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第七話 子どもを着飾れば親は満足する

やってきました貴族様の戦場、パーティ会場。

私たちはゲスト扱いだけど、そもそも貴族じゃないし、ルールは付け焼刃。

端っこで大人しくしているに限る。

だけど、放っておいてもらえないのが社会というもの。

まぁ哲人てつひとは勇者ってことになってるし、普通に考えて挨拶くらいはしたいよね。

だから、とりあえず笑顔で対応。

大人ですから。



「勇者様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……。わたくしは、ドマスピ伯爵と申します。お見知りおきください」

「はい、よろしくお願いします。私のことは、哲人とお呼びください。こちらは、妻の邪栄やえと、息子の勇人ゆうとです」

「邪栄と申します。ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、なにぶん無知ですので……ご教授いただければ幸いです」

哲人が応え、次に私が一言添える。

これでだいたい終わる。

追加で会話があっても、せいぜいが勇者として活動するときには助力しますので言ってください的なものくらい。

リネさんの処遇は広まっているのか、ごり押しで娘さんとかを薦めるような人はほぼいない。

あわよくば、と連れてくるものの、大概大人しく挨拶だけして引き下がる。

のだが、ドマスピ伯爵はちょっと違うようだ。

「こちらは私の娘のレレナーです。さ、挨拶を」

「初めまして、レレナーと申します。レナとお呼びください」

娘さんの距離が近い。

2人とも、私の存在は割と無視してくれている。

もちろん、勇人のことも。

媚を売るような目線を哲人に固定し、じりじりと寄ろうとしてくる。

「いかがですかな、勇者様。わたくしの娘は美しいでしょう」

確かに、色白な肌は陶器のようで、波打つ金髪もまるで絹。

顔立ちも整ってお人形さんのようだが、いかんせん表情が、人間性出てるよ。

だてに社会人してないんだし、空気を読む日本人代表の哲人にも分かっちゃう。

でもまぁ、若い娘さんに媚を売られて悪い気はしないかな?

と思ったら、笑顔が引き攣っていた。

「あの、テツヒト様。もしよろしければ、一夜の寵をお許しください。奥様もお子様のお世話でお疲れでしょうから、私が代わりにお相手いたしますので」

あらら。

哲人の顔から、笑顔が消えた。

「いいえ、いらないですよ。そんなつまらないことで、妻と子どもを傷つけるつもりはありません。勇者に何を求めておられるのか分かりませんが、この世界を救う以外のことを求められても応える必要はないはずです。そもそも、この世界を救うことすら、私たちには何の義務もないはずですし」

つまらないこと呼ばわりされた娘さんはムッとした。

しかし、うざいこと言うなら、勇者としての活動もやらねぇぞ、と言外に言ったら、伯爵父娘はさっと青ざめて口を閉ざした。

そうよね、自分たちのせいで勇者が職務放棄したなんてことになったら、どんな罪に問われるやら。

そそくさと去る父娘に向かって笑顔を向けながら、私は呪いをかけておいた。

実はドマスピ伯爵も、誘拐に加担していたらしいのよね。

ついでだから、娘さんにもかけておいた。

知ってて黙ってたなら同罪よね?


