理想と妄想と現実は違うんだ!とやっと自覚した私の恋愛事情。
皆さんは小説やアニメや漫画みたいな恋愛って信じますか?
幼なじみとの恋愛ってありえると思いますか?
「こんな展開ありえない! 絶対にマジない!」
私は声を張り上げると、さっきまで読んでいた小説を勢いよく本棚にぶちこんだ。
「ちょっと折れるでしょ! 優しく入れてよ」
すると、驚きと同時に怒りに満ちた声が部屋に響く。
「もうボロボロじゃないか! いいだろ」
私はその声の持ち主に向かって怒鳴る。正直、怒鳴りながらも自分が悪いっていうのは理解している。でも、どうしても小説の内容に腹が立ったのだ。
「あんたがボロボロになるまで読んでたんでしょうが! 毎回、毎回なんであんたは怒るの? 怒るなら読まなきゃいいでしょ?」
私はその突っ込みにためらって言葉を失った。まさに言われる通りだったからだ。
毎回、毎回、私は同じ事を繰り返している。本当に読まなきゃいいのにって思う。思うけど……。
私が読んでいたのは恋愛小説だ。
内容は幼稚園からの幼馴染と高校生になって結ばれる(恋人同士になる)というもの。
小説によくあるお互いに好き同士だったけどなかなかひっつかなかったという奴だ。
そして、高校生になった二人はお互いの気持ちが解り、そして最後にひっつくという恋愛もの。
まさに、私の理想の恋愛だったりした。まぁ理想なんだけどな。
「あのね鈴音、ぶっちゃけ小説にあたっても何にもかわんないよ? っわかってる?」
「わかってんよ! そんなの!」
目を細めてベッドから私を見下ろすのは親友の冬香だ。
冬香は中学時代からの親友で、高校は学校が違ったけど、まだ付き合いが続いている。ようするに親友だ。
だから、冬香には私の秘密や隠し事も結構話してきた。
だからこそ、今日のこの反応が出ているんだけど。
「じゃあ読まなきゃいいじゃん。怒るくらいなら最初から読まないでよ。それも私の家に来てまでさ……」
あきれ顔でため息をつく冬香。こんな顔を見たの初めてじゃない。私は何度もこの表情を見ていた。
「あ、あれだよ、たまたま棚に……目立つ場所に入ってたから読んだだけでしょ!?」
なんていい訳をするけど。
「はいはい。自分で目立つ場所に置いてそういう台詞を吐くんだね。わかったわかった」
「うぐ」
「確かあんたさ、その小説のシチュエーションが理想だとか言ってたよね?」
冬香は本棚からボロボロになった恋愛小説を取り出すと、ぱらぱらとページを捲った。
「あんたも本当にこの小説の恋愛が理想なのね? こんなになるまで読むんだもんねぇ……」
そう言われて自分の顔が熱くなるのがわかった。
「お、面白かったんだから仕方ないだろ!」
なんて言ってみるが。
「はいはい。でもさ、もういい加減に諦めたら? 正直に言ってさ、幼馴染と恋人同士になるなんて都市伝説に近いと思うけど? 私だって隣の男子とは幼馴染だけど、まったく交際の「こ」の字もないよ? もちろん「さ」の字もないよ?」
そう言いながら冬香はカーテンをシャット開けた。
「あっちだって私の事はどうも思ってないと思うしね」
冬香は目を細めて隣の家の方を覗いた。
隣の家の窓には青いカーテンが見える。あそこが冬香の幼馴染の部屋みたいだ。
「で、でもさ……でも! わ、私は幼稚園の頃からずっとあいつの事が好きだったし、今でも好きだし、あ、あいつだって小学校の時に私と結婚してくれるって言ってたんだぞ!?」
恥ずかしい衝動を押さえながら言い放つが冬香の表情は冷めていた。
「いやいや、幼稚園とか小学校の時の話は出しちゃだめでしょ?」
「で、でもさ」
「でもじゃないわよ。じゃあ、小学生の時に野球選手になるって夢を書いた男子が野球選手になってる? 看護婦になるって女子が看護婦になってる? 私なんてパン屋さんとか書いたけど、今はまったくその気ないよ?」
確かに、冬香の言う事はもっともだ。
小学校の時の約束なんてあってないようなものだ。
そんな時代の話を鵜呑みにしてもダメだって私だってわかってる。だけど……。
「し、信じたっていいでしょ!? 乙女が夢を見て何が悪いの?」
そう、私はずっと信じていたかった。私を好きだって言ってくれた幼なじみのあの笑顔を。
しかし、私の親友は小馬鹿にしたようにフッと笑うと、私に向かって低い声で言い放った。
「あんた、自分で夢だってわかってるんじゃないのよ」
その言葉が私の胸を貫いた。グサっと痛む胸。私は胸を押さえる。
そんな私に冬香の追撃。
「それにさ、あんたの幼なじみにはもう彼女いるんでしょ?」
会心の一撃だった。
心臓が貫かれたような痛み。私は死にそうなダメージを受けて両手で胸を押さえた。
「何よ? 私は本当の事を言っただけでしょ?」
グサグサっと更なる追撃が私のなくなった生命力をさらに削る。
「彼女いるんだよね?」
わかった。もうわかったからやめて。
「いるんだ・よ・ね?」
く、くそー!
「そんなの認めたくない!」
冬香のため息が聞こえた。このため息も私は何度み聞いている。
「あのね? 認めたくない、イコールで彼女いるって事になるんだよ?」
「……もう言わないでよっ!」
「あきらめなよ?」
「やだ」
「やだって言っても何も始まらないよ?」
私は頭を抱えたまま床にへたり込んだ。
脳裏に浮かぶのは大好きな幼なじみの顔。
私は……。私はずっと前から幼馴染のその男の子が好きだった。
いや、今でも好きだ。
そして、私は前から幼馴染との絆は深く強いとずっと信じていた。
あの小学校の時に聞いた「好きだ」という言葉もずっとずっと聞けると思っていた。
いつか恋人同士になって、結婚して、子供が出来て、幸せな家庭を築けると思っていた。
だけど現実は違った。
そうじゃなかった。
小学校の高学年になった頃からだんだんと彼が私から離れていった。
趣味が合わなくなった。一緒に遊ばなくなった。
私はそれでも彼が好きだった。
だから、私は彼に合わせた。趣味とか行動とか……。
彼が漫画が好きだと言ってたから漫画を読んだ。
彼が活発な元気な子がいいって言うから運動を頑張ってみた。
弱い女子はいやだって言うから、男の子みたいな口調で頑張った。
すべては彼の為だった。
私は頑張った。
私は彼好みの女の子になる為に頑張った。
そのはずだった。なのに……。何でなの?
私は漫画や小説を小学校の頃から読み漁ったよ?
アニメだっていっぱい見たよ?
いつか「やっぱりお前とは趣味があうな。そんなお前が好きだ」とか言われると思ってたよ? なのに何で?
