第三話 親は子どもが寝ている間にも活動する
2016/03/08 誤記修正
夕飯はパンと鶏らしい肉類がメインで出された。
食事はスパイスが少なめで薄味な気がするが、概ね美味しく食べられる。
ヤモリの姿焼きとか蛇のスープとか出てこなくてよかった。
夜中に呼び出されたので、とにかく眠くて。
食べ終わってすぐに、シャワーを浴びてさっさと寝てしまった。
もちろん勇人も一緒。
哲人は、かなり後から寝にきた気がする。
ぐっすり眠って朝がきた。
まだ夜明け直後らしい時間だけど、早めにベッドに入ったのでたっぷり寝たと感じる。
哲人と勇人はまだ寝ているから、そっと起きだした。
着替えて、トイレに併設されていた洗面所で顔を洗い、髪を整えてリビングへ。
ちょっと喉が渇いたので、お茶でも淹れようと思ったのだ。
すると、夕飯の食器が下げられていた。
気づかなかったけど、昨日のうちに下げてくれたのかな。
至れり尽くせりで、勇人を産んでから久々に家事をせずにゆっくり過ごせている。
これだけはありがたい。
でも、ここで甘えていたら飼い殺しになりそう。
窓から外を見ながらお茶を飲んでいると、廊下側の扉が開いて、リネさんじゃないメイドさんが入ってきた。
カートのようなものの上には、朝食らしいパンや果物が並んでいる。
「おはようございます」
声をかけると、驚かれた。
「お、おはようございます!こちら、朝食でございます。準備いたしますので、少々お待ちください」
「いえ、私が早く起きてしまっただけなので、急がなくていいですよ」
リネさんよりも、所作が見慣れた感じというか、親近感が持てる。
というより、リネさんの動作が洗練されてるのか。
リネさんが標準なのかと思っていたけど、もしかしたら違うのかな。
聞いてみると、今朝来てくれたメイドさんはサンナさんといって、平民出身らしい。
そして、リネさんは貴族の出身なんだとか。
リネさんはまとめ役兼教育係で、サンナさんたちは実働隊のようなもの。
ということは、本来ならマネージングする立場の人が私たちに付いてくれていたのか。
丁重にもてなされてるのかと思ってたら、担当がサンナさんに変わったらしい。
リネさん、なんか態度おかしかったもんね。
嫌になって変えてもらったか、見とがめられて配置換え、とかかな?
「じゃあ、サンナさんは北の領地からここへ来たんですね」
「ええ、優秀生として王都の学院を卒業できたので、なんとか王城のメイドになれたんです」
「すごいんですね」
「そんなことないですよ!同期の男性なんかは、官僚としてもっとがんばって活躍していますし。私なんかは雑用係ですから」
「それこそ謙遜ですよー。国の中枢で働けるっていうのはすごいことです」
公務員ってすごいと思うよ、主に競争率の意味で。
「そう言ってもらえると、ちょっと自信になりそうです」
「うんうん、自信持つべきですよ」
サンナさんは、現在20歳の結婚適齢期ぎりぎり端っこだそうだ。
ちょっと早めだけど、こちらでは70歳まで生きれば大往生らしいから、そんなもんだろう。
北の領地は伯爵領で、扱いとしては大名に近く、ある程度自治が認められているらしい。
国王の下には、上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と身分が下がり、庶民には身分はないとか。
貴族は与えられた土地を治め、税金を集めて国に納付する。
国に税金を納めるのと、内情報告のために、年に一回、だいたい家族同伴で1ヶ月~半年ほど王都に来るんだそうだ。
それ何て参勤交代。
貴族が王都に集まる時期は、社交シーズンになる。
もう少しでそのシーズンらしく、ちょうど貴族が王都に集まってきているらしい。
めんどくさそうだな。
さっさと情報を集めて旅に出るのが正解かも。
貴族は、基本的には直系の男性が後を継ぐらしいが、女性が継ぐこともなくはない。
現に、北の領地を治めているのは素晴らしい女伯爵だとサンナさんが自慢していた。
貴族の女性は、ほとんどが別の貴族へ嫁にいくらしいので、若干男尊女卑の気があるのかな。
そして、次男以降の男性は、婿入りするか、騎士になるか、それが無理なら庶民になるそうだ。
結構シビア。
国王は、王都を治めて貴族をまとめ上げ、諸外国との外交を担当、法律の制定と発布、軍の指揮など過剰に仕事をしているようだ。
大変だなぁ(ひとごと)。
また、役人は貴族とは別の身分制度らしく、国王に仕える人だけの呼び名らしい。
騎士も基本は庶民で、功績を上げれば身分と土地を与えられることがあるそうだ。
そして、テヌ・ホキムとは『人の国』を意味している。
