質問
一体何度、そんな質問に答えてきたのやら分からない。
靄で覆われた道は果てしなく長く、奇妙な分岐点をいくつ通過するのかも、まるで分からないのだった。
※ノベラボ様にも同時公開しています。
一体、こんなことをどれだけ繰り返してきたのか分からない。
確かなのは、まだまだこの先が長い事だ。
道は単調であるようで、奇妙な凸凹が足元にできており、気を抜いていたら今にも転んでしまいそうなのだった。
(万が一転んでしまったら)
もう何回目になるやらわからない「転倒未遂」の後で、わたしはすぐ前にある、べとべとした汚い、いやな水たまりを睨みつける。
腐臭が漂う水たまりは、むろん「水」たまりではない。
変なもの、触るのも悍ましいなにかが溜まっている。その証拠に形容しがたい色をしているのだった。
その、おかしな道は延々と続いている。
周囲は奇妙な靄に包まれており、背後を振り向いても、ついさっき通過した件の分かれ道がもう見えない。
そして、もうまもなく次の分かれ道が見えてきているのだが、それも恐らく、お決まりの質問に答えて道を選択した直後、また靄に埋もれて見えなくなるのだろう。
わたしは背中の荷物をしょいなおす。
重くてがたがたとまとまらない中身は邪魔臭く、時々癇癪を起して、ナップザックごと道に捨ててやりたくなるのだった。
その度に(待て)と自制をし、歯を食いしばって荷物をしょいなおす。
ぜんぜん、まったく、大事でもないし愛着もない、わたしの荷物……。
そして、そら、すぐ目前に二股にわかれた分岐点が見えている。さっき通過した分かれ道に立っていたのと瓜二つの女が棒のようにつったち、陰鬱なまなざしでわたしを捉えているのだった。
「馬鹿なんですか」
暗い声で女は質問した。
眼鏡をかけている。目は薄気味悪く澄んでおり、鼻から下はマスクをかけているから見えない。
青白い顔の女は質問係だ。
さっきの分岐点では「助平なんですか」と聞かれたのだった。
馬鹿なんですか、と聞かれたので、馬鹿ですと答えた。
すると、女は次の質問に移った。これも全く同じ流れである。
「どれくらい馬鹿ですか」
それでわたしは、山よりも高く海よりも深い馬鹿だと答えてやった。
女は体をずらすと、左側の道を指さした。
「ではこちらですね。こちらが大馬鹿野郎が通る道になります」
道中お気をつけてと女は言い、ペットボトルの水分を差し出したが断った。
先をずんずん行く。
靄は相変わらず深く、後ろも前もよく分からないのだった。
(一体、どれくらいの質問が用意されているものだろうか)
と、わたしは歩きながら思う。
よくまあ、こんな質問を考え付き、道も用意できたものだと心底呆れている。
呆れている相手が誰なのかよく分からないのが難点である。
(恨みや怒りをそいつに投げつけてやりたいのだが、ご本尊の正体が分からないときたもんだ)
「ぶさいくなんですか」
「どれくらいぶさいくですか」
「僻みっぽいですか」
「どれくらい僻みっぽいですか」
「けちですか」
「どれくらいけちですか」
「冷酷ですか」
「どれくらい冷酷ですか」
……。
……。
(最初の質問の回答を間違えてからというもの、変なことになった)
では、一番最初の分岐点ではどんな質問をされたのか。
わたしはまるで覚えていないのだった。
ただ、こんな気分の悪いものではなくて、もっと違う性質の質問だったと思う。
景色も、こんな靄で覆われたものではなくて、青空に薄い雲が羽根のように伸びた……。
がたがたと背中の荷物が揺れる。
ああ、うるさいな面倒くさいなと、時折救いようがない程の苛立ちに囚われかける。
「あーっ、ったくこのくそったれ」
ナップザックを地面に投げ捨てて、中のものが「ぱりいん」と割れて四方に飛び散る様を思い浮かべると、そりゃあさぞ溜飲が下がるだろうなと思う。
……だがその一瞬後、そんなことを想像してしまった自分自身への嫌悪が沸き上がる。
嫌悪と、恐怖だ。
荷物を打ち捨てて破壊しかねない自分自身への、恐怖。
荷物はまた重たくなっている。
一つ質問に答えて道を選んだら、荷物はだいたい重くなっているのだった。
そして、そうら、また次の分岐点だ。眼鏡とマスクの陰気な女がこっちを見ているじゃないか。
がたぴしがたぴしと、背中の荷物を揺らしながら進んだ。
靄の向こうに立っていた女がどんどん近くなり、やがて目と鼻の先までとなる。
女は無表情のまま、例の暗い声で質問をするのだった。
「大事なんですか」
なにが、と聞き返す必要はなかった。
確信を持ち、わたしは頷いた。ああそうだ大事だよ、大事なものだ、ぜったいに大事だ。
「どれくらい大事ですか」
考えるほどのこともなかった。わたしは答えた。
「一生とひきかえにするほど大事だ」
そうですか、ではこちらに。
女は二つにわかれている道の一方を指さし、わたしを導く。わたしはその通りに歩く。
歩き続ける。
大事だよ。
大事だとも。
がたがたとナップザックの中身は揺れ続け、また重たくなっていた。
「おなかすいた」
と、ナップサックの中身が無心な声で呟き、わたしは靄の中を見回した。
石ころや臭い水たまりしかない道。
ポケットの中。
ひたすら探し続けた。
なにかないか。
なにか落ちていないかと。
そしてまた、次の分岐点が見えてくる。