幼馴染みで趣味が合って、それで好みの女の子って完璧じゃないの?
でも……違った。
そんな事はなかった。
「あいつなんて死んでしまえ!」
冷たい床に向かって私は怒鳴った。
「こらこら! そんな事を言っちゃダメでしょ?」
「いいじゃん! 私の勝手でしょ!」
「そりゃ勝手だけどさ? 勝手だけど……」
高校二年の春だった。あいつに彼女が出来たんだよね……
その彼女は私じゃなかったんだよね……
「そんなに凹むならさ、あいつに彼女が出来る前に告白すりゃよかったのに」
「そんなん……できるか! 私がなんで告白とか……しなきゃだめなのさ!」
「だって、あいつが好きなんでしょ? 好きだったんでしょ? だったらぶつけてみればよかったじゃん」
「やだっ! 何で私からなのよ!」
私は冬香の言葉をすべて床に向かって返していた。
瞳から少しだけ溢れる水滴を見られたくなかったから……。
「あいつは小学校の時にっ……私にっ!」
「だから、小学校の話題はもういいって! さっきも言ったでしょ!」
私の顔がぐいっと持ちあげられた。
滲む視界の中に親友のゆがんだ表情が見えた。
そして、深くため息をつく。
「な、何だよ?」
強がって言い返してみるが、今の私の声は震えている。
「あのさ、あんたにゃ悪いけどハッキリ言わせてもらうね?」
ぐいっと涙をぬぐって親友を睨んだ。
「何をだよ!」
そしてぐっと歯を食いしばった。
「正直に言ってさ、あいつ格好いいし、頭いいし、運動も出来るし、確かに前はオタクっぽさあったけどさ、今はあいつ大人気で女子にモテモテなんだよ?」
「そ、それがどうしたんだよ!」
「それに比べてあんたってどう?」
「ど、どうって……」
「頭よくないでしょ?」
グサ……
「運動だっていまいちでしょ?」
グサグサ……
「顔だって……まぁ……普通だけどさ」
「だ、だから何よ!」
「あいつとあんた、釣り合ってないよ?」
ドスっ!
胸を……杭で貫かれた。
「うぐっ……」
そんなハッキリ言わなくってもいいじゃん。
そりゃ自覚はあったさ……
私はまるで男みたいな黒髪に短髪。低くて可愛い訳でもなく、高くて格好いい訳でもなく、女子にしては中途半端な身長。
化粧もできないし、口調だって女らしくない。
正直、自分の写真を見ても可愛いなんて思ったことすらない。でもさ、
「これは彼ごのみの女子になるために頑張った結果なんだからっ!」
しかし、彼女は目を閉じて首を横に振った。
それはハッキリと私の意見を否定する前動作だ。
「さっきも言ったでしょ? 小学校とか幼稚園の時の言葉を信じちゃ駄目だって。あんたは鵜呑みにしすぎだったんだよ。私と同じ年代の思春期の男子は可愛い女らしい女子にあこがれるようになってるんだよ」
「で、でも……」
「じゃあ、あんたさ、小学校の時に一緒にママゴトしてくれる男子とか楽しかった?」
「そ、そりゃまぁ……」
「でさ、高校になってまでママゴトする男子は好き?」
「……えっ?」
「あんた……素直すぎなんだよ」
もしかして、私って……馬鹿なのか?
「あんたも馬鹿よねぇ」
ハッキリ言われて凹んだ。
「でも、でも、それでも彼が言った言葉なんだぞ? それに、世の中には釣り合ってないカップルもいっぱいいるし! 私だって!」
しかし、私の些細なる抵抗は親友によってずたぼろにされた。
「それじゃあさ、彼の今の恋人を思い出してよ」
彼の恋人。ゴールデンウィーク前に出来た彼女。
「あいつの彼女ってすっごく可愛いよね?」
確かに可愛い……。私とはまったく違うタイプだ。
「あの子、料理もできるらしいよ? あんた出来る?」
私は……料理なんて出来ない。だって、彼は料理が出来る子が好きって言わなかったから。
「あの子って大人しくって、やさしい女子らしい口調だって」
そう、彼女はとても可愛い口調だった。本当の意味で女の子だった。
「特技はゲームじゃなくって、裁縫らしいよ?」
私は彼がゲームを一緒にしようって言ったから始めただけなのに……。
「お化粧だって上手だし」
私は化粧なんてできない……。
「あんた、何か勝てる? 女子力的に?」
「ぞ、ぞんなにいばなぐてぼ……いいでぼ……」
さっきよりも私はひどい状態になっていた。
声が震える、涙が止まらない。
自分がどんな馬鹿な女なんだって後悔しか浮かばなかった。
そして自覚する。私は彼には釣り合わない女になったんだって……。
「な、何よ!? あんた、なんでマジ泣きしてんのよ!?」
頬を伝わる涙がポタポタと床に垂れる。涙が止まらない。
いつもは私は強がってるけど、本当は涙もろい。
小学校の時からそうだった。
『泣き虫はやだ』
彼はそう言った。
だけど、結局は泣き虫だけは直らなかった。
だから、私は泣きそうになると彼の前から姿を消すようにしていたんだ。
「うわぁーん!」
私は涙腺が崩壊したかのようにいっぱい泣いた。
「もうっ、ここで折れてどうすんのよ!? あんただって頑張れば逆転できるかもじゃん? そんなにボロボロ泣かないでよぉ」
本当に困った顔で私を見る冬香。
だけど、涙は止まらない。
「ぞんなの……いぶのは簡単じゃん……」
それが出来ないからこんなに涙が出てるんだから。
「ほらっ、涙をふいてって、もうっ、あんたは……まったく!」
ハンカチで私の顔を拭いてくれる冬香。
「冬香ぁ……やだよぉ……このままおわっじゃうの……やっぱやだぁ……」
それが私の本音だ。でも……無理。
「鈴音……」
「ぜめて……ごの想いだげは……伝えたいよぉ……」
そう言ったら、ぎゅっと冬香が抱きしめてくれた。
「もうっ、思考だけはちゃんと乙女なんだから……」
私は……理解している。彼と恋人同士になる。
そんなのもう無理だってなんとなく理解はしている。
私も子供じゃない。
だから、小説みたいな恋愛はありえないって今はわかってる。
可愛い彼女に告白された彼はもう彼女と付き合い始めている。
そんな彼にいまさら私がなにが出来るんだ?
いきなり彼女を捨てろって言うのか?
私を彼女にしろって言うのか?