つまりは、人間が治める人間の国。
「北には獣人の国があるんですか」
「はい。北の領地には、たまに行商の方が来られていたのでよく見かけたんですよ。ですが、王都ではほとんど見ませんね。人間至高主義というか、人間以外を差別する貴族の方がいらっしゃるせいでしょう」
「あぁ、人間こそが知的生命体の頂点である的な考えね。どこの世界でも似たようなものなんですかねぇ」
「勇者様たちの世界にも、獣人の差別があったのですか?」
「いえ、獣人はいなかったんですけど、肌の色が違う人種がいて。白い肌と黒い肌、黄色い肌あたりでしょうか。やっぱり見た目が違うと区別が差別に変わっていくんですね。特に、なぜか身体的に優れた方が、劣った方から見下されるっていう不思議」
「そうなんですか。人間と獣人も、明らかに獣人の方が身体的に優れていますね。なぜでしょうか」
「そりゃあ、劣等感からでしょ。必死に頭を使わないと勝てないから。自分たちの方がすごいもん!って見下すことでなんとかプライドを保ってるの。実際には、長短それぞれだから、同じ土俵で勝負するんじゃなくて、お互い補い合えばいいはずなのに」
若干口調がくだけるのは、やっぱり年下だと思うからなのかな。
それとも、親しみやすいと感じているからかな。
「本当にそうです。……あの、こんな話をしたなんて、ほかの人には言わないでくださいね。貴族派の人たちが聞いたら、きっと城から追い出されてしまいます」
「もちろん、言いませんよ。考え方とか宗教なんて、個人の自由なはずですし」
「ありがとうございます!それにしても、宗教が個人の自由なんですか。獣人の国にも、エルフの国にも、ドワーフの国にも、もちろん人間の国にも、そんな考え方はありませんよ。そもそも、神様はどこも共通してお1人しかおられませんし」
「へぇ、世界共通で1神教なんですか。それはそれで、宗教戦争が起こらなくていいわね。ていうか、やっぱりエルフとかドワーフっているんですね」
「はい、エルフたちは南の森林地帯に村ごとにまとまっていて、全体で国を作っているらしいです。ほとんどほかの国との交流がないので伝聞ですが……。ドワーフたちは、鍛冶が有名ですので、商品はよく目にしますよ」
「なるほど。ドワーフの国は、ここからだと遠いんですか?」
「そうですね、西の山脈を越えないと行けません。もしくは、南へ進んで海に出て、船で大陸沿いに西へ進むしかないですね。商人は、南の船ルートで商品を仕入れているらしいです。どちらにしろ、片道だけで1ヶ月から2ヶ月はかかりますよ」
「うわぁ……大変なんですね」
陸上は馬車か馬か徒歩の移動が普通らしいから、野宿もデフォルトらしい。
車はないのかぁ。
魔法で動くキャンピングカーとかあったら便利なのに。
「そうなんです。なので、やはりこの国にはほとんどいませんね」
「会いたかったら、旅に出るしかないんですねぇ」
「そうですね。あとは、冒険者が活動している前線に出れば、たくさんの種族の人に会えると思いますよ。今なら、南にあるダンジョンか、東の魔物の森の近くですね」
「ダンジョンもあるんですね。魔王の国って東の方なんですか?」
「そうらしいです。この国の東にある砂漠を通り抜けたら魔物の森です。砂漠には、どこの国にも属さない人たちがオアシスなどに集落を作って暮らしていいます。その森を突っ切ると魔物の海に出て、海を渡ると魔王の国がある島に着くと伝記で読んだことがあります。魔物の森の辺りは、たくさん魔物が出るのでどの国にも属していません。だから、ダンジョンよりもいろんな種族の人が集まりやすいらしいです」
「砂漠の先には魔物の森、さらに魔物の海かぁ。私たちもその辺りへ行かないといけないんでしょうね」
いろいろ聞いていると、廊下側の扉を誰かがノックした。
サンナさんが、あわてて机を整えた。
「話しすぎてしまいました、私はこれで……!!」
「いえいえ、こちらこそどんどん聞いてしまって。ありがとうございます」
「はい、失礼します!」
サンナさんは博識だな。
さすが優秀生。
ペコリと頭を下げたサンナさんが、ワゴンを押して部屋を出ると、入れ違いに爺さんが入ってきた。
本を何冊か抱えた爺さんは、私を視界に入れるなり頭を下げた。
「これは奥様、本当に申し訳なかった!!」
なんのこっちゃ。
「とりあえずお入りください。ここではちょっと」
ドア開けっ放しですよ。
「あぁ、そうですな。では失礼して、まず資料を机に置かせていただきます」
「はいどうぞ」
本を置いて、向かい合ってソファに座った。
目の下に隈がばっちりあるし、顔色が悪いように見える。
で、何が申し訳ないことなのかな?
