俺は動けない。足が、動かない。
眼前で斧が振り下ろされる。
――俺は、死ぬのか。
ミノタウロス、だろうか。屈強な体躯に鋭い角を備えた牛頭。そして両手に抱えた、大きく重そうな斧。直撃すれば死は免れないだろう。
俺は死を覚悟し、歯を食いしばる。
しかし、その斧は中々こちらに到達しない。
何だ? この感じ、いつか経験したような。
――そうだ、屋上から落下した時の感覚だ。
これ、躱せるんじゃ……?
俺は必死に体をよじる。その瞬間景色は加速し、俺の背後で土の抉れる音が響く。
振り返ると土煙が巻き起こっていた。怪物は斧が地に深く突き刺さり中々抜けない様子。
その間、俺には目もくれず、余程大事なのか、斧を抜く事だけにご執心だった。ようやく引き抜くと、再び此方に跳びかかってきた。
怪物はその身体を大きく反り返す。それを反動に繰り出される凄まじい勢いの斧の一撃。
の、筈がその動きは途中から緩慢になった。まるで型を確かめる組手のような様相だ。
俺は先の土煙の流れから、怪物の動きが遅くなっているのではなく、俺の見ている景色が遅くなっている事を理解した。
まさか――。
これが【超反射】の能力か!
どうやら危険を感じた時に知覚速度が著しく上昇。【身体操作】と相まって、反射の如く躱せるようだ。
と言う事は、よっぽどでなければダメージを受ける事は無いのかもしれない。
再び同じ要領で躱す。躱す。躱す。
だがちょっと待て、ここからどう巻き返せばいいんだ?
避けれたところで、状況は好転していない。武器など持っておらず、倒す術が無いのだ。
無限とも思えた攻撃と回避の応酬。
しかしその終わりは突如訪れた。
怪物は急に動きを停止し、用事を思い出したように帰って行ったのだ。
俺は訳も分からず、その場に座り込むと、眩しさに目を覆う。
朝陽が昇ったのだ。
俺は命からがら、宿に逃げ戻った。