そんなのできるはずない。
もし、私が彼の彼女だったら……そんなのされるのやだから。
でも……。
だけど……。
「わたじだって……女の子だもん……」
それでも私は彼が好き。
せめてこの想いだけは伝えたい。
せめて気持ちだけは……知っておいてほしい。
幼稚園でも、小学校でも、中学校でもない。
あの頃の軽い好きじゃない私の本当の好き。
高校生になって、大人になって、それでもまだ好きだというこの気持ち。
本当の私の気持ちを彼に知って欲しい。
いや、欲しかったんだ。
だけど、今の私にはそんな勇気はない。
そう、私は臆病ものだから。
彼女と彼との関係を壊す勇気もない……。
★☆★
あれから二ヶ月が過ぎて夏休みに入った。
彼とも疎遠になり、登校も下校も一緒っていう事が減った。
一人で帰宅する途中で空を見上げた。
白い雲が青い空を流れてゆく。
立ち止まった私を一年生の男女二人組が追い抜いていった。
「でさ、今度の休みにさ……」
「いいねっ! 私もいきたい」
仲のよさそうな二人の声はそのうち聞こえなくなった。
ふと思い出す。
一年の終わりまでは毎日一緒に彼と通学していたんだよな。
同級生には「お前らいつ付き合ってないのかよ?」なんてからかわれたり、「お前ら夫婦みたいだよな」なんて言われていた。
いつも私は「ふざけるな!」とか「なんで幼馴染みと付き合わなきゃいけないだよ!」とか言って冗談として流していた。
でも、本当は、私は冗談でもそれが嬉しかった。
周囲もそういう認識だったから、彼もそういう意識があった……と思ってた。
そのうちそれが現実になるのかなって思ってたんだけどなぁ。
でも、現実ってつらい。
思った事は思った通りにならない。
ゴールデンウィークに入る前に彼は可愛い彼女に告白をされちゃった。
そして、付き合う事になったんだよね。
「暗いぞ! 超暗いじゃん! めっちゃ暗いって! 夜みたいに暗いぞ鈴音!」
気がつけば親友が目の前に立っていた。
眉を中央に寄せて下から見上げるように私を睨んでいた。
「ど、どこが暗いんだ! 私はこの通りの明るさだ! それに、夜が暗いのはあたりまえだろ!」
ボケに突っ込み。これも冬香のやさしさだ。
私を明るくさせようって頑張ってくれている行動なんだ。
「どこがって、どう見ても暗いでしょ? マジでしんみりしちゃってさ、あんた、まだ彼の事を考えてるの?」
「えっ? あ、うん……」
「まったくもって未練たらたらだねぇ」
「悪い?」
「いやいや、悪くはないよ? でも、そこまで彼に一途なんて、現代の日本には珍しい女子だよね、マジで」
半分呆れたように彼女はおでこに手をつけている。
「それって褒めてるの?」
彼女はニヤリと微笑んだ。
「ううん、呆れてるだけよ?」
☆★☆
遠見冬香
私の唯一無二の親友だ。
中学校からの付き合いなのに、ここまで仲良くなるなんて最初は想像してなかった。
今日はそんな親友といっしょにアニメショップで買い物だ。
秋葉原にあるとあるアニメショップまで遠路はるばるやってきたのだ。
実は、私と冬香が仲良くなった理由のひとつに趣味の一致というのがあった。
同じ趣味の女子同士、すごく意気投合してしまった。
その趣味というのがアニメや漫画だった。
女子でアニメや漫画やゲームの話題についてこれる奴はすくない。
しかし、冬香だけは私の話題についてこれた。
同じ水泳部だったというのもあるけど、単純に部活が一緒なだけでここまで仲良しにはなれない。
「どうしたの? 私の顔になにかついてる?」
「あ、いやいや、何も?」
「ふ~ん……もしかして私が好きなったのかと思ったよ」
「な、なんで!? 私は百合属性ない!」
冬香は笑いながらアニメグッズを物色する。そして、
「しかし、夏休みだねぇ」
わけのわからない事を言い出した。
「夏休みだけど、それがどうした?」
「今日も天気がいいねぇ」
たまにだけど冬香は壊れる。それはそれで面白いんだけど。
でも今日の壊れ方はおかしかった。だいたい、
「外は雨だろ?」
そう、今日は雨だ。なのに天気がいいとか……頭がおかしいって思われるぞ?
「ああ、レインねっ! そっかぁ、レインかぁって、そういう目で私を見ないでよ!」
私は危ない人を見るように目を細めて冬香を見ていた。
冬香は顔を真っ赤にしてフィギアで顔を隠す。
しかし、フィギアかぜんぜん隠れてない。
「さ、さて、上の階にいこっか!」
フィギアを棚に戻すと真っ赤な顔のまま階段へと小走りする冬香。
「あ、待って!」
私はちょっと壊れた冬香を追った。
上の階は同人本のコーナーだ。
冬香はBLコーナーで瞳を輝かせながら物色すると、よほど気に入ったのか、今日は買わないと言っていたのに数冊の同人誌を購入しご機嫌顔になっている。
私はBLには興味がないので普通の同人誌を見ていたのだが、あいつがBLだったら嫌だなぁとか訳のわからない事を考えていた。
《ウィーン》
自動ドアの開く音がした。
買い物を終えた私と冬香は自動ドアをくぐり街へでる。
すると、凄まじい太陽光が降り注いでいるじゃないか。
数時間で日焼けしそうな位の太陽光線がサンサンと降り注いでいる。
さっきまでの大雨はどこいった!?
天気予報も雨だって言っていたのに見事におおはずれだ。
すると、横ではドヤ顔の冬香が無い胸を張っていた。
「ねぇ、鈴音は夏休みはなんかすんの?」
どうだ? 今日は良い天気になったでしょ? とか言うのかと思ったら全然違った。
というか、なんでドヤ顔で言うの?
「なんかって? 何?」
「そうだ、水泳はどうしたの? 私はもうやってないからいいけどさ? あんたまだやってたよね?」
「あ、ああ……」
そう、私は高校でも水泳部に入っていた。
それは彼に水泳できる女子ってすごいって言われたからだ。別に得意って事じゃない。大会だってでた事もない。
しかし、私って本当に彼の良いなりだなぁ。つくづく馬鹿だと思う。
「えっと、今はまだ始まってないかな」
「そっかぁ……」
「うん」
「じゃあさ……」
「ん?」
「あんたコスプレとかしない?」
今の話題からどうしてそうなるんだ!? 今日の冬香は話しが繋がらない場面が多い気がする。
でもなんでいきなりコスプレ? 冬香は本気なのか?
私は冬香のコスプレしてるとこなんて見た事ないぞ?
「よしわかった!」
「へっ? っていうか、なんで腕を掴むんだよ!?」
「君を拉致するからだよ!」
「き、君を拉致!? っておい!」
私は彼女の家に強制連行された。
まだ私は買い物が終わってないのに!