「いや本当に申し訳ない。どこかから圧力がかかったようで、あんなことをしでかそうとするとは。もう失礼なことはいたしませんので、お許し願いたい」
「あの、私には心当たりがないのですが、何のことですか?」
「なんと、お聞きになっておられないのですか。リネが勇者様に迫ろうとしたのですよ。貴族派の一部が、勇者様の血を分けてもらうべきだと言い出しましてな。そちらは、宰相である儂が抑えておきましたので、もう問題は起こらんはずです」
え、勇者の血が欲しいって……うちの子まだ赤ちゃんですぜ。
今回は、哲人が勇者だって誤解させておいたからまだ良かったのかも。
うわ、隠しておきたい理由が増えたじゃないの。
「あらまぁ……リネさん、お怪我はなさってませんか?夫は、案外激しいところがありますので。私や息子を貶そうものなら、本気で手を出しかねません」
「はい、まさにご想像の通りで。実際には、哲人殿の魔力で押さえつけられたところを、騎士が駆けつけて引き取りました。命を狙ったわけではありませんが、その言動が不敬にあたりますし、国王の意に沿いませんので軟禁処置しております」
爺さんは、ちょっとくたびれたように説明してくれた。
ていうか宰相だったんだ。
本物のお偉いさんだね。
きっと、貴族を抑えるうんぬんのあたりで、昨日あんまり寝てないんじゃないかな?
ご老体に鞭打たせるとは、それ何て虐待。
あ、間接的な原因は私か。
「とにかく、私には何も被害はありませんでしたから、気になさらないでください。私たちも、これからは気をつけておきますので」
だから哲人は寝に来るのが遅かったのね。
疲れた状態で魔法を使ったから、くたびれてまだ寝てるわけだ。
私が言うのもなんだけど、哲人って私と勇人のことをすごく大切にしているから、私たちをないがしろにするような他人には容赦がない。
リネさん、心に傷を負ってないといいんだけど。
「本当に申し訳なかった。国王にも進言しておきますが、何かご要望があればおっしゃってください。今回のこともありますし、できるだけお応えしますので」
宰相さんは、頭を下げたまま上げてくれない。
謝罪を受けないといけないようだ。
めんどくさいな。
「……分かりました。謝罪を受け入れるということで、何か希望を出すようにします」
「ありがとうございます。それでは、儂はそろそろ仕事ですので。何かあれば、サンナに申し付けてくだされ」
「はい、ありがとうございます」
まだ事後処理が残っているらしく、宰相さんから今日は部屋で大人しくしていて欲しいと言われた。
冒険者組合へは、貴族の息のかかっていない騎士を護衛として見繕ってからになるらしい。
ほかにも仕事があるんたろうに、ご苦労をおかけします。
そう言ったら、宰相さんは労ってもらったのは何年ぶりだろうか、と言って泣いた。
苦労人なんだね。
それにしても、強硬派の貴族がいたりしたら、私たちを人質に取ってでも動きそうだな。
その辺も対策しておかないと。
まぁ、私たちじゃいろいろと人質にならないだろうけどね。
宰相さんが部屋から出て少ししたころ、勇人の泣き声が聞こえてきた。
起きたか。
「おはよう、勇人。よく寝たね?」
「たたーた、たーた、たぁ!」
抱っこしたらすぐ泣きやんでご機嫌だ。
あぁ可愛い。
「おーはようぅ」
あ、哲人も起きた。
「おはよう、昨日は大変だったみたいね?」
にっこり笑顔を向けたら、哲人は顔を歪めた。
「誰に聞いたんだ?あの女、邪栄ちゃんをおまけ、勇人をコブ扱いしやがったから、思わず魔法で捕縛した」
「やっぱり、そんなことだと思った」
哲人はため息をついて、ベッドの上に起き上がった。
抱っこしてる勇人はまだご機嫌だから、しばらくしゃべってても大丈夫かな。
「当たり前だろ?騎士の人たちが来てくれたときには、どっちが悪者か分からない状況だったから、誤解を解いて説明して説明させて、気付いたら夜中でさ」
「説明させてって……どうやって説明させたの?」
「ん?捕縛して動けない状態だったから、このまま自白魔法であますところなく全部吐かせてもいいけどどうする?って脅した。嘘はつけないように魔法かけたし」
「……そっか、お疲れ」
どうやら、相当腹に据えかねる言葉を言われたらしい。
哲人は、せっかく起き上がったのに、話していて思い出したのか眉根を寄せて、ベッドにダイブした。
「もーほんとありえない。こんな国さっさと出て行こうか?」