それからも、数人娘や姪をごり押そうとした貴族がいたが、もれなくターゲットだった。

実行犯らしいナスイダ男爵は、挨拶に来なかった。

多少前後はあるものの、通常、身分の低い方から挨拶に来るらしいのだが、そろそろ身分差が大きいから男爵は来ない。

どうなっているんだろう。

せっかく呪いを準備したっていうのに。

呪いは一言『いい夢を』だけで発動するようになっている。

男女の別は、勝手に判別するよう調整しておいた。

まさか、ちょっとかじったプログラムの知識がこんなとこで活きるとは思わなかった。

そして、黒幕らしい侯爵が、妻らしい女性と娘さんらしい女性を連れてやってきた。

「初めまして、勇者様。私は、ジクイタル侯爵と申します。こちらは妻のエイーパと、娘のシーパです」

意外と普通っぽく見える偉そうな侯爵は、後ろに控えている大人しそうな妻と娘を紹介した。

女性2人は、家長のいうことは絶対、という雰囲気で静かだ。

ふた昔前の日本によく見られた家族のようだけれど、貴族としては、あり得る形なのかもね。

哲人は、笑顔のまま軽く礼を取った。

「初めまして、ジクイタル侯爵、エイーパ様、シーパ様。私は、哲人です。それから」

すっと、私の腰に手を添えた哲人。

うわ、恥ずかしい何をする。

でも笑顔で耐える。

えぇ、大人ですから。

「妻の邪栄と、こちらは息子の勇人です」

「邪栄といいます。よろしくお願いいたします」

「たたーた!」

ここまでのところ、勇人はかなりいい子でいる。

ちょっとぐずったけど、抱っこしたりお粥をあげたりすればすぐ治まった。

なんでかな、外だといい子って。

「奥様も、よろしくお願いします。ところで――」

そのまま言葉を続けようとした侯爵を制し、哲人が話を向けた。

「そういえば、お聞きしたいことがあるのですが」

「はい、なんでしょうか」

哲人の手は、私の腰に回ったままだ。

何を聞くんだろう。

「この国では、一夫多妻が普通なのでしょうか?それとも、愛人が普通なのでしょうか?」

「は……。いずれも、普通とは言えませんね。一般的には一夫一妻が法に定められています」

「そうなんですか。では、貴族の方は、跡継ぎの問題で特例でも?何人かの方が女性を薦めてきたんですよ、私には妻がいると紹介しているのに。私の国では、1000年ほど昔であれば複数と結婚していたらしいですが、現代の法ではありえない制度なのでちょっと驚いてしまいました」

不倫やら浮気やらはなくならないから、一夫一妻が必ずしも正しいとは思わない。

実際、宗教によって一夫多妻はあるし、そういう文化もあるんだと思う。

でも心情的に私は無理だし、そういう文化でないのなら問題だよね。

暗にこの国遅れてるの?と聞いた哲人に、ジクイタル侯爵は苦笑して見せた。

「勇者様にはご不快でしたか。表立ってはいませんが、たしかに跡継ぎなどの問題から愛人を囲うものもいるようです。しかし、私も推奨はできかねますな」

「そうですよね。私の感覚がこちらと合わないのかと悩んでしまうところでした。侯爵のお言葉を聞いて、安心しましたよ」

「それはようございました」


腰は低い、人当たりは良さそう、初対面からのとんでも相談にも親身に答える、とくれば良い人枠に入れたいところなんだけど。

私は見逃さなかった。

愛人が普通なのかと哲人が聞いたとき、目が一瞬泳いだ。

あれは、さえぎった言葉が娘を薦めるものだったんではないか。

さっと切り替えて哲人に同調していたけれど、後ろで娘さんが力を抜いてほっとしていたよ。

奥さんは、さすがに食えない笑みのままだった。

あの様子なら、娘さんは逆らえないだけかな?

年齢的には17か18くらいだろうか。

貴族なら婚約者もいるだろうに、とんでもないことやらそうとするなぁ。

とりあえず侯爵と奥さんには、きつめの呪いをかけておいたけど、効くかしら。

もし何かあったら、娘さんだけでも処刑されずに済んだらいいな。


その後も挨拶は続き、会場にいる貴族すべてと声を交わした。

そして、やっぱりナスイダ男爵は現れなかった。

哲人に目線で聞いてみたけれど、知っているような教えたくないようなという含んだ視線。

呪いかけられないじゃないの。

まぁ、哲人のことだから後でなんとかするんだろう。

でないと気が済むわけがないものね。



やっと挨拶の波が途切れ、少しだけ私たちも食事を口にできた。

挨拶を受けながら食べるわけにはいかないものね。

そうしていると、王様のおなりです、という声がして周りが静かになった。

みんなの視線の先は、広間の奥の一段高い部分。

椅子もあったしあそこだろうと思った場所の、後ろの緞帳が開いた。

そこから登場するんだ。

金糸で刺繍を施した豪華なマント、銀糸で刺繍された豪華な礼服、さらに頭には赤い宝石を埋め込んだ金の王冠。

うわぁ、お金持ち。

てっぺんに玉の付いた杖でも持ってたら完璧だ。

そう思っていたら、横手のカーテンの隙間から、宰相さんが現れた。

両手で持たないとバランスを崩しそうな、1メートル以上ある銀の杖。

そのてっぺんにあったのは、透明の玉。

それを、そっと王様に手渡した。

すごい、完璧だ!

思わず小さく吹き出したら、哲人も隣で震えていた。

やばいな、夫婦そろって不敬罪とかシャレにならない。

耐えろ、ちょっと吹き出したけど耐えるんだ私!

たとえ礼服が提灯ブルマ―でも!

たとえ白いタイツの王様がツボでも!

初めに会った偉そうなおじさんが仮装しているようにしか見えなくても!!

