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獣の譬  作者: 灰撒しずる
軍の兎
18/20

再び穴倉にて

 朝の穴倉は暗い。建物自体が元は一日中利用する目的で作られた物ではなく、光を採る窓が東に無い為だった。それを差し引いても北方領は朝の訪れが遅いので、この時間明るいことなどまずないのだが。

「どうだったって?」

 階段を降りてくる足音を聞いて顔を上げたロドリーグは、開口一番にそう問いかけた。問いながら、盤に最後の駒、赤の魔法使いを置く。

 帽子を脱いでくしゃくしゃと髪を掻いたマティユーは、暗い顔で溜息を吐く。

「今ん所捕まったのは、最初の奴含めて三人。赤い髪の奴は捕まったけど、そっちも、誰もまともに話しやしないって」

 爪先で椅子の脚を引っ掛け、引いてどかりと腰を下ろす。二日前に中断した勝負が間違いなく再現されている盤上を見渡してから、視線を横の椅子に座った相方へと戻した。

 彼らの報告から二日が過ぎて、軍の動きはまた半端なところで停滞していた。

 粉屋の立会いのもとで開かれた件の倉庫の中は、確かにただの物置ではなく、子供たちの秘密基地でもなく、取引の現場に様変わりしていた。零れた小麦粉がそのままの汚れた床には多くの足跡が残り、簡素なテーブルの上には、軍を嘲弄するようにノーニン党から押収された物と同じ麻薬の包みが一つきり置かれていた。

 その後すぐに、宿に潜んでいたガルゥイ教徒二名が見つかって捕らえられ、軍に連行された。遅れて門の近くで捕らえられた赤髪の男はマティユーが予想した通りに、物売りの格好をしていたあの男だった。参考人として連れられた粉屋の主人は、その男に頼まれて、小金が欲しくて大した確認もせずに倉庫を貸したと証言している。

 上手い具合に事が進んだと思われたが、恐らく人数が足りない。ガルゥイ教徒はそもそも聖堂になど行っていない、自分たちは薬を買っただけだの一点張り。赤髪の男や、ノーニン党の党員も皆、口を開かない。持っていた麻薬は押収されたが、取引をしたはずの品や、取引に用いられる手形――照合印と呼ばれる金属板は何一つ見つかっていない。

 ノーニン党とエルガ党の取引に隠れて行われた本命が何の取引だったのか、何処と何処の取引だったのかは、未だ知れぬままだ。

「調査および尋問続行中、か。やっぱちょっと、遅かったよな、今回」

 聞けばロドリーグの、ふっくらとした唇からも溜息が漏れた。

「此処もいよいよ仕事増えそうだなぁ。やだわ俺」

「危ないことも増えそうだし、精々気をつけないとな」

 応じながら、マティユーは先程戦場に戻ったばかりの魔法使いを摘み上げ、動かした。

 木と木が触れ合う軽い音。前を見つめる魔法使いの眼差しは、白の騎士と兵たちを捉えていた。ロドリーグの眉間にはっきりと皺が寄った。

 紅茶色の目で魔法使いを見つめ返し、盤を見渡し――舌打ちする。

「気軽に嫌な手打ちやがって……」

「こっちも気をつけろってことだよ」

 マティユーが笑って返した。睥睨するかの眼差しで次の手を考える相方と共に小さな戦場を眺め、彼も次の予測を立てて手を考える。

 沈黙と共に静かな時間が過ぎた。同僚たちがやって来るにはもう暫し。賑やかな人々がやってくれば、彼らは穴倉の番を交代して一度家に戻ることができる。

「……お前、やめる気はないわけ?」

 ふと、マティユーが顔を上げて問う。

「降参しろって? やだよ」

 ロドリーグは自軍の獣を動かしながら答えた。

「あー違ぇよ。仕事。きっと段々危なくなってくんだぜ、この辺も。情報部とはいえさ、外回りは……だから事務方に回してもらうとか」

 空かさず、今度は赤の祭司が前進する。留まっていた兵を討って盤の外に追いやりながら、マティユーは言う。

 軍人は金銭的な面で見れば確かに好ましい仕事だが、安全か危険かで言えば、危険なほう、と言わざるを得ない仕事でもある。ヴルセリールでも悪党たちの動きも目につくようになってきた昨今、その危険度は否応なしに上がる。

 ロドリーグと妹ナタリー、ベーケ兄妹には、肉親は互いしかいない。だから、と気遣う言葉に、ロドリーグは相方を横目に見て、はっきり一度、拒否を示すのに首を振った。

「それもやだよ。俺この仕事好きだし。大体さぁ、耳一本の兎なんか不格好だろ。お前誰と組むの」

 ロドリーグは妹を大切に思っているが、そこは譲れないとも考えている。

 それに彼は、情報部が悪党にやられてしまうものだとは思っていない。かつて、そうした傲慢な暴力から自身と妹を引き上げてくれた男のことをよく覚えているからだ。今なお彼が憧れる兵士はつば無し帽を被り、灰色の手袋を嵌めていた。

 情報部の掲げる野兎の紋章は、陸軍の銀獅子(リオンダル)や術兵隊の混獣(セシセラ)に比べれば確かにか弱く映るが――本当はか弱いわけでも無いのだと、彼は知っている。勿論、彼だけではなく、彼の相方、そして同僚たちも。

 春兎などと揶揄されようと、喰われるだけの獲物(ジビエ)だと嘲笑されようとも。自分たちがそうであると胸を張り言うのだ。町を駆け野を駆け、時に戦場を駆け、その草を食む兎たちは。彼らは甘んじているのではなく、選んで穴倉に身を置いている。彼らは自身の仕事を好いている。

 そして、自分たちが仕事の為に走り回るこの町のことも。出身が此処ではない者は多いが、第二の故郷、などと言った者が何人いることか。それも別に、軽口というわけではない。

 へっ、と笑って、マティユーは肩を竦める。

「――支部長様の言うとおり、だろ」

「うわぁツレねぇー。征服(コークェ)

「おっ?」

 半笑いの非難と共に白の騎士が赤の王に迫る。ロドリーグがにやりとして、マティユーが身を乗り出す。

 甲高い音を響かせて薪が弾けた。兎の群れが帰るまで、あと暫し。二人は駒を遊ばせながらも耳を澄ませ、そのときを待っていた。




軍の兎 了

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