闘技場の恐竜退治2
「まずは紹介してくれ」
人狼型の男は、チラリと天音を横目に見ながら、竜人型の男に向かって言った。
大きな斧を背負った竜人型の男、イヴァンは、先ほどの奇行により、天音たちによってタコ殴りにされている。
「お、おう。こっちの狼男の名前はルールー。最近、俺と組んで一緒に狩りをやってるやつだ」
ルールーは、天音に向かって軽く会釈する。
「こっちの和服女は天音。俺の古い友人だ」
天音も、ルールーへ向かって小さく頭を下げた。
「どうも~、よろしく。そして、この子が小雪ちゃんです」
肩の上に乗る子狐も紹介する。
「よろしく。天音さん、本当にすまなかったな。このバカが暴走しやがって……」
「あはは。いつものことですよ。イヴァンって、全然成長してないですね~」
「そうか。天音さんも、苦労してたんだな……」
「うんうん……あなたも頑張ってね。イヴァンって、根は悪い子じゃないから、きっといつかは分かってもらえると――」
「お前ら黙れ!」
共感して苦労を分かり合う二人。生暖かい目で彼を見つめる二人の様子に、イヴァンは怒鳴った。
「本当のことなんだから、しょうがないだろ」
「イヴァンって、自覚あるんなら少しは改善してよね」
二人からまた次々に言われて、イヴァンは思わず閉口した。
闘技場の受付フロア内で注目を集めてしまった三人は、人目を避けるため、ひとまずフロアの端の方まで移動した。端の観葉植物の影に隠れるようにして三人は立ち話をする。それでも、チラチラとこちらを見る冒険者たちが何人かいるようだった。
「それにしても、イヴァンって本当に久しぶりだよね」
懐かしそうにして天音はイヴァンを見つめる。
「そりゃ、こっちのセリフだ。今までどこに行ってたんだよ?」
「ちょっとね……事情があって、ここしばらく〝世界〟には来れなかったから」
「それは仕方ないけどさー。せめて一言くらい、誰かに言ってからにしてくれよな。本当に、皆心配してたんだから」
「ごめんごめん」
謝りながら、本気で心配したという真剣な表情のイヴァンを見る。
「イヴァンの古い知り合いということは、天音さんは相当な古参プレイヤーなのか?」
ルールーが少しだけ訝しそうな目で天音のことを見ていた。
「こいつとは、コンビ組んで長く旅してるんだが、今まで天音さんのようなプレイヤーとは出会ったことがないからな」
「ん~。そーだね、どれくらいになるっけ?」
イヴァンを見上げながら彼女が首を傾げる。
「たぶん、数年ぶりくらいになる。二年ぶりくらいだっけか?」
「うん。それくらい」
その言葉に、ルールーは少しだけ驚いた。
「ということは、この〝世界〟の初期の頃からのプレイヤーなのか?!」
「二年くらい来てなかったから、時代遅れのおばさんみたいになっちゃってるけどね」
苦笑しながら天音は言う。
「天音は昔から、けっこうお姉さん風吹かせてからな。天音の見た目はこうでも、中の人は、今では相当なババアに――」
そんなことを言うイヴァンの足を、天音は思いっきり蹴りつけてやった。
「あ。せっかくだから、前にいたリージョンで買ったお土産をあげるね」
そう言って、天音はアイテムボックスの中を漁る。
彼女の手の中に現れたのは、巻紙に包まれた小さなお菓子。
最近では見ることが少なくなったと言われる昔ながらの駄菓子、鼈甲飴だった。
「これはね、少しだけ精神力を回復するという特効が付いててね」
笑顔で話しながら、驚いて口をポカンと開けている様子のルールーの手に無理やり握らせてやった。
「おいしいよ?」
そう言いながら、天音も一つ巻紙を開けてポリポリと鼈甲飴を食べ始める。
「どこの大阪のおばちゃんだよ……」
思わず呟いたイヴァンは、口の中に飴を何本か押し込んで無理やり黙らせた。
二人の様子を唖然と見やりながら、ルールーは素直に飴を食べ始めたようだった。獣人の大きな手で、器用に包み紙を開けている。厳つい狼男が可愛らしい小さな駄菓子の飴をポリポリと食べている様子は、なんとも言えず微笑ましいものがあると彼女は思った。
「ま、待て、天音。お前に、折り入って頼みたいことがあるんだが……」
口の中の飴を、竜人の大きな牙をもってバリバリと噛み砕いたイヴァンは、真面目な表情で彼女に向かって話をした。
「天音、俺たちと一緒に、クエストをやってくれないか?」
「……へ?」
驚く彼女へ、彼はまた真剣な目で見つめ返した。
「俺たちと、パーティを組んでほしいんだ」