だめだ、目の前がリアルおとぎ話で笑えてくる。

どうしよう。

そうだ思い出せ、あのつわりのキツかったときを。

私のつわりは長かった。

産んでる最中もリバースするほどだった。

そうそう、もう食べては戻して食べなくても戻して寝てても戻してひたすら戻して。

いつどこで戻すか分からなかったから、ずっとキッチンポリを持ち歩いていた。

エチケット袋なんて、高いしかさばるし、選択肢にも入らなかった。

あのころは、キッチンポリがすごい勢いで消費されていたよ。

おかげで、うちではキッチンポリを『ゲ○袋』と呼ぶようになったくらいだ。

産む直前には妊娠前より5キロも痩せてたけど、産んで2、3日したら食欲が出てきて、半年で元に戻ったのよね……。

授乳もしっかりしてたのに、食欲が上回ってきたから必死でセーブして、妊娠前より太ることはなんとか阻止してる。

遠い目をしていたら、王様の演説が終わった。

大丈夫、軽く聞いてたよ。

今年は収穫がそこそこらしいとか、貴族のみなさんおつかれさんとか、国民にも感謝しますとか、隣国との会談はそれなりに仲良く終わったとか、勇者が来たからみんなサポートしてねとか、そういう感じだった。


さてと。

私たちは王様のゲストだから、一番最初に挨拶しに来るようにと宰相さんに言われたんだっけ。

ちらっと壇上を見ると、宰相さんが頷いたから、ベビーカーを押してそちらへ向かう。

哲人が前を歩くと、貴族のみなさんがささっと道を譲ってくれる。

すごいなぁ、モーゼみたい。

勇人はたくさん用意していた涎掛け代わりのハンカチの一枚を手に持って振っている。

ひらひらするのが楽しいらしい。

なんかあれっぽい、パレードで手を振る有名人。

哲人が先導して、ベビーカーを私が押しているから余計に。

何人かの貴族の方々が、勇人を見て微笑んでいた。

ふふふ、うちの子可愛いでしょう。

そうして王様の壇の下に着いた。

王様の左右には、王妃様と王太子夫婦にそのお子様3人、まだ独身の末の王子様が並んでいる。

宰相さんによると、お姫様が2人いたそうだが、それぞれ結婚して王族を抜けているらしい。

ほかの国との政略結婚は特にないそうだ。

家族に対する愛情も、同種族に対する意識も、種族によって違うから、結婚するより物々交換とかの方がお互いに利が大きいんだとか。

要するに、王族だろうと人に関する価値観が違うから等価にならないんだね。

王様は、椅子にどっしりと腰かけて杖を手に持っている。

威厳あるなぁ。

確か50代だっけ?