☆★☆
「ありがとう! コスプレに興味を持ってくれて!」
満面の笑みの冬香だが。
「いや、私は興味があるなんて言った記憶はない」
「でも、ここに来たって事は興味があるって事だよね?」
確かにその言葉は否定できなかった。
私は興味があるからここに来てしまった。
断ろうと思うえば断る事もできたのに……。
「そうだ! あんた犬紳士はまだ見てるんでしょ?」
犬紳士とは深夜のアニメの事だ。最近になって第二期も始まった人気アニメだ。
「あ、うん、見て無くはないけど」
「じゃあ、それに出てるキャラのコスプレしてみない?」
「犬紳士のか?」
「そう、それのキャラのコスプレ」
そう言うと彼女は私の体を舐めるように見まわす。
そして、おもむろに胸を鷲掴みしやがった。
「な、なにすんだよ!」
「あんた、見た目よりも結構あるんだねぇ? なんで隠してたんだい?」
冬香はもにゅんもにゅんと私の胸を揉み上げやがる。
「か、隠してない! なんで隠す必要があるんだよ!」
「じゃあ、このサイズの合っていないブラはどういう事かな?」
すーっと腰あたりから手を服の中に侵入させたかと思うと、ぐいっと一気に私の背中に手を回す。
あっ!? と思った時には私のブラのホックは外されていた。
ぽんっと弾けるように私の胸が解放される。
「くそっ! 私の胸が成長しないと思ったら、あんたの胸に栄養を取られていたのね!」
冬香は自分の胸と私の胸を見比べている。
「ないだろ! 絶対にないって! っていうか、私は胸なんていらないから!」
「なっ!?」
冬香は頭を抱えて怒りに満ちた表情で私を睨んだ。
「ぜ……全国の貧乳女子に……ここで土下座をして謝れぇ!」
そう怒鳴りながら瞳を潤ませている冬香。マジで怒ってるのか!?
「いや、なんでそうなるんだ?」
「乳がいらないなんて贅沢すぎるんだ! この隠れCカップめ!」
「い、意味わかんねぇよ!」
「CのくせにBのブラとか! サイズ気にしろ馬鹿!」
「だ、だから何で私がそこまで言われる!?」
マジで冬香は意味がわからない事が多々ある。
それについていく私も私なんだけど。
「まぁいいわ。私はこれから成長する予定だから、今は見逃してあげましょう」
そう言いながら冬香は涙を私の服で拭いた。
「な、なんで私の洋服で拭くの!?」
「服だから? 拭く?」
なんか、疲れた……。
「話を戻すけど、あんた見た目以上に細いしさ、絶対に男装のコスプレが似合うと思うんだ。髪だって短いから好きなウィッグだってつけられるしさ!」
さっきまで怒っていたのが嘘のように、まるで新しいおもちゃを目の前に置かれた子供のように目を輝かせている冬香。
そして、私をコスプレさせる気まんまんすぎるだろ。
「いやいや、似合わないって!」
「似合うから!」
「いやいや無理!」
「なんだよ! 興味がないのかバカヤロウ! ヤロウじゃないや!」
また壊れた。もう疲れる。
「いや、興味はなくはないけどさ」
「おお! じゃあさ、じゃあさ! 今からコスプレするから!」
「えっ!?」
私が了承の返事をする前に冬香は自分の部屋へと走って行ってしまった。
なんだその行動力は!?
☆★☆
1時間後
私は見事にコスプレされていた。
いや、実際は私もしてみたかったんだけどね。
しかし……。
「やばいぃぃ、素材が良すぎたぁぁぁぁ」
冬香が頭を抱えて吼えているのはなんで?
「素材って私かよ?」
「そう、あんたよ! あんたしかいないでしょうが!」
「いやいや、ありえんだろ?」
「いやっ! 認めないわ! 絶対に認めないわ!」
話がかみ合ってないぞ?
「さぁ見るがいい! この地球の恵みを受けて転身を遂げたお前の真の姿をっ!」
「えっと、あんた中二病だったっけ?」
「いいから見なさいよ!」
そう言って手鏡を私に向ける冬香。
その手鏡にうつった自分を見て、私はおもいっきり動揺してしまった。
いや、おかしい。どうしてこうなったんだ?
「待って! 男装って言ったよな!?」
「うん、言ったよ?」
「ちょ、ちょっと姿見はあるか?」
「おう! がってんばっちよ!」
それは何処の言葉だよ?
そして、私は用意された姿見を見てまた愕然とした。
「どうよ? 可愛いでしょぉ? ふふっ」
私が執事の服を着ているのは理解できる。男装だって着させられたからな。
で、その後に目を閉じろと言われてから……。
鏡の中にはピンクの髪の可愛い女の子がいた。
薄化粧をして茶色いカラコンまでいけている。
「いやいや、どうしてこうなったんだ? おかしいと思ったんだよ。化粧までするから!」
横を見れば、冬香がおなかを抱えて大笑いをしている。
「あはははははっ」
「ここは笑うポイントじゃない!」
「あはは……だってぇ……あんた、その胸で男装とか無理に決まってるでしょ?」
そう言いながら私の胸を指差した。
「しっかし、ブラのサイズちっちゃかったねぇ? 自分の胸を押しつぶしてどうするのよ?」
そう言えばきっついなって思ってた。けど、
「ブラなんて買うのも面倒くさいだろ!」
「ダメだなぁ! 君はっ!」
ドーンと人差し指をおでこに当てられた。
「あんたはもっと女子を磨きなさいよ。ぶっちゃけ素材はバッチリなんだからさ。勿体ないなぁ、可愛くなれるのにならないとか」
いきなりそんな事を言われても困る。
いや、私って可愛いのか?
一気に上がる熱。恥ずかしくって真っ赤になっているのか?
「顔を真っ赤にするとか乙女ねぇ……今のあんたを見れば、きっとあいつだってあんたに振り向くんじゃない?」
「い、いや、それは……そ、そうかな?」
本当に今の私ならあいつは振り向いたのか?