この『グラディウス』というリージョンは、通常であればランクC、作り込みが評価されたとしてもランクB程度の規模でしかない。マップ自体は、前にいた『桃源郷』というリージョンよりも更に小さいほど。
このリージョンがランクAとして格付けされているのは、闘技場というシステムの特異性にあった。
ここでの通常クエストは、フィールドに生息する魔物の討伐クエストではなく、闘技場の専用フィールドで指定された魔物を連続で倒していくというものである。手に入るアイテムやお金は、クエスト報酬というより、景品と言って良いかもしれない。
また、闘技場はクエスト以外に対人戦を行うための専用フィールドとしての一面もあった。登録を行うことによって、いろんなプレイヤーと気兼ねなく戦うことができる。
そして、このグラディウスの闘技場では、年に一度だけ大規模な武道大会が開催されるという。
いかにも、イヴァンの好きそうなことだと思う。
「それで、どうして私が、イヴァンたちとパーティを組むという話になるの?」
武道大会に限らず、この闘技場でのクエストは基本的に個人で戦うものが多い。イヴァンが大会へ参加するにせよ、普通であれば天音を誘う必要はどこにもない。
それには、隣のルールーが口を挟んで答えた。
「大会の参加へは、予選があるんだよ」
ルールーは、懐から一枚のクエスト受注票を取り出した。
――グラディウス(ランクA)
『闘技場の恐竜退治』
依頼内容:「ドラゴンを倒した者たちに武道大会への参加資格を与える! 集え強者たちよ!」
クリア条件:ドラゴン一体の退治
受注票には、凶悪そうなドラゴンの絵が描かれている。
「こいつを倒すのに、天音の力を貸してほしい」
神妙な顔でイヴァンが言う。
「それは別に構わないのだけど、私とじゃなくって、他の参加者募って予選出た方がいいんじゃないの? 私、大会に出場するつもりはないよ?」
個人戦を基本とする闘技場において、天音のスキルはとても相性が悪い。一対一で戦えば、だいたいのプレイヤーにはボロ負けするという自信が天音にはある。
「いや、だからこそ、天音が一番良いんだ」
イヴァンが自信満々に、断言して言った。
そんな彼の様子に隣のルールーが付け加えて説明をした。
「さっき、イヴァンのやつが揉めてただろ? 実は、俺たちは昨日からずっと、一緒にクエストをやってくれる仲間を募集してたんだ。でも、参加してくれるやつが全然いなくって」
「そうなの? イヴァンってそこそこ強いんだし、一緒にクエストやるって言ったら、人は集まりそうなものだけど……」
そう話した天音に、ルールーが驚いた表情をする。
「そこそこ、ね……。天音さん、それは違う。イヴァンのやつは、強すぎるから、誰も人が集まらないんだ」
ルールーのその言葉に、天音はキョトンとした顔をする。
イヴァンは苦々しいような口惜しいような様子で、「チッ」と小さく舌打ちをした。
「天音さん。イヴァンのやつが、最近、なんて呼ばれてるか知ってるかい?」
「……?」
彼女は知らなかった。
イヴァンたちと一緒に冒険していた頃は、特に通り名のようなものは無かったはず。
「『魔王の戦斧』だとさ。こいつには似合わない、御大層な名前だよ」
ある程度有名になったプレイヤーには、周囲の者から自然と通り名のようなもので呼ばれ始めることがある。自分から名乗ることもあるが、大抵は他の者たちが尊敬や、また侮蔑の意味を込めて、そう呼び始めることもあった。
古参プレイヤーの一人であるイヴァンは、間違いなくこの〝世界〟屈指の、斧使いプレイヤーである。
「魔王の? そんなカッコイイのなんだ。『まさかりタロー』くんとかじゃなくって?」
「『まさかりタロー』言うな!!」
「はははっ。天音さん、そっちのあだ名のことは知ってるんだ」
『まさかりタロー』、『魔王の戦斧』と呼ばれるプレイヤーの尊称に対しての、もう一方での蔑称。
「知ってるどころか、こいつはその『まさかりタロー』の名付け親だ!」
彼女を指差す『まさかりタロー』ことイヴァン、天音は「いや~」と照れたように頭をかいた。
「誉めてねーよ!」
そんな二人を茫然と見やりながら、気を取り直してルールーが話を続ける。
「ま、まぁ、そんなわけで、有名プレイヤーであるイヴァンは、他の参加者にとって最大のライバルなんだ」
そこまで話が進んだところで、ようやく天音は今回の事態について理解した。
