化け物
「なんだ、よくわかっているじゃないか」
「っ、貴様!」
「っ……エンキ様」
扉の所にエンキがもたれているのに気づき、私は息を飲んだ。
青年を説得するためとはいえ、感情を面に出していたのだ、あとで何を言われるかわからない。
それに先程のこともあり、僅かに身体が震える。
端から見ればわからないだろうが、密着している青年には、震えが知られてしまったらしい。
気遣わしげな視線を向けて来ているのが見なくても分かる。
せっかく説得したのに、これじゃあ説得力皆無だ。
私がそんなことを考えている間も、エンキは不機嫌そうに私達を睨みつける。
そして私だけに視線を寄越し、ニコリと笑った。
「リアス、お前の主はだれだ?」
「エンキ様です」
なんとか震えを抑えて無表情に答えると、エンキは満足そうに笑う。
でも、一瞬見えた青い瞳はちっとも笑ってはいなかった。
「……じゃあ、なんでお前はそいつに引っ付いて笑っていた?」
「!?」
「お前は人形だろ?人形は笑わない。人形は何も考えない。そうだろ?」
「なっ……!?」
頭上で青年が驚く様子が伝わってくる。
でも、私はもう彼には何の反応も返せない。
「申し訳ありません」
「謝っても許さない。お仕置きだな。後でさっきの続きはするとして、先ずは……」
『さっきの続き』という単語に肩が震え、恐怖が蘇る。
そんな私を見てエンキはクスクスと笑い、そして青年へと残虐な視線を向けた。
「……そうだな。先ずはそこのネズミを始末しよう。リアス、そいつに抱きついて逃げられないようにしろ!」
「!?」
エンキの敵意の矛先が青年に向き、私は思わず青年へ視線を向けた。
青年は私を一瞥しただけで、私を払いのける訳でもなく、エンキへ軽蔑の視線を向けるだけだった。
「……はい」
私はそんな青年におずおずと抱きつき、彼が逃げられないようにした。
自分を自由にしようとしてくれた彼にこんなことをするのは、申し訳なさ過ぎて罪悪感に押し潰されそうだ。
「……おい、あんた」
「んー?なんだよ。卑しい賊が気安く話し掛けてくるなよ」
突然青年がこちらを見ながらニヤニヤと笑っているエンキに向かって話しかけた。
「あんた、この子を見殺しにして俺を殺す気?そりゃ男として終わってんじゃねぇのか?」
そう言いながら青年は、彼に酷いことをしようとしている私の頭にポンっと手をおいた。
それはまるで、私の気持ちに気付いた上で気にするなと言ってくれているようで、私は嬉しくて、エンキに逆らえないことが恥ずかしくて彼の胸に顔を埋めることしかできなかった。
「は?別に女だろうとリアスは混血だ。それもこの世界で最も卑しい血が流れている。そんなものにくれてやる気遣いなんか持ち合わせてないよ。それにそいつは化け物だから、そう簡単には死ねないのさ」
『化け物』という言葉に青年がピクリと反応した。
(……ああ、そろそろ気持ち悪くなって引き剥がされるのかしら)
それでもいい気がする。
私は彼を抑え切れなかったことをエンキに怒られるだろう。
でも一時でも私を思って優しくしてくれた彼が無事に逃げられるなら、それでもいい。
そう思って私は彼が引き剥がし易いように、彼の胴に抱きつく腕から力を抜く。
しかし、それは彼が私の手に自身のそれを添えたことで阻まれた。
「……やるならやれ。こんな少女を道具として扱い、あまつさえ化け物と呼ぶような奴とは、話すだけ時間の無駄だ」
「っ……言われなくてもそうしてやるよ!」
青年の挑発に逆上したエンキは、次の瞬間には無詠唱で巨大な火球をこちらに撃ってきた。
読んでくださり、ありがとうございました_(^^;)ゞ