表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣の譬  作者: 灰撒しずる
軍の兎
17/20

照らされざる取引

 乾いた風が街路樹に残る葉を奪い、宙へと舞い上げる。地に落ちてかさかさと音を立てるそれを踏みながら、男は薄く笑みを浮かべた。

「すらすら喋りすぎなんですよ、下手糞」

 町中が火を灯し始める闇の中、その姿はぼんやりと浮かび上がる。

 灰色の髪に青い瞳、白い肌。全体的に白っぽい色合わせの中央民族の男は寒さに合わない緩んだ笑顔で、燭台の火を庇う相手の手元を見ていた。

「本職ほど上手くやる自信はないよ。勘弁」

 もう一人――比べると少し若い青年は囁きに淡々と応じる。古い紙にも似た亜麻色の髪を梳きながら、壁の窪みに置かれた油の器に蝋燭の先で揺れる火を移していく。火が増え、辺りの闇は徐々に、水に溶くように少しずつ薄められた。

「でもまあ、迷いなく差し出したのは結構結構。下手に隠し立てするより好ましい。どうせ切っても痛くない尾っぽだって仰いますし――その分、足取り遅れますしね。アンタ様がたみたいな人が言えば、あっちもころりと信じるしさ」

「兎は草を食むから気をつけろって、言われててね」

 増えていく光源に照らされる男が淀みなく喋るのにも、やはり淡々と。壁にいくつもある灯りを辿りながらのゆっくりと含むような返答に、男は声を上げて笑った。

「違いないや。巣穴がある場所は気が抜けない。大体予定通りだろうけど、今回は五分五分ってとこですかね。……ああ、安心なさい。奴らは無事に王都の方に抜けました。輸送団とご一緒で」

 一頻り肩を揺らした後、男は言い、懐から包みを取り出して見せた。鞣革と麻紐で作られたそれは、〝運び〟が手紙を持ち運ぶときに使う物だった。

「それじゃ、私も仕事有りますんで。またそのうち」

 言葉を聞いて、灯りを入れ終えた青年は隠さず不思議そうな顔をした。

「もう、出るの? 獅子が増えてるのに」

「そんな時にこそ顔見せするのが常套ですやね。素知らぬ顔で通ればこっちのもんだ」

 男が問いに答え、止まっていた足を前へと踏み出した。風で道を滑る枯葉が音を立て、ローブの裾が緩く風を孕む。波打つ布の中で銀の杖の先が光っていた。

「――それに急ぎですから。御機嫌よう、祭司補様」

 手紙入れから取り出した銅の指輪を手渡し、悪党に与する〝運び〟は朗らかに笑って言った。単純な輸送から取引に関する諸々までを担う仕事人は、遠方に嫁いだ貴族の息女から父への手紙――という装いのロイネン党への密書を携え、足取り軽く、路地へと姿を消す。

「お土産ありがとう。……道中気をつけて」

 祭司補は受け取った指輪を握り込み、その背に八角星を描いて、祈りを吐息と共に呑みこんだ。

 昼に情報部の聴取に応じた青年祭司補は、至極清廉な聖職者でありながら、悪党の一人でもあった。この町から領境を越えた先、西方領に属するレスタートに居を構えるイーディア党。星神教は白詰派、女神の裾で悪事を繰り広げる大悪党の、その末端だった。この度は情報部の仕事を妨害――取引を取り仕切る〝運び〟の思惑通りに誘導する、微調整役を仰せつかった。

 ガルゥイ教の銅の指輪と、星神教の八角聖堂の取り合わせ。あえて違和感を生み、疑惑の矛先を片側に向ければ、急いだ兎たちの耳は自然そちらにかかりきりになる。本物のガルゥイ教徒を三人ほど見繕って囮にしておけば、残りもそうだと思い込みがちだ。取り外しの簡単な指輪なら簡単なこと。

 少なく見積もって半日程度は騙しておける。その間に、銅の指輪を外したある〝運び〟は祝祭の輸送に乗じて中央へ、ある〝運び〟は手紙を持って北へと抜ける。赤毛の仲間が捕まってしまっても、少々の損失と言った程度だ。

 少々食まれたところでは根を絶やさぬほどに、悪党の手は広がり、絡み合っていた。カトナ・ヴィヴェルの病と称される悪党たちの動きは年々大きくなってきている。

 ――このように大党と大党、ロイネンとイーディアが手を組んだことは、まだ軍には知られていない。だが知れるのは時間の問題だろうと、祭司補は考える。

 夕刻尋ねて、すぐに動いた兎たちのことだから。きっと近いうちに紛い物ではない所を掘り当てて、白日の下に晒し出すだろう。立ち去った〝運び〟や他の者たちも、気づいていないわけではない。近い将来、肉薄し、大きな攻防が繰り広げられるに違いなかった。少し食まれた程度では根を絶やさぬ草花が食い散らかされぬことを、自らが身を寄せる白詰草の原が無残に荒れた土地にならぬことを、祭司補は願わずにはいられない。

 祀る神は同じでも教派を異にする借家の聖堂を振り返り、暫しぼんやりとして、彼は踵を返す。

 何処か遠くから風に乗り、手回し六弦(ヴィェルァル)の音が聞こえていた。辻楽師の奏でる音色はどこか物悲しく冷たい空気を震わせ、まだ続く冬の長さを思わせる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