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獣の譬  作者: 灰撒しずる
軍の兎
12/20

照らされる取引

――カトナ軍情報部、北方領ヴルセリール支部の活動記録。




 灯りはたった一つ。

 その一つきりでもどの壁も照らされてはいるので、話をするには十分と言えた。運び込まれた卓の上で揺れる火を眺め、その前に銅の指輪を置いて、〝運び〟の男は集う面々を眺めた。

 息を吸い、薄白く汚れた床を銀の杖の先で叩く。

「それじゃあ皆様取引を! 兎ちゃんや仔猫ちゃんが、お目見えする前に」


 ひんやりとした空気に満たされた地下室は、広々としている。

 部屋を囲う石造りの壁はかなりの年代物だが傷みは目立たず、手入れが行き届いていることを伺わせる。床も塵少なく、大きな円卓の上には金貨と薬包が散らばっていた。

 一騒動あったことを示すように、円卓の大きさとは不釣り合いに三つだけある椅子は全て倒れていた。その横に疎らに残る少々の血痕も、ほんの少し前まではなかったものだ。

 落葉色の軍服を着た軍人――カトナ軍末端の一隊を預かる中年は、血痕を見つめて腕を組んでいた。硬い軍靴が石床を打つ音が地下室に木霊し、程なくして、彼の部下が暗がりから報告にやってくる。

「捕縛完了を確認しました。合計で八名。アノガイス区ノーニン党、四名。トクト地区エルガ党、三名。あと一名が、恐らく雇われの〝運び〟です。現在組合に照会しています」

「おう。他には」

「取りこぼしはなし、負傷者もなしです。確認待ちですが、動いていたと考えられる薬はおそらく全て回収できました。量から見て、睨んだとおり次の取引の為の資金作りかと」

 胸の中心に握った手を添える軍敬礼の後の報告内容は、彼にとって、軍部にとって好ましいものだった。悪党と運び屋――その場に居た者を全て捕らえ、損失は皆無。取引されていた如何わしい薬も無事回収した。

「上々だ。〝報せ〟の奴らには漏らすな」

「了解しました」

 言いながらも彼は、既にノーニン党上層は事態を把握しただろうと考えていた。取りこぼしはなし、とは言うが、近頃件の小悪党は警戒を強めている。恐らくはこの地下室の外で、何処かの建物の上からでも見ていた遠巻きな見張りが居るに違いない。

 〝報せ〟――情報屋が動くにはしばらく時間がかかるだろうが、それも一日程度のものだろう。近頃は組合に籍を置く真っ当なはずの報せたちでさえ、悪党やならず者たちに情報を融通するようになった。

 すぐにノーニン党と協力している党や、逆に敵対している党に情報が行く。そうして引き起こされる動きを、軍は察知して手を伸ばす必要があった。

 考えつつ懐から煙草入れを取り出して、男は葉巻を一本咥えた。火はない。火を点けずとも煙草を口に挟むのは、彼が考え事を纏めるときの癖だった。彼の癖、と言うよりは、彼を鍛えた教官の配下揃っての癖だったが。

「しかし、こんな上等なもんが酒場の地下にあるなんてな――よく嗅ぎつけたもんだ」

「ええ、町の遺産を取引に使うなんてさすが悪党は」

 咥え煙草を揺らしながらの言葉に部下は即座に応じたが、言葉は途中で切れた。縦に揺れていた煙草の先が横に振れたからだ。

 否定に首を振った上司を見上げ、年若い兵士は不思議そうな顔をした。

「違う。見つけてくる悪党も、まぁそうだが――(リエヴル)だ。お前は知ってたか、これ。先々代から此処の生まれだろう」

 リエヴル、とはやけにゆっくりとした調子で発された。二、三度目を瞬いた兵士は、返す言葉を考えて数秒黙り込む。

「……いえ。聞いたことはありません」

「だろう? あいつらはちゃんと知ってんだな。外から来たってのに調べて、知ってて、しかも何かの時に思いつく」

 感心と皮肉、反する物を含んだ口調で吐き、彼は挙げた右手の親指を手の内側に折り込んだ。撤収の合図だ。上から戻ってきた部下たちもそれを見て、卓上の物を回収しに取り掛かる。

「俺たちももうちょっと土着しねえとな」

 この町に配属されて五年。同年に町に巣を構えた兎たちを思いながら、男は足を前に踏みだした。

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