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第三十八話 魔王

 大陸の南端に位置する場所に、低級な魔人では寄り付くことすらできないほど禍々しい魔力が充満する、高く険しい山々が連なっている。


 その山脈の頂上は格別に魔力が濃く、既に瘴気と言って差し支えないほどの魔力が満ちていた。

 その場所に、かつて南の守護者と言われた【不死】のサースはいた。


 ロリペディアと戦い、これまでにない屈辱と痛みと恐怖を体に刻み込まれたサースは、他の誰もが来られないようなこの場所で、今日この日まで誰とも接することなく引きこもっていた。


 彼女に、ロリペディアとの約束を守る意思はなかった。

 脆弱で矮小な人間どもを護るなど、冗談ではない。

 しかし、これまで通りに戦うには、あまりにも深く傷を与えられてしまった。


 肉体的にも、精神的にも。

 華やかに着飾られていた彼女の姿は、見る影もない。


 ボロボロの布を無造作に体に巻き付け、美しさが自慢だった翼は毛づくろいもせず、肌は荒れ髪は乱れ。

 辛うじて、本来もっていた美貌の名残があるだけであった。


 そして、そんな引きこもりライフを満喫中の彼女は今。

 一つのと向かい合い、ロリペディアに刻まれた恐怖に匹敵する恐怖を身に感じ、震えていた。


「ふむ。全ての守護者が敗れたか……」

 

 が揺らめいた。

 その姿に、【四死獣禄】最強のサースは、まるで弱者が強者と相対した際にするように、ひっと短く息を呑んだ。


「其方が気にすることではない。全ては其方らを正しく導くことのできなかった余の責任なのだから」


 体温など無さそうな影のその声は、サースを思いやる温もりに満ちていた。


「だから、反逆者に倒され、守護者の役割を放棄し、こうして山の頂上に引きこもり、今日まで無駄に時を費やしたことを。

 其方は何一つ気に病むことなどない」


 その影の言葉は、どこまでも残酷で……どうしようもなく甘美だった。


 サースは、自然と膝を折り頭を垂れる。

 しかしそれでも、何も言葉には出来ないでいる。


「其方がこうしてのうのうと過ごした時間に、数多くの兵たちが命を散らした。

 ……しかし、その責は。やはり余こそが負うものだ。故に気に病むな」


 影の言葉が、サースの心の染みこんでいく。

 積み上げた積木を力任せに崩す時のような背徳的な快感に似た気持ちに沈みそうになる。


「余は其方が生きていてくれるだけで嬉しいのだ。可愛い余のサースよ。

 再び、余の傍にいてはくれぬだろうか?」


 そう言って、影は膝を折り、サースと同じ目線になる。

 傷ついた翼を、慈しむように撫でる。

 瞬間、翼は本来持っていた美しき毛並みを取り戻した。

 そして、今度は彼女の頬に揺らめく黒い影の手のひらを添えた。


 傷ついた彼女の心さえ、癒してしまいそうな……そんな雰囲気だった。


「あなた様に顔向けすることなど、できるはずがありませんでした。

 ……こんな醜く弱い妾を、それでもあなた様は傍に置いてくれるというのですか?」


 震えるサースの声。

 それは、恐怖か、歓喜か。

 聞く者には、分からない。


「醜くなどあるものか。

 其方は気高く美しい。

 余は其方を愛している。

 其方の強さも、其方の弱さも。

 全てを認め肯定しよう」


 黒い影は、そう言ってサースを抱きしめる。


「ああ。そんな……こんな愚かで弱い妾を、あなた様は認めてくれるというのですね」


 根腐りしそうなほどの甘言に、サースはこの上ない喜びを感じていた。


「この身のすべてを、今再び捧げることを誓います。……魔王・・様」


 恭しく頭を垂れるサースが、影……この世界を統べる覇王に誓いの言葉を述べた。


 再び、影が揺らいだ。

 それは、愉悦の笑いだったのかもしれない。




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