「まぁまぁ。権力者の一部が腐ってるのはどこでも同じでしょ?宰相の爺さんが徹夜で対策してくれたらしいし、もうちょっと様子見てもいいんじゃない?できるだけ情報は仕入れておきたいわ。何か要望をのんでくれるらしいから、欲しいものも考えたいし」
「んー、邪栄ちゃんがそう言うならもうちょっとここにいるかぁ」
「たた!だーだうむ、だっだー」
「そうかそうか、勇人もそれでいいか」
「哲くん、勇人はお腹空いたんだと思うよ」
「そ、そんな……」
「だーだー、あぅむやむ、やーむ」
指食べてるし、間違いない。
「新しい部屋付きのサンナさんが朝ごはん持ってきてくれたし、食べよう」
「分かった……勇人、パパには勇人語はまだ難しいみたいだよ」
しょんぼりする哲人を急かしてリビングへ。
私たちはパンが中心だけど、勇人の離乳食は昨日と同じ白がゆだ。
好き嫌いせずにちゃんと食べてくれるから、ありがたい。
外に出られないので、一日かけて本を読んだ。
勇者の本は、こちらの言葉で書いてある本と、メモっぽい日本語をまとめた本があった。
こちらの言葉で書いてあるものは、多分こちらの人がまとめたものなんだろう。
英雄譚みたいな日記だし、何より都合の悪いことは書かれていない。
重要なのは、日本語の方だろう。
魔法だろうけど、写真のようにメモをそのまま転写しているように見える。
「不思議だけど、同じ時代の人が召喚されたみたいね」
日本語で書かれた日記の方は、ぶっちゃけた話がたくさん書かれていた。
携帯がなくて不便とか書いてあったから、多分同じくらいの時代の人。
こっちとは時間軸がずれてるってことかな。
「最初にいた部屋が、召喚の間らしい。確かに、あの石の模様は召喚陣だな」
「覚えてるの?あんなちょっとしか居なかったのに」
「うん、多分賢者の効果かな。キャプチャしたみたいに思い出せる。本の内容も、びっくりするぐらい入ってくるし」
「うわぁ便利」
「魔力消費しちゃうけどね」
「それは燃費悪そう……でもやっぱり便利」
情報は哲人が集めておけば間違いなさそうだ。
召喚陣は、哲人の解析によると『魔王が現れたという波動を感知したら同時に勇者を召喚する』というもの。
これが、ずっと発動している状態なのだそうだ。
あえて言えばこの世界の人に召喚されているけれど、今の人たちが直接は関わっていないという。
うっとうしいから、やっぱ壊すべきかなぁ。
でも、魔王だけ現れても困るよね。
「このメモだと、魔王も別の世界の人らしいわね」
「らしいねぇ。しかも、魔王は倒すっていうよりは元の世界に返すっぽいね。帰ったかどうかは分からないけど、使った魔法はそれらしいものだったみたいだし。でも、それをいくら言っても周りが『倒したんですよ』って広めたらしい」
「信じなかったっていうか、情報操作でしょうね」
「だろうな、うぜぇ」
「くぅー、くすー」
勇人は、ソファでお昼寝中だ。
抱っこひもがないから、寝かしつけにひたすら抱っこしなくてはいけない。
腕が痛い。
あぁ、抱っこひも欲しいなぁ。
家にある抱っこひもがあればいいのに。
それより、今の情報はとても重要だ。
「どうしよう、私だけ帰っても意味ないよ」
「うん。どうもこの日記にははっきり書かれてないけど、勇者がどっかで手に入れた武器を魔王に向けて使ったら、帰還陣みたいなものが展開されたらしいな。旅の途中で洞窟に入ったとか書かれてるし」
「洞窟ね……じゃあ、ダンジョンかな?さっきサンナさんにダンジョンがあるって聞いたわ」
「それかなぁ。でも、勇者はそれでは帰れなかったらしいぞ」
「そうね、メモもかなり文句言ってるわ」
「国に帰っていろいろ貰って、結婚っていう形で取り込まれそうになったから逃げて旅に出たらしいところで日記は終わってる」
英雄譚も、勇者は世界を見たいと国を出て、勇者の国に帰ったようだというところで終わっている。
勇者の武器も探したいけど、勇者の旅の痕跡も探さないといけないな。
帰ったのかどうかはっきりしないから、まだ安心はできない。
それにしても、宰相さん、よくこのメモの本持ち出してこれたもんだ。
国にとって不利な内容が書かれてる可能性だってあるのに(実際書かれてる)。
数百年前のことだから気にしてないのかな。
それともお詫び代わりに頑張ってくれたんだろうか。
さて、次は魔法の本でも読もう。
「……う、あーん!うああーん!」
しまった、起きた。
「はいはい、よく寝たねぇ」
私が抱っこしたらすぐ泣き止むとか、この子ほんとに可愛いわ。
可愛いけど、お母さんは本が読みたかった。
夜寝かしつけてから読むしかないね。