偉そうなおじさんだと思ったけど、実際偉い人だし。

仮装は別として、私の父親よりも年下のはずなのに、貫録が違う。

やっぱり背負うものが違うのかな。

哲人と私が、教えられたとおり膝をついて頭を下げていると、王様が声をかけてくれた。

「表を上げよ」

すっと腰を上げると、端っこにいた宰相さんが頷いた。

こっちから声をかけていいという合図だ。

「ご挨拶申し上げます。私は哲人と申します。こちらは妻の邪栄、それから息子の勇人です。私たちを保護していただいて感謝申し上げます」

「いや、気になされるな。元はと言えばこの世界の問題。手を貸していただくのはこちらの方だ。何かあればセヌバタに申し付けてくれ。できる限り応えよう」

「ありがとうございます」

「この国を気にかけていただき、感謝する」

「いいえ、私たちがしたいことですから」

ここまで台本通りだ。

私は、隣でにっこりしていただけ。

勇人はちょっと声を立てたけど、まぁ許容範囲でしょう。

王様は、もちろん哲人が宰相さんを手伝っているのを知っている。

その理由も当然伝わっている。

許可を出したのも王様だし。

それを言外に感謝してくれたわけだけど、背後にいる貴族の人たちが、ざわっとした。

やっぱり、王様がはっきり感謝するなんて驚くよね。

まぁこれで、私たちの行動が認められたわけだ。

私たちを害したら、国に楯突くことになるよーと明言された。

粛清の第一歩ね。


挨拶だけでさっさと下がり、元居た壁際に移動した。

次々に、今度は身分が高いものから王様に挨拶し、税金の目録を差し出す。

実際に内容を報告するのは後日個別に行うらしいが、形式的に必要なんだとか。

そうして一通り終わったころには、私も哲人もお腹いっぱいになった。

美味しかった。

勇人もしっかり食べて、眠そうだったので抱っこして寝かせた。

腕が疲れた……哲人の、ね。

食べている間は挨拶やら声掛けは控えるのが常識だそうで。

ついでに、勇人が寝そうだから近づくなよーと笑顔で訴えて。

おかげで前半と違って気軽に過ごせた。

次はなんだっけ、と思っていたら、王様から声が上がった。

「本日用意した特産品は、ナスイダ男爵領のフルーツだ。ナスイダ男爵」

「はっ!」

王様の壇のすぐ近くの出入り口から、男性が入ってきた。

青紫のスーツっぽい礼服を着ている、白いものが混じった茶色の髪で中肉中背、これといった特徴のない、なんというか――

「モブだ……」

「ブフォッ?!」

私のつぶやきに、哲人が吹いた。

汚いなぁ。

モブ男爵の後ろには、たくさんのメイドが続いた。

その手にあるのは、大き目のお盆に盛り付けられたカラフルなフルーツたち。

モブの領は南の方にでもあるのかな?

「や、邪栄ちゃん。あ、ぷ、あれがナスイダ男爵、だよ。ぷぷっ」

どうやらハマったらしい哲人が、片手で笑いを誤魔化しながら言った。

モブが実行犯なのか。

ってことは、侯爵は雑魚?

もちろん思ったけど言葉にはしていない。

「じゃあ、やっとこうか。<倍付け、いい夢を>」

倍付けとは、要するに酷い方の夢ってことだ。

内容は多分聞かない方がいい。

哲人はあれを聞いて泣いた。

私たちのところへは、サンナさんがお盆を持ってきた。

「どうぞ、珍しいフルーツです」

「サンナさん、ありがとう」

お盆に添えられたトングで、手元の皿にいくつか取る。

黄色いカットフルーツはパイナップルっぽい。

オレンジのはマンゴー、グリーンで種があるのはキウイかな?

この世界は、食が似通ってるから、多分そうだろう。

哲人を見ると、うん、と頷いた。

「大丈夫、だいたい見た目通りの果物みたいだよ」

賢者の知識を応用して、鑑定のようなことができるのだ。

便利だなぁ。

哲人がそう言うなら、食べても平気だろう。

もっとも、『状態異常無効』はかけ直してあるから、問題は起こらないけれど。

黄色いフルーツを口に含むと、やはりパイナップルだった。

マンゴーもキウイも、いい具合に熟れていて甘い。

「美味しい。これ、もう少しいただいておいていい?」

「はい、もちろんです」

「ありがとう」

後で勇人にもあげよう。

別の皿に、柔らかそうなマンゴーとキウイを取った。

そしてサンナさんが離れると、もう食べ終わった哲人が口を開いた。

「これ、ナスイダ男爵が借金してまで献上したんだって」

「ふぅん」

「この人数だからね。時期じゃないものもあるし、魔法を使って熟させたりしたからかなりかかったらしい」

「へぇー」

もぐもぐ。

ほんとに熟れてて美味しいなぁ。

「見た目も重要だから、運ぶのにもお金がかかってね。一応、社交シーズン中に国から代金が支払われるらしいけど、現状は男爵が大きく借金してる」

「ほぉー」

ぱくり。

キウイは美容食よね。

いいデザートだわ。

「……邪栄ちゃん、聞いてる?」

「うんうん聞いてる。モブが借金して五感的にも美味しいです。それで?」

「……。ひと財産だから、普段からカツカツの男爵は、国からお金をもらえないとヤバいわけ」

「潰すの?」

「つぶ……す前に、それで脅して吐かせるんだって。半額は払うけど半額踏み倒して、息子に代替わりさせて領地に閉じ込める予定」

「なるほどー」

「で、雑魚とほかのモブは?」

「ざ、雑魚?って侯爵のこと?彼はもう証拠を押さえたからね。子爵に下げて、あの娘さんに婿を取って代替わり、こっちは王都の屋敷に監禁。ほかも子どもや甥姪に代替わりしてそれぞれの領地に軟禁らしいよ」

「えー、甘くない?」

勇人の誘拐だよ?

