目覚めの次は死の幻視
「ん……むぅ、寒い」
俺の意識は身に染みるような寒さによって覚醒した。修学旅行中とはいえ、未だ五月の終わりだ。夜だからって寒いなんてこと……
目を開ける。真っ先に視界に写ったのは満天の星々と月だった。
「おおー!ここってこんなに星が綺麗なんだー……って!?」
俺はがばっ!と、勢いよく身体を起こす。
見渡して見るも、周囲には木、木、木。俺の周りだけうまい具合に木が生えておらず、空を見上げた時には視界に写らなかった。
何故俺はこんな所に居る?そう考え出した時、迷い込んだ路地裏で謎の『裂け目』に呑まれそうになった事を思い出した。だが、呑まれそうになる直前までで記憶が完全に途切れているのだが、実際本当に直前だったから飲まれたんだと思う。
「取り敢えず……この森から抜けないと」
なんにせよ、この状況を打破しないことには何も始まらないだろう。人のいるところを探そうと立ち上がった時、それに気がついた。
『眼』だ。森の木々の間からいくつもの眼が俺のことを覗いていた。闇の中に爛々と輝く眼、それと耳を凝らして漸く聞こえる程の「ヴヴオォォ……」という唸り声。
ゆっくりと、その姿が月光によって浮かび上がった。
「ぇ……ぉ、狼……?」
毛むくじゃらで4本脚、大型犬の様な外見だが、犬より遥かに鋭い目つき……。狼が集団で獲物を狩るのかは知らないが、その獲物は俺なのだろう。口元からダラダラとヨダレが垂れて滴り落ちていく。血走った眼は、たとえ目の前の獣が狼に近い犬だったとしても、飢えた狼の如き形相。
「ヴオオオォォォォォ!!!」
一匹が吠えた。それを皮切りに周りに居た奴らが一斉に俺に向かって走り出した。
「うわあああ!!」
俺は叫びながら駆け出した。幸いにも完全に囲われる程獣は多く無く、すぐに捕まることはないと思う。
「ヴオオォォォォォォ!!」
すぐ後ろで獣が吠えている。幾つもの足音が追いかけてくるのが解る。「追いつかれたら喰われる」その一心で、俺は足を動かし続けた。
◇ ◆ ◇
「ハァ、ハァ……に、逃げ切ったか?」
どれくらい走っただろうか、俺は休憩の為に、近くの木にもたれかかった。必死で走っていて気が付かなかったが、シャツの襟が汗でビショビショになっていた。
「ハァ、ハァ………う、うう……。何が、何がどうなってんだよ!クソッ!」
少しづつ落ち着いてくると、今度は涙が溢れてきた。
気がつけば見知らぬ森にいて、さらに危うく死にかけた。落ち着いて恐怖感がどんどん強くなっていった。
「うう……父さん、母さん」
俺はこの現状から逃げるように、顔を膝にうずめた。
◇ ◆ ◇
〜5日後〜
腹減った。
喉が渇いた。
あれから動く気になれなかった。動かなきゃ死ぬ、生きる為に人を探すなり食料を探すなりすれば良かったが、それをする気にならなかった。
それをしたら認める事になるから。
認めたくない、こんなの全部夢だ。次の瞬間にでも布団の中で目が覚めるんだ……
そう思ってないと、壊れる気がするから。
ガサガサッ
目の前の茂みが揺れた。一瞬人かと思ったが、違う。
「グルルルル……」
5日前、俺を襲った狼のような獣、それが目の前に現れた。
「ぁ……ああああ!」
死にたくない。唯、それだけを考えて這いずってでも逃げようとする。だが、5日間ろくな物を食べてないこの身体はそれすらも厳しかった。
一歩、また一歩と徐々に俺へ近付いてくる。
口からはダラダラとヨダレを垂らし、その血走った眼で俺を捕らえながら……。
『──食べろ、食べろ、食べろ。飢えはツライ、飢えはツライ飢えはツライ。死にたく無ければ、喰い尽くせ!』
頭の中へ直接響き渡るような声に、俺の意識は誘われる様に途切れて行った……。