「つまり、イヴァンが大会に出てくると面倒だから、皆で除け者にして予選を突破させないようにしていると」
「チッ……」
またイヴァンが面白くなさそうに舌打ちをした。
「でも、イヴァンってそんなに強くなってるんですか?」
二年前までの彼しか知らない天音。確かに彼は昔から攻撃力に並々ならぬ執着を持っていて、アタッカーとしては非常に頼りになる存在ではあったが。
そんな天音の疑問には、ルールーがため息交じりに答えた。
「ここ二回の大会で、イヴァンはぶっちぎりの優勝だよ」
「へ~。あのイヴァンがねぇ……」
二年前の、初々しかった頃のイヴァンを知る彼女としては、何やら感慨深いものがあった。
「個人戦だから武器タイプの相性ってのはあるけど、この闘技場でのイヴァンは、ほとんど負けなしだよ」
「そんなイヴァンでも、パーティ戦を想定されてる大型ドラゴンは狩れなかったわけだ」
天音の言葉に、そうなんだとルールーは頷いた。
「さすがに二人じゃ厳しくって。もう何人かの参加者を募ってたんだけど、募集し始めたのが遅かったんだ。めぼしいプレイヤーパーティはすでに予選を突破しているし、残ったプレイヤーたちも、イヴァンを大会に参加させたくないからって誰も手伝ってくれない」
「だから、イヴァンが怒ってたのか」
天音は拗ねた子供のような表情のイヴァンを見た。
「フン! まぁいいさ。天音が来てくれたんだ。これで予選もなんとかなる!」
強気な様子でイヴァンは言った。
天音はクエストをクリアしても本戦に参加するつもりはないのでライバルにはならないし、補助スキル持ちとして貴重な戦力となるだろう。
でも、天音一人増えたところで、大型ドラゴンを倒せるとは思えなかった。
ルールーもそう考えたようで、慌てたようにイヴァンに詰め寄った。
「おい! まさか、三人でドラゴンに挑むつもりか?!」
「大丈夫だ! 天音がいれば、今度こそいける!」
そう言ってもらえるのは嬉しいが、買い被られても困る。彼女の困惑顔を見て、ルールーの方も不満そうな顔をしていた。
「あのね、イヴァン。私、実は他のクエストを受けようかなって思ってて……」
先ほどから彼女が手に持っているのは、受付に出そうとしていた別のクエスト受注票。目聡くそれを見つけたイヴァンは、彼女の手から素早く奪い取る。
「あ!」
「なになに、出場者のセコンドをやるクエスト……って、天音はまた変なクエストを――」
「うるさい、ほっといてよ!」
今度はイヴァンの方が、どこか生暖かい目で彼女の方を見つめていた。
そして、彼はニヤリと笑う。
「えいっ!」
ビリビリビリ――
「ああ~っ!」
イヴァンは受注票を破り捨てた。
「天音、セコンドやるなら俺のセコンドをやれよ」
「ひどい……」
天音は肩の上の子狐を抱いて「小雪ちゃん、イヴァンがいじめるよぅ~」と泣きついた。
そんな彼女を横目に、ルールーはイヴァンの肩を小突いて、小声で話した。
「おい、本当に大丈夫なのかよ」
「何がだ?」
「いくら彼女が古参のベテランプレイヤーだからって、三人で挑むのは無謀だろ」
天音の姿は見るからに戦闘向きのスタイルではなかった。生産職にも見えないが、かといって戦闘でどれほどの戦力になるか不安なところもある。彼女のことを知らない第三者から見れば、それが普通の反応だと言える。
「それに、この派手な着物姿とか。まるでどっかの舞姫みたいで、どう見ても地雷じゃねーか」
「がーん!」
そう言い放ったルールーに悪気はないのだろう。しかし、いくら小声であって二人の会話は聞こえていたし、他人から天音はそのように見られていると知って、彼女はますます落ち込んだ。
地雷、それは役に立たないスキルや、そのようなプレイヤーたちのことを指す総称である。
「あ……」
彼女がショックを受けている様子に気づいた彼、ルールーは慌てて取り繕うように謝り始めた。
「い、いや、それは天音さんのことを指して言ったのではなく!」
「いいもんいいもん、所詮私なんて、無駄と浪費の塊みたいなものだもん。皆とパーティ組んだって、経験値ドロボウのお荷物でしか……」
何より自分でもそう自覚があっただけに、彼の言葉は彼女の心に突き刺さった。
いじける天音。
「ルールーってばヒドイなぁ。こんな女の子泣かせちゃって」
「うるせーよっ!」
イヴァンのまるで他人事のようなルールーへの冷たい視線を受けて、彼は怒鳴り返した。
しかし、イヴァンはまた自信満々の表情でルールーに向かって言った。
「大丈夫だよ、天音なら問題無い」
