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獣の譬  作者: 灰撒しずる
軍の兎
15/20

兎と銀獅子

「こんにちは、売れ行きはどう?」

「今年の葡萄酒は今一つ出来がよくないって話だけど。豊作の代わりに質が落ちたとかなんとか……」

「やあアーネ、それ新しいリボン? 似合ってる」

「男の子だったんだ! へえ、名前ももう決まったの?」

「お前の恋愛相談には微塵も興味ねえよ……それより最近、アノガイスの方で――」

「……犬が行方不明、ね。や、皆に訊いてはみるけど……〝探し〟に頼みなよ」

 美声の焼き栗売り、恰幅の良すぎるチーズ屋、古書肆の老爺、通りすがりの代筆家、仕立て屋の女将……顔なじみの人々に声をかけ、各所で同じような世間話を繰り返し、ついでのように聞き込みをして。二人は情報を集め続ける。

「ごめんね、今仕事中だから。また寄らせてもらうからさ」

「――おばあちゃん、その話この前も聞いたよ? まだお嫁さんに話してあげてないの?」

 途中、ロドリーグが女性からやらたと声をかけられるのはいつものこと、マティユーが老人からやたらと声をかけられるのもいつものことだ。二人ともそれぞれに、そうした人々の扱いは心得ている。

 話好きの人の長話を聞いて軍と民の関係を円滑にするのもまた、情報部の役目である。情報部に所属する者たちも程度に差はあるが話好き交流好きの人種であり――そしてこれは余談にして司令部の頭痛の種だが、異性交遊に積極的な者もまた多い。仕事の片手間に女を誘うこともあるために、一般兵士たちから〝春兎〟と不名誉な名で呼ばれることも少なくはなかった。

 しかしながら、マティユーとロドリーグ、二人は極めて勤勉で模範的な情報部の兵士だった。顔の良いロドリーグなどはむしろ向こうから声掛けされることも多かったが、下心はほぼ無く、巡回に出ている他の兵科の兵士と出くわしたところで疾しいことなどない。「ロドリーグはともかく俺には機会がない」とは、マティユーの得意な自虐だったが。

「よー、ウサ公、またナンパか」

「されてんだよ見て分かれよバァーカ」

「おい、肉屋は行くなよ! 狙ってんだから!」

「……あっちには多分ヘルナンが行ったなぁー。顔じゃ勝てないよな」

「お前には言われたくねぇよ樽体型」

 鉢合わせた警邏の兵士たちと悪態を吐きあい、貰ったパイなどを齧りながら、二人はあまり有益と思える情報が見当たらなかった商店街の大路を出て、町の中央ペヌイエリ広場へと至る。

 昼下がりの広場は年代を問わず人が行き来して、商店街に劣らず賑わっていた。休憩から戻る職人たちが多く居て、今日は軍人も多かった。

 その、軍人たちの一人。マティユーとロドリーグが着る軍服と同じ色の――だが、袖がありベルトで体に添わされる、先程会った兵士たちと同じ新式の物を着た背の高い男が、情報部の耳を見つけ歩み寄る。

「おいウサちゃん、どうだ調子は?」

 広場を見渡していた二人はぱっと顔を上げ、声の主を見てなんだとでも言いたげな顔になった。

「まだ出たばっかだっての。ぼちぼちです」

「そっちこそ、どうっすか」

 声をかけたのは、ニコラ・ヴーリェンヌという大男。先日の捕り物を行った都市第八隊を指揮する隊長で、およそ五年前に王都近郊領から部隊ごと配属された男だった。

 情報部の二人から見ても上官として扱うべき相手ではあった。しかし、彼らの顔にその色はない。敬礼の一つもなく、マティユーなどは露骨に面倒臭そうな顔をして見せたほどだ。

「うちもぼちぼちだな。大きな動きはあれ以後確認できてない」

 対して、ニコラのほうも特に咎めることはなかった。商人たちが組合で話でもするように一言返して、腕を組む。

 過去――この町に互いが配属された頃に色々とあった彼らは、軍内部で軍非公認の細い情報の繋がりを持っている。本来なら公表にも審議が要るような情報を互いに教え合う、そんな関係だ。