「でもダメね。今のあんたはダメね! 自覚がなさすぎだよ。ちょっと待ってなさいよ?」
「な、何だよそれ?」
そして、冬香が自分の部屋から用意して来たのは、冬香が通う女子高の制服と茶髪ウィッグだった。
「な、何をするんだ!?」
「黙って弄らせろぉ!」
「ひゃぁぁぁ」
私は冬香のなすがままに弄り倒された。
執事服を脱がされ、下着一枚にされてからニーソックスを履かされ、今まで経験した事の無いレベルのスカート丈にさせられた。
「ぱ、ぱんつ見える!」
「大丈夫! 減るもんじゃない!」
「そういう問題じゃない!」
そして化粧をされ、ウィッグをつけられ……。
「完成よ!」
自信まんまんに完成宣言をする冬香。
「すっご! さっそくスマホで写真とろっと」
私が何を言う前にカシャリと写真を取られてしまった。
「な、なにやってんのよ!?」
すると、ふふふと怪しい笑みを浮かべながら写真を私に見せる冬香。
「どうよ? これ、あんたに見えないでしょ?」
「えっ? これが私!? マジ? うそ!」
「嘘じゃない。これはあんた。そして、あんたはこうなれる可能性を秘めているんだよ」
写真に写っていたのは可愛らしい女の子。
私はその女の子に目を奪われた。
でも、それは私だ。コスプレをした私なんだ。
胸まである軽いウェイブのかかった茶髪に茶色いコンタクト。そしてしゃがめば見えそうな丈のスカート。
透けそうな白いシャツの下にはピンクの可愛らしい下着が透けている。
あ、この下着はお姉さんのらしいです。
「い、いやらしくないか? これ……」
「ノンノン、この位はしないとだめだって」
「そ、そうなのか?」
「そうなの! 現実に可愛いじゃん! 悔しいくらいにっ! 返せ、私の美貌を!」
「いや、奪った記憶はない……」
「私に無いのは胸だけじゃなかったのね……」
がくりと乙女座りをして少し涙目になった冬香。
本当に悔しがっているなこれ。
でも、なんか自信が出てきたかもしれない。
「私もこういう格好をすれば……あいつに振り向いて貰えるのかな?」
「うん、振り向いて貰えるよ♪」
気が付いたら立ちあがっていた。それも笑顔。
あんた復活早すぎ。
「でも、今さらじゃないか?」
「馬鹿ね、恋は奪ってなんぼでしょ」
「奪うって……そんなの出来るはずないだろ」
「そう思ってるから出来ないんじゃない?」
冬香は奪えよっ! と心で念じているのか、すごい形相で私を睨んだ。
でも、本当に今さらだ。
今さら彼に振り向いて貰おうとか……無理だ。
「あーもう! また暗くなるぅ!」
「えっ、でも、だってさ……」
「ダメね! 自信ないの? すっごい可愛いのに!」
冬香はそう言ってるけど、可愛いって思っているのはもしかして私たちだけかもしれないじゃないか。
私たち二人は、要するにはオタクに近い部類の女子だし、一般人とは感覚が違うかもしれない。
彼だってこんな格好の私が可愛いって思うかわかんないだろ。
「ねぇ、本当に私って可愛いのか?」
「何よ? マジで自信ないの? それとも地球よりも月がよかった?」
「いや、どっちでもいい……」
「まぁ、ともあれ、あんたは可愛いよ! 私はそう思ってる! 絶対にモテモテになれるよ!」
「でもさ、実際はあれだし……もてた事ないし」
告白どころか、お友達になってと言われた事もない。ネット以外で。
「そっか、じゃあ解ったわ! あんたが可愛いか検証しましょう!」
「えっ!?」
冬香は私に黒鞄を押しつけると、いきなり私の手を引っ張った。
★☆★
「な、なんでこんな格好で駅前に来るかなぁ!?」
私はなぜか彼女の住んでいる街の駅前に立っていた。
冬香はドヤ顔でタウンワークを持っている。
で、なんでタウンワークを持って来た?
「ここに来たのはあんたが可愛いか検証するためよ。それであんたが可愛いと認定されたら、あんたは変わるのよ? 変わって彼にアプローチするのよ?」
「いや、えっと?」
「彼女がいたって逆転できるよ! まだ付き合って浅いんでしょ? だったら彼から告白させる位にがんばれよ! 彼の自宅へ電話なら大丈夫! ここに電話帳があるから!」
ああ、そういう意味でタウンワークなんだ……。
「いや、するなら携帯にするし」
彼女は驚きの表情でタウンワークを地面に落とした。
「そ、そうよね……」
うん、今は自宅に電話する奴なんていねぇよ。
「と、取りあえずは、あなたがここでモテモテなのを証明して、彼女から彼を奪いとるのだ!」
そう言って彼女が右手を突き上げた。
なんでか無駄に格好いい。
「いや、無理だから」
でも、これが私の本音。
すると冬香はいきなり激怒した。
「無理、無理、煩いな! やってもないのに無理とか言うな! それに恋愛相手は彼だけじゃないだろ! あんたにはまだまだ恋愛をする時間もあるし……だから……」
俯き震える冬香。
「冬香、わかったよ、そんなに怒らなくってもいいだろ?」
冬香はばっと顔を上げて、がっしりと両手で私の顔を固定した。
「えっ!?」
「今からあんたはここでナンパされるのよ。その相手が良い人だったら、もうそいつと付き合え」
とんでもない事を言われた。
「いや、なんでそうなるんだ?」
「彼を諦めるんだろ? だったら新しい恋でも見つけてしまえよ! だからナンパされろ!」
理論がぐちゃぐちゃだけど、本気で言っているって私にはわかった。でも、
「この格好でナンパされるのかよ?」
「そうよ!」
待って、今の格好ってあんたの女子高の格好だけど!?
「無理無理」
「それはやってから言え!」
「いや、だからここって私の住んでる駅じゃないけどさ、でも私の学校の知り合いとかはいる可能性あるだろ!?」
しかし、冬香はまったく動じない。普通にチチチっと指を振ると、
「大丈夫だ! 問題ない!」
「待って、どう問題ないのさ!」
「いや、言ってみたかったんだ」
マジで今日の冬香はおかしい。
そして、突然冬香が大人しくなった。
「大丈夫だよ。声のトーンを変えればあんただってわかる人はいない。それくらいに変わってるから」
「でも……」
「さっきのナンパされたら付き合っちゃえも冗談。そうそう諦められないって私だってわかる。だけど、あんたはもっと自信を持ってほしい」
「冬香……」
「彼と恋人同士になれなくっても、恋はまだ出来るんだからね?」
優しくそう言ってくれた冬香。涙が出そうになった。
でも、だけど、私は彼が好きだ。
私は瞼を閉じて胸に手をあてる。
ドキドキと脈うつ心臓。
彼の事を想うだけで心拍数が高くなる。
ぽんぽん。
ぽんぽん?
誰かが肩を叩いた? 冬香?
瞼をあけると前には誰もいない。
さっきまでいた冬香もいない。
ぽんぽん。
また叩かれた。そして、私は振り返った。
すると、そこには男子が3人立っているじゃないか。
それも私と同じ高校の男子でおもいっきり見覚えがある。
「……ぁ」
やばい、どうしよう。いきなり同じクラスの顔みしりとかないだろこれ!
「と、冬……あれ?」
周囲を見渡すが、冬香の姿がどこにもない。
なんで? なんでいないのさ!
「ねぇ、君って●●女子の子だよね?」
冬香の通っている高校の名前だよな?
私だって気がついてないのか?
え、えっと……ここは声質を換えるんだっけ?
しかし、私は声優オーディションにいっかい落ちてる!
「あっ……えっと……」
も、もうちょい高い方がいいのか?
「その制服はそうだよね?」
「は、はい」
こ、この位で? どうだ?
しかし、どうしようか? この現状。
クラスメイトを相手に騙すとか、どんなドッキリカメラだよ!
手に汗握るというか、すごい緊張して私が倒れそうだよ!
「君、すっごい可愛いね」
「えっ? わ、わたしですか?」
か、可愛い? いま可愛いって言ったのか?
