第四十四話 異質
「漆黒の二枚羽……それが何かは分からぬ。だが、明らかにこれまでとは異質。其方は一体、何者だ?」
魔王は目の前のそれを見て、とある感情を思い出していた。
それは、【恐怖】。
この世界を支配するに相応しい強者である魔王が恐怖を抱くなど、それこそ、彼女がまだ経験浅く、強者と呼べなかった頃にしかない。
魔を統べる王となった今、恐怖を感じたのは、それこそ百年以上ぶりだ。
「……」
しかし、目の前のロリペディア……いや、異質な何かは、何も答えない。
「そうか、応えぬか。ならば良い、全霊をもって其方を斃す。それだけだ!」
幾多もの魔法陣が出現する。魔王は手加減をするのを止める。
現在発動しているすべての魔法は第十位階のもの。
そして、それを行使するのに瞬きほどの時間も必要ない。
魔王はその他大勢と次元が違う強さを有している。
魔力が迸る。全ての魔法がただ一人の華奢な少女へと向かって解き放たれた。
地獄の業火が、あるいは裁きの雷が、絶対零度の吹雪が……数限りない絶望が降り注がれた。
対して、ロリペディアが取った行動は一つただ一つ。
漆黒の翼を翻す、ただそれだけ。
抜け落ちた漆黒の羽根が、宙をゆっくりと舞う。
魔王が放った必殺の魔法の数々が、その羽根を呑み込んでいった。
魔王の放った魔法は、明らかなオーバーキル。
この大陸きっての実力者である【四死獣禄】全員をまとめて百回以上は殺せるだけの魔法の嵐だ。
これで仕留められない者など、この世界にいるはずがない。
そのはずだった。
「……な、なんだと!?」
渾身を込めて放った10を超える第十位階魔法。
その全てが、漆黒の羽根に触れた瞬間。
消え去ってしまったのだった。
(あの漆黒の羽根に触れたとたん、魔法が消えた?
だが、あれは余の使った時空間魔法とも、魔力自体を無効化する特殊なスキルというわけではないのは、相手のスキルを視ることができる余のスキルで判明している。つまり考えられるのは……)
思案したのち、魔王は第一位階から第五位階の低級な魔法を、再び発動し、羽根へ向けて放った。
やはりその漆黒の羽根に触れた瞬間に、魔法は跡形もなく消滅した。
「なるほど。魔力の対消滅、か」
単純な話だった。だがそれは、本来ならば不可能である。
放たれた魔法にどの程度のどのような魔力が込められているか、など分かるはずがないからだ。
しかし、現に魔王の目の前のロリペディアはそれを行っている。
ありえるかどうかを考えるのではなく、目の前の厄介な存在をどう突破しなければならないか。
考えるのはその一点だ。
『せや。初見やのにようわかったな』
魔王の呟きに答えたのは、天井に空いた床からこちらを見下ろすアルファールだった。
その声は言葉として発したものでは無い。直接脳内に語り掛けるようなものだった。
「……視えているのか?」
『体は追いつかんがな。視るだけならワイでもできる』
「一体其方は。いいや、其方らは何者なのだ?」
『ワイはそこのボンクラを造った。
そこのボンクラはワイの最高傑作。
そんだけや……ところで、おのれは考え事をしたいみたいやけどな』
ロリペディアが動く。翼を広げ、佇む。
『そんな暇あらへんで』
アルファールの続く言葉を、魔王がどの程度聞えたか、分からない。
なぜなら、魔王の思考は、目の前の強大な力を持った敵に、どう立ち向かうか。
それしか考えられないからだ。
ロリペディアの背に数個の魔法陣が現れた。そこから放たれるのは、魔法ではなく純粋な魔力。
効率も効果も考えられていないそれだが、莫大な魔力量を誇るロリペディアが放つそれは、第十位階魔法に匹敵する威力を誇る。
「だが、その程度なら!」
対峙する魔王は、時空間魔法を発動し、その複数の魔力砲を異空間へと飛ばした。
全てを防ぎ、反撃の用意をする魔王。しかし、顔を上げてロリペディアを見た魔王は、その絶対的な、そして絶望的な光景に、しばし我を忘れる。
空間を埋め尽くすほどの、全方位に展開された魔法陣。
これほどまでの数は、いくら世界最強の魔王と言えど、防ぎきれるものでは無い。
ロリペディアが持ったモーニングスターが、魔王へと向けられ……
一切の慈悲のない攻撃が始まったのだった。