 そうしたやりとりによって解決できた事件がいくつもあるから、勘付いていても上層は目を瞑っているのだと、マティユーもロドリーグも考えている。有用であるのだからもっと連携を固めるべきだと考えているのは、指揮官でもあるニコラのほうだ。都市本部の建物に情報部支部を移せとの陳情は、今の所議題に上った気配もない。

「そういや、もう輸送始まったって聞きましたけど、祝祭」

「ああ、昨日越境認可がまとめて出された。天気が悪くなるって言うからかね、早く出たいって言う何組かが王都のほうに向かったとよ。門も机も大忙しだ」

 今日は特別に教えるような情報の持ち合わせが、互いに無かったようだ。世間話の域の話題を振ったのはロドリーグで、ニコラが頷く。

 冬至――年の変わり目、冬の祝祭まであと半月だ。酒や糖蜜が動き始める時期となり、各所の門は慌ただしい。特にヴルセリールは領境に接する町であるから、他の町に比べても多忙と言えた。街道も混みあっていることだろう。

 はあ、とマティユーが目につく溜息を吐いた。

「もうそんな時期かー」

「浮かれてんじゃねーぞ。祭の前にきりきり働け」

「これのどこが浮かれて見えるんすか。祭のときも働かせるくせによく言うって」

 彼らの仕事は祭だからと言って減るものではない。むしろ飲酒による騒動は増えるし、人の出入りは増加するしで多忙の上塗りになる。休みをどのように貰うのかは、毎年同僚たちとの話し合いだ。

 そしてそういう事柄は、基本的に家庭を持つ者に分がある。独り身のこの三人はその辺りをよく理解していた。

 ニコラは階級があり、ロドリーグは二人暮らしの妹がいる為に周囲がいくらか気遣うが、マティユーはそうでもない。そして生来の人の良さが手伝って、彼はいつも貧乏籤を引くことになる。

「ま、休みが欲しいなら支部長に言うんだな」

 ち、と舌打ちした彼の背をバンと強く叩いたところで、ニコラは自分を呼ぶ部下の声に気づいた。二人に手を挙げ、噎せたマティユーの抗議を受け付けずに歩み去っていく。二人は遅れた敬礼で応じた。

「俺、今年は書類整理出るよ?」

「あ? いやいーよナタリーと居ろよ」

 ニコラを見送った後で手にした帽子を揺らしながらロドリーグが言うのに、マティユーは首を振った。休んだところで特別に予定があるわけでもない、と、休日を欲しながらも他者に気を利かせる言葉は、いつものものだ。

 先程武人の痛い励ましを受けていた相方の背を軽く叩き、ロドリーグは笑った。

「毎年皆に悪ぃもん。年越しはちょっともらうけどさ、」 

「にーちゃーん!」

 まだ続きそうだった言葉を掻き消したのは、遠くから走ってくる子供たちの甲高く響く声だった。彼は振り返り、突進してくる子供たちを受け止める。マティユーのほうにも向かってくる小さな体があった。

 話に出ていたロドリーグの妹の友達が二人。少年と少女。そして後ろからは、更に二回りも小さい少年の妹が付いてくる。寒さと走ってきたのとで頬は紅く、息が上がっている。

「ナタリーもう手伝い行っちゃったよ」

 今までも何処かで走り回っていたのだろう。ロドリーグに引っ付いた少女が息を整え、見上げて言う。

 言われてきょとんとした彼の妹、ナタリーは、夕方から宿で働いている。子供の手伝いの域を出ない軽い労働は、金銭の為と言うよりも今後の為の訓練のようなものだった。

「あれ、そうなの? 最近早いな……」

 呟きに、ふざけて長い脚に纏わりついていた少年が顔を上げた。

「兄ちゃんのために早く行ったんだよ」

「おにーちゃん! ないしょって言ったしょー!」

「ほぉんと口が軽いんだからっ!」

 小さな声での報告には、すぐに隣からの猛攻撃が加えられる。少年は幼い妹と同い年の少女に叩かれうろたえるが、彼女たちの文句は一度きりでは終わらず喧しい。その叱責がまた、彼らを見下ろす兵士に事情を知らせてしまうことになるのだが、気遣いがある子供でもそこまでは頭が回らないようだ。