「そうだよ? 他に誰がいるの?」
やばい、どうしよう。可愛いって人生で初めて言われたぁぁぁ! こんな糞男子に!
どうせ言われるなら彼がよかったぁぁぁぁ!
「何だ? 両手で顔を隠しちゃってさ、顔まで真っ赤じゃん。マジかっわい~」
お前らに照れてるんじゃない!
くっそ、可愛いを連呼されるのもなんかムカつくな。
「いや、えっと、あのぉ……」
「ここで何してたの?」
えっ? わたしの可愛いさの検証実験? なんて言えるはずないだろ馬鹿!
くそ、こういう場合はどう受け答えすればいいんだこれ!?
私は女子高生じゃないからわかんねぇって、違う! 私だって女子高生だろ!?
でも、こんなの初めてだし……。
「ねぇ、俺らがおごるからさ、どっかいかない?」
「いや、えっ!?」
流石にどっかに行くのはまずいだろ?
それにどっかてどこだよ?
固有名詞を出せ!
ま、まさかホ……ホテ……。
「喫茶店に行こうよ。お茶しようよ」
ええと、固有名詞をありがとう! そして、私の馬鹿ぁぁぁ!
何カンガエテルノサ!
「また真っ赤になっちゃってる。可愛いなぁ」
「うぅ……」
や、やっばいな。ここは断らないとダメだよな!?
このまま連れて行かれるとかありえない選択だろ?
「じゃあ行こうか」
ええと、私は強引に手を持たれていました。
「!?」
言葉がでない。
私は焦ってる!?
「おっ? いいねぇ、ノリノリなのかな? 文句言わないんだね」
いや、声が出ないんだよ!
「じゃあ、行こうか」
私は半場強制的に引っ張られた。
「は、はなしてください! わたし、行きませんから!」
本気で暴れてしまえば振り切れるかもしれない。
でも、ここで暴れてウィッグでも落ちたら、自分の正体がばれてしまう。
そんなの最悪だろ。
だからって、こんな訳のわからない男といっしょに喫茶店に行くなんて嫌だ。
でも普通に逃げられない。こいつの力って強すぎだ。
「いいじゃん。変な事はしないからさ」
そういう振りをする奴ほどするんだよ! 男はみんな狼なんだよ!
私は漫画でそういうのをいっぱい見てるんだよ!
「そういう問題じゃないです!」
「いいじゃん!」
「やだっ!」
「手は握らせた癖に強情だなぁ、マジ」
お前らが勝手に持ったんだろうが!
「行かないって行ってるのにっ」
しかし、相手も三人。
私は強引に腕を引かれまくり、あまりのしつこさについに心が折れた。
「やっと大人しくなったな」
やばい、なんか悲しい。すっごい悲しい。
でも、いっしょに喫茶店に行けば解放してくれるんなら……諦めようかな。
「じゃあ、行こうか?」
答えなくても強制的に私は手を引かれた。
一歩、一歩と引っ張られていると、
「おい、待てよ!」
「えっ?」
私の知っている声が聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは彼だった。
そう、私の大好きな幼馴染の彼だった。
「おい、お前、大丈夫か?」
心配そうな顔で私に投げかけてくる優しい言葉。
そんな言葉に思わず目頭が熱くなった。
「うう……怖かった」
「そっか、怖かったか」
「うん……」
しかし、割り込んできた彼を良く思っていない奴がいる。
そう、私をナンパしたやつらだ。
「おい、お前、何様だよ? いきなり割り込みやがって」
「そうだ、邪魔するな!」
喧嘩腰に睨みをきかせる男たちに、私の心臓ははち切れんばかりに鼓動を早める。
「わ、私の事はいいですから、ここから逃げてください」
そして、思わず出た本音の言葉。
彼が1対3の喧嘩をしても勝てるはずがない。
そう、私は彼は喧嘩は強くないのを知ってる。
そして、彼に何かがあったら私は一生後悔する!
「馬鹿か? こんな状況を見過ごせるかよって」
ああ、もうだめだ。
彼が超絶格好いい。
これが助けれた女子補正なのか?
それでも……。
今の彼が女子にモテモテなのが理解できた。
あんな可愛い彼女が出来たのが理解できた。
私が……彼女になれなかった理由が……理解できたよ。
「お前、やんのか!」
「待てよ。同じ学校、同じ学年同士でやるとかやらないとか、ないない」
「じゃあ、何で俺らの邪魔すんだよ!」
「いや、ごめん。俺はお前らに言わなきゃいけない事があるんだ」
「何だ? 言わなきゃいけない事って?」
「そう。ええと、すまんな。こいつ、俺の彼女だから」
彼が私の手をギュッと握ると、何の気なしにとんでもない一言を放った。
「えっ? えっと?」
彼は私の瞳を見詰める。私も彼の瞳を見詰め返す。そしてニコリ。
私は胸を射抜かれた。これがあのドキューンって奴!?
「ごめんな、待たせてさ」
もういいや。これはこれでいいや。
きっとこのシーンを脱出する為の彼のアドリブだってわかってる。
私はウィッグつけてるし、他高の制服だし、声質もかえてるし、化粧してるし、私だってわかってないって理解してる。
だけど……もういいんだ!
私は今のこの夢のような展開が続けたいんだ。
彼と一瞬でも恋人の振りをしてみたかったんだ。
「ううん、ぜんぜん大丈夫だよ? ちょっとナンパされてびっくりしちゃったけどね」
私は出来る限りの笑顔で答えた。
それを見ていた男たちは「なんだよ、先に言えよ」と言い残して去って行った。そして、
「あ、すまん、ちょっとだけ待っててくれるか?」
「えっ?」
彼はスタスタと20メートルくらい離れた路地へと歩く。
彼が路地に近づいた時に、路地の中から彼女が現れた。
そう、本当の彼女だ。
私は二人が見合うのを見て心臓が口から飛び出しそうになった。
吐きそうな位に動悸がした。
彼は彼女に何かを告げるとペコペコと頭を下げている。
そうだ、彼女がいるのに私を助ける為にあんなとんでもない事を言い放ったんだからな。
このままじゃ、私のせいで彼女と仲が悪くなってしまう。
私は……ここにいちゃダメなんだ。
「た……助けてくれてありがとうございましたぁ!」
大きな声でそう叫んで、私はその場から逃げた。
★☆★
「あんた、なかなかドラマチックな展開を起こすわね」
まったく悪気の無い親友、冬香。
あの後、私が彼女のマンションまで戻ると、なんと後から追っかけてきていた。
彼女は物陰に隠れて様子を見ていたらしい。
いざとなれば助けたと言っていたが、どこまで本当やら。
「何がドラマチックだよ! まったく……」
「そう怒らないの。結果的にはあんたの好きな彼に助けてもらったんでしょ? よかったじゃん」
確かにそうだけど、
「でも、私だって気がついてないんだから、意味ないだろ!」
他人のふりをしていた私に気がついているはずがない。
「惜しいわねぇ」
「惜しくない!」
「惜しかったじゃない? あの時に私だよって言えばよかったのに」
「えっ?」
そうだ、そういう考えもあったのか? って、彼女がいたんだ。出来るはずない。
「しかし、欲しいわね」
「何がよ!」
「あんたの胸くらいの大きさの胸よ」
冬香は相変わらずだった。
★☆★
疲れた。今日はすっごく疲れた。
もう20時だし、なんでこんな遅くなっちゃうんだ?