「なんでだよ……」
「偽者なんかじゃないからな。なんてったって、天音は本物の、『ふじ――」
「わああぁ~~っ!!」
危うくその単語を口にしかけたところで、天音はイヴァンの口を塞ぐことに成功した。
今度は、天音がイヴァンを寄せて小声で話す。
「イヴァン、その恥ずかしい名前は口にしないで!」
「なんで? 俺の通り名なんかより、よっぽど立派な名前じゃん?」
「私は認めてない! 今さら名乗ったって、それこそ痛いやつにしか思われないよっ!」
二年も活動を行っておらず、今では伝説のように語られてしまっているその名前。例え本当に彼女のことであったとしても、その証拠は何も無いし、今さら自称したところで本物を真似た偽者の一人にしか思われないだろう。自分で名乗る気は全くなかった。
「そうなのか?」
「そうなの! それに、その通り名はあいつらが勝手に広めただけで、私は何も知らない。恥ずかしいからそう呼ばないで」
「そう思うんなら、俺のことを『まさかり~』とか言うなよ」
二つ名持ちも、それはそれで何かと苦労があるようだった。
会話の内容が聞こえていないルールーは、小声で言い争いをしている様子の二人を見て、少しだけ不思議そうな顔をしていた。
「ところで、天音さんの戦闘スタイルは……職業は、いったい何なんだ?」
天音はルールーの方を振り返って、誤魔化すように慌てて答えた。
「私は『吟遊詩人』です。主に、歌で戦闘補助する戦い方をしてるんですけど」
そう答えた彼女に、イヴァンがまた余計な口を挟む。
「楽器は全然使えないくせに。そこは素直に『踊り子』って言っとけよ」
そんなことを言うイヴァンは、グーで殴って黙らせた。
ルールーはなるほどなと小さく頷いた。『吟遊詩人』も『踊り子』も、戦闘では中距離から遠距離で補助の役割を担うことが多い。彼女は支援役のスペシャリストなのだろう。二人では補えない部分も、彼女がいればなんとかなるのかもしれない。
「ルールーはどんな職業なんですか? 見た感じ『武道家』って雰囲気ですけど」
「ただの『武道家』じゃないよ。メインスキルは、<拳>じゃなくて<爪>だからね」
人狼型特有の、鋭利な爪を見せてニヤリと笑った。
「もともと俺は矛役だったんだ。でも、イヴァンと組んでから、そのお株を完全に取られちまって。だから、最近は盾役や回復役として戦うことが多い」
その話を聞いて、天音には思い当たる職業があった。
「ということは、ルールーは『聖騎士』ですか?」
「うん、そんな感じだよ。でもね――」
そう言葉を区切ってルールーは手の中に、あるアイテムを出現させた。それは十字架を模った銀のアクセサリー。
「俺は回復用にこれを使ってたから、他の人からは『人狼の聖戦士』って呼ばれてるよ」
それが、彼の通り名。
「ルールーも、二つ名持ちだったんだね」
「まぁ、ね……。というか、こいつと一緒にいたら、嫌でも目立つから」
仕方ないよといった風に、ルールーはため息をつきながら不貞腐れた顔の相方、『魔王の戦斧』を眺めた。イヴァンの方は「それは俺のせいじゃねーよ」とでも言いたげな様子だった。
この三人で、パーティとしてのバランスは悪くない。
矛役のイヴァンに、盾役のルールー。メインは支援役ではあるが、一応天音も回復役としてのスキルも持ち合わせている。
「それで、イヴァンとルールーの、二つ名持ちの二人でも倒せないクエストモンスターって、いったい何なの?」
それが彼女の気になるところ。
いくら二人で大型モンスターに挑んだとはいえ、このリージョンは決してS級のランクではない。ランクAとは言っても、それはプレイヤーたちの人気によるもので、その実態はランクBのリージョンと同程度のものだと天音は考えていた。実際にその評価はとても的を得たものだった。
しかし、彼らの口からは、彼女にとって思わぬ名前が飛び出してくるのだった。
「ボスモンスターは『黒炎竜』と呼ばれるドラゴンさ」
「名前の通り黒いの鱗に全身覆われた、大きな翼を持ったドラゴンだよ」
イヴァンが話し、付け加えるようにルールーが答えた。
天音には聞き覚えのない名前のドラゴン。
「見た目はかなり派手にいじられてる。闘技場で戦うモンスターだから、見栄えもますます凶悪になってるんだ。でも、中身はなんてことはない、ただの『竜王種』さ」
軽い口調でイヴァンは言った。
そんな彼を見て、その言葉を聞いて、天音は思わず叫んでいた。
「三人じゃ絶対に無理だよっ!」