「俺もそう思うけど、未遂だからむしろ厳しいよ。目的も、害するんじゃなくて俺に子種を寄越せっていうことだったし」

「むぅ」

「だから、宰相さんには後から了承で呪いかけてるんだよ」

「そっかぁ。じゃあもっと酷くてもよかったね」

「え?!あれ以上なんかあるの?」

「あるでしょ、虫攻めでぶちぶち喰われるとか、強力な酸でじわじわ溶かされるとか」

「ひぃぃっ?!」

こっそり防音しているから、こそこそしゃべっているようにしか見えない。

本当に魔法って使い方によったら便利だな。


しばらくしたら無礼講になって、王様と王妃様は緞帳の向こうに去って行った。

王太子夫婦と子どもたちは残っていて、末王子と一緒に壇を降りてきた。

王太子たちは貴族のみなさんに挨拶回りらしい。

そして、末王子はそのままこちらへ来た。

「テツヒト殿、楽しんでおられるか?」

王様よりは王妃様に似た感じの彼は、22歳にして宰相さんの弟子らしい。

跡を継がないから、臣下として修業中なのね。

だから、哲人と仲良くなる機会があったわけだ。

「はい、ルドク王子。美味しくいただいていますよ」

「……まだ奥方を紹介しないつもりなのか」

「しょうがないですねぇ。こちらが妻の邪栄、寝ているのが勇人です。息子は寝ているので、このへんでいいでしょう?王様が席を立たれたわけですし、私たちもそろそろ帰りますよ」

「……テツヒト殿?」

「ちっ。邪栄ちゃん。一言なんか言ってやって」

「哲くん……。えー、夫がお世話になっております、妻の邪栄です。随分親しくさせていただいているようですね。ありがとうございます」

これはあれかな、ちょっとルドク王子がイケメンだから、私と会ってもないのにヤキモチ焼いてたかな。

まだまだだなぁ。

私の好みはもうちょっと年上だし、イケメンは正直好きじゃない。

そうだよ、哲人はイケメンとは言われない顔だよ。

もうちょっと目が、とかもうちょっと鼻が、とかそういうのではなく、よく言えば全体的に丸くて優しげ。

悪く言えば体は大き目だけど、気弱そうなオタク。

つきあいの浅い知人にはあの人と結婚?って驚かれるけれど。

仕方ないね、頭の良いオタクが好みなんだもの。

鑑賞対象としては、イケメンも美人も可愛い子も一纏めだ。

「いえいえ、こちらこそ、教わることが多くて。テツヒト殿は、そちらの世界でも宰相のような仕事をされていたんですか?聞いても教えてもらえなかったのですよ」

哲人は会話を阻止しようとしてきたが、ちょうど勇人が起きて抱っこ攻撃を開始した。

残念、よろしくね。

「知識はありますからね。ですが、仕事はそういうものではありませんでしたよ。数人部下がいましたが、技術職……職人のようなものでしたから」

「職人ですか?確かにこだわりは感じられますが、想像がつかないです」

「こちらにはない技術でしたから。そうですね、イメージで言うと、一般化魔法術式の製作、みたなものでしょうか。いかに効率のいい術式を作って売るかという」

「魔法の製作のような……なるほど、非常に知識と経験のいる、頭を使う職に就いておられたのですね」

「はい。そこで、部下を育成しつつ上司と折り合いをつけつつお客様の要望を聞いて実現させて納期までに納めるという、まぁ中間管理職もやっていましたね。宰相さんの仕事にも通じるところはあるかもしれません。あとは、世界中の情報が幅広く手に入るので、政治経済に関して勉強もしていたからでしょう」

「世界中の、情報ですか」

「はい。私たちの世界は高度に情報化されていて、こちらで言うなら魔王の島で起こったことが、その日のうちに世界中に知らされるような情報網があったのです」

「すばらしいですが……恐ろしいですね」

「そうかもしれません」

結局、ルドク王子は哲人を2人目の師と尊敬しているらしかった。

良かったね、優秀かもしれない部下ができたよ!

眠そうに勇人がぐずりだしたので、そこで辞去することにした。


勇人を抱っこしてあやしていたけれど、会話は聞こえていたらしく、哲人はそこまで不機嫌にはならなかった。

帰る道すがら、廊下でどうして仕事のことを話さなかったのかと聞いてみた。

「だって、SEってどうやって説明したらいいのか分からなくて。パソコンから解説するべきか、プログラミングはどうするか、電気の概念は、とか考えだしたら説明できなくなった」

これだから真面目な理系は。

不真面目な理系の私は適当に説明してしまう。

「まぁ、仲良さそうでなによりね?」

「うーん、吉と出るか凶と出るか。悪くはないと思うんだけど、慕われて悪い気はしないかな」

くすくす、と笑うと哲人はまんざらでもなさそうに口角を上げた。

私は、何かあるようなら躊躇しないけれど、可能であれば平和に仲良くしたいと思ってるんだから、それでいいと思うわよ?

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