 マティユーが笑いながら、容赦のない少女たちを引きはがす。

「聞いてない聞いてない、ちょうど向こうのおっさんたちの話聞いてたから聞いてなかったー。ロドリーグもナタリーに似てうっかり屋だからなー」

「誰がうっかりだよ。――それよりなんか、今日面白いことあった?」

 ついでに小さな体を抱えて持ち上げてみたりしながら愉快そうに言ったマティユーを小突いて、ロドリーグは膝をついて子供たちに目線を合わせた。

 ナタリーはおそらく、年越しの為になるべく多く働いて小遣いを上げてもらう魂胆なのだろう。何を聞かずとも予想のつく事柄を詮索することはなく、彼は話題を転換する。子供たちは顔を見合わせ考える。

「今日は……あっちで音楽のおじさん見たわ! 知ってた?」

 少女が、今は人気の失せた広場の一角を指差して言う。

「へぇ。知らない。何の楽器? 弦楽器(ヴィオウル)?」

「……?」

 ロドリーグが聞き返して首を傾げると、そういう仕掛けのように少女も首を傾げた。子供たちはまた顔を見合わせ――少しして、マティユーを見上げた。

「兄ちゃん調べてきてよ」

「じょーほーぶなんでしょ?」

「ヴィオウルだよー」

「ちょっと違ったよ。なあ?」

「……分かった分かった。明日までにな。じゃあちょっと兄ちゃんたち調べてくるから。暗くなる前に帰るんだぞ」

 目が合うと口々に言いながら軍服を引っ張り始める。はいはいと芯の無い返事をして、マティユーは三つの丸い頭に手を置いて、腰を引く。

 ロドリーグもそれぞれの頭を軽く撫でて手をひらりと振って見せる。今度はマティユーから引きはがされた子供たちはにっこりとして、元気よく返事をして駆け出して行った。ちらと振り向いた少年の危うい足元を眺めながら、ロドリーグが口を開く。

「俺も情報部なんだけどな」

「お前はナタリーのお兄ちゃんだろ。おら、行くぞ」

 相方の何処となく不満げな声に肩を竦め、マティユーは再度広場を見渡す。自分は椅子に腰かけ猫を撫でる老女に当たりをつけて一歩踏み出し、ロドリーグを隅に立った蝋燭売りの娘の方へと促す。ロドリーグは頷いて、にこやかに老女のほうへと向かったマティユーと別れ、ベルトに留めた手袋から黒い鉄貨を取り出して娘へと歩み寄る。

 猫をあやし、ついでに息子に対する愚痴なども親身になって聞き得たものは、子育ては一生との人生の教訓。二本の蝋燭と引き換えに聞けたのは、一月も前に見たと言う、煙草を吹かしていた聖職者らしからぬ聖職者の話。後者は夜の食事の誘いが付いてきたが、美貌の兵士は紳士的にそれを辞した。

 肝心の悪党や不審者のあれこれについては首を傾げられるばかりで、情報部にとって――まるで無益とも言いきれないが、有益とは言い難い時間だった。

 二人はめげることなく次々と通行人に当たっていくが、忙しいからと話に付き合ってくれない人も多い。さっきも聞いただろうが! と怒鳴りつけてくる機嫌の悪い男も居るほどで、成果らしい成果は上がらなかった。

「なあ、気になるし、聖堂行ってみない? この時間ならまだ仕者も暇だろ」

 少しばかり疲れた顔で息を吐いたロドリーグは、マティユーがのんびりと荷物を運んでいた不真面目な〝運び〟と話を終えたところで声をかけた。此処を切り上げて、と手振りで示し、予定していた三番順路、歓楽街の方面ではなく、やや外れのミコ・サルーナ聖堂へと続く道を指差す。

 マティユーは頷き、今一度広場を見渡してからもう一度頷いた。

「……お前の勘は正しいしなー。誰か捕まえて順路変えるか」

 そうと決めればまた揃いの耳に戻った彼らの歩みは早い。競うように進んで、道すがら、やはり二人一組で行動していた同僚を捕まえて順路変更の旨を伝える。

 ついでに情報の交換も行ったが、報告に戻ろうとしていた彼らの側でも、やはり今の所ノーニン党に関わる目立った情報は出ていないとのことだった。党員が捕まり、ノーニン党も動きを鈍らせている。このまま数日、成果なしで過ぎる可能性も低くはない。誰もがどことなく疲れた面持ちになるのは否めなかった。

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