部活がない今日は新作アニメのブルーレイBOXを夕方から堪能しようと思ってたのにさ。
「明日から部活なのに……」
私は意気消沈したまま家へと向かった。
次の角を曲がるとそこが自宅だ。
「あ~あ……海人の馬鹿やろうが……」
「誰が馬鹿だよ」
角を曲がった途端に、目の前に現れた大きな影。
腕を組んでじっと私を見下ろす知った顔。
そう、彼だった。幼馴染の海人だった。
「か、海人? こんなとこでなにしてんだよ?」
「お前こそ遅かったな」
「な、何よ? あんたには関係ないじゃん!」
「ん~関係? ないのか?」
「何よ! 文句あるのか? どうせ今日も彼女とデートだったんだろ? いいじゃないか、あんたは充実した毎日が過ごせてるんだからさ、私になんて構わないでいいから!」
私が半分怒鳴るに等しい声量で彼に向かって言い切った。
しかし、彼は怯む事も、びっくりする事もなく私を見ている。
なんで? なんでそんな目で私を見るんだよ?
前と変わらない、普通の顔で私を見るんだよ?
私はあんたを普通に見れないのに。
大好きなあんただから、もう見れないのに!
「どけ!」
「なんで?」
「なんでじゃない! 邪魔なんだよ!」
「おいおい、そんなに怒らるなよ。今日はマジでオカシイよな? どうしたんだよ? あの日なのか?」
「なっ! なんで女の子にそんな事を聞けるんだ! ボケ!」
私が振り上げた右腕を彼はぐっと持った。そして、
「だって、昼間はあんな変な格好をしてたしさ」
「へっ? 昼……間?」
一気に体を寒気が突き抜けた。
ぞくっと背中が凍る想いをした。
「な、なんの話をしてるんだ? アニメショップで買い物をしてたのを見てたのか?」
「なんだ? お前まだアニメとか見てるのか?」
「あ、あんたが面白いよってすすめたから見るようになったんだろうが!」
「あ、ああ、そうか。俺がアニメを進めたんだっけ?」
「そうだよ! 忘れるな!」
顔が熱い。寒気が走ったのに熱い。
やばい、もう彼の顔なんて見れない。
俯く私には彼の運動靴しか見えなくなっていた。
「ええと、変な格好ってあれだよ。昼間にうちの学校の男子に絡まれてたじゃんか?」
「えっ?」
やっぱりそうなのか? でも、なんであれが私だって知ってるんだ? というか、バレていたのか?
もしかして、あの時に私だったって知っていて助けたのか?
「あの制服はどうしたんだよ? おまけにカツラまでつけてさ。一瞬おまえだってわかんなかったよ」
「でも……わかったんだ?」
何で私もなんであれが私だって肯定してるんだ?
「わかるさ」
「なんで?」
「俺が何年おまえの幼馴染してると思ってるんだよ?」
私は声を失った。
心臓がぐんと鼓動を増す。
胃から何かが逆流してきそうな程に気持ち悪くなった。
私を私だって気がついてくれたって事実を知っただけで気持ちがいっぱいになった。
「いくら変装してもわかるって」
「……」
「でも、もうあんな真似はやめろよな?」
「……それって、似合わないからやめろって事なの?」
馬鹿な私だ。
どうしてここで助けてくれてありがとうって言えないかな?
こういう部分が嫌われる要因になってるのに。
「違う、だから、あれだよ……」
「あれって何よ!」
「…………」
彼が黙った。何も聞こえなくなった。
私は沈黙が不安になりゆっくりと顔を上げてみる。
すると、目の前に立っている彼は、夜なのに赤くなっていた。
いや、街灯の下でも赤くなっているってわかる位に、本当に赤くなっていた。
でも、何でそんな顔してるんだ?
どしてそんなに顔が赤いんだよ?
私までいっしょに赤くなっちゃうだろうが!
ふっと頭に沸く妄想。
(もしかして?)
アニメでよくある展開。
(違うよね?)
小説でもよくある事。
(ない、ないよね?)
そう、これは奇跡の逆転劇。
(そうなの?)
だけど……。現実はそんなにうまくいくはずない。
(彼には彼女がいるのに……。何を考えてるんだよ……私は。)
ありえない。そんな事は。
(馬鹿だな……)
私は勝手に妄想して、勝手に意気消沈していた。
溜息が出る。情けない。
もう嫌だ、ここから逃げようか。そう思った時だった。
「お前の……そういう姿を他の男に見られたくないから」
彼の言葉が私の動きを止めた。
「そ、それってどう言う意味だよ?」
彼はかっしりと私の両肩を固めると、次に私の目を見据えた。
普段から見慣れている彼の瞳にここまで緊張した記憶はない。
私の心臓は胸を突き破って出てきそうな位に鼓動を早めている。
「お前が可愛いって事は俺はずっと前から知ってたんだ! だから!」
意味がわからない。だから何だて言うんだよ?
でも、そんな意味の無い言葉に私の胸が壊れそうになった。
痛い、痛い、遺体になりそうなほど痛い。
ここに来てまでなんで寒いギャグを言ってるんだ……私の馬鹿。
私は胸を押さえて瞼を閉じた。
「お、おい? 大丈夫か?」
彼の言葉に目をカッと見開く。
すると、彼は私の眼力に怯んだのか、肩から手を話して後ろに下がった。
「お前は何を言ってんだ! あんたには彼女いるのに! 何が可愛いだよ!」
「お、俺はお前が可愛いから可愛いって言ってるんだろうが!」
「うるさい! 私に可愛くいて欲しいなら、もっと女の子らしくしてとか言っとけよ!」
「お前こそうるさいな! それは俺の責任じゃねぇし!」
何それ? 私が海人に好かれたいから頑張ったのに……。
何よその言いぐさ。私の努力って何だったの?
「海人の馬鹿……」
やばい、涙が出る……やばいとまんない。
どうすればいいの? 私はどうすればいいの?
