マナ
その部屋に居たのは少し茶みがかった黒髪のおさげ髪に牛乳瓶のような分厚い眼鏡をした少女だった。
ヴィエラの部屋より書物が多く、かなり散らかっている。そして一際注意を引くのが部屋の中央に描かれている巨大な魔法陣だった。
「ご機嫌いかが? マキナ」
「……何よヴィエラ。また邪魔しに来たの?」
マキナと呼ばれた彼女は見るからに不機嫌そうである。ヴィエラとの話し方を聞いた感じほぼ同い年。更に言えば仲が悪いようだ。
「ふん、邪魔とは随分じゃない。差し入れよマキナ。使えない助手のね」
「使えないモノ寄越してどうするつもりよ!」
俺達を使えないモノとして話を進めないでくれ。
「あんた、使えもしないものにいつまでも入れ込んでるでしょ? 御誂え向きじゃない」
「それを使えるように研究してるんじゃない!」
「あんたの魔力じゃ豚に真珠よ。身の程を弁えて少しは社会の役に立つ研究をしなさい」
「私ほどの大魔導士なら話は別だけど」と高笑いするヴィエラ。マキナは悔しそうに眉間に皺を寄せている。
「大体、元大賢者様と言えどあんたみたいな孫が居るんですもの。<究極魔法>なんて言われてるけど、どうせロクな魔法じゃないんでしょ」
「御爺様を侮辱するな!!!」
先程までとは比較にならないほど怒りを露わにするマキナ。部屋に沈黙が訪れる。
「……ふん! 全く、出来もしない事をやってるなんてあんた怠惰なんじゃない?」
ヴィエラはばつが悪そうにそう言い捨てて去って行った。
残された俺達はなんだか気まずい空気になる。
「相変わらず好き放題言って帰りやがって!」
かなりお怒りの様子だ。言動から察するに日頃からあんな調子なのだろう。
しばらくヴィエラの背中に罵倒を浴びせて怒りを発散するマキナ。やがて落ち着いたのか俺達を一瞥して言った。
「はぁ……。あなたたち、見たところ他所から来たみたいだけど。魔法使いを探しているなら魔法協会へどうぞ。手頃なのを紹介してもらえるわ」
この町に来て初めてまともに話ができる人に会えた気がする。ここぞとばかりに俺はこの町に来た目的を話した。
「『勤勉』の美徳ねぇ。この町の若いので一番優秀なのはさっきのヴィエラだけど。それとも協会の長の大賢者様でも連れて行くのかしら?」
「流石にパーティーに大賢者なんて居たら気を遣うよ」
「まあペーパーテストだけなら私が一位だったけど?」とどや顔のマキナさん。ニーアは尊敬の眼差しだ。
「それで、彼女が『忍耐』の美徳なのは分かるんだけど、あなたは何者なの?」
まだ俺達が美徳だと名乗る前からそう認識されてしまった。ふっ、やはり隠していても溢れ出る圧倒的潜在能力は――ってニーアだけじゃねえか!
「…………俺も美徳の一人で『謙譲』だ」
言いながら懐に入れていた紋章を掲げて見せる。
「……なるほどね。見えるステータスがキレイに標準以下で揃ってるからおかしいと思ったら。ただの無能じゃなさそうね。隠匿スキルでも持ってるのかしら」
おい、誰が無能だ! と言おうとしたが隠匿スキルと聞いてピンとくる。もしかして【無能証明】の影響だろうか。そう言う彼女も何かしら能力を使ったんだろうな。
「そういえばまだ名前を……って、ヴィエラが呼んでたから分かるわね。あなた名前は?」
「フルイチ ユズルだ」
「聞き慣れない名ね。それって現名でしょ? 真名は?」
「真名も何も本名だ」
「ふーん……。アンタも自分の真名を知らないのね……。そっちのあなたは?」
「ニーアです!」
「そう。あなたは自分の名前を知っているのね」
「おい、何で俺の名前は真名じゃないってんだ?」
「だってアンタの言った名前からは魔力を感じないもの」
「さっきからマナマナマナマナ言ってるが結局何なんだ? 双子の親戚か?」
「……真名とは魂に刻まれた真の名。何度転生を繰り返そうが変わらない、不変の名よ。自分の本当の名前を知る者とそうでない者とでは使える魔力が桁違いなの」
一瞬顔に疑問符が浮かぶがすぐに解説しだす彼女。現世ジョークは通用しないらしい。
なるほど、真名を知れば相手を支配できるとかじゃないんだな。まあ、だとしたらあんな気軽に名前聞かないわな。
「……さっき、アンタ“も”って言ったよな」
「ええ。私も自分の真名を知らない。ま、それと関係なく生まれつき魔力は少ないんだけどね」
そう語るマキナはどこか悲しそうな顔だった。
「ニーアは何で知ってるんだ?」
「天使様から教えてもらいました」
「そうね。業を達成して異世界に転生した後、再びこの世界に転生した時には天界から真名を教えてもらえるわ。だけどこの世界で死んだ場合は存在と共に名前も無くなってしまうの」
マキナ曰く、成人した後は真名を名乗るのが一般的らしい。成人は十五歳からだそうだ。ということはニーアは十五歳か?
転生先の親に付けられるのが現在の人生での名前、現名だそう。大体の人は真名を持ってるみたいだ。
気になったのはマキナは現世の事を異世界と表現した事だ。メランコさんは知っていた様子だが、現世からこの世界を知る者が居ないように逆もまたそうなのかもしれない。まあ知ってたら文明レベルも同じになってる筈か。
「そういえば、ヴィエラは自分を“魔導士”って言ってたけど魔法使いとは別物なのか?」
「そんなことも知らないの? 魔導士は魔法使いの中でも一番上の存在よ」
「ニーア達、魔法についてよく分からないのです」
「……魔法に分類があるのは?」
俺達は揃って首を振る。するとマキナは少し呆れながらも教えてくれた。
「魔法の中でも日常レベルの魔法を狭義の『魔法』、戦闘に使える魔法を『魔術』、物質に刻み込む時に使うような永続魔法を『魔導』と言うの。魔導士はその全て、『魔導』まで扱える者のことよ。広義では魔導士も魔法使いだけど」
「へー、じゃあヴィエラって凄いんだな」
「ま、私も魔導士だけどね」
どや顔で胸を張るマキナ。ニーアは目を輝かせて拍手している。
「……だったら何でヴィエラは君のことをあんなに見下してたんだ?」
「…………さっきも言ったでしょ。私は普通の人より魔力が少ないって」
「それが魔法使いとしてそんなに違うものなのか?」
「……はあ。魔法について全然知らないって言ってたわね。いいわ、だったら教えてあげるから途中で眠くなったりせず最後まで聞くのよ!」
マキナは口ぶりの割に嬉しそうな顔をしている。何だかんだ教えるのが楽しいんだろう。
ここは『勤勉』の町。学ぼうとする者には寛容らしい。
彼女は「ちょっと待ってなさい」と魔法陣を描き始めた。
俺達はマキナ先生の魔法授業に心を躍らせる。やがて準備を終えたらしいマキナはこちらに向き直って宣言した。
「よーし! 魔導士マキナの魔法授業、始めるわよ!」