彼の前で……泣いちゃう。嫌われちゃう。
「今から言ってやるよ! 今からでいいから、俺の前でだけ可愛いお前でいてくれぇぇ!」
彼の叫びが私の耳をつき抜けた。
「へっ?」
次の瞬間、私は彼に抱きしめられていた。
「な、なにしてんだよ?」
「お前を抱きしめてる」
「わかるよ、そんなの」
「じゃあ、他に何て言えばいいんだ」
「違うよ、彼女……いるのに……」
そう言いながらも、私の心は嬉しいのと悲しいのがいっぺんに来ていた。
抱きしめられる意味合いを妄想、想像する。
でも、いや、わからない。
「お前はすごい勘違いをしている」
「えっ?」
勘違い? どういう意味?
そして、彼はそんな私の不安をすべて打ち払う言葉を放ってくれた。
「お前が俺の彼女だと思っている女性。あれは彼女じゃないから」
「えっ?」
彼女じゃないってどういう意味?
「いや、確かに告白はされたけど、好きな人がいるって言ったら、お試しでいいから少しつきあってって言われたんだ……すまん」
「何それ……」
どういう意味? 好きな人がいるから? お試し?
好きな人? 好きな人? それって誰? 私? なはずない?
駄目だ、涙がまた出ちゃう。
私がぼろぼろとまた泣き始めたのに気がついた彼は、体をバっと勢いよく話すと、私をぎっと睨んでから私の頬の涙を手で拭った。
「わかんねぇのかよ! 好きな奴ってお前なんだよ!」
「えっ? わ、私?」
回路がショートしたみたいに思考が働かない。
でも、今、確かに彼は私が好きだって言った? このタイミングで?
「聞いてくれ! 俺は……お前があまりにも焦りがないから、俺に彼女っぽい人ができれば、きっとお前が焦って告白でもしてくるかと思ってたんだ」
な、なにそれ?
告白されて嬉しいのに腹が立つ!
「あんたねぇ……私の幼馴染なのに……ずっとずっといっしょだったのに……私の性格……わかってない!」
「えっ? いや、だから……男勝りで、勝気で……ゲーム好きで? アニメ好きだよな?」
「私は海人が男っぽい女の子がいいって言うからそうした! ゲーム好きな子がいいからって覚えた! アニメだって漫画だって全部あなたが好きだったから……」
「そ、そうだったのか?」
「そうだったのかじゃない! 私、いっぱいアピールしてたじゃん! 気がつけ馬鹿!」
「す、すまん」
「馬鹿! マジ馬鹿! ば……か……うぅぅ……海人ぉ……」
「よしよし、泣くな。俺は……そんなお前だから大好きになったんだ……」
また涙腺が崩壊した。
涙が止まらない。
彼の前で……小学校2年生の時以来にこんなに泣いちゃった……。
「俺は小学校の時にお前に好きだって言った。あの時からずっとお前が好きだ」
……小学校の言葉を信じたら……駄目……じゃない?
「本当に? 本当なのか?」
「ああ、嘘を言ってどうすんだよ……」
彼は恥ずかしそうに頭をかいた。
そんな彼を見て、私の心はどんどんと満たされてゆく。
胸の奥に押しつぶしていた気持ちがいっきに溢れでる。
うん、そうだ。そうなんだよ。
今こそ、私も……。
「私も……海人が……」
「俺が?」
想いを伝えなきゃ。
「…………す……き……好き……好きだから!」
私は告白を終えるとおもいっきり泣いた。
「ありがとう、鈴音……」
「うわぁぁん……。馬鹿! 馬鹿! 鈍感! 馬鹿鈍感! 変態! 女子の敵め! 勝手に格好よくなりやがって!」
罵倒している私を、そっと、ぎゅっと抱きしめてくれた海人。
とても暖かい。私は海人の暖かさに包まれた。
そして海人の臭いに癒された。
「あのさ、俺は……あれだ……お前に似合う男になりたかったんだ」
「何よそれ……」
「お前が中学校の時に演劇でジュリエットを演じただろ?」
ああ、そういう事もあったかもしれない。
「その時に、ドレスを着たお前の綺麗さに、可愛さに気が付いたんだよな」
「えっ?」
「俺は思ったんだ。このままじゃ俺は駄目だって」
「どういう事?」
「彼氏がオタクとか、アニメ好きとか、勉強出来ないとか、格好わるいとか駄目だろ? だから、俺は全部を捨てて……お前に似合う男になりたかったんだよ」
そんな……。じゃあ、格好よくなったのも、アニメや漫画を見なくなったのも、全部が私のため? なの?
「そんなの……私はやだ!」
「えっ?」
「オタクでも、アニメ好きでも、ゲーム好きでもいいの! 私だけの海人でいて欲しい……海人には海人でいてほしい!」
そう、私は海人が好きなんだから。
私のために格好よくなんて……ならなくっていい。
いや、なってほしくない!
「お、お前だって俺の趣味に合わせて……」
「煩い! 私は私だ! お前は格好よくなるな! あんたモテるんだから! もうやめてよ!」
すると、彼は苦笑して「わかった」とだけ返してくれた。そして、
「お前も、俺の前だけだからな?」
「それって独占欲?」
「そうだ。可愛いお前は俺だけのものだ」
「な、なにを……」
「あれだ、化粧をして女の子らしくするのは出来るだけ俺の前だけにしろよ? 約束だぞ?」
「し……仕方無いな。わかったよ……でもね? 私からも言っておくけど――「なぁ鈴音」」
いいところで台詞をぶち切られたぁぁ!
なんて恋愛展開の読めない人んだよ!
「……な、なによ?」
「もう一回確認しておいていいか?」
「なにを……だよ?」
「お前は……あれだよな? えっと、俺の彼女だよな?」
「えっ? あっ?」
昼間のあの台詞? って、あれはマジで聞いてきてたのか?
「ふん……今さらだ」
「あはは……だよな?」
互いに気持ちを伝えあったんだ。
いまさら聞いても無駄だよ。いや、聞く必要ない。
「今の私を見てよ。あんた色に染まった私を……これで自分の彼女じゃないって言ったらマジ殺すからね?」
「うわぁ! 殺すのは簡便してくれ!」
そう言った彼は素敵な笑顔だった。私も笑顔で答える。
彼に彼女が出来たという私の勘違い。
そして、どうせ叶わない恋だと諦めかけていた私。
「仕方無いなぁ……」
「どうした?」
絶対に小説みたいな恋愛なんてありえないと思っていた。
幼馴染とハッピーエンドなんて神話だって思っていた。
「海人!」
「おう!」
でも……。うん……。
「今日から正式に私があんたの彼女に……なってあげるから……よろしく……」
小説みたいな恋愛も出来るんだって知った。
終わり
最後までお読み頂きありがとうございました。
この小説は、一回は連載ものにしよかと思って書いていたものです。
しかしながらTS好きな作者が普通に恋愛とかないなと思ってやめました。
というのは冗談ですが、だらだらよりも短編がいいかなって思ってまとめてみました。
相変わらずの文章力のなさですが、好評だったらまた短編も書いてみようかなと思っていますので、評価などお願いできれば幸いです。
しかし、幼なじみと恋愛とか、リアルじゃ神話ですよねぇ……